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田原総一朗「国を守る国民の義務」VSウーマン村本大輔「戦争行きたくない」、どちらが正しいか

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
72回目の終戦記念日、靖国神社にて。(写真:つのだよしお/アフロ)

 今月11日深夜に放送された、テレビ朝日「朝まで生テレビ」での議論が話題になっている。司会の田原総一朗氏が、「国民には、国を守る義務があると思う」と、安全保障に関する持論を唱えたところ、当日のゲストでお笑い芸人のウーマンラッシュアワーの村本大輔氏が「それを絶対に戦争に行かない年寄りに言われても何もピンと来ることないんですよ」と発言。田原氏が村本氏を指さし「だったら、自衛隊は何だよ。好きでやっているのか?」と食ってかかる場面があった。ただ、番組中に田原氏自身も認めたように、「国を守る義務」というものは憲法論にそった議論ではない。端的に言えば、国民が「国を守る義務」を課せられることはないのである。

〇法的根拠のない「国民には国を守る義務がある」という主張

 田原氏に限らず、「国民には国を守る義務がある!」と強弁されると、「そうかも…」と考える人はいるかもしれない。実際、改憲草案をめぐって自民党内でも「国を守る義務」が論議されたし、やはり11日放送の「朝まで生テレビ」に出演していた国際政治学者の三浦瑠麗氏も、過去に文春オンラインなどで「女性や老人も含めた徴兵制を」と主張している。ただし、現在の日本においては「国を守る義務」というものは、単なる感情論、暴論であって、何の法的根拠もない。国の最高法規である憲法において、国民の義務とされるのは、「勤労」「教育」「納税」であり、これらの義務ですら、個人が様々な事情で行うことが難しい場合には、免除されたり、国が支援することが期待されるものである。まして、国家が個人に対して「死ぬかもしれないが戦争に行け」などと強制するような法的根拠はないのだ。それは、憲法というものが、国家権力の暴走から個人の権利を守るという立憲主義に基づくものであり、個人に国家として義務を課すことを極力避けているからである。

 では、自衛隊はどうなるのか。自衛隊はあくまで志願制であり、逆に言えば、入隊を望まない人々を強制的に自衛隊に入隊させることは、憲法18条での「苦役の禁止」に反することになる。また、防衛省・自衛隊は、その活動の根拠として、憲法前文の「平和的生存権」、および憲法13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の最大の尊重をあげている。つまり、国には国民の命や生活を守る責務はあるという見解だが、上記したように一般市民である個人には、国を守る義務はない。

〇「義務」の恐ろしさ、噛みしめよ

 田原氏のスタイルとして、議論を盛り上げるために、あえて挑発的な主張をするというところもあるかもしれない。だが、安易に「国民には国を守る義務がある」などと主張することは、極めて危険なことだ。国家権力が個人に対し「戦争に行け」と強制するならば、それは最も個人の人権を侵害するものに他ならない。東西冷戦以降、長く徴兵制をとってきたドイツやフランスも21世紀に入ってから、徴兵制を廃止、今やG7諸国はいずれも徴兵制をとっていない。また日本においては、過去に大日本帝国憲法で徴兵制があったことのみならず、「天皇家のために国の平和と安全に奉仕しなければならない」と説かれた教育勅語や、「生きて虜囚の辱めを受けるな」とする戦陣訓などを背景に、「神風特攻隊」など死ぬことを前提とした攻撃が美化されたり、武器弾薬が尽きるなど戦闘能力を失った兵士が「玉砕」、つまり全滅を強いられたり、一般市民までが集団自決させられた、というあまりに重い歴史的事実がある。「日本の自存自衛のため」を名目に開始されたアジア太平洋戦争での日本人の死者数は軍人軍属などの戦死230万人、民間人の国外での死亡30万人、国内での空襲等による死者50万人以上、これらを合わせて310万人以上。「国を守る国民の義務」というものが、いかに暴力的なものであったか。その恐ろしさを噛みしめずに、安易に公共の電波上で「義務」などと口にするべきではない。まして、影響力のある著名なメディア人ならば、なおさら自らの言葉の重みというものを考慮すべきだ。

〇憲法13条的に正しい村本氏のツイート

 他方、11日の放送で田原氏に反論した村本氏は、終戦記念日の15日、ツイッターに、「終戦記念日 僕は国よりも自分のことが好きなので絶対に戦争が起きても行きません よろしく」と投稿。ツイッターユーザーからはこれに賛同する意見、批判的な意見、どちらも書き込まれているが、憲法的な視点で言えば、村本氏の主張は肯定されるべきなのだ。日本国憲法の第13条では、「個人の幸福追求権」が保障されている。つまり、戦争には行きたくないと考える国民も、国は『個人として尊重しなければならない』ということだ。そして、これは防衛省・自衛隊も従うものである。そもそも、11日の放送で村本氏が発言していたように、戦争に至る事態に日本を追い込むとしたら、それは政治の失敗であり、外交努力で戦争を回避することが、人々の命を預かる政府の務めであろう。

〇過去だけでない、目の前の問題-自民党改憲草案の危険性

 過去の戦争のもたらした、あまりに大きな惨禍への反省から、国家権力から個人の人権をいかに守り、尊重していくか、ということを基本原則とする日本国憲法。だが、田原氏の言説のような「義務」というものに警戒しなくてはならない理由は、歴史的な惨禍だけにとどまらない。安倍政権は支持率が下落してもなお改憲への動きを諦めておらず、自民党の改憲草案は、これまで何度も筆者が指摘してきたように、国家都合で個人の人権を制限し、いくつもの新たな「義務」を課すものだ(関連記事)。そのような点においても、国家権力が個人に課そうとする「義務」というものに、一層、注意を払っていくべきなのだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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