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大手3社の後を追って次々と中堅出版社がマンガへ参入する背景と実情

篠田博之月刊『創』編集長
文藝春秋『竜馬がゆく』と主婦と生活社『くまクマ熊ベアー』筆者撮影

 日本のマンガ市場は極端な寡占化が進行しており、集英社、講談社、小学館の大手3社によって市場の6割が占有されている。マンガのベストセラーの大半がこの3社から出版されているし、マンガは薄利多売の商品ゆえに発行元の総合力が問われ、新規参入がなかなか難しかった。

 ところがこの数年、状況は大きく変わりつつある。デジタルコミックの拡大によって、紙が当たり前だった時代に比べてリスクが軽減され参入がしやすくなったのだ。それゆえに中堅出版社のマンガ市場への参入が相次いでいる。

 そのうちの文藝春秋、主婦と生活社、マガジンハウス、光文社、新潮社について、ここでレポートしよう。新潮社は後発組といっても20年の歴史を持ち、いまや成功事例として語られる存在になっている。それゆえこのレポートで一緒に扱うのはどうなのか、と思ったが、一つの成功事例として報告する。

文藝春秋コミック編集局とBUNCOMI

 2019年7月にコミック編集部、2020年9月にコミック編集局を立ち上げたのが文藝春秋だ。短期間のうちに体制の充実を図っているところに、同社のコミックへの取り組みの意気込みがうかがえる。同社の池波正太郎作『鬼平犯科帳』が、さいとう・たかをプロでコミカライズされてリイド社の雑誌で連載され、文藝春秋から書籍化されるというふうにコミックとの関わりは以前からあった。同書は既に文藝春秋からこの4月で118巻も刊行されているという。

 現在はそうした原作もののコミカライズと、オリジナル作品の双方を文春オンラインなどで連載し、コミックスや電子版などにまとめるという二本柱で展開している。

 執行役員を兼務する島田真コミック編集局長と、有馬大地コミック編集部長に話を聞いた。

「現在、コミック編集局は、社員が6人、定年退職後に業務委託で関わっている方を含めると7人で運営しています。私たちと別にライフスタイル局からも多くのコミックエッセイ作品が刊行されています」(島田編集局長)

「昨年度は28点の単行本を出しました。この4月からは文春オンライン上でBUNCOMIという名前をつけ、いろいろな作品の連載を行っています。まだ原作ものも多いのですが、オリジナル作品を中心にして点数を増やしていこうと思っています。

『やまとは恋のまほろば』や『「神様」のいる家で育ちました』など話題作も増えており、『竜馬がゆく』は既に4巻まで出ていますが、いずれも初版2万部を超えて紙でも電子でも健闘しています。『竜馬がゆく』は『週刊文春』で1年の連載が終わり、今後は文春オンラインに発表の場を移します」(有馬編集部長)

 この間、ライツビジネスや電子書店など、他社でマンガの業務に関わっていた経験者を採用したことで、文藝春秋にはなかった知見やノウハウの蓄積もできつつあるという。最近は『俺、勇者じゃないですから。』のヒットもあり、なろう系、異世界ものと言われる新しいジャンルにも、積極的に挑戦している。

主婦と生活社が進めるメディアミックス展開

 このところライトノベルでヒットを飛ばし、マンガも次々と出版しているのが主婦と生活社だ。文芸・コミック編集部の山口純平編集長に話を聞いた。

「もともと主婦と生活社では『月刊PASH!』というアニメ情報誌を出しており、そこから派生してラノベ・コミック分野に進出しました。2010年代中頃から『小説家になろう』というサイトに投稿されている小説がライトノベルとして書籍化される流れが活発になってきたのですが、我が社も2015年にそのジャンルに参入し、2作目の『くまクマ熊ベアー』という小説が大きくヒットしました。

 その後、異世界モノ…いわゆる“なろう系”とも呼ばれる小説のコミカライズも市場として拡大し、2018年に『コミックPASH!』というウェブコミックサイトを立ち上げました。最初は5作品ほどで始めたのですが、今では約30作品を連載しています。

『くまクマ熊ベアー』は2020年にTVアニメ化されていますが、今年4月からのアニメ2期の放送に合わせて、四六判のほかに文庫版も順次刊行しています。現在、このレーベルからは同書のほかにも『婚約破棄された令嬢を拾った俺が、イケナイことを教え込む』という作品のアニメ化が決定しています。

 ライトノベルをコミカライズし、メディアミックスで展開するという流れが整ってきたところで、ジャンルとしてはSFやラブコメなど幅広く展開しており、いまラノベとコミックを合わせると年間100冊ほど刊行予定という状況です」

