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マンガ・アニメ市場拡大を象徴する講談社の米国向けマンガ配信とTBSのアニメへの取り組み

篠田博之月刊『創』編集長

 月刊『創』(つくる)の7月号マンガ・アニメ特集の取材で、この1カ月間、出版社やテレビ局を回って話を聞いた。マンガ・アニメ市場が急拡大し、出版界や映画・テレビ界が大きな取り組みを見せつつあることは多くの人が実感していると思うが、今起きていることは量的な拡大にとどまらず、大きな枠組みが変わりつつある。戦後のマンガの歴史に地殻変動が起きようとしていると言ってもよいと思う。

 この記事の冒頭に掲げたのは、マンガ市場の量的拡大を示すグラフだが、周知のように日本の紙のマンガの売り上げは1990年代半ばがピークだった。『週刊少年ジャンプ』が635万部の部数を記録した時代だ。しかし、デジタルコミックの売れ行き増によって、紙とデジタルを合計した販売金額で見ると、3年前からかつてのマンガの黄金時代1995年の5864億円を既に現状は大幅に上回る6770億円となっているのが実情だ。

一気に増加したマンガへの新規参入

 日本のマンガ市場は集英社・講談社・小学館の大手3社によって6割以上占められているという極端な寡占化が続いてきたのだが、この何年か、中堅出版社や出版以外の会社の参入が急増している。

 それは紙の雑誌というプロセスを経なくてもデジタルコミックによって従来より小さなリスクでマンガが出版できるようになったからだ。出版社だけでなくIT業者も、日本マンガの潜在的パワーに目を向け、次々と参入を図っている。

 マガジンハウス、光文社などが次々とマンガに参入しつつある状況については下記に現状レポートを掲載したのでご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230618-00354285

大手3社の後を追って次々と中堅出版社がマンガへ参入する背景と実情

 また、かつてはマンガ界への登竜門は出版社の新人賞応募か編集部への持ち込みだった。そして担当編集者が二人三脚で作家を育てヒットにつなげる。『進撃の巨人』などもそうやって生まれたヒット作品だ。そしてそのマンガを原作としてアニメが作られるというのがこれまでの流れだった。

 ところが最近は、そういうオーソドックスなヒットのルートでない形で大ヒットにつながる作品が明らかに増えているのだ。例えばフジテレビが力を入れているキャラクター「ちいかわ」をめぐるビジネス展開など、マンガは確かに講談社の『モーニング』で連載され、同社でコミックスも刊行されているのだが、ビジネス全体は従来の枠組みとかなり異なる。マンガの作り方を変えていく可能性のあるそうした変化は今後拡大していくと思われる。

テレビ各局のアニメ事業への大きな取り組み

 アニメもいまや全世界に配信されており、海外市場での拡大を見て、テレビ局が次々とアニメ事業の強化拡大を打ち出している。アニメについては後発と言われるTBSなども1~2年前から準備を進め、2023年後半からその分野で大きく打って出ようとしている。

 テレビ朝日は2022年7月、それまでドラマなどを作る部署と同じくストーリー制作部に属していたアニメ部門を「アニメ・ゲーム事業部」という名称で独立させた。「アニメ・ゲーム事業部」というのは講談社でもライツ部門の中にその名称の部署を設けている。ゲームとアニメの連動というのは、多くの作品で既に進んでいるのだが、テレビ局や出版社もそこに着眼したビジネス展開を模索しつつあるのだ。

 昨年は『ONE PIECE FILM RED』『THE FIRST SLAM DUNK』のほか、『すずめの戸締まり』『名探偵コナン』など大ヒット映画の上位をアニメが占めた。いまやアニメのコンテンツは巨大なビジネスチャンスをもたらすものとして再認識されつつあり、テレビ局もアニメ枠の編成といったことだけでなく、劇場アニメとの連動や海外配信を見据えたアニメ事業の展開を戦略的に図りつつある。

 マンガやアニメはいま、大きく変貌しつつある。その大きな変貌ぶりを特徴的に示す事例として、ここではこの5月から始まった講談社の「K MANGA」の取り組み、そして前述したTBSのアニメ事業の取り組みの具体例を報告しておきたい。

