Yahoo!ニュース

総務省文書が明らかにした政権の報道介入をメディアはどう報じ、何が問われたのか

篠田博之月刊『創』編集長
大きな波紋を広げた総務省内部文書(筆者撮影)

当時の高市発言とキャスターたちの抗議

「けしからん番組は取り締まるというスタンスを示す必要がある」といった、とんでもない発言が政権中枢で交わされていたことを示した総務省文書問題。高市早苗経済安保担当相の「文書は捏造」なる、これまたトンデモな発言に振り回されて、当初、本質が少し見えなくなってしまったが、深刻な問題を提起していることは間違いない。

2016年2月にキャスターたちが抗議の会見(筆者撮影)
2016年2月にキャスターたちが抗議の会見(筆者撮影)

 ここに掲げた写真は、2016年2月に当時の高市総務相の「電波停止」発言に抗議したテレビキャスターたちが会見を行った時のものだ。極端な場合は電波停止もあり得るなどと放送を所管する総務大臣が国会で発言した事態は、放送界に衝撃を与えた。

 その発言に先立って高市大臣は2015年の国会答弁で、政治的公平性について「放送事業者の番組全体を見て判断する」との見解を説明した一方で「一つの番組のみでも、極端な場合は公平性を確保しているとは認められない」と補足した。今回の総務省文書は、その発言がどういう経緯を経てなされたのか、それへ向けて政権中枢でどんな議論がなされていたかを明らかにしたものだ。

「安倍一強」が続く中で、メディアへの介入は恒常的に行われ、今回の文書にも書かれた放送界の萎縮は確実に進んだのだが、この一連の事態は、その象徴的な出来事だった。

TBS「サンデーモーニング」を集中攻撃

 この文書ではTBSの「サンデーモーニング」や「報道ステーション」などを政権が取り締まりの対象と考えていたことが明らかになったが、「私たちは怒っています!」と抗議の声をあげたのは、主にTBSやテレビ朝日の報道・情報番組に関わっていたキャスターたちだ。

 そしてこの一連の事態を経て、テレ朝の古伊知郎さんやTBSの岸井成格さんといったキャスターが番組を離れていった。安倍政権は放送現場に萎縮を促すような圧力をかける一方で、メディア経営者との会食を行うなどして「飴と鞭」でメディア支配を強めていったのだが、その影響は着実に浸透していったように思える。

 さらに言えば、その騒動の約10年前、個人情報保護法などメディア規制3法と言われた一連の法案が提出された時期に、メディア界は当初激しく反発した。キャスターたちの抗議会見はその頃から折に触れて行われたのだが、当初は安藤優子さんらを含む民放全局のキャスターが会見に顔を揃えていた。業界団体の民放連や新聞協会が自ら主催して抗議集会を行っていた。

 しかし、その後、メディア界の分断が進み、業界全体が政権のメディア規制に抗議することは不可能になった。2015~16年の騒動の時には、政権の標的は既にTBSとテレ朝に絞られていた。この20年ほど、政権によるメディア支配は確実に進んでいるのは明らかだ。「報道ステーション」も確かに今回、この問題については特集したが、10年前だったらもっと大きな取り組みをしたと思う。

総務省文書問題を報じるTBS「サンデーモーニング」(筆者撮影)
総務省文書問題を報じるTBS「サンデーモーニング」(筆者撮影)

 今回の文書で最も激しく名指しで攻撃されているTBS「サンデーモーニング」は、いまや政権だけでなくネットなどで毎週のように激しく攻撃されているのだが、この総務省文書問題を番組で何度にもわたって取り上げた。いまや政権や右派からの総攻撃を受けているこの番組を支えているのは、高い視聴率に象徴される市民の支持で、それがある限り経営側も簡単に屈するわけにはいかないという自覚を持っているはずだ。

TBS「報道特集」編集長の発言

 そしてなかなかすごい取り組みを番組で見せたのはTBSの「報道特集」だった。舌鋒鋭い語り口で熱い支持を受けていた金平茂紀キャスターが常時出演という状況ではなくなっているのが残念だが、代わりにこの総務省問題について自ら番組に顔を出して熱く語ったのが曹琴袖(ちょう・くんす)編集長だ。3月11日の放送での発言はこうだった。

「今週3月7日は、森友問題で自殺された赤木俊夫さんの5回目の命日でした。この行政文書の問題が報じられた時、私は真っ先に赤木さんのことを考えました。赤木さんというのは、公務員としてのあれだけの矜持、公僕としての誇りを持ちながら圧力を受け公文書の改ざんに加担してしまったわけです」

「森友問題の少し前からメディアの萎縮が進み、私たちの番組さえも大きなプレッシャーを受けながら報道することが増えてきました。そういう時私は、赤木俊夫さんの生き様を胸に自分に言い聞かせているんです。メディアの矜持というのは、国家権力・政府組織の広報をするのでなく、彼らの都合の悪いこと、報じられたくないことも伝え、国民の知る権利に寄与することではないかと思っています」

 彼女はこの放送の前、3月5日にSNSにこう投稿していた。

《前の投稿で、私の投稿内容に力が入っていたのは、TBSの報道番組に対して明確に圧力をかけようとする総務省の内部文書が公表されたからです。自社への愛社精神からではありません。この大問題を同じメディアへの攻撃として捉えず、沈黙と無関心を貫く同業者への激しい怒りからです。

 今朝のサンデーモーニングがこの問題を扱ってくれて本当に良かった。『報道特集』も、今後も迷い葛藤し苦しみながら、民主主義を守るためにどんな放送を出すべきなのか考えていきたいと思います。》

