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マンガに加えて文芸書のヒットが続く講談社。その背景にどんな事情があるのか

篠田博之月刊『創』編集長
『汝、星のごとく』と『なれのはて』(筆者撮影)

 出版界の厳しい状況が続く中で、安定した売り上げを誇っているのが講談社、小学館、集英社の大手3社のマンガ部門だ。コンテンツの配信や映画などへの2次展開3次展開と、大きな売り上げを誇っている。

 それに加えて大手出版社の売り上げを左右するのが文芸書のヒットだ。そのヒットがどれだけ出るかでその年度の売り上げが変わってくる。

 その中で、2023年、好調だったのが講談社の文芸部門だ。しかも、当事者からは、これはたまたまではない、という声も伝わってくる。いったいどういう背景があるのか探ってみた。

講談社に文芸書のヒットが相次いだ背景

 講談社の2023年の文芸書のヒットについて、同社第一事業本部文芸第二出版部の河北壮平部長に話を聞いた。河北部長は『小説現代』の編集長でもある。

ちなみに講談社の場合、文芸第一出版部が純文学、第二出版部がエンタメ系だが、このほかに文芸第三出版部もある。河北部長によると「文芸第二が、エンタメの王道、文芸第三はエンタメの最先端というとらえ方をしています。新人賞として、文芸第二には江戸川乱歩賞や小説現代長編新人賞があり、文芸第三にはメフィスト賞があります」とのことだ。

 この1年ほど講談社に文芸書のヒット作が多かったのは、河北部長によると、背景があるという。

「2023年の文芸部門は、売り上げや利益がこの数十年ほどで一番なのではないでしょうか。

 それは偶然ではなく、講談社の文芸自体が改革をし続けてきたからだと思います。昔は雑誌と書籍の連携がうまくできていなかったり、各部の縄張り意識のようなものがあったりした気がしますが、今は文芸第一から文芸第三、そして講談社文庫まで繋がっている感覚があります。人材も流動的ですし、風通しがとても良くなりました。みんなで文芸全体を盛り上げようとトライしてきた結果ではないでしょうか」

話題となった凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』

 2023年、大きな話題となったのは凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』だが、『小説現代』掲載も含めて凪良さんを担当してきたのが河北部長だという。

「『汝、星のごとく』は、講談社としては10年ぶりの本屋大賞受賞作ですから嬉しかったですね。22年8月刊で現在は累計40万部に達しましたし、23年11月に刊行した続編『星を編む』も発売1週間ほどで4刷り12万部を超えました。電子版も含めると2冊で55万部になっています。

 続編を出そうという話は、『汝、星のごとく』を進行している時期に凪良さんとしており、前作が刊行された翌月には『小説現代』に続編の短編「春に翔ぶ」を掲載しています。

 元々凪良さんの一般文芸のデビュー作が文芸第三編集部発の講談社タイガというレーベルなんです。その前は、いわゆるボーイズラブ小説を書かれていましたが、17年に一般文芸で作品を刊行されてからは、講談社はずっと近くにいますね。

『汝、星のごとく』は久しぶりの新作でしたから、出版された瞬間から爆発的に売れました。さらにそこに直木賞候補をはじめ、多くの賞の候補に入り、ぐんぐん伸びていきました。そして、ついに本屋大賞の受賞となりました。凪良さんは本屋大賞を3年前にも一度とられていて、2度目というのは異例のことです。

 11月に続編の『星を編む』が出たことで、今また『汝』が書店さんのランキングトップ10に入っていますね。このひと月で3万部以上出荷しています。続編も、発売前重版、発売翌日重版、発売即重版、発売1週間重版と大変な勢いで売れています。それだけ凪良さんが読者に愛されてるんだ、と改めて驚いています。

『小説現代』は創刊60年の雑誌ですが、いま小説誌としても注目を浴びていて、毎年、完売号を出しています。今回、直木賞候補作に選ばれている加藤シゲアキさんの『なれのはて』も10月号で全編公開させていただき、完売しました。小説誌と単行本をきちんと繋げて売ることができているのも、今の講談社の文芸部門の特徴かもしれません」

加藤シゲアキさんの『なれのはて』も

 べストセラーは続いている。

「凪良さんの2冊ももちろん大きいのですが、23年の講談社は、東野圭吾さんの『あなたが誰かを殺した』と京極夏彦さんの『鵼の碑』が連続で刊行されました。このお二人ですから、2つとも超大ヒットですし、加藤シゲアキさんの『なれのはて』もベストセラーですし、よくぞこれだけ惑星直列のように素晴らしい作品が出版できたものだ、と感じています。

 しかもそのうえに、文芸部門ではありませんが、『続 窓ぎわのトットちゃん』が、50万部の大ヒットとなっています」(河北部長)

 23年に次々とベストセラーが続いたのは、何年かかけて準備してきたものがこの時期、一気に花開いたということなのだろう。

「『なれのはて』も担当者が3年以上前から仕込み始めていました。ファンタジーのシリーズとしてヒットしている『レーエンデ国物語』もシリーズ15万部となりましたが、8年ほど前から企画していた本ですね。長年温めてきたものが結実しているのでしょうか。京極さんは17年ぶりのシリーズ新刊ですしね。それらが連続して爆発的ヒットというのもすごいことです。

