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社会に衝撃を与えた『セクシー田中さん』問題で本当に問われたものは何だったのか

篠田博之月刊『創』編集長
日本テレビのホームページより筆者撮影

 日本テレビで2023年放送されたドラマ『セクシー田中さん』の原作者であるマンガ家・芦原妃名子さんが亡くなった事件は社会に衝撃を与え、今もネットなどで議論が沸騰している。

 2月22日付『週刊文春』電子版は、前日の21日に日本テレビ社内で行われた話し合いの詳細をスクープした。日本テレビが4月から放送予定だった小学館のマンガ原作のドラマ『たーたん』が制作中止になったことがメインスタッフ約20人を集めた場で伝えられたというものだ。今から別のドラマを準備するというから大変な事態だ。

 日本テレビは既に2月15日、『セクシー田中さん』問題で外部有識者に協力を依頼して社内調査を行うと発表している。恐らくその調査結果が出るまで、小学館としてはドラマ化への協力を見合わせようとしたのだろう。

『セクシー田中さん』の問題は、原作者が命を絶つという事態に至り、小学館に対しても、なぜ芦原さんを守れなかったのかという批判も寄せられているようだ。マンガ原作のアニメやドラマの制作や著作権の問題など、この事件は多くの課題を投げかけた。ドラマや映画が原作と異なる事例は珍しくないが、それは原作者が了解した場合の話で、『セクシー田中さん』の場合は、かなりの紆余曲折があったようだ。

 驚いたのは、原作者の細かい申し入れや意向を、脚本家の相沢友子さんが2月8日になって「私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました」とSNSに書いていたことだ。いったい何が起きていたのだろうか。

ネットの過剰な反応や攻撃も一要因との指摘

 この問題はいろいろ複雑な要素を抱えている。一連の経緯の発端は2023年12月のドラマ最終回前後に脚本家の相沢さんがSNSに感想を書き込んだことだが、原作者の芦原さんがそれに対応してSNSに投稿、それぞれにネットで大きな反応が起きたのだった。

 芦原さんは亡くなる直前の1月28日の投稿で「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」と、この件が大騒動になってしまったことに困惑した心情を表明していた。翌日、芦原さんが亡くなって小学館、日本テレビ双方が哀悼のコメントを発表したが、恐らくその時点で踏み込んだコメントはできないと判断したのだろう。やや紋切り型ともとれるコメントにネットではまたも反発が起きた。

 さらに2月6日に小学館で開かれた社員向け説明会で、社外向けの説明は今のところ予定していないと会社側が発言したというニュースが伝わると、小学館への非難も広がった。断片的な情報が伝わるたびにネットでは日本テレビ、小学館、そして脚本家ら当事者への攻撃が拡大するという状況になってしまったのだった。  

 日本テレビはホームページのトップに「ドラマ『セクシー田中さんは日本テレビの責任において制作および放送を行ったもので、関係者個人へのSNS等での誹謗中傷などはやめていただくよう、切にお願い申し上げます」という一文を立ち上げた。

 2月22日発売の『週刊新潮』2月29日号は「『セクシー田中さん』原作者急死の元凶“SNSの深淵”を探る」という記事を掲載。その中で専門家がこう指摘している。

「ネットユーザーの投稿内容は大半が臆測や個人的な見解です。むしろ芦原さん自身の最後の投稿内容を見れば、自身が経緯を説明したことで炎上が起きて事態をコントロールできなくなった、その騒動による心労で傷ついた可能性も大いに考えられます。その場合は、テレビ局や出版社だけではなく、騒動初期にネットで攻撃的な投稿を繰り返した人たちも、芦原さんの死と無関係ではないことを認識しなければなりません」

 この記事はタイトルにもあるように、SNSの反応こそが芦原さんの「急死の元凶」ではないかと訴えたものだ。

 複雑な様相を呈してしまったこの問題だが、解明すべきなのは、いったいドラマ『セクシー田中さん』制作の過程で、原作者側、脚本家、プロデューサーの間でどんなやりとりがなされ、作品の映像化をめぐって何が問題となっていたのか、ということだろう。日本テレビの調査報告に期待したいと思うが、問題がやや複雑なので、少し整理しておこう。

