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大島新監督のドキュメンタリー映画『国葬の日』が浮き彫りにした日本の民主主義の現実とは

篠田博之月刊『創』編集長
c:『国葬の日』製作委員会

大島新監督ならではのドキュメンタリー映画

 大島新監督のドキュメンタリー映画『国葬の日』が9月16日からポレポレ東中野をはじめ、順次全国公開されている。

 大島監督にはこれまで何度もインタビューしてきた。既にドキュメンタリー映画の世界ではベテランだが、最初に話を聞いたのは、ドキュメンタリーに本格的に取り組みたいのでフジテレビを退社してフリーになるという時だったと思う。それ以降、テレビや映画でたくさんの傑作を生みだし、映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』などヒットも飛ばしてきた。

 今回の『国葬の日』はそんな大島監督ならではの力を感じさせる意欲的な作品だ。

 2022年9月27日の安倍晋三元首相の「国葬」の日を、日本人がどう過ごし、どう感じたかを、全国各地でディレクターが撮影し、それを1本の作品にしたものだ。

 各地で撮った映像素材を作品にまとめあげた監督の感想は「困惑」だったという。いったい何に「困惑」したのか。大島監督に訊いた。

大島新監督(筆者撮影)
大島新監督(筆者撮影)

 映画『国葬の日』の公式ホームページは下記だ。ポレポレ東中野では、武田砂鉄さんや森達也さんらをゲストに招いてトークイベントも行っている。

https://kokusou.jp/

国葬の日だけの映像でドキュメンタリーを

――まずこの映画をどういう思いで企画したか、そこからお話いただけますか。

大島 昨年、安倍元首相の国葬が閣議決定されて、世論は賛否二分されたわけですね。どちらかといえば反対の意見が多かった。私も非常に関心を持っていたんです。個人的には国葬はやるべきではないと思っていたし、なぜ国葬にするのだろうと考えていた中で、ドキュメンタリーの企画ができないかとぼんやりと思っていたのです。

 安倍さんが銃撃されてから、いろいろな議論がなされていましたし、国葬の日についてもテレビなどのメディアが取り上げるだろうなと思いました。そんな中でどう取り上げればドキュメンタリーとして独自性を出せるのか。それがなかなか思いつかなかったんです。

 そんな時に足立正生さんが作った映画『REVOLUTION+1』が国葬の日に上映されると聞きました。しかも上映されないうちから反対の声が上がっているという記事を読んで、その会場の様子は撮りたいなと思ったんです。

 そして、その会場を含めて全国にカメラを出して、国葬の日一日だけの映像でドキュメンタリーを作るというやり方はできないだろうかと考えました。国葬の是非を問うというテーマではなくて、国葬の日の、日本人の意識ですね。そこをテーマにしようと考えたのです。日本人が国葬をめぐってどういうことを考えているのか、政治とか社会に対する意識の幅というか、グラデーションを撮ろうと考えました。

奈良の安倍元首相銃撃現場。c:『国葬の日』製作委員会
奈良の安倍元首相銃撃現場。c:『国葬の日』製作委員会

撮影場所10カ所は国葬の3日前に決めた

――全国各地の撮影場所など最終的に決めたのは9月27日の直前だったそうですね。

大島 最終的に決めたのは国葬の3日前、9月24日でした。

 撮影場所は10カ所にしたのですが、そのうち5カ所はすぐに決まりました。東京のほかに安倍さんの選挙区・山口県の下関、奈良の銃撃現場、それから沖縄と福島でした。この5つは、土地の持つ意味が強いんですね。特に沖縄と福島は、安倍さん一人とは言いませんが、時の政権によって翻弄されているということも含めて、あったほうがいいだろうと思いました。

 残りの撮影場所については、この映画を海外で上映することも考えたので、名が知られている都市ということで、広島、長崎、京都ですね。あとは日本列島のバランスを考慮して、最北の北海道、札幌に行こうと。もう1カ所どうしようかと思って、四国がないなとかいろいろ考えたんですが、直前に豪雨水害があった静岡県の清水にしました。数日前の台風による大規模な浸水被害の後始末に追われているこの場所は意味があるだろうなと思って、最後に清水を決定しました。

 そして急遽、ドキュメンタリーを作ることに長けている人たち、実績がある人たちに声をかけて、撮影を依頼しました。もちろんスケジュールが合わない人もいたし、企画に同意できないという人もいたので、すぐには決まらなかったのですけれど、最終的にはいいメンバーが揃ったと考えています。

 最後に決めた清水に行ってもらったのは僕の先輩の込山正徳さんという方で、大ベテランですけれど、市井の人を撮ることにとても熟達し、そういうドキュメンタリーをたくさんやってらしたので、被災地、いま辛い状況にあるところで撮るのはこの人がいいな、と思いました。

