独立目指すクルド人自治区と阻むイラク政府 クルド人の声を直接聞いた

独立を支持する集会。クルド人自治区アルビルにて撮影。

 今月16日、イラク政府軍は、同国北部のクルド人自治政府が実効支配していた油田都市キルクークに侵攻。同市を掌握した。直接の引き金となったのは、先月25日に行われたクルド人自治区独立を問う住民投票だ。筆者は9月下旬に現地を取材、クルド人自治区の現状に迫った。取材を基に、独立の機運が高まる要因や、今後のイラク情勢の展望を考察する。

■悲願の独立へ―熱狂のクルド人自治区

 「クルド独立にイエス!」と数万もの人々の叫ぶ声が一帯に轟く。アルビル市内のスタジアムでおこなわれた大規模な集会は、赤白緑の3色に太陽という意匠のクルド民族の旗がはためき、高揚した空気に包まれていた。独立を問う住民投票の直前、筆者は、イラク北部のクルド人自治区の主要都市アルビルを訪れた。街中のいたるところに、クルド民族の旗や投票を呼び掛ける横断幕が掲げられ、まるでお祭り騒ぎのようだった。

アルビル市内での独立支持の集会
アルビル市内での独立支持の集会

 「国家を持たない最大の民族」として、約3000万人のクルド人の人々は、独自の文化や言語を持ちながら、イラクやイラン、トルコ、シリアといった4つの国々に分断されて暮らしてきた。彼らにとって、自らの国家を持つことは、正に悲願だといえよう。イラクでは、多数派のアラブ人に対し、クルド人は人口の2割程度。同国北部に自治区があり、約500万人の人口を擁する。

Yahoo!ニュース 個人編集部作成
Yahoo!ニュース 個人編集部作成

クルド人自治区はイラク戦争以降、独立の動きが取りざたされてきたが、IS(いわゆる「イスラム国」)が台頭してきたことにより、これまではISの掃討にエネルギーを割かざるを得なかった。しかし、IS排除の目処が立ってきたことや、イラク中央政府とクルド人自治区の関係が悪化したことから、今年夏以降、急速に独立への動きが進んでいた。

 イラクからの独立を問う人々の興奮は、9月22日、アルビル市内のスタジアムでおこなわれた大規模な集会で、クルド自治政府のマスード・バルザーニ大統領が演説した時に頂点を迎えた。バルザーニ大統領は、「我々は、もうイラク政府と共に歩むことはできない」として、2年以内にイラクからの独立することを目指すことを宣言した。集会は、スタジアム内に約5万人の人々を集め、さらにその周辺を、会場に入りきらない人々が埋め尽くした。集会が終わった後も、夜空には花火が上がり、人々は手にしたクルド民族の旗を振り回し続けた。

演説するバルザーニ大統領
演説するバルザーニ大統領
アルビル市内での独立支持の集会
アルビル市内での独立支持の集会

■イラク中央政府とクルド人自治区の対立

 イラク中央政府や、国内に少数民族としてクルド人を抱えるイランやトルコは、独立の動きに強く反発、住民投票の中止を求めたが、9月25日には、独立の是非を問う住民投票が予定通り行われた。クルドの民族服や華やかな外出着に身を包んだ人々は嬉々として、投票所に向かい、投票した証としてインクを付けた指先を、誇らしげに筆者ら報道陣に見せる。開票結果は、独立支持が9割以上と圧倒的多数を占めたのである。

9月25日に行われたクルド人自治区の独立を問う投票
9月25日に行われたクルド人自治区の独立を問う投票

 イラク中央政府や周辺国、さらには米国の反対も押し切って、住民投票が行われた背景には、イラク政府へのクルドの人々の強い不信感がある。「(イラク前首相の)マリキは、2014年2月にクルド人自治区への予算配分を停止しました。それ以来、公務員は最大75%もの給与削減を強いられ、病院への公的支援も全て止められています」とクルド自治政府与党「KDP(クルディスタン民主党)」の地方代表は憤る。「シリア内戦での難民や、IS掃討での国内避難民が自治区に押し寄せ、原油価格も下落していたところに、予算配分を止められた。私達は(イラク戦争前の)フセイン政権のクルド人虐殺に次ぐ、イラク政府による経済的な攻撃、第二のジェノサイド(特定の集団の抹消)だと受け取っています」(同)。