 ラノベ・マンガ事業は当初2名ほどでスタートし、マンガについては外部の編集プロダクションと組むことも多いが、現在は内製化も進め、この2〜3年ほどで一挙に人を増やしてPASH!編集部から独立、今は9名が所属しているという。

「現在は特に女性向けの異世界ものが人気の傾向がありますが、そのジャンルに限らず原作者もマンガ家も各社と取り合いになっていますね。我が社は基本的には『小説家になろう』のサイトに投稿された小説を刊行することが多いのですが、そこで繋がりができた作家にオリジナル作品を書いてもらったりと、ウェブ発以外にもいろいろなケースが出てきています。

 またアニメ化など映像化案件や海外展開を強化するために2020年にIP事業室という部署を立ち上げたり、今年には販売部の中にコミック・ノベル課という専門チームを置いたりと、編集部以外でも体制が整ってきています」(山口編集長)

マガジンハウスは4月に本格スタート

 この4月に漫画準備室が漫画編集部と名称を改め、本格スタートを切ったのはマガジンハウスだ。2021年秋にリイド社のウェブマガジン「トーチ」からヘッドハンティングされて同社に中途入社した関谷武裕編集長に話を聞いた。最初は関谷さん一人だった漫画準備室も、この4月に漫画編集部になった時点で、関谷さんを含めて社員3人、フリー1人という体制になった。さらに6月には中途採用で入社した社員が新たに1人配属される。いずれも他社でマンガ編集に関わってきた経験者だ。この何年か、多くの出版社が新たにマンガに取り組むにあたって経験者を中途採用しているため、契約スタッフが正社員として採用されるなどマンガ編集者の需要が増えているという。

 マガジンハウスの場合、基盤ができている既存の『ブルータス』『ポパイ』などのウェブサイトにマンガを連載して、それを単行本化するという方式を現時点ではとっているのだが、各編集部に分かれているそうしたマンガをまとめつつ、新連載を掲載するマンガのウェブサイトを立ち上げようと準備中だ。

「サイト自体は5月末には完成し、ローンチ日はまだ未定ですが、6月には公開できそうです。昨年からいろいろなサイトで連載されてきた作品の中から、この7月に『ブルータス』のサイトで連載される作品『サ旅』の2巻が単行本化されます。5月末にはヨーロッパを代表する漫画家マヌエレ・フィオール作、アングレーム国際漫画祭最優秀作品賞に輝いた『秒速5000km』を出版します」

 漫画準備室段階で既に『漫画で知る「戦争と日本」』(吉田裕/水木しげる)、『フランケンシュタインの男』(川島のりかず)などが単行本として刊行されているが、いよいよこれから専用サイトが立ち上がり、書籍化を含めて本格展開が始まるわけだ。

「新しいマンガのサイトは、マンガだけでなくマンガについてのテキストの記事もアップしていきます。それがこのサイトの特徴の一つです。この4月に中途入社した社員は、これまで異世界ものを手がけていた経験者で、今勢いのある異世界ものも今後、マガジンハウスで手掛けていく予定です」(関谷編集長)

 既存の雑誌のウェブサイトが既に多くの読者を獲得しているのが同社の特徴で、それを生かしてそれぞれのサイトでのマンガの連載は今後も続け、同時にマンガ専用のサイトを近々本格ローンチする。ただすぐに課金して作品を販売する予定はない。当面は作品数と読者を増やすことに尽力し、その中から単行本化したものを販売していくという試みを続けていくようだ。

  『煙たい話』順調に増刷(筆者撮影)
  『煙たい話』順調に増刷(筆者撮影)

BLにも注力する光文社のコミック事業室

 光文社の場合、既に単行本になった作品数は多い。コミック事業室は現在、文庫編集部内に置かれている。吉村淳室長に話を聞いた。

 光文社がマンガへの取り組みを開始したのは2019年のコミック編集室新設からだが、2022年6月にコミック事業室に再編成され、部員も兼任者を含め6人となっている。

 現在は主に「COMIC熱帯」と「comic Pureri」の2つのコミックサイトの運営が主軸となっている。「COMIC熱帯」は光文社から刊行されている時代小説など既存作品のコミカライズを行いながら、オリジナル作品の発信にも積極的だ。「comic Pureri」はBLコミック専門のサイトで、オリジナル作品や小説投稿サイトとの協業作品など、様々なタイプの作品を発信している。