『セクシー田中さん』第7巻とお知らせ(筆者撮影)
『セクシー田中さん』第7巻とお知らせ(筆者撮影)

発端となった脚本家の投稿とその波紋

 まずは発端となったドラマ終了に際しての脚本家・相沢さんの投稿だ。

《●23年12月24日 相沢友子

『セクシー田中さん』 今夜最終話放送です。最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、 過去に経験したことのない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることとなりました。

●12月28日 相沢友子

『セクシー田中さん』 最終回についてコメントやDMをたくさんいただきました。

 まず繰り返しになりますが、 私が脚本を書いたのは1~8話で、最終的に9・10話を書いたのは原作者です。誤解なきようお願いします。

 ひとりひとりにお返事できず恐縮ですが、 今回の出来事はドラマ制作の在り方、 脚本家の存在意義について深く考えさせられるものでした。この苦い経験を次へ生かし、これからもがんばっていかねばと自分に言い聞かせています。

 どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように。》

 上記の相沢さんの投稿に対して後になされる芦原さんの長い投稿を見てもわかるように、このドラマをめぐってはかなりの紆余曲折があったわけだ。相沢さんとしてはドラマの脚本をめぐる事柄として問題提起しようという意図があったのだろうが、ネットの過剰反応という要素が加わってややこしくなってしまった感は否めない。

 著作権の問題やドラマ化にあたってのいろいろな問題をこの事件は提起しているのだが、前出『週刊新潮』が書いていたように、それと別にもうひとつ考えてみるべき問題をも浮き彫りにしている。十分な議論がなされる前に、断片的な情報をもとに感情的な反発や攻撃がネットで広がることで事態を紛糾させてしまうということで、これはなかなか深刻な問題だ。

原作者側の切々たる投稿

 芦原さんの投稿はかなり長いのだが、大事な内容なので紹介しよう。結局、芦原さんも相沢さんも事態の成り行きに絶望し、それらの投稿を全て削除してしまうのだが、今後の議論にとってはそれら投稿の内容を正確に把握することは大切なことだ。

 芦原さんの投稿は、小学館にも確認して書いたというから、詳細な経緯を明らかにしておきたいという強い意図があったのだろう。原文は最初ブログに書き込みそれをSNSに転載したようだが、段落の改行など引用にあたって読みやすいように整理した。

《●24年1月26日 芦原妃名子

 ドラマ「セクシー田中さん」をご視聴いただいた皆様、ありがとうございました。色々と悩んだのですが、今回のドラマ化で、私が9話、10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った経緯や事情を、きちんとお伝えした方が良いのではと思い至りました。この文章を書くにあたって、私と小学館で改めて時系列にそって事実関係を再確認し、文章の内容も小学館と確認して書いています。

 ただ、私達は、ドラマの放送が終了するまで、脚本家さんと一度もお会いすることはありませんでしたし、監督さんや演出の方などドラマの制作スタッフの皆様とも、ドラマの内容について直接、お話させていただく機会はありませんでした。ですから、この文章の内容は私達の側で起こった事実ということになります。

「セクシー田中さん」は一見奇抜なタイトルのふざけたラブコメ漫画に見えますが…。自己肯定感の低さ故生きづらさを抱える人達に、優しく強く寄り添える様な作品にしたいという思いが強くあり、ベリーダンスに纏わる方々の思いにも共鳴しながら、担当編集と共に大切に描いてきた漫画です。ドラマ化のお話をいただき、当初の数話のプロットや脚本をチェックさせていただきながら、最終的に私が10月のドラマ化に同意させて頂いたのは6月上旬でした。「セクシー田中さん」は連載途中で未完の作品であり、また、漫画の結末を定めていない作品であることと、当初の数話のプロットや脚本をチェックさせていただいた結果として、僭越ではありましたが、ドラマ化にあたって、

・ドラマ化するなら「必ず漫画に忠実に」。漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正をさせていただく。

・漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様「原作者があらすじからセリフまで」用意する。原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたいので、ドラマオリジナル部分については、原作者が用意したものを、そのまま脚本化していただける方を想定していただく必要や、場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある。