講談社がアメリカでマンガ配信サービス

 講談社は5月10日、アメリカ向け新マンガアプリ「K MANGA」をスタートさせた。これは同社が日本以外で展開する初めてのマンガ配信サービスだ。『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』などを含む約400タイトルを一気に配信したのだが、うち60タイトルは最新話を日本と同時公開する。デジタルコミックの海外配信については、現地法人とのライセンス契約によるものが一般的だが、講談社は自社で海外配信を始めたわけだ。

「K MANGA」プロジェクトリーダーの平岡雄大さんに話を伺った。何と平岡さんは『週刊少年マガジン』の現役副編集長。作家の担当などの仕事をこなしながら、このプロジェクトを担っている。システム管理は専門のチームがおり、作品を配信するという点では、国内向けに編集部がやっている作業と基本的に変わらないという。ただそうはいっても、アメリカとの時差もあるし、通常の編集作業を行いながらの立ち上げは激務には違いないだろう。

「私は以前から国内の『マガポケ』を担当していたのですが、約2年前、役員に突然、『アメリカへ行くぞ』と言われたんです。『K MANGA』は5月10日にアプリをスタートさせましたが、今月末にはウェブ版もローンチします。

 作品のラインナップなどは日本とあまり変わらないし、日本で人気の作品はやはりアメリカでも人気なのですが、大変なのは英語への翻訳を、しかも迅速にやらないといけないことですね。60作品は日米同時配信ですから、校了してから配信までに翻訳作業を終わらさねばなりません。翻訳スタッフは現地にいるのですが、英語の校閲は国内でやるし、法務や知財の部署とも連携しなければなりません」

 チームにはデジタル営業や国際ライツのメンバーも加わっており、兼任やフリーランスのスタッフも多い。今後、業務が増えるのに対応して増員が検討されているようだ。アメリカへのデジタルコミック配信は、小学館・集英社グループは現地法人のVIZ Mediaが担っているが、そちらはサブスク(月額課金)モデル。「K MANGA」はそれに対して話売りで読むごとに料金を払うシステムだ。

「以前は学園もののマンガは、アメリカには制服文化がないので理解されないのではないかなどと言われたこともありました。しかし、今回ふたをあけてわかりましたが、そんなことはありません。ラブコメも日本で人気のものはアメリカでも人気なんです。

 アメリカではまだ日本ほどマンガの裾野は広くないので、当面の使命は、とにかくアメリカでマンガが好きな方を増やすということです。そのために大事なのは、なんと言っても『マンガが面白いこと』なんですね。様々なシステム上のハードルがあっても、面白ければそれを超えていけます」(平岡プロジェクトリーダー)

 講談社は今、マンガに限らずグローバル展開をあらゆる形で進めている。国際的に認知されているマンガがその大きな原動力になるであろうことは確かだ。

  ちなみに講談社のマンガ部門は、『進撃の巨人』の連載終了後、それに代わる作品をどう育てていくか心配されたが、その後、『東京卍リベンジャーズ』が記録的な大ヒット、さらに2022年はサッカーマンガ『ブルーロック』が大ヒットと、その後もヒットが続いている。いずれもアニメや映画、サッカーW杯など、映像その他との連動がうまくいったケースで、このへんは講談社が力を入れてきたコンテンツビジネスがうまくいっているといえよう。上記のアメリカへの配信も、業務を外部に委託せず社内で担うというのが同社の姿勢を示しているのだが、同社の場合、そうした努力が今のところ結実しているといえる。

 講談社の『ブルーロック』大ヒットの展開については、下記記事を参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230619-00354486