 イラク政府側は予算配分の停止の理由について「クルド側が、取り決めに反して原油を外国に売ったため」としているが、クルド自治政府側は「先に予算配分停止したのはイラク政府の方」と反論するなど、対立は深まる一方だ。

取材に応じるKDP地方代表のカカ・ホシャール氏
取材に応じるKDP地方代表のカカ・ホシャール氏

 予算配分の停止は、クルド人自治区の公的サービスにも重大な悪影響を及ぼしている。公務員達は、もらった分の給料しか働かず、副業にいそしむことになるので、行政の事務手続きなどが大幅に遅れることになる。筆者がアルビルの国際空港に着いた際も、ビザを発給する職員がおらず、立ち往生する外国人記者たちを何人も見かけた。

 予算配分停止の影響で、特に深刻なのが、医療機関への窮状だ。クルド人自治区で、イラク国内避難民やシリア難民を支援する人道支援関係者は「麻酔薬や輸血用血液など、公立の病院では最低限の医療物資すら不足しています」と嘆く。「それどころか、閉鎖の危機にある病院すら、いくつもあるくらいです。私立の病院では、状況はもっとマシですが、難民や国内避難民などには経済的に困窮している人々が多く、私立の病院で医療を受けることは難しいという問題があります」(同)。

■背景には米軍のイラク占領統治の失敗がある

掃討作戦中の米軍兵士。イラク・バグダッドにて撮影(2004年)
掃討作戦中の米軍兵士。イラク・バグダッドにて撮影(2004年)

 クルド自治区とイラク中央政府の対立の根底には、イラク戦争によるフセイン政権崩壊後、戦前より懸念されていたイラクでの民族・宗派間の分裂を防げなかった米国の占領統治の失敗もある。

 イラク占領で、米国は、イスラム・スンニ派を「サダム支持層」「アルカイダ支持層」とレッテル貼り、一般市民を巻き添えにした激しい軍事掃討作戦を行った。一方で、イスラム・シーア派は「フセイン政権の被害者」として優遇、イランに亡命していたシーア派至上主義者の政治家達を米国はイラクへと招き入れた。

 

 こうした宗派による分断に加え、イラク復興が遅々として進まない結果、市井の人々は宗教組織による生活援助に依存し、宗派ごとの民兵組織が雇用の受け皿となった。そのため、イラクという国家にアイデンティティーを持つ人々より、宗派にアイデンティティーを持つ人々を増やしてしまった。イラクの国会では、人口の6割を占めるシーア派を支持基盤とする宗教政党が国会の多数を占めるようになり、他の宗派や民族を軽視する政治が目立つようになった。

 

 「独立は、イラク中央政府への隷属か自由かの選択だ」というバルザーニ自治政府大統領の訴えがクルド人自治区で支持を集める背景には、イラクの国会で、多数派であるシーア派が全てを決め、少数派のクルド人やスンニ派の政党の主張が反映されない、という不満がある。

■キルクークをめぐりイラク内戦の危機

キルクークはイラク最大の油田地帯(2008年撮影)。
キルクークはイラク最大の油田地帯(2008年撮影)。

 クルド人自治区の独立は、イラク最大の油田都市キルクークの帰属問題という、「爆弾」に火をつけかねない。今、イラクのクルド人達が思い描く「クルド人国家」には、キルクークが当然のように含まれている。イラクのクルド人の人々にとって「キルクークはクルド人自治区の心臓部」だというのだ。

 キルクークは元々、クルド人の多い地域であったが、1980年代後半、当時のサダム・フセイン政権は、大規模な軍事作戦を展開。クルド人を弾圧し、キルクークをイラク中央政府の支配下に置いた。クルド人側の主張によれば、この時に殺されたクルド人は約18万人にも及ぶという。

