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緊急対談 白河桃子×沢渡あまね 今こそ紙と判子を一掃! 不要不急の外出を強いる働き方、間違ってます!

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

ついに「緊急事態宣言」が7都市に。人の活動を8割まで制限しないと、感染爆発となると政府は繰り返し訴える。テレワークも「推奨」「原則」と進んできたが、「出社停止」のフェイズが見えてきた。しかしそれを阻む壁がある。働き方改革の白河桃子に、『仕事ごっこ ~その“あたりまえ”、いまどき必要ですか?』(技術評論社)、『職場の問題地図 ~「で,どこから変える?」残業だらけ・休めない働き方』(技術評論社)の沢渡あまねが緊急対談を申し込んだ。

※対談は4月1日にリモートで行われました。

全社テレワークでも判子のために出社する

白河  今回は沢渡あまねさん(以下あまねさん)から問題提起をいただき、緊急対談です。あまねさんとは前々から、働き方改革において紙文化を一掃することは大事だと意気投合してきました。しかし、この緊急事態においても印刷、押印した書類の提出を頑なに求める組織があり、それを理由に危険な出社をしなければいけない社員がいるそうです。

沢渡  私の話をすると、つい最近、ある大企業から私に対して業務委託契約を締結したいというお話をいただきました。その仕事の内容から判断して、そもそも業務委託契約を締結するほどのものか疑問に思い、「契約締結は不要では?」と担当者に返しました。ところが、「法務と相談しましたが、やはり業務委託契約を締結して欲しい」と。そこまではまあ仕方がない。しかし、「紙の」契約書を「書留」で送りますので、それを一週間以内に「押印」して「返送」してくれと。こういう連絡が来たわけです。

白河  この緊急事態に、ですね。日本企業の紙文化にありがちな話ですが、今は状況が違いますよね。

沢渡  書留ということは、送られた相手の場所を指定するわけです。私は東京と浜松の2拠点をメインに活動をしています。3月半ばに浜松に移動して以来、「いまは動くべきではない」と判断し、浜松にとどまり続けています。しかし、先方の要求に従うならば、都内のオフィスに出向いて受け取らないといけない。さらに判子を押して印紙を貼るとなると、印紙を買いに行き、ポストに投函しなくてはいけない。この非常事態において不要不急の移動や外出を相手に強いるのはどうなんだろうと。

白河  先方の社員も書類がオフィスに来るから出社しなければいけない。両者に危険を強いる。

沢渡  不要不急の移動、外出を強いる行為が社会的にどうなんだと訊くと、「当社はコンプライアンスが厳しい」と返ってくるんですね。自社の内部規定を優先するあまり、社会の情勢に臨機応変に対応していくという社会的コンプライスは無視している。

白河  今は感染を広げないためにも、「活動自粛」なのに。社内の手続きシステムがアップロードされていないわけですよね。社員の安全性を無視しているし、紙を送ったら封筒とか消毒しないと…。

沢渡  印紙にしても、電子媒体であれば不要です。「印紙にお金を払いたくない」のではなく、買いに行く行為を発生させることそのものが危険です。

白河  仮のやり方をしておいて、後から処理するという柔軟な運用があってもいいですよね。

沢渡  この難局は、経理、法務、総務、購買、監査など、いわゆるバックオフィスと呼ばれる管理部門や間接部門が変わらないと乗り切れません。。今東京にいる人の話を聞いても、判子を押してどこそこに提出するために出社しなければいけないという話が山のようにあるわけですよね。

白河  日本で最初に全社テレワークをしたIT企業ですら、捺印のために会社に行かなくてはいけないと聞いています。契約書に必要な公印、これが持ち出し禁止だったので、今回持ち出しOKにしましたと。ところが、公印は紙に押さないといけないという部分は変わらないので、今緊急に変えられないかと求めていると聞きました。社内はいくらでもデジタル化できるけれど、お客様に対してはできない。さらに、公官庁がそれを強要しているというところに問題があります。あまねさんは以前から、霞ヶ関が変わらないと働き方は変わらないと問題提起してきましたね。

沢渡  この緊急事態に社会構造の問題が露出してきている。はっきり言うと、法律や商習慣が絶望的に古いんです。旧来製造業型の、「場所を固定する」「労働集約型」「全員が横並び」のやり方に最適化されてしまっている。ところが、これからは「オープン型」「コラボレーション型」に適応していかないと、柔軟なやり方に変えていかないとイノベーションできない。国力そのものが下がる。それどころか、今回のような緊急事態宣言下において大きな社会的リスクになり得る。いまだにクラウドが使えないなどに関してはさすがに移行していく流れはあるようなので、これを機にもっと加速していく必要があると思います。