『東京卍リベンジャーズ』『ブルーロック』と、講談社のマンガで大ヒットが続く理由

c:鈴木央・講談社/「七つの大罪 黙示録の四騎士」製作委員会
c:鈴木央・講談社/「七つの大罪 黙示録の四騎士」製作委員会

TBSは一気に取り組みを強化

 本格的なアニメ事業への取り組みは後発とはいえ、テレビ局の中でこの1~2年、かなりの勢いで取り組んでいるのがTBSだ。

 話を聞いたのはメディアビジネス局の渡辺信也映画・アニメ事業部長(肩書は取材した5月当時)だが、同局ではこの7月に大規模な組織改編が行われる予定だ。アニメを冠にした新しい局が生まれるそうで、TBSの意気込みを示していると言える。今、TBSがアニメについてどう考え、何をしようとしているのか伺った。

「今年度に予定している大きな動きは、アニメのレギュラー放送枠が、現行の木曜深夜25時台にある1枠から、3枠に増えることです。

 その一つは、10月からスタートする全国28局のネット枠で、最初のタイトルは、痛快冒険ファンタジーとして人気の原作をアニメ化する『七つの大罪 黙示録の四騎士』です。

 もう一つ新設されるのは、7月から『呪術廻戦』第2期が放送される木曜23時56分枠。『news23』の後にできる新枠で、こちらも全国で同時に放送されます。

 また劇場版アニメの製作にも数本取り掛かっていまして、24年度後半から順次公開される予定です」

 TBSは2022年5月、テレビシリーズとして2期放送した人気タイトル『五等分の花嫁』の劇場版を製作し、興収20億を超える大ヒットとなった。

「『五等分の花嫁』は映像そのものの人気はもちろん、商品化の売り上げも非常に大きく、大人気コンテンツに成長しました。今年夏には新作アニメーション『五等分の花嫁』の劇場公開・テレビ放送が控えています。

 今年4月に横浜アリーナで、『五等分の花嫁』の声優さんたちが出演するスペシャルイベントが大盛況の中で開催されたのですが、その終盤、新作アニメ制作決定のニュースが発表された際、客席から地鳴りのような歓声が上がりまして。人気の高さを肌で感じた瞬間でした」(渡辺部長)

 アニメ事業の本格展開のために、TBSは体制整備も進めている。

「人材不足はアニメ業界全体の悩みどころだと思いますが、弊社も昨年、外部から複数のプロデューサーをキャリア採用しました。全員が活躍してくれていますが、放送枠の増大などアニメ事業が急速に広がってきたため、今年もキャリア採用を行う予定です。グループ会社であるTBSスパークルでもアニメ志望者を毎年新卒で採用しており、全体として人員強化が加速しています」(同)

 グループ会社であるアニメ制作スタジオ、セブン・アークスとの連携も強化されつつある。

「セブン・アークスが制作し、TBSで放送するタイトルが来年から出てまいります。同じくTBSグループであるコミック配信会社のマンガボックスや、webtoon制作会社Studio TooNとも連動し、グループ全体でアニメ事業を拡大していこうという流れが出てきています」(同)

 TBSはテレビシリーズや劇場版アニメだけでなく、キャラクターを使った取り組みも始めている。

「朝のバラエティ番組『ラヴィット!』の1週間分をまとめた『夜明けのラヴィット!』という番組を4月から土曜日の朝に放送しているのですが、そこにコウペンちゃんとラッピーというキャラクターが登場しています。ラッピーは『ラヴィット!』の番組公式キャラクターです。コウペンちゃんは何気ない日常の行動を「えら~い」と優しい言葉で褒めたり、励ましたり、肯定してくれるコウテイペンギンの赤ちゃんで、ツイッターやLINEスタンプでも大人気のキャラクターです。そのコウペンちゃんとラッピーの共演を私たちがプロデュースして、ミニコーナーを放送しています。

 このような、アニメ以外の番組と、アニメやキャラクターのコラボも今後手がけていきたいと思っています。テレビ局ならではの取り組みですね」(同)

 フジテレビも人気キャラクター「ちいかわ」を起用して同様の取り組みをしているが、このフジテレビの深夜枠への取り組みや、この1~2年のテレビ朝日の新たな取り組み、さらに従来からアニメに注力してきたテレビ東京など各局の現状については、下記記事を参照していただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/01e7f76835ca9425b5adcda609484382f5a2019b

一気に進むアニメ市場の拡大とテレビ各局の取り組み

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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