 しかし、2014年7月に、IS(いわゆる「イスラム国」)が、イラク北部の各都市に迫った際、イラク中央政府軍は敵前逃亡した。キルクークがISの手に落ちなかったのは、クルド人治安部隊「ペシュメルガ」が、文字通り命がけの戦いで、ISの戦闘員を押し返したからだ。ペシュメルガは、イラク北部での対IS掃討戦で、常に前線に立ってきた。筆者のインタビューに応じたペシュメルガの大佐は「ISとの戦闘でペシュメルガは2000人が死亡し、5000人が負傷するなど、多大な犠牲を払ってきた」と語る。

 

 このような経緯から、クルド人の人々はキルクークを譲るつもりはないが、巨大な利権である油田を奪われようとしていることに、イラク中央政府は激怒。イラクの公共放送「イラキーヤ」の記者は筆者に「キルクーク問題は、イラク情勢のパンドラの箱を開けることになる」と語り、「クルド人自治区が独立のための住民投票を強行するならば内戦になりかねない」と懸念していた。そして、今、そうした懸念が現実のものとなりつつある。

 勇猛さで知られるペシュメルガだが、その装備自体はゲリラ部隊同然と貧弱であり、米国などからの支援を受け、軍用ヘリや戦闘機などの航空戦力も持つイラク中央政府軍との力の差は歴然としている。住民投票に際し、「今のようなかたちでの独立は危うい」と主張していたクルド人自治区議会議員のラボン・アループ氏も、その根拠として、クルド人自治政府のガバナンス能力の欠如や汚職といった問題に加え、「独立するためには充分な軍事力がない」ことを懸念していた。そうした力の差もあってか、またイラク中央政府と全面衝突することを避けるためか、今月16日のイラク中央政府軍のキルクーク侵攻に対し、ペシュメルガはほとんど抵抗しなかったという。

 一方で、現地メディア「ルダウ」によれば、イラク中央政府軍と共にキルクーク入りした政府シンパの民兵組織によって現地住民400人が殺され、200人が「行方不明」となっているという。ペシュメルガの兵士が殺され、斬首されるということも起きているという。このような残虐行為が行われることも、筆者がインタビューした独立慎重派の住民が懸念していたことであった。中東カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」が報じたところによれば、イラク中央政府軍の侵攻以来、約10万人の人々がキルクークから周辺へと避難したという。

■国際社会の仲裁が必要

クルド人自治区に避難しているシリア難民の家族。アルビル郊外で撮影(2016年)。
クルド人自治区に避難しているシリア難民の家族。アルビル郊外で撮影(2016年)。

 独立への動きに憤るイラク中央政府の圧力は、キルクークのみならず、クルド人自治区自体へも及んでいる。住民投票を行ったことへの制裁措置として、イラク中央政府はクルド人自治区への外貨送金を規制する措置に出た。こうした措置は、ただでさえ停滞状態にあるクルド人自治区の経済をさらに悪化させ、ますますイラク中央政府への人々の反発を強めることになるだろう。

 またイラクの中でも治安の良いクルド人自治区には、イラク国内の他の地域からの避難民やシリアからの難民を100万人以上受け入れている。国連関連の人道支援組織や、地元及び国外からのNGOなどが支援を続けているが、イラク中央政府による外貨送金規制はこうした人道支援活動にも重大な悪影響を及ぼしかねない。

 

 イラク中央政府の露骨な軍事力の行使には、国連や「ヒューマンライツ・ウォッチ」などの人権団体も懸念を表明している。また、「ゴラン」「PUK(クルド愛国同盟)」などクルド自治区議会の野党は、イラク中央政府との話し合いによる解決を求める共同宣言を行っている。これ以上の流血を避け、事態を平和的に解決するためには、国際社会の仲裁が不可欠だろう。イラク戦争を支持し、イラク政府への無償援助や円借款などの経済協力を行っている日本にとっても、無関係ではないのだ。

(了)

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