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【北朝鮮】自ら地雷を踏む日本の政治とメディア―亡国の「敵基地攻撃能力」

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
北朝鮮のミサイル実験をめぐる日本の報道は冷静さを欠き不安ばかりを煽っている。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 北朝鮮の一連のミサイル実験は、あくまで米国へのメッセージであり、北朝鮮は日本など相手にしていない。それは北朝鮮にとって、同国を攻め滅ぼしうる米国こそが最大の脅威であり、米国との平和協定の締結が、北朝鮮の望んでいることだからだということは、先日配信した記事でも書いた通りだ(関連情報)。それにもかかわらず、先月29日のミサイル実験を受けて、安倍晋三首相は「我が国に北朝鮮が弾道ミサイルを発射」と事実とは言い難い発言をし、危機感を煽った。メディアもまるでこれから戦争が始まるかのような騒ぎぶりだ。こうした過剰な反応は、むしろ日本にいらない危険を招くことになる。

〇「敵基地攻撃能力」が北朝鮮の矛先を日本に向ける

 北朝鮮のミサイル実験を受けて、日本のメディア上でも敵基地攻撃能力の保有についての言及が増えてきた。読売新聞は、先月30日の社説で「敵基地攻撃能力の保有も、検討すべき」と書き、産経新聞は繰り返し主張している。敵基地攻撃能力とは、ミサイルを撃たれる前に、その拠点を攻撃し、未然に防ぐというもので、端的に言えば先制攻撃だ。小野寺五典防衛大臣も、先月4日の会見で「敵基地攻撃能力の保有を検討すべき」と発言した*1。だが、こうした言動は北朝鮮を刺激することになる。特に小野寺防衛大臣の発言については、北朝鮮は名指しで批判し、

「我々は既に日本列島を瞬時に焦土とする能力を持っている」「日本の反動勢力は、軽薄でいたずらな行為をすると、核兵器による無慈悲な一撃で、日本列島が太平洋に沈没するかもしれないことをはっきりと理解するべきだ」

出典:朝鮮中央通信

 と警告。つまり、日本側が過剰反応して北朝鮮を刺激したら、その矛先を自ら招くことになるのである。北朝鮮側が怖れ、敵意を向けているのは、あくまで米国であるのに、わざわざ日本にも敵意を向けさせることは愚かなことだ。

〇軍事的な現実を無視した強硬論

 メディアも政治家も「敵基地攻撃能力を保有すべき」と簡単に言うが、それを実行に移す上では、憲法上の問題以外にも技術的・能力的なハードルが多い。防衛省・防衛研究所がまとめた論文『専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって』では、「北朝鮮のノドンミサイルをはじめとする最近の戦域弾頭ミサイルは移動式のミサイルランチャーから発射される一方、移動する目標を的確に捕捉して撃破するのは容易ではない」とその困難さを、湾岸戦争やイラク戦争での実例を挙げて解説している。湾岸戦争では「約100基の移動式ランチャーを撃破した」との爆撃機パイロットらの報告を調査したところ、そのほとんどがタンクローリーやデコイ(偽物)を誤認したものだったという。イラク戦争では、技術の改善により実際の撃破率は向上したが、「イラク空軍が既に湾岸戦争で大損害を被り、その後の経済制裁で戦力レベルは低かった」と、イラク戦争が特殊な状況で行われたことも考慮しなくてはいけない、としている。

 「武器輸出反対ネットワーク」代表の杉原浩司氏も「敵基地攻撃能力は、高精度の偵察衛星や、偵察用無人機、地上部隊による情報収集、妨害電波を発生させるなど様々な条件が整うことが必要であり、決して簡単なことではない」と指摘する。世界最高の技術や戦力、情報力を持つ米国ですら、条件的に圧倒的に有利であったイラク戦争での移動式ランチャーの撃破率は55%だった。まして、日本が北朝鮮の移動式ミサイルランチャーを全て正確にその動向をリアルタイムで補足し、100%破壊するなど、不可能に近い。仮に日本が敵基地攻撃能力を保有し、北朝鮮への移動式ミサイルランチャーを攻撃したとして、一つでも破壊し損ねたら、日本にミサイルが飛んでくることになる*2。

〇支持率や売り上げのために日本を危機にさらすな

 そもそも、北朝鮮が日本に対して先制攻撃を行う可能性は極めて低い。それは体制の維持という北朝鮮の最大の目的において、日本を攻撃するメリットが何もないからだ。もし、米国が北朝鮮に攻撃をしかけた場合は、在日米軍基地が対象になり得るのだろうが、だからこそ、日本は米韓専門家がまとめた北朝鮮の非核化のための提案(関連情報)を支持し、米国や北朝鮮、韓国や中国、ロシアに働きかけるなど、対話による問題の解決に全力を注ぐべきである。そうした、リアリストとしての努力をすることなく、日本の人々を確実に守れる根拠もないまま、ただ威勢のいいことを主張する安倍政権の振る舞いは、森友・加計問題で低下した支持率を回復させ、あわよくば改憲論議にもつなげていこうという魂胆によるものではないか。結局、日本の人々の安全よりも、支持率や自らの政治的思惑を優先しているのではないか。また、国際関係上の文脈も無視して、ヒステリックなまでに北朝鮮の脅威を煽る日本のメディアも、視聴率や売り上げを稼ぎたいばかりに日本を危うい方向に導いている、と自覚すべきである。

(了)

*1 小野寺発言を受けて、安倍首相は先月6日の会見で、敵基地攻撃能力について「現時点で具体的な検討を行う予定はない」としながらも、「常に現実をしっかりと踏まえながらさまざまな検討を行っていくべきだ」と述べ、将来的な検討に含みを残している。

*2 日本側にも、ミサイル防衛システム(MD)があるが、そもそも、MDで防ぎきることが難しいために、敵基地攻撃能力の論議が浮上したのである。さらに言えば、超高高度にミサイルを撃ちあげるロフテッド軌道による攻撃を、イージス艦のSIM3や地上配備のPAC3といった迎撃ミサイルで撃ち落とすことは、極めて困難である。北朝鮮は、車載式のICBM弾道ミサイルも既に保有していると観られ、ノドン等中距離弾道ミサイルの移動式ミサイルランチャーを全て破壊できるという実際には不可能な仮定をしたとしても、ICBMによるロフテッド軌道による攻撃が行われ、日本が被害を出さないことはあり得ないのだ。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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