 これらを条件とさせていただき、小学館から日本テレビさんに伝えていただきました。また、これらの条件は脚本家さんや監督さんなどドラマの制作スタッフの皆様に対して大変失礼な条件だということは理解していましたので、「この条件で本当に良いか」ということを小学館を通じて日本テレビさんに何度も確認させていただいた後で、スタートしたのが今回のドラマ化です。

ところが、毎回、漫画を大きく改編したプロットや脚本が提出されていました。

・漫画で敢えてセオリーを外して描いた展開を、よくある王道の展開に変えられてしまう。

・個性の強い各キャラクター、特に朱里・小西・進吾は原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される。

・「性被害未遂・アフターピル・男性の生きづらさ・小西と進吾の長い対話」等、私が漫画「セクシー田中さん」という作品の核として大切に描いたシーンは、大幅にカットや削除され、まともに描かれておらず、その理由を伺っても、納得のいくお返事はいただけない。といったところが大きなところですが、他にも細かなところは沢山ありました。

「枠にハマったキャラクターに変えないでいただきたい。私が描いた『セクシー田中さん』という作品の個性を消されてしまうなら、私はドラマ化を今からでもやめたいぐらいだ」と、何度も訴え、どうして変更していただきたくないのかということも丁寧にご説明し、粘りに粘って加筆修正し、やっとの思いでほぼ原作通りの1~7話の脚本の完成にこぎつけましたが…。

 脚本家さん、監督さんといったドラマ制作スタッフの皆様と、私達を繋ぐ窓口はプロデューサーの方々のみでしたから、プロデューサーの方々が当初「ドラマ化の条件」として小学館から日本テレビさんに伝えていただいた内容を、どのように脚本家さんや監督さん、ドラマ制作スタッフの皆様に伝えていらっしゃったのか、残念ですが私達には知る術はなく、当初お伝えした「ドラマ化の条件」はどうなってしまったのだろう?という疑問を常に抱えた状態での加筆修正の繰り返しとなって、その頃には私も相当疲弊していました。

 そして、私があらすじ、セリフを準備する終盤のドラマオリジナル展開は8話~10話となりましたが、ここでも当初の条件は守られず、私が準備したものを大幅に改変した脚本が8話~10話まとめて提出されました。

 特に9話、10話の改変された脚本はベリーダンスの表現も間違いが多く、ベリーダンスの監修の方とも連携が取れていないことが手に取るように分かりましたので、「当初の約束通り、とにかく一度原作者が用意したあらすじ、セリフをそのまま脚本に落としていただきたい」「足りない箇所、変更箇所、意見はもちろん伺うので、脚本として改変された形ではなく、別途相談していただきたい」といったことを、小学館から日本テレビさんへ申し入れをしていただきましたが、その後も、大幅な改編がされたプロットや脚本が提出され、それを小学館サイドが「当初の約束通りに」と日本テレビさんにお戻しするという作業が数回繰り返されたと聞いています。最終的に、日本テレビのチーフプロデューサーの方から「一度そのまま書くように」との指示が出たとも伺っていましたが、状況は変わらぬまま約4週間が過ぎてしまいました。

 ドラマの制作スケジュールのリミットもどんどん迫っていましたので、本当はドラマオリジナルとなる8話~10話全ての脚本を拝見してオリジナル部分全体で、加筆修正をさせていただきたかったのですが、8話だけ、何とか改変前の内容に修正させて頂いて、日本テレビさんにお渡しすることになってしまいました。9話、10話に関する小学館と日本テレビさんのやりとりを伺い、時間的にも限界を感じましたので、小学館を通じて9話、10話については、当初の条件としてお伝えしていた通り、「原作者が用意したものをそのまま脚本化していただける方」に交代していただきたいと、正式に小学館を通じてお願いしました。

 結果として、日本テレビさんから8話までの脚本を執筆された方は9話、10話の脚本には関わらないと伺ったうえで、9話、10話の脚本は、プロデューサーの方々のご要望を取り入れつつ、私が書かせていただき、脚本として成立するよう日本テレビさんと専門家の方とで内容を整えていただく、という解決策となりました。