 24年も長年温めていた企画が刊行される予定ですし、それだけ編集者が自分にとって大切な作品を仕込める状態になっているということかもしれません」(同)

『続 窓ぎわのトットちゃん』など文芸書以外でも

 書籍の売れ行きについては菅間徹出版営業局長にも聞いた。河北部長の話を一部重複するが紹介しよう。

「2023年は文芸作品が非常に好調でした。『汝、星のごとく』が本屋大賞を受賞し、40万部まで行きました。東野圭吾さんの作品も久しぶりに9月に出まして『あなたが誰かを殺した』が21万部に達しています。それと京極夏彦さんの17年ぶりの新シリーズ、『鵼の碑』が17万部超。かなり分厚い特装版も出したんですが、これもすぐに売り切れました。

 あと夕木春央さんの『方舟』、凪良ゆうさんの『星を編む』も13万部以上を記録しています。また、大きく話題になったのが加藤シゲアキさんの『なれのはて』。10月発売ですが、12月上旬現在すでに11万部に達しています。それ以外では『レーエンデ国物語』が話題になりました。

 文芸以外では『続 窓ぎわのトットちゃん』が、黒柳徹子さんの42年ぶりの続編という形で発売され、50万部に達しています。『窓ぎわのトットちゃん』は海外でも中国をはじめ各国で販売されており、自叙伝としてはギネス記録となる2500万部の大ベストセラーとなっています」(同)

 その他の書籍や新書、文庫はどうなのだろうか。

「講談社現代新書では22年11月に刊行された林真理子さんの『成熟スイッチ』が版を重ねて16万部に達しています。

 企画部から22年12月に刊行したノンフィクション『母という呪縛 娘という牢獄』は1年かけて売れ続け、電子版を合わせると10万部を超えました。

 文庫では22年7月刊の東野圭吾さんの『希望の糸』が20万部を超えており、池井戸潤さんの『半沢直樹 アルルカンと道化師』は18万部に達しました。

 映画化で話題になっているのが『ある閉ざされた雪の山荘で』です。24年公開ですが、公開発表とともに大きく伸び、23年11月までで11万部以上の重版がかかりました。

 そのほか10万部を超えているのは相沢沙呼さんの『invert城塚翡翠倒叙集』や、内館牧子さんの『今度生まれたら』です。

 また、23年はブルーバックスが創刊60周年を迎え、店頭フェアや漫画とコラボした新聞宣伝などで話題になりました」(同)

 写真集も10万部を超えたものがある。

「乃木坂46の『齋藤飛鳥写真集 ミュージアム』が20万部を超えました。もう1冊、乃木坂46の写真集『TRIANGLE magazine』も売れました。『フライデー』の連載をまとめた写真集『乃木撮3』も13万部を記録しています。

 変わったところではユーチューブで人気のコムドット。以前出版した写真集も好評でしたが、今回『コムドット卓上カレンダー2024』が8万7000部売れました。カレンダーを1万人に手渡しするというイベントを開催したのですが、『8時間で最も多く配布されたサイン入りアイテム』ということで、ギネスブックに掲載されました」(同)

 デジタル書籍の売れ行きはどうか?

「売り上げ1位は『汝、星のごとく』でした。2位が『母という呪縛 娘という牢獄』。3位『方舟』、4位『爆弾』。

 そのほか西尾維新さんの『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』などの新刊が売れました。そのほか綾辻さんの『十角館の殺人』、我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』など、既刊の名作が、TikTokやSNSなど色々な形で取り上げられ、話題となり売れています。これも一つの流れでしょうか」(同)

『ブルーロック』『転スラ』コミック部門の動向は…

 講談社の屋台骨を支えるコミック部門についても菅間出版営業局長に聞いた。

「コミックスの売れ行きでいうと前年に続いて『ブルーロック』が一番です。下半期は一段落しましたが、23年度年間累計では約950万部売れています。

 2位が『転生したらスライムだった件』。この作品は4~5年ずっと上位におり、新刊が初版40万部台を保っています。『東京卍リベンジャーズ』も変わらず売れています。

 新しいところでは『シャングリラ・フロンティア』が23年10月からアニメ化され、よく売れています。12月初めの時点で12巻の累計は138万部。12月15日に出た新刊は初版10万部以上です。

『ちいかわ』という、『モーニング』で連載中のキャラクターマンガも人気です。

 以上がこの1年で、累計で100万部以上売れた作品です」

 デジタルの売り上げも大きいのがコミックの特徴だ。

「『シャングリラ・フロンティア』はデジタルでも売り上げは好調です。特にアニメの放送が開始されてからはデジタルでの売り上げが大きく伸長しました。

 ちなみにデジタルの売り上げ上位作品も、『ブルーロック』『転生したらスライムだった件』『東京卍リベンジャーズ』『シャングリラ・フロンティア』と、ベスト4は紙もデジタルも変わりません」(菅間出版販売局長)

 マンガも文芸書もいわばコンテンツの強さということだが、いまやそのコンテンツは紙だけでなくデジタルでも拡大している。大手3社の動きには今後も要注意だ。

 なお上記の原稿は、2023年12月に月刊『創』(つくる)2月号の出版特集にあわせて取材したもので、部数などは12月上旬現在ということでご理解いただきたい。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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