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BABY JOB 上野公嗣×白河桃子対談 なぜ保育所は「使用済みオムツ」を持ち帰らせるのか?(前編)

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト
オムツバッグ(写真:アフロ)

保育所に通う乳幼児を抱えている保護者の多くは、名前を書いたオムツを毎日持参し、使用済みの紙オムツを持ち帰ることを体験しています。時間に追われる保護者にとっては、オムツに1枚ずつ名前を書くことも負担だし、オムツを個別に管理する保育士の負担も少なくありません。「感染症リスク」などを考えて、これは合理的なのか? 保護者と保育士、両者のタスクを軽減するためのサブスクリプションサービス「手ぶら登園」を提供しているのが、BABY JOB株式会社(本社:大阪府大阪市)の代表取締役社長上野公嗣さんです。どうして「手ぶら登園」を始めるに至ったのか、これまでの経緯を伺いました。

「お母さん人材」の活躍を目指して創業

白河 フランス在住のライター、髙崎順子さんが日本の保育園の「おむつ持ち帰り」に衝撃を受けて、無くそうという活動をされているのは前から聞いていました。今回は会社を経営されている上野さんが保育所からのオムツ持ち帰りをなくすための活動をされるに至った経緯について伺いたいと思います。

上野 創業の経緯からお話をさせていただきます。私は2003年に、新卒でユニ・チャームという会社に入社しました。10年ぐらい勤めて、生理用品のマーケティングや、オムツの営業販売をしている中で「お母さん人材の活躍」を目の当たりにする機会がたくさんありました。

白河 その方はユニ・チャームの社内の方ですか?

上野 社内にもいましたし、ベビー用品店の店頭で推奨販売をしていただく派遣会社の方にもいらっしゃいました。たまにお母さんの販売員が来ると、オムツをたくさん販売してくれるので、お母さんばかりの派遣会社を探したところ、世の中になかったので「自分で作ろう」と思ったのが創業のきっかけです。

2012年の5月に起業をしましたが、当時は待機児童の問題が深刻だったため、今以上にお母さんたちは保育所に子どもを預けられない状況でした。そのため、お母さんたちは活躍したくてもできない状態でした。この時期に「保育園落ちた、日本死ね」という投稿が報道されて話題にもなってましたね。

そこで「まずは保育所から作らないといけない」と感じ、保育所の運営から始めました。現在は、全国に0~2歳児が通う地域型保育所を中心に45か所の直営保育所を展開しています。これだけ保育所を作ったら、元気よくお母さん達が働いてくれると思っていたのに、実際のお母さん達は毎朝めちゃくちゃしんどそうでした。

白河 どうしてでしょう?

上野 お母さん達に理由を聞くと、「一日は寝不足の朝から始まる」と言います。お母さん達は夜泣きに悩まされ、細切れの睡眠で朝を迎えます。その後、朝ご飯を作り、洗濯をし、保育所に行く準備をします。登園準備で急いでいるときに、子供がご飯を食べなかったり、靴下をはいてくれなかったりすると、普段は可愛いわが子でも、つい声を荒げてしまうことがあります。

仕事に行っても、子どもが熱を出したらすぐ迎えに行かなければいけない。同僚に気を遣い、お迎え後は子どもと一緒に買い物に行く大変さがあります。夜はまた家事をして、子どもの夜泣きで寝不足になります。

私はこれを毎日続けていれば確かに「しんどくなるな」と思いました。保育士達は、子どもたちの発達や成長を約束して一生懸命働きます。ただ、保育士の一部の方は「子育てを苦労してやるからこそ、親としての意識が湧くんだ」という考えを持っており、親が苦労することは当然という思想が根強く残っていました。

仕事中も気になってしまう。
仕事中も気になってしまう。提供:イメージマート

オムツ借金とは? 保育園と保護者の悩みを解決したい

白河 2012、2013年でもまだそんな感じだったのですね。フランスの保育所は、子育てが大変だからこそ親を助けるためにあるそうです。要するに思想が逆ということですよね。

上野 保護者がしんどそうな表情をしていることは、子どもにとっても良くないですよね。そこで直接保護者はメーカーから直接オムツを買い、メーカーが直接保育所に持っていくサービスを作れば、保護者と保育士の悩みを両方解決できるなと思い、「手ぶら登園」というサービスを始めました。