上手くいくテレワークとは何か

白河  今まさに緊急事態なわけですよね。テレワークは、国内では2011年の3.11のときから準備している企業が上手くいっていて、GMOインターネットグループは1月末から全社一斉テレワークに踏み切っています。テレワークの制度がある企業は多いけれども、全社一斉というのは実は経験したことがないんです。で、GMOは3.11以来、月に一回予行演習していたそうです。この準備があってこそ、今緊急対応が上手くいっている。

沢渡  2016年に航空システムが大規模停止したときに一部の空港カウンターでは地上職の方が手書きでチケットを発券して対応できたという話がありました。これも日ごろから訓練していたそうで、やはり訓練していないとできない。

白河  先日、パーソル2万人調査(3月9日~15日)で、テレワークの実施率は13.2%と少なかったんですが、半分が初テレワーク。ざっと計算すると、およそ170万人のサラリーマンが初めてのテレワークを「今」しているという状況なんですね。企業の大半は、予定されていた7月以降の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて4月から開始しようと動いてはいた。総務省の「テレワークの制度がありますか」という企業対象のアンケートでは、企業の19.1%に制度があった。今、かなりの人たちが突然テレワーク、準備もないままにテレワークしているわけですね。

沢渡  何はともあれ、紙ベース判子ベースの流れは変えていかなければなりません。経理や法務などの管理部門、監査法人、さらには関連省庁や自治体においても柔軟な対応や創意工夫、もっと言えば妥協が求められる。「非常」事態なのですから、「通常」を貫こうとすること自体間違っている。大局観を欠いた、視野の狭い正義感は非常事態の局面では誰も幸せにしません。

白河  紙とハンコをまず廃止することがテレワークの第一歩。

沢渡  オフィス機器の株式会社オカムラさんのプロジェクト、WORK MILLが昨年秋にリリースしたレポートが興味深いです。柔軟な働き方のメリットとデメリットに関する調査結果があって、デメリットの第一位は「プリンターなどの出力ができない」、次いで「書類や資料が手元にない」。裏を返せば、紙資料の出力や押印がなくなれば、柔軟な働き方がどかっと進むって話ですね。

白河  オフィスで袖机に誰かが持っている紙の資料をデータに落として共有していく、そこから始めなくてはいけない。2月3月の調査では、経理・財務部門幹部の7割がテレワークをし、そのうち4割が在宅勤務では業務が完結せず、途中出社していました(日本FCO協会調査 3月18日~4月3日)。出社理由は「請求書」「押印手続き」「印刷など」です。

トップダウン型からオープン型の働き方へ

(出展:あまねキャリア工房)
(出展:あまねキャリア工房)

白河  今後緊急対応だけでなく、テレワークが当たり前になると、どんな未来が待っているのでしょうか? 

沢渡  日本人がどういう働き方をしてきたのかというと(図参照)、今までの日本の社会構造、法制度、カルチャーは左側の「統制型」で「ピラミッド型」に最適化されていたんですね。これは、製造業や自動車産業に最適化されたモデルであると考えることができます。

いわば、トップや企画部門などが答えをもっている前提のモデル。「この製品を作れば売れるぞ」のように。その答えをもとに設計部門、製造部門、技術部門、管理部門などの各組織、さらには下請けと呼ばれるサプライヤーが組織を構成する。情報はウォーターフォール(滝から流れ落ちる水)のように上から順にトップダウンで降りてきて、言われたことを守っていれば勝てたんです。逸脱は悪、ほかの人と違うことは悪とされる、「性悪説型」の管理型マネジメントが正しい。「皆が我慢しているのだから…」のような横並びのカルチャーになりやすい。個人としてどんなに理不尽なことを言われていても、会社に従っていれば定年まで安泰。定年後も、潤沢な退職金と年金で幸せに暮らすことが出来る。それが組織にとっても個人にとっても「勝ちモデル」だったのです。

白河  このモデルは人口ボーナス期(生産年齢人口が多く、人口が多いことが国のメリットになる時期)の終了と共に終わってしまいましたね。

沢渡  クリエイティブな企画部門でも情報システム部門でも営業部門でも、基本は全員製造現場と同じ働き方――9時から5時まで固定の場所で仕事をして、昼休みはわずか45分しかなくて全員決まった時間に食堂に行って、昼寝する時間もスマートフォンをいじって情報収集や友達とやりとりする時間すらまともに与えられない。会議は会議室でやる。「テレワーク? 部下がサボるかもしれないからダメ」だからガチガチに管理するしかないという性悪説型の管理がよしとされたわけですね。