『国葬の日』より。広島。c:『国葬の日』製作委員会
『国葬の日』より。広島。c:『国葬の日』製作委員会

賛成反対どちらでもない人の声も

――被災地の清水は、実際、国葬どころではないという現実だったわけですね。それぞれの撮影現場で、国葬についての意見とか、基本的なことはできるだけ訊こうと決めてたのだと思いますが、あとは現場の判断に任せたわけですね。

大島 インタビューを受けてくれる人次第なんですけれど、国葬についてどう思うかというのは、訊ける範囲で訊いていくという決めごとにしていました。なおかつ、それだけじゃなくて、その日そこで起きている日常の風景も撮れる範囲で撮りましょうとお願いしました。

 というのは、賛成反対を表明して、デモとか抗議活動をする人、あるいは献花に並ぶ人もいますよね。それはわかりやすいんですけれど、そのどちらでもない人も山ほどいるわけで、そこはちゃんと捉えようと考えたのです。

 私自身は東京の撮影を担当しましたが、例えば上野で朝10時のパチンコ屋さんの開店に並んでいる人の列とか、浅草で雷門のところで写真を撮っている人、新宿駅西口の喫煙所とか、そういうところもちゃんと撮ろうと決めていました。

監督はどこに「困惑」したのか

――上がってきた映像をもとに編集を進めて、「困惑した」というのは、どういうところだったのですか。

大島 なんとなく予想ができていた部分もありますが、「関心を持たない人」の多さですね。あるいは「どちらかといえば賛成」と言う人でもその根拠はあまりなかったり、反対にしてもそうですね。「どっちの言うこともわかる」と言う人もいました。

 前々から私は思っているんですけれど、日本人は「個」が弱くて、同調圧力に左右されると言われますね。まわりの目を気にしているような様子とか、それですらない人もいました。特に意見を持っていないという方もいたので、そこにはちょっとたじろぐような気持ちは持ちました。

 撮影を受けていただく人には、企画書を渡して趣旨を説明してインタビューをしているので、もうちょっとはっきりした答えが返ってくるのかと思いましたけれど、実際はそうでもなかったわけです。

 私も含めたリベラル、まあ左派といってもいいのかもしれませんが、そういう人たちの言葉が社会に届いてないな、とも感じました。自分たちが正論だと考えていたとしても、その言葉が届いていなかったり、そういう現状があるから政権も変わらないわけですよね。そこを考えなくちゃいけないんじゃないかと、かねがね感じていたんですけれど、今回の撮影を通じて、よりその思いが強まったという感じですね。

――その日が国葬の日だということ自体忘れていたと語っていた人もいましたね。国葬についての意見は一応尋ねるけれど、その是非といったことにこだわらずリアルな現実を映し出そうとしたわけですね。

大島 その場で起きていること優先ですね。それは辺野古のゲート前もそうです。毎日行われている抗議行動の日常の風景であり、それがたまたま国葬の日だったということです。札幌では結婚式が行われていたし、清水の被災地は国葬どころではないわけです。反対運動や献花だけが国葬の日ではない、ということです。

 そもそもこの映画のタイトルは「国葬」じゃなくて「国葬の日」なんです。その「日」というのが重要なんですね。

映像素材が見せつけた現実とは

――大島さん自身は東京で、何カ所か動かれたんですね。

大島 朝いちで武道館に行って、東京駅に行き、皇居に行き、新宿や渋谷、上野それから浅草……午前中は日常パートを撮って、午後は日比谷公園での反対デモ、落合恵子さんたちの抗議行動を撮りました。その後はカメラマンを九段下周辺に残して、私自身は足立正生さんのところに行きました。撮影後、半蔵門のほうに戻ってもう一回合流して、献花の列を撮りました。そして最後に、渋谷にもう一回戻って夜の渋谷の日常ですね。それを映画のラストシーンに使っています。

――大島さん自身もカメラを回し、東京はカメラを2台使ったということですね。

大島 そうです。東京以外は基本的に1台です。

――国葬の日の日本各地の日常の光景をドキュメンタリー映画に映し出して、さきほど言われた「困惑」という感想を持たれたということですね。

大島 大仰な言い方になりますが、日本の民主主義が、制度は持っていますけれど、マインドの部分では民主主義になっていないんじゃないか、ということですよね。

 象徴的な言葉としては、奈良のタクシーの運転手さんが国葬反対のデモについて訊かれて、「デモやってももう遅いでしょう、国が決めたことなんやから」って言うわけですよね。本人はそんなつもりはないと思うんですけれど、ある意味民主主義を放棄しているというか、「国が決めたことなんだから」という言葉は、自分たちが主権者であるという意識からは遠いわけですよね。別にその運転手さんを悪く言うつもりはないんですけれど、おそらくそういう人々はけっこういて、約半分の人は選挙があっても投票に行かないわけですね。そういう現実を、改めてあの日われわれが撮った映像素材に見せつけられた。そういう感じですね。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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