 何とか皆さんにご満足いただける9話、10話の脚本にしたかったのですが…。素人の私が見よう見まねで書かせて頂いたので、私の力不足が露呈する形となり反省しきりです。漫画「セクシー田中さん」の原稿の〆切とも重なり、相当短い時間で脚本を執筆しなければならない状況となり、推敲を重ねられなかったことも悔いてます。9話、10話の脚本にご不満をもたれた方もいらっしゃるかと思います。どのような判断がベストだったのか、今も正直正解が分からずにいますが、改めて、心よりお詫び申し上げます。

 最後となりましたが、素敵なドラマ作品にして頂いた、素晴らしいキャストの皆さんや、ドラマの制作スタッフの皆様と、「セクシー田中さん」の漫画とドラマを愛してくださった読者と視聴者の皆様に深く感謝いたします。》

芦原さんの最後の投稿と相沢さんの反応

 芦原さんの長い投稿は、切々たる内容だけに反響を呼んだ。脚本家や日本テレビに対する攻撃が吹き荒れたらしい。日本テレビがホームページで「誹謗中傷」と表現しているように、ひどい攻撃も少なくなかったようだ。

 そのうえで芦原さんの最後の投稿が以下だ。

《●1月28日 芦原妃名子

 攻撃したかったわけじゃなくて。

 ごめんなさい。》

 芦原さんが亡くなったことは社会に大きな衝撃を与えた。そして、それについての相沢さんの投稿が以下だ。この書き込みの後、相沢さんはアカウントそのものを削除し、今後は発言しない意思を表明した。

《●2月8日 相沢友子

 このたびは芦原妃名子先生の訃報を聞き、大きな衝撃を受け、未だ深い悲しみに暮れています。心よりお悔やみ申し上げます。芦原先生がブログに書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました。いったい何が事実なのか、何を信じればいいのか、どうしたらいいのか、動揺しているうちに数日が過ぎ、訃報を受けた時には頭が真っ白になりました。

 そして今もなお混乱の中にいます。

 SNSで発信してしまったことについては、もっと慎重になるべきだったと深く後悔、反省しています。もし私が本当のことを知っていたら、という思いがずっと頭から離れません。あまりにも悲しいです。事実が分からない中、今私が言えるのはこれだけですが、今後このようなことが繰り返されないよう、切に願います。

 今回もこの場への投稿となることを、どうかご容赦ください。お悔やみの言葉が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。芦原妃名子先生のご冥福をお祈りいたします。

 これを最後に、このアカウントは削除させていただきます。》

あまりに悲しすぎる結末と原作マンガ第7巻

 事態は社会全体に衝撃を与えたわけだが、原作のマンガを入手しようと思っても品切れ状態が続いた。小学館としても、こういう状況で増刷することはできないと判断したのだろう。私も苦労して全巻入手したが、2023年10月に刊行された第7巻がまた哀しいものだった。

 日本テレビでその連載がドラマ化されることが決まり、作者の芦原さんが自筆で「田中さんがドラマになりますよー。」と表明をしているのだ。主要部分を引用しよう。

《まだまだ連載半ばの作品なので、賛否両論あると思いますが、キャラやあらすじ等、原作から大きく逸れたと私が感じた箇所は、しっかり修正させて頂いているし、(恐らくめちゃくちゃうざかったと思います……。)物語終盤の原作にはないオリジナル展開や、そこに向かう為の必要なアレンジについては、あらすじからセリフに至るまで全て私が書かせて頂いてます。恐らく8話以降に収録されるはず。

 色んな実写化への関わり方があると思いますが…あれこれ悩みつつ今回はこういう形をとらせて頂く事になりました。 2023.8/31》

 原文は1ページを使って読者へのお知らせを述べたものだ。一般にマンガのドラマ化映画化は、新たな読者を獲得する契機になりえるし、出版社や作者にとっては喜ばしいことだ。その気持ちがこの告知ページにも窺えるだけに何とも哀しい。

 今後、ぜひ日本テレビにはきちんとした調査結果の公表をしてほしいし、出版界を含めて、この事件と提起された問題については議論すべきだと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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