登園準備で大変なものの一つに「オムツに名前を書いて持っていく」があります。保護者は毎日5枚〜7枚ぐらいのオムツに名前を書いて保育所に持っていき、週末の休みの時には、かさばるオムツを買いに行きます。このタスクを軽減してあげることによって多少はゆとりができると思いました。

保育所側も、保護者それぞれがオムツを持ってくると大変なんです。持ってきてもらったオムツを個別に在庫管理して、なくなったら「持ってきてください」と声を掛けて、連絡帳にも書かなくてはいけません。もし保護者がオムツを忘れた場合は、保育所が貸すことが多いです。

白河 借りるということは、返す必要もありますよね。貸し借りの管理も大変ではないですか?

上野 そうなんです。私達はこれを「オムツ借金」と呼んでいます。「オムツが足りなくなったので、保育所のオムツを使いました。次回オムツを追加で持ってきてください」と言うのも心苦しい。お尻拭きに関しても、保護者が持ってきた物を使うのですが、もうちょっと拭いてあげたいけれども残りが少ない。「使いにくい」と思う保育士も多いようです。「保護者が持ってくるオムツのサイズが小さくて、パツンパツンでかわいそう」という保育士の悩みもよく聞きました。

白河 それが話題になった「オムツのサブスク化」の始まりということですね。今はサブスクの記事が検索上位に出てきますが、最初はサブスクではなかったのですか?

上野 最初はサイズと登園日数別の価格表で運営していたのですが、保護者と保育士のコミュニケーションがすごく複雑になってしまい、自分の運営している保育所ですら広まりませんでした。次のステップとして、土曜日登園の有無だけの価格表にしました。土曜日登園なら6日間。土曜日なしだと5日間の2プランです。それでも「私は土曜日に登園したけれども、平日休んだから週5日です」という声が保護者からあがってきて「これはもうシングルプライスしかないな」と思いました。そのような経緯で結果的にシングルプライスになっただけで、当時はサブスクという言葉も知りませんでした。

白河 当時はまだサブスクという言葉自体が一般的ではなかったんですよね。

上野 このサービス自体は2018年10月ごろから、自社グループ園でのテストを開始し、2019年7月よりサービスを正式に開始しました。2021年の4月には約1万6000人のユーザーの方に使ってもらっています。

白河 保育所ごとではなく、保護者一人ひとりと契約しているのでしょうか?

上野 まず保育所にサービスを導入いただき、その園に通う保護者と直接契約する形になります。

白河 同じ保育所でも、サブスクを使う人と使わない人が出てくるのでしょうか。

上野 はい、出てきますね。サイズにもよりますが1日あたり3~5枚のおむつを使うという想定で料金設定をしています。おむつ離れをしていく年齢になると、解約して、ご自身で持参する方も出てくるかなと思います。

白河 いっそ保育所ごとにサブスクは導入できないのでしょうか?

上野 そのように実施されているところもありますよ。少子化によって保育所が0歳児を集めるのが難しくなっています。園の特色やサービスの一環として保育所が手ぶら登園と契約して「園が全部オムツを用意しますよ」と打ち出すところも増えてきました。

白河 私立、公立限らず同じ状況でしょうか。

上野 そうですね。少子化の影響で公立の保育所も今後、「手ぶら登園」に取り組んでいくところは増えると思います。現在だと6自治体の公立保育所で導入していただき、渋谷区では2021年11月に実証実験を行った上で、2022年1月に本導入に至っています。

手ぶら登園を導入した公立保育所の中には、行政がサービス費用を負担しているところもあります。それは2020年7月に導入いただいた奈良県三宅町です。三宅町は感染対策として国から設けられた臨時交付金を使って手ぶら登園を導入し、保護者の費用負担をゼロにしています。また、今までは保護者にオムツを持ってきてもらい、それぞれのロッカーに入れてもらっていたのですが、新型コロナウイルスの感染症対策で保護者が園の中に入れなくなったため、玄関先で保育士がオムツを受け取って子どもの名前を確認しながらロッカーに入れており、保育士にとって負担が大きい。導入に至ったという経緯もあります。