 番組の幹部が自ら番組で語ったり、こんなふうに心情を吐露するのはなかなかいい。テレビはいつのまにか周囲を見回しながらいろいろなものに忖度するようになり、視聴者に率直に語ることがなくなってしまった気がする。

放送法の趣旨も捻じ曲げて政治介入

 今回の総務省文書によって、権力というものがどんなふうにして発動されていくのか、その舞台裏が明らかになったといえる。「首が飛ぶぞ」などと総務省を恫喝しながら放送現場への脅しをかけようとした礒崎陽輔氏(当時、首相補佐官)については、「礒崎補佐官は官邸内で影響力はない」「今回の話はヤクザに絡まれたって話ではないか」と山田総理秘書官の発言が記されているが、何の知見もないような個人の描いた筋書きが貫徹していく様は恐ろしいとも言える。

 もう一人、今回、トンデモ発言に終始した高市大臣は、「捏造」発言の分が悪くなったら、自分はそういうものにとらわれずに自身の判断で答弁したと言っているが、全体の状況を見れば、礒崎氏の筋書き通りに事が運んで行ったことがわかる。

 それともうひとつ考えなければいけないのは、今回の問題に関して多くの識者が指摘しているように、放送法とはもともと、戦時中に国家権力が放送を意のままに操ったことへの反省から、放送の独立性を規定したものであるのに、政権が放送法をたてにとって放送現場に介入しているという現実だ。

 安倍政権が「公正中立に」とメディアに言ってくる時には、それは権力に逆らうような報道は行うなという意味であることだ。軍備増強を「積極的平和主義」などとブラックジョークとも言える強引な呼称で押し通してしまう政権だから、権力監視というメディアの基本的な役割の行使も、今回の総務省文書が「サンデーモーニング」について言っているように、政府批判の意見ばかりで偏っているということになってしまう。

 今回、3月16日に出されたマスコミ文化情報労組会議(MIC)の声明のタイトルは「放送法の理念を政治介入で歪めるな」だ。

「放送法を国民の手に取り戻す」

 今回、告発を行った小西洋介議員によると、内部文書を提供した総務省の官僚はその動機を「放送法を国民の手に取り戻す」と語っていたという。官僚とは政権でなく国民に奉仕する公僕であることを理解している現場職員が存在することは、森加計問題での内部資料流出など様々な局面で明らかになっているし、何よりも元文部事務次官の前川喜平氏のような民主主義をきちんと理解した官僚が現実に存在したことでもわかる。そんなふうにまだ現場には良心的官僚も残っているのだが、それを恫喝と権力でねじ伏せて政治家が自分の意思を通していく現実を、今回の文書は明らかにしている。

 総務省文書で名指しされた「サンデーモーニング」の出演者でもある青木理さんは、『サンデー毎日』3月26日号のコラムで、今回の事態についてこう書いている。

《「1強」政権のあからさまなメディア恫喝の実態をあらためて指弾しつつ、メディアの仕事に携わる私たち自身の佇まいも見つめ直す必要がある。文書がいう「ヤクザ」まがいの恫喝に怯え、屈し、報道の自由を摩滅させてきた私たち自身の責も》

 まさに今回の事態に直面し、メディアがこれにどう対応すべきかが問われていると言える。

 新聞では、慰安婦問題で袋叩きにあって以降、迷走気味と言われる朝日新聞が、総務省文書問題を一面トップにするだけでなく、何度も大きな紙面をさいていた。こういう問題になると同紙が底力を見せるのが頼もしい。

日本ペンクラブなど相次ぐ抗議声明

 今回の文書については、前述したマスコミ文化情報労組会議(MIC)のほか、新聞労連、民放連などが相次いで抗議声明を発し、私が言論表現副委員長を務める日本ペンクラブも20日付で抗議声明を発表した。文案をめぐって週末にやりとりが続いたうえで何とか会長名の声明が出せてほっとしたし、朝日新聞デジタルがさっそく記事にしてくれた。

 その報道を受けて、最初に問題提起した小西参院議員はツイッターでこうつぶやいた。

《放送局の言論報道の自由が懸かった問題、すなわち、各テレビ局が国民財産である公共の電波を正当に使用できるかの問題なのに、なぜ、各テレビ局や民放連、NHKは声明も出さず、自らの調査報道もしないのだろうか。

幾らなんでもあかんです。

次は守ってもらえないですよ。。》

 確かにこの問題は、労働組合だけでなく民放連など業界団体が抗議声明を出すべき事例だ。しかし前述したように、新聞協会も民放連も分断が進み、業界が一体となって政権の介入に抗議できる状況ではなくなっているのが現実だ。

 なお抗議声明は各団体のホームページで見ることができるし、ペンクラブ声明も

下記に大きく掲載公表されている。

http://japanpen.or.jp/

日本ペンクラブホームページに載った抗議声明(筆者撮影)
日本ペンクラブホームページに載った抗議声明(筆者撮影)

 なお今回舞台裏が明らかになった9年前の高市「電波停止」発言などをめぐる当時のメディア状況などについて、月刊『創』(つくる)では詳しく誌面化していたが、それらの記事を今回、ヤフーニュースに公開した。当時、いったい国家権力と放送界の間でどんな状況が進行していたか、参考にしてほしい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/8b6c1ee6d85372efb2f940aa7102cbec2e940828

安倍政権からの揺さぶりにテレビ現場からの反撃

https://news.yahoo.co.jp/articles/c85c726f9e2d63ea486c380b9e2b1bf82b604395

キャスターの相次ぐ降板とテレビ界を覆う萎縮と自粛

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事