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BS改編に地上波での実験的番組、そして配信のNHKプラスと…NHKは今、何を目指しているのか

篠田博之月刊『創』編集長
『レギュラー番組への道』から生まれた「笑わない数学」(C:NHK)

 NHKのごく最近の話題といえば、2023年12月29日に放送された『ファミリーヒストリー 草刈正雄特別編〜アメリカへ 決意の旅路〜』だろう。8月に放送されて大反響を巻き起こした番組の続編だが、これまた大きな話題になった。草刈正雄さんのルーツをたどってアメリカ取材を敢行するのだが、何ともスケールの大きなもので、さすがNHK、と大きな評価を得た。

 ここではそのNHKがここ何年間か試みている、新しい時代への取り組みについて報告しよう。月刊『創』(つくる)1月号のテレビ局特集に加筆したものだ。

BSの大規模なチャンネル統合

 NHKの最近の話題といえば12月1日をもって、これまでのBS-1とBSプレミアム(BS-P)をチャンネル統合したことだ。BS-1はスポーツやニュース、BS-Pはドラマや歌、教養番組などを放送していたのだが、その2波がひとつになるという大きな改編だ。もうひとつBS-4Kという衛星波もありこれは変わらないのだが、NHKにとっては大きな出来事と言えるだろう。NHKは波を持ちすぎているという批判がこれまでも民放からなされてきたが、NHKとしてはNHKプラスという配信とともに、今後コンテンツをどういう形で視聴者に届けていくのか転機を迎えつつあるのかもしれない。

 そのBS改定を担っているメディア戦略本部の斉藤潤エグゼクティブ・リードに話を聞いた。

「波が一つ減るという後ろ向きの捉え方でなく、2つの性質の違うものが一つになることで新しいものが生まれると私たちは考えています。例えばBS-1でスポーツを観ていた人もこれまでBS-Pで放送していたような番組に触れる機会が増えます。これまでBSは再放送が多かったのでそれを整理するなどして、コンテンツ自体が減るわけではないのですね。BS-Pは平日の午後は映画を放送しているのですが、高齢の方がビールを飲みながらゆったりとした時間をすごす贅沢な時間です。毎週金曜の午後は西部劇を放送しているのですが、これがかなりよく観られています。

 そういう癒しのような役割、ライフスタイルに合わせた多様な選択肢を提示するという役割は、我々も意識しています。

 またBS-1で今はMLB(メジャーリーグベースボール)を放送していますが、これは野球好きだけでなく全国民的なコンテンツになっています。

 地上波で放送しているドラマなどを少し早い時間に放送しているのもBSの特徴で、例えば朝の連続テレビ小説を出勤のために見られない人はBSで先に観ることができます。地上波の人気のコンテンツを早く観たい、あるいはまとめて観たい、さらにはアーカイブスの役割も担っています。地上波のコンテンツをできるだけ多くの人に観てもらいたいという考え方だとすると、BSは深く刺さるコンテンツをお届けしたいと、そういう違いもあると思います」

人気コンテンツはMLBだけでなく、意外にも花火大会が…

 とはいえ、テレビは視聴習慣に負うところも多く、BS統合によって放送時間が変わることの影響は少なくない。

「視聴習慣というのはとても大事で、それをいかに崩さないかが統合にあたって最大の眼目でした。とはいえ変わる部分もあるので、12月以降、平日の毎朝8時前の1分間、『きょうのBSは』というガイドの小番組を放送していく予定です」(斉藤エグゼクティブ・リード)

 人気コンテンツMLBについて言えば、BSで平日の午前を中心に放送しており、大谷選手の属するエンゼルスの試合はほぼ全て、そのほかダルビッシュ選手らの試合も中継している。

「MLBは全米で試合が行われるので開始時間がまちまちです。NHKの場合、ほぼBSで放送しています。今後、大谷選手がどのチームに行くかは、西海岸か東海岸かで放送時間が変わるので、大きな関心事です。いわゆる野球ファンだけでなく、大谷選手の登板を観るのが楽しみだという方はかなり多い。最重要コンテンツです。今年度はラグビーや日本シリーズも人気が高かったですね。

 そのほかBSに関わるようになって私も驚いたのですが、花火大会が非常に人気があるのですね。恐らく直接観に行くのは体力的に大変だという高齢の方が多く観ているのかもしれません。長岡の花火大会が有名ですが、秋田の大曲の花火も人気があります。4月の桜や秋の紅葉中継、各地のお祭りもとにかく皆さん、喜んでくれますね。

 今、テレビのコンテンツも観たいものしか観ないという傾向が強まっていますが、一方で、花火や祭りを観ていい時間を過ごしたいといったニーズも相当あります。ぜひBSでそういう楽しみ方をしてほしいと思います」(同)

「レギュラー番組への道」総合テレビの取り組み

 地上波の総合テレビについても見ておこう。この何年か、NHKは、いわゆる「ロイヤルカスタマー」と呼ばれる60代以上の視聴者に加えて50代以下の視聴者にも訴求するコンテンツの開発に取り組んできた。土曜23時台に「レギュラー番組への道」という枠を設け、新しい企画を試しながら好評なものを定時番組にしていく試みがその一例だ。その流れは現在、どうなっているのか。2022年4月から総合テレビで「レギュラー番組への道」を立ち上げたメディア戦略本部の伯野卓彦本部長に話を聞いた。

「『レギュラー番組への道』で好評だった企画は、月曜から水曜の23時から23時半の時間帯で9~12本ほど連続で放送してみるという試みを続けてきました。そこから手応えある番組が幾つか生まれています。