白河  昔の人事管理っていうのは本当に性悪説を基にしていましたね。

沢渡  型にはめて、横並びにして出る杭は打たれる、と。情報共有もクローズで逐次共有になりますよね。基本的に上長が決めた人だけに共有するとか、タバコ部屋や廊下などで、ベテランや声の大きい人だけが立ち話で決めるみたいな「村社会」な「井戸端型意思決定」スタイル。若手や協力会社の人、あるいは中途入社などの新参者は蚊帳の外。エンゲージメントもモチベーションもあがるわけがない。情報格差が発生し、スピード感のないコミュニケーションスタイル。実にアンヘルシー(不健全)です。

白河  出席主義ですね。その場にいないほうが悪いってやつですよね。

沢渡  今はその方法が成り立たなくなっている。トヨタもソフトバンクやNTTなどの他の業界の企業とコラボレーションしてMaaSなど新たなビジネスモデルを生む時代。GAFAなどは言わずもがなで、統制型ではなくマネジメントスタイルやカルチャーをオープンにしていかなければ負ける。組織の内外は関係なくプロとつながってコラボレーションからイノベーションできるモデルに変わっていく必要がある。そういう産業構造に変えていかないと、勝てない時代になってきています。これが右側のオープン型です。性善説のマネジメントとカルチャーのもと、コラボレーションを誘発する。そのためには、「いかに相手を信頼するか」が大事。「テレワーク? 部下がサボるかもしれないからダメ」といいますが、成果を出せば良いわけで。極論を言えば、ちょっとくらいサボったっていいでしょう。成果を出すためには、適度なリフレッシュも必要。固定的な働き方で、いつも同じメンバーと強制的に顔を合わさせられて、イノベーションなんて起こりようがない。そもそも、出社していたって「仕事ごっこ」している人はたくさんいる訳で(苦笑)。

白河  オープン型はベースに性悪説ではなく信頼関係がありますよね。

沢渡  信頼関係によるモデルですね。統制型は「サボるかもしれない」「自社のビジョンに共感しないかもしれない」という人も大量に採用するので、実は採用時のハードルは低い。言葉は悪いですが、入社時に人事を騙しさえすれば「おめでとうございます」となる。そうすると、自社と同じ方向を向かない人、仕事しない人が紛れ込むリスクも高い。とはいえ、日本企業はおいそれとは人を解雇しない。よって、原則的に人を信頼しない前提、すなわち「性悪説」な制度設計と運用をする。その結果、管理レベル、統制レベルを上げる。

白河  社員は管理されて「あなた色に染まります」というやつですね。

沢渡  一方で、オープン型、すなわち性善説型のマネジメントができている会社は、採用など相手とパートナーシップを組む段階で時間をかける。すり合わせをする。自社や自組織の社ビジョンや「らしさ」を発信して、相手が共感するかどうか?を見ています。そのかわり、「この人と共感しあえる」「この人は信頼できる」と判断したら、どんどんオープンに情報共有もするし、そのための垣根も取り払う。

白河  素晴らしい制度や福利厚生がいいとかではなく、会社のビジョンに共感する人だけが集まっていると。IT企業などではスキルよりカルチャーマッチと言います。

沢渡  仕事する単位はチームで、10人前後、多くても30人くらいが限界かなと感じています。社内の垣根を作らずにいかに安全なデジタル環境だとかでコミュニケーションをオープンにしてやっていくか、素早く対応していかないと事業の展開で後れを取ります。もちろんこのような環境リスクにも耐えられない。

白河  今必要とされるのは横並び主義じゃなくて、多様性ですよね。ダイバーシティ&インクルージョン――多様性があるだけでなく、しっかり認め合う。しかし、多様な働き方が認められない多様性なんて、ただの絵に描いた餅です。

沢渡  さまざまなオリジナリティを持った人、さまざまな働き方でパフォーマンスを出せる人、社内社外も関係なくいかに早くつながり、異なる得意技を持つプロとの掛け合わせで価値を出していく。イノベーションの本質はそこです。話を戻すと、紙とか判子で縛られる多様性もスピード感もない働き方、クローズドな働き方ってリスクだよねって話です。事務作業に足を引っ張られて、プロが本来価値を出せない、すばやく他者(社)とコラボレーションできない。本末転倒です。

後編へ続く

profile

沢渡あまね(さわたりあまね)

業務プロセス/オフィスコミュニケーション改善士

あまねキャリア工房代表/株式会社NOKIOO顧問/株式会社なないろのはな 取締役。著書に『仕事ごっこ』『職場の問題地図』ほか多数。

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

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