参考:公立初の『手ぶら登園』。町が率先して、保護者の負担軽減へ

白河 コロナでサービス導入が進んだという面もあるのですね。

園と保護者の負担を少なくしたい。
園と保護者の負担を少なくしたい。写真:イメージマート

保育所から毎日「使用済みオムツ」を持ち帰るしんどさ

上野 私達としてはまず「オムツを持っていく」というタスクを減らしていきたいという想いでサービスを始めました。手ぶら登園によってその問題は解決できたのですが、保護者からの「使用済みの紙オムツを持って帰るのが辛い」という声もよく耳にしました。実は、多くの保育所では、使用済みの紙おむつを園で処分せず、保護者が持ち帰らなくてはいけません。保育所帰りにスーパーに寄りたい保護者は多いのですが、使用済みのオムツを持ってスーパーに入ることは非常に抵抗があるそうです。不衛生ですし、鞄の中に食品と使用済みオムツを一緒に入れたくないですよね。だいたいコンビニやスーパーの入り口のゴミ箱には「オムツを捨てないでください」と書いてありますが、捨てたくなる気持ちもよくわかります。

私は2013年に最初の保育所を作りました。民間からこの業界に入ったので、使用済みの紙オムツを保護者に持って帰ってもらうものだとは思っていませんでした。なので1園目の保育所の時から、ごみ回収業者を呼んで園処分にしていました。それが当たり前だと思っていたので。他の園の話を聞いて「使用済み紙オムツを持って帰らせるところがこんなに多いのか」とびっくりした覚えがあります。

白河 この問題はパリの高崎さんが問題提起され、私も注目していました。でも保護者に聞くと「え、おむつ持って帰るの?」という人と「え、おむつ持って帰らない園もあるの?」という感じで、知られていない問題でした。上野さんの園は最初からごみ回収業者に頼んでいたということですが、その分に関しては保護者がコストの負担をしていたのですか?

上野 それは園のコストとして見込んでいました。

白河 普通の会社や飲食店の発想なら、ごみを捨てることをお客さんに負担させるところはないですよね。事業者としては普通に園のコストとして見込んでいたけど、保育所業界でそれは当たり前ではなかったんですね。

上野 オムツのためだけにごみ回収業者を呼ぶのではなく、保育所では園内調理を行っていて必ずゴミが出るので、その回収にオムツの分を乗せてもらえばいいだけです。同じ事業系一般廃棄物ですので。1人あたりに換算すると、全部で月額300円から500円ぐらいで済みます。保育所運営全体で見たら大きな負担ではないので、それぐらいはみんなしていると思っていました。行政も色々な子育て支援策をしていますよね。それを否定するわけではありませんが、すぐに取り組める使用済み紙オムツの廃棄にも目を向けていただきたいなと強く思い、保育所からの持ち帰りをなくす活動を始めました。

白河 事業計廃棄物のコストは意外に安いのですね。保育所を運営されてる上野さんたちでも、オムツ持ち帰りの実態についてあまり知らなかったのは意外です。大阪の保育所がとくに持ち帰りが多いというわけではありませんよね?

上野 関東と関西を比較すると、関西のほうが圧倒的に持ち帰らせているところが多いです。調査したら関西の中でも特に京都府は持ち帰りが多いです。

白河 調査によれば「首都圏と関西圏の計361自治体の公立保育園のうち、半数近い168自治体で「使用済み紙おむつ」を保育園で廃棄せずに保護者に持ち帰らせている」「東京23区はゼロ」とあります。地域によって違うわけですね。自治体の方針でしょうか? 

上野 民間の場合は運営している法人が決めます。

白河 公立保育所の場合は、自治体が決めればいいわけですよね。決定者は誰なのかなと思っていたので、よく分かりました。「保育園からおむつの持ち帰りをなくす会」では、全国のオムツ持ち帰りに関して調査されて、地図にまとめていますよね。これはどのようにして調べられたのですか?

参考:保育園からオムツの持ち帰りをなくす会

上野 全て自治体の保育課に電話して確認しました。

白河 全国の状況を可視化するというのは、これまでなかったことです。「保育園からおむつの持ち帰りをなくす会」を作られたのはBABY JOBさんですよね?

上野 はい、事務局をBABY JOBで行っていますが、三宅町の森田町長や、この問題に詳しいジャーナリストの髙崎順子さんなどにもご賛同いただき、様々な方と一緒に盛り上げていこうという形で進めています。

白河 この調査は今までなかったので、すごく重要ですよね。

BABY JOB株式会社 取締役社長 上野公嗣さん。
BABY JOB株式会社 取締役社長 上野公嗣さん。

(後編に続く)

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

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