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京都市交通局「年収1,000万円のバス運転士は存在しません」に批判殺到。給与の低さ宣伝する理由とは?

篠原修司ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門
炎上したツイート。Twitterより筆者キャプチャ

 京都市交通局が12月27日に投稿した「いいですか、落ち着いて聞いてください。年収1,000万円のバス運転士は存在しません。」というツイートに対して、Twitterユーザーから批判が殺到しています。

 一見すると“運転士の給料が低い(多い人がいない)”ことを宣伝しているようですが、このようなツイートをするに至ったとある事情を京都市交通局は抱えています。

 今回の記事では、その背景について解説します。

赤字に苦しんでいる京都市交通局

 以下のグラフは京都市営バスと京都市営地下鉄を運営する京都市交通局の経常収支です(データは京都市交通局 事業白書より)。

京都市交通局の経常収支。グラフは筆者作成。
京都市交通局の経常収支。グラフは筆者作成。

 近年は黒字化に成功していますが、2002年(平成14年)以前は赤字に苦しんでいることがわかります。

 赤字をなくすには収入を増やすか、支出を減らすしかありません。このため、京都市交通局は1989年(平成元年)、1992年(平成4年)、1996年(平成8年)と繰り返し値上げを行いました(読売新聞社 1999.10.21 大阪朝刊 より)。

 しかし、この相次ぐ値上げに対して市議会や市民から批判が起こります。そのなかには「バス運転士の年収が高すぎる」という意見もありました。

 要するに収入を増やすだけではなく、支出も減らせという話が出てきたのです。

バス運転士の47%が年収1,000万円超

 それでは、バス運転士の年収はいくらだったのでしょうか?

 京都市会の会議録によると、過去にはバス運転士の47%が年収1,000万円以上だったとあります(京都市 平成17年9月 公営企業等決算特別委員会 第10回 より)。

 また、1996年(平成8年)の値上げ時においても、京都市のバス運転士の37%が年収1,000万円以上だったとのことです(ただし年収のうち約14%は超過勤務手当をふくむとあるため、残業代などがなければ860万円の計算)。

 当時の京都市民の平均年収は370~400万円です。

 人件費の削減が、叫ばれました。

 こうした動きを受けてバス運転士の人件費は削られる方向に進んでいくのですが、会議録を読み進めていくと1999年(平成11年)時点においても市バス運輸収入に対して人件費の割合は110%を超えていたそうです(京都市 平成11年2月 定例会 第1回 より)。

 バスの購入費や整備費などに関係なく、人件費だけで赤字の団体、それが当時の京都市営バスでした。

 結局、京都市営地下鉄は2008年(平成20年)に、京都市営バスは2009年(平成21年)に国から管理を受ける経営健全化団体に転落しました。

 その後は京都市バスの運営を外部に委託したり、インバウンド効果により黒字になったのはグラフの通りです。

“選考採用”職員の相次ぐ不祥事

 また、高すぎる人件費の問題以外にもうひとつ、京都市特有の問題に対して市民から批判が起きました。

 それが“選考採用”で公務員となった職員による不祥事です。

 “選考採用”とは部落解放同盟や全国部落解放運動連合会などの同和団体を通じて推薦を受けた人物を公務員として採用する方式のひとつで、京都市では環境局(1,500名)や交通局(1,795名)に“選考採用”で選ばれた職員が多くいました(かっこ内の選考採用による職員数は京都市 平成10年9月 定例会 第3回 より)。

 2006年(平成18年)、京都市環境局の職員が児童買春、女性を脅す目的でナイフを所持していた銃刀法違反、ATMをゴルフクラブで壊す窃盗未遂、覚せい剤取締法違反などの罪で相次いで逮捕されます。

 この逮捕された環境局の職員6名のうち5名が、さきほど取り上げた“選考採用”で採用された職員でした。

 これによりこの年、“選考採用”に対する批判が大きくなります(報道123)。

 さらには翌2007年(平成19年)、京都市営バスでなぜか国土交通省に運行計画が届けられていない路線が運行されている問題をABCテレビ(朝日放送)が報じます。

 俗に言う“京都市幽霊バス問題”です。

 この幽霊バスの運行路線は乗客が少ないうえに乗務時間も短く、労働組合の幹部が組合運動をするために運行されている“ヤミ専従”ではないかと指摘され、当時の京都市長である桝本頼兼市長がそれを認める発言をしていたと報じられています。

京都市交通局の無届けバス問題で、市長は問題のバスが労働組合幹部の優遇のためだったと、組合と交通局の癒着を認めました。

問題となっている京都市交通局のバスは、時刻表に載っていない上、国にも無届けで走っていて、関係者から「幽霊バス」と呼ばれています。ABCは、このバスは乗務時間の短い臨時バスを組合幹部が運転し、浮いた時間に組合活動をするためのもので、「ヤミ専従逃れ」だと指摘しました。