 例えば『笑わない数学』です。パンサーの尾形貴弘さんがMCを務め、現代数学の最先端を取り上げていくという番組で、幅広い層に人気を博し、1クール放送して好評だったので、現在2クール目を放送しています。

 それから『朝ごはんLab.』という井川遥さんがMCの番組も好評でした。日本中で働く方々の朝ごはんを取り上げていくという番組で、昨年1クール放送して、今後続編をやりたいと考えています。

『レギュラー番組への道』だけでなく、新番組開発枠から23時台に進出した番組もあります。そのひとつが『ゲームゲノム』。若い制作者が考えた企画ですが、ゲームソフトをコンテンツとして見て、そこに込められた思いを制作者に聞いていくという番組です。まさに若いゲーム世代ならではの企画で、これも1クール放送して評判が良いので続編をやりたいと思っています。

 そして『天然素材NHK』というアーカイブスを活用する番組。昔からのコンテンツの中から時代を反映しているものをアニメ風CGをベースにしながら紹介していくものです。NHKが持つ豊富なアーカイブスに付加価値をつけて、新しいコンテンツに仕立てていく。その手法に大きな可能性があると考えています」

若手制作者の育成めざした『ドキュメント20min.』

 一方、若手制作者の育成にも積極的だ。例えば日曜深夜の『ドキュメント20min.』は、若手制作者が、その感性を最大限発揮してドキュメンタリーを制作する番組だ。最近話題になったものにはどんなものがあるのだろうか。

「10月末に放送した『ウクライナからの〝モノ〟ローグ』は、ウクライナ出身でNHKに入局したディレクターによるドキュメントです。ロシアの武力侵攻にさらされた母国の現状を、自らの言葉で、家族と交わしたやりとりなどを含めて描いたものです。若い人たちが自らのクリエイティビティを発揮させていくのは大事なことなので、若いディレクターを育てるという意味でこの番組は重要だと考えています」(伯野本部長)

 また、この1年、話題になったのがアニメ『進撃の巨人』だ。The Final Seasonの前編を3月、後編を11月に放送した。

「NHK総合のほかにNHKプラスでも同時配信しましたが、大きな反響がありました。アニメは今後も力を入れていこうと考えています。国際的にもニーズは大きいので、いずれ、それを視野に入れてオリジナルアニメの開発もやりたいと思っています」(同)

 若い人たちに人気の番組は他にもある。

「土曜23時から放送している『Venue101(ベニュー ワン・オー・ワン)』という音楽番組があるのですが、MCがかまいたちの濱家隆一さんと俳優・歌手の生田絵梨花さんです。開発して2年目ですが、大きな手応えを感じています」(同)

 一方で、分厚い取材に基づくコンテンツこそがNHKの強みであり、「映像の世紀バタフライエフェクト」や「ファミリーヒストリー」は年間を通して視聴者から高い評価を得た。2024年春には、かつて放送して人気の高かったドキュメンタリー番組『プロジェクトX 挑戦者たち』が新シリーズとして復活する。

NHKプラスはさらなる進化を

 テレビ界全体がインターネットでの配信に力を入れているなかで2020年にスタートしたNHKプラスがさらに進化している。メディア総局デジタルセンターの矢島敦視エグゼクティブ・リードに話を聞いた。

「2023年5月から一部でテレビからリモコンのボタンを使ってNHKプラスにダイレクトに飛べるようにしました。テレビ受像機でNHKプラスを見る人が増えました。高齢の方ばかりでなく、キッズ向けの番組も身体を動かしながらお子さんが見るということで活用されています。スポーツもスマホでなく大きな画面で観たいという人が多いのですね。

 いろいろなサービスを見直すことは続けています。例えばドラマについても、番組をまとめて観ることができるプレイリストという機能があるのですが、1話観るとひとつ前の回に戻ってしまうというのを6月に改めて、テレビ向けアプリでは放送順に次々と再生していけるようにしました」

 スタートから3年たって、このところ視聴者の側も楽しみ方がわかって使い方が多様化したという。

「例えば先頃、ラグビーのワールドカップの試合を副音声で楽しむというのを企画したのですが、総合テレビで中継を観た後、NHKプラスで副音声でもう一度観た方が多かったのです。スポーツ観戦の新しい楽しみ方ができたわけですね。

 紅白歌合戦も、昨年はリアルタイムで観た人よりも見逃し配信で観た人の方が多かったのです。もちろん大晦日にリアルで観ている人も多いのですが、その後、自分の好きなアーティストの部分や話題になったシーンをもう一度観るというふうに、新しい視聴スタイルが生まれているのです」(矢島エグゼクティブ・リード)

 新しい施策も次々と実施している。例えば23年6月にはNHKの地域局発のすべての18時台のニュースを見逃し配信で観ることができるようになった。全国の視聴者が自分の故郷の地域ニュースを観ることができるようになったわけだ。

 ID登録数は、1年前の311万から430・5万と、月間10万のペースで伸び続けている。新しい視聴スタイルが生まれていることの影響も大きいという。

「8月に戦争関連の番組を放送し、これもプレイリストを利用してまとめて配信で観られるようにしたのですが、若い人たちが予想以上に観てくれています。戦争体験から遠ざかって戦争への関心が薄れていると言われる世代も観てくれたというのはとても嬉しく思いました」(同)

 8月の戦争関連番組についての幾つかの施策によって結果的に若い人たちが見てくれるようになったというのは、NHKだけでなくテレビ界全体にとって可能性を示唆する明るい話だ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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