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「ニュース女子」裁判で勝訴した辛淑玉さんの問題提起をメディア界はどう受け止めるべきなのか

篠田博之月刊『創』編集長
報告集会で話す辛淑玉さん(筆者撮影)

 4月26日に最高裁で「ニュース女子」裁判の判決が出て、5月1日に原告の辛淑玉さんや弁護団が会見と報告集会を開いた。ちょっと時間がたってしまったが、大事な問題提起なので書いておこう。

「問われたのはジャーナリズムの劣化とその責任」

 2021年9月1日の地裁判決で辛さんは勝訴し、被告側のDHCテレビジョンと長谷川幸洋氏が控訴していたのだが、2022年6月3日に高裁が控訴棄却、今回、最高裁が上告を棄却したことで判決が確定することになる。DHCテレビジョンに550万円の損害賠償と謝罪を求めた判決だった。

 既に判決についてはニュースで報じられているのだが、その判決内容にとどまらず、この裁判で辛さんらが提起した問題は重たいものがある。

 その日配布された、辛さんが共同代表を務める「のりこえねっとからのメッセージ」にはこう書かれていた。

「この訴訟で問われたのは、まずジャーナリズムの劣化とその責任です」

 ヘイトそのものと言える「ニュース女子」のひどい番組は否定されたけれど、ヘイト自体は日本からなくなっていない。民族差別や排外主義が横行するこの国の現実にどう向き合うのかという問題を、この裁判はジャーナリズム界につきつけたといえる。

ヘイト番組「ニュース女子」

 TOKYO MXテレビが問題とされた「ニュース女子」を放送したのは2017年1月2日のことだった。「沖縄・高江ヘリパッド問題 今はどんな状況になっている」と題したその番組は、沖縄で平和運動を続ける人たちを揶揄し、愚弄したもので、その背後にいる黒幕として辛淑玉さんを槍玉にあげていた。なぜそんなひどい番組が地上波で放送されたかといえば、制作を請け負っていたDHCシアター(現・DHCテレビジョン)が同局の大スポンサーDHCの関連会社だったからだ。DHCはその後、創業者の前会長のヘイト発言で知られるのだが、その後オリックスグループ入りし、経営体制が変わっている。

 辛さんの提訴だけでなく、「ニュース女子」に対する抗議や批判は大きく広がり、TOKYO MXテレビ本社前にも市民たちが何度も集まって抗議運動を展開した。同局は謝罪して検証番組を放送するなどしたのだが、番組を制作したDHC側は悪びれることもなく、ウェブで番組を公開するなどしてきた(現在はウェブそのものが閉鎖されているという)。

賠償金は異例の高額

 裁判所がDHCテレビジョンに命じた損害賠償の金額550万円がこの種のケースとしては異例の高額なのは、番組がひどすぎたことと、放送されたのが地上波だったことが要因と言われている。

 地上波の場合は、公共の電波を使っているものという要因もあって、様々な規制を受けているのだが、「ニュース女子」は明らかに逸脱していた。新聞やテレビなどの既存メディアは、長い歴史の中である種のルールが作られており、「ニュース女子」はそれに反しているとの司法判断をくだされたわけだが、例えばインターネット上には、そういうヘイト言説が残されている。

 ネット社会も少しずつ新しいルールができつつあるのだが、例えばヘイトスピーチで知られた「在特会」がネットを活用して勢力を拡大したと言われるように、既存メディアのようなルールが確立していない間隙を縫って、ネトウヨと呼ばれた勢力はその言説を拡散してきたのだった。

「一人一人の手に散弾銃が渡されている状態」

 それが現在、どういう状況になっているのか。辛淑玉さんは今回、会見と報告集会でこう表現した。

「ネットというのは、一人一人の手に散弾銃が渡されている状態なんです」

その現状も含めて、辛さんたちは「問われているのはジャーナリズムの劣化とその責任です」と言っているのだろう。

 記者会見での辛さんの発言は、YouTubeでそのまま動画が公開されているから、報告集会で辛さんがその問題についてどう語っていたか紹介しよう。

「(ニュース女子は)ネットのガセネタを全部まとめて地上波で出した。それはお墨付きを与えたということですね。国家の認定を受けた形で、国家の敵ということで私がランドマークになったということです。

 同時にネットがこれだけ広がって無法地帯になっている現状は早急に何とかしないと、命にかかわる問題です。例えばJアラートが鳴ると、すぐに朝鮮人と結びつけられます。また安倍さんが銃撃を受けた時、最近では岸田さんが暴行を受けそうになった時、ネットにすぐ出たのは、犯人は朝鮮人だ、犯人は在日だという声ですよ。

 後でそれが日本人だったとわかった時の反応がすごい。なんだ在日じゃなかったのか、せめて帰化した朝鮮人であってほしかったというようなツイートでした。いやあ、このなかで生きていくのは、すさまじい。毎日が『いつ殺されるか』ということですよね。

 それだけみんなが面白く楽しく消費しているものが社会のすみずみまである。それにお墨付きを与えているのが、レイシズムを使っているこの国ですよね。上からのレイシズムと下からのレイシズムがインターネットによって見事に拡散されてゆく。どこかで規制しないと本当に危ないことになると思います」

ネット社会と言論

 裁判では勝訴したけれど、ヘイトの実情やメヂィアの問題は何一つ解決されていないという指摘だ。インターネットが革命的メディアなのは、それまで新聞やテレビなどのマスメディアによって占有されていた情報発信の機能を市民の手に開放したことだ。メディアの歴史においてはそれは大きな進歩なのだが、問題はその手段を渡された市民社会の側にそれを正しく使いこなせるだけのシステムが確立されていないことだ。たぶん50年100年単位で見ればそういう社会的ルールは確立されていくのだろうが、今はその過渡期。辛さんから見れば「一人一人の手に散弾銃が渡されている状態」ということなのだろう。

 それをどう考え、どう対応していくべきなのか、というのは本当にいま、ジャーナリズムに突き付けられている課題と言えるかもしれない。

 記者会見の動画は「のりこえねっと」のホームページからアクセスできる。

https://norikoenet.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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