交通局は、「客が多いときのためでヤミ専従逃れではない」と否定しましたが、桝本頼兼市長は2日ABCの取材に対して、「過去にヤミ専従があったのは事実。先日報道された内容は、その限りにおいて事実であり、弁解の余地はない」と答えました。

http://webnews.asahi.co.jp/abc_2_002_200705021201003.html

 さきほどの高すぎる人件費の問題とあわせて、京都市に対して「税金で組合運動させるな」、「同和政策の見直しを」との批判が起きました(京都市の会議録によると選考採用は平成13年度末で終了しているとのこと)。

黒字化した京都市交通局、コロナでまた赤字に

 では、なぜいま「年収1,000万円のバス運転士は存在しません」と宣伝しないといけなくなったのか?

 京都市交通局は経営状況の「見える化」だとしていますが、じつは京都市交通局、また赤字になったんです。

 新型コロナウイルスの影響によるインバウンド需要の減少。そしてこれまで運行を委託していた京阪バスと西日本JRバスが一部路線で撤退したことにより、その分を直営するためにバス運転士を雇用した結果、人件費が13%増えて赤字になりました。

 そして赤字になったため、京都市は2022年10月から敬老乗車証を倍(3,000円→6,000円)に値上げしました。2023年10月には3倍(9,000円)になる予定です。

 さらに2024年には地下鉄で7%、市営バスで8%の値上げが予定されています。

 もちろん市民は怒りました。

 ここからは想像ですが、おそらくこれら一連の値上げに対して市民から「(過去のことを持ち出して)年収1,000万円のバス運転士」批判が出たものと思われます。

 京都市交通局の「見える化」のホームページにも「年収1,000万円は誤解です!! もうずーっと前から市バス運転士の給料は民間のバス運転士と同水準なんです!!!!(クソデカボイス)」と書かれています。

 「赤字で値上げするのは人件費のせいではない」を市民に訴えるための投稿が、例の「年収1,000万円のバス運転士は存在しません」、「昔はいたけどね…」のツイートというわけです(実際に京都市交通局の担当者がインタビューに答えています)。

 余談ですが、2020年度(令和2年)の赤字により京都市営地下鉄はまた経営健全化団体に転落しました。現状のままでは破綻します。

「人命を預かる仕事。もっと給料あげて」はイイ話に見えるけど……

 批判ツイートには「人命を預かる仕事だからもっと給料をあげて欲しい」や「公務員の給料を下げるから民間の給料も下がる」といった意見を多く見かけます。それを実現できるのであれば良いことだとは思いますが、残念ながら赤字なのでできません。

 また、京都市交通局だけではなく(補助金を出せる立場にある)本体の京都市も財政破綻寸前です。マジでヤバいです。

 どれくらいヤバいのかと言うと、全国1,741市区町村のなかで京都市だけ財源不足のときのために余剰金を積み立てる財政調整基金が0円です。家庭に置き換えてわかりやすく言うと1,741世帯中、京都市だけ貯金0円です。

 また、20ある政令市のなかで、収入に対して将来、市が負担する借金などの割合を示す将来負担比率も京都市がワースト1位の170.4%です(ワースト2位は広島市の158.9%。令和3年度の総務省データより。令和元年度は191.1%だったのでこれでも改善しました)。

 京都市はこのままでは2028年度(令和10年)にも、「企業の破綻にあたる財政再生団体に転落する恐れがある」と門川大作市長は訴えています

 直近で財政再生団体に転落したのは北海道の夕張市です。

 夕張市の公共サービスがどれだけ悪化したかは記憶に新しいと思いますが、京都市が批判に応えてバス運転士の給料を1,000万円にアップした場合、財政再生団体に転落する時期が早まるだけになるでしょう。

 そして財政再生団体に転落すれば、夕張市と同じく公共施設は次々と閉鎖され、水道利用料金、軽自動車税、施設使用料が値上げされていきます。バス運転士もふくめて職員の給与はカットされます。誰も幸せになりません。

 「もっと給料を上げろ」。イイ話だとは思いますが、京都市の事情を全く考慮していない無責任なツイートとも言えます。そもそもバス運転士の給与は民間の529万円より13万円多い542万円です。京都市、頑張ってる方だと思います(政令市の平均よりは安いけど……)。

ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門

1983年生まれ。福岡県在住。2007年よりフリーランスのライターとして活動中。スマホ、ネットの話題や炎上などが専門。ファクトチェック団体『インファクト』編集員としてデマの検証も行っています。最近はYouTubeでの活動も。執筆や取材の依頼は digimaganet@gmail.com まで

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