「一般向け作品を掲載する『COMIC熱帯』では、紙の単行本の発売を大事にしており、これまで9タイトルが刊行されていますが、そのうち7タイトルは海外での販売が決定するなど、海外版権については、予想外に大きな展開を見せています。BL作品の紙単行本化も昨年から積極的に進めており、サイマル配信の売り上げも好調で、この7月からロゴもリニューアルし、販路の拡大、PRの強化も含め、さらに大きく展開していきます。

 一般向け作品とBL作品を合わせて30タイトルくらいが動いている状態で、単行本も月に2~4冊と今後、刊行ペースが増えていきます。昨年刊行された一般向け単行本の中では、『煙たい話』(林史也)が様々なマンガ賞にノミネートされ、順調に増刷もかかっています。

 時代小説のコミカライズは読者の年齢層を高めに設定していたのですが、ウェブで読んでいる人は若い人が多いですね。最近では、年配の方々もタブレットやPCブラウザでマンガを読む人が増えているので、主戦場が変わりつつあるのを実感しています。

 また、光文社の文芸の歴史は長く、魅力的な作品を膨大に抱えているので、過去のタイトルの掘り起こしや、コミカライズを進められたら面白いなと思っています。ただ、事業室としての当面の目標は、さらなる作品の充実とメディア化だと考えています」

          新潮社はノンフィクションもコミカライズ(筆者撮影)
          新潮社はノンフィクションもコミカライズ(筆者撮影)

映像化も次々と、新潮社マンガ部門の今後

 新潮社の場合、大手3社に比べれば後発だとはいえ、既に約20年の取り組みとなっているから、ここまで報告してきた出版社よりは先行した出版社といえよう。

 2001年、ゼロからマンガ部門を立ち上げようと、堀江信彦『週刊少年ジャンプ』元編集長を代表とするコアミックスという会社を立ち上げ、『週刊コミックバンチ』を創刊。2010年に『週刊コミックバンチ』は休刊、新潮社は翌年、マンガ部門を内製化する形で『月刊コミック@バンチ』を創刊(後に『月刊コミックバンチ』に改題)、コアミックスも徳間書店と組んで後継誌『月刊コミックゼノン』を創刊した。ちなみにコアミックスはその後、同誌を自社発行とし、マンガを中心とした出版社として成長している。

 新潮社のマンガ部門はその後、2013年に「くらげバンチ」というウェブサイトを立ち上げ、紙とデジタル両輪で作品を輩出してきたが、映像化作品も増え、ベストセラーも出るなど、経営を支える大きな柱になりつつある。一昨年にはコミック事業本部という組織となった。

 今年もドラマ化が秋に1本、アニメ化が数本予定されているなど、期待できる要素はあるが、一方で先行投資として人員増加を進めたこともあり、前年比の伸びは一時的に鈍化したという。現況について里西哲哉副本部長に話を聞いた。

「この1~2年、新潮社のコンテンツをコミカライズした作品が結構ありました。

 映画化もされた『燃えよ剣』や、ノンフィクション原作の『ケーキの切れない非行少年たち』もマンガになっています。この作品はさいとう・たかを賞を受賞するなど話題になり、よく売れています。デジタルが強いですね。そのほか、原作が話題になっている『#真相をお話しします』もコミカライズされているし、その他に好調な文芸作品も検討中です。ジャンルを超えて増えているし、話題になりそうな書籍についてはゲラの段階から当該編集部と情報を共有しながらコミカライズを考えていくというふうになっています。最近話題になったのはAIで作られたマンガを業界初として出版したことでしょうか」

 この8月、新しい取り組みも予定されている。

「8月に女性向けの新レーベル、レーベル内レーベルを立ち上げます。新潮社のマンガは男性向け青年マンガが多いという印象があるようですが、実際には女性読者が多い作品も増えています。書籍化の点数は月に12点、電子のみを含めると17点になります。

 少年ものの作品が少ないので、そういう作品の多い出版社のようにキャラクターをライツ展開させるのが難しいし、今人気の異世界ものもあまり出していないのでそこを今後どう考えるかでしょうね。新潮社のマンガはコアなファンを想定した作品が多いのですが、ここ何年かの動きはコアなファンでないライトな読者を対象にしたジャンルが広がっているので、新潮社としても今後どういう方向をめざすべきか考える時期に来ているのかもしれません」(里西副本部長)

 ここで取り上げた以外にもマンガへの新規参入は少なくない。市場の占有率で言えばいまだに大手3社は圧倒的なのだが、マンガ業界の様相は変わりつつあると言ってよいかもしれない。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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