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NHK会長選での権力内部の暗闘? 一方で前川喜平さんの民主主義めぐる大事な問題提起

篠田博之月刊『創』編集長
2022年11月、記者会見に臨んだ前川喜平さん(筆者撮影)

決定直前まで権力内の暗闘が影を落とした?

 2023年1月下旬にNHKの前田晃伸会長の任期が終了し、後任に日銀元理事の稲葉延雄氏が就くことが既に決まっている。12月5日の経営委員会で決まったものだが、これでNHK会長は6人続けて財界出身者が務めることになる。今回の会長選では、その経営委員会直前まで人選をめぐって暗闘が繰り広げられたと言われている。

 決定直前までこの人で決まりとして名前があがっていたのは丸紅元社長の朝田照男氏だった。例えば12月3日に東洋経済オンラインは「NHK次期会長人事、丸紅元社長の朝田氏で最終調整」という記事を配信し、こう書いていた。

《12月2日までに最終候補として丸紅元社長の朝田照男氏に絞り込まれたことが東洋経済の取材でわかった。12月5日に開かれる経営委員会の指名部会で最終候補として決め、翌6日の経営委員会で正式決定して発表される見通し。》

https://toyokeizai.net/articles/-/637320

NHK次期会長人事、丸紅元社長の朝田氏で最終調整

 結果的にこれは誤報になったわけだが、まあ人事をめぐってはよくあることで、事前に報じられたことが影響を及ぼすことも珍しくない。東洋経済オンラインは、なぜ予測通りにならなかったのかフォロー記事でこう分析している。

https://toyokeizai.net/articles/-/638037

NHKの次期会長が「日銀出身者」に決まった事情

《次期会長人事が表面化すると、官邸や自民党から横やりが入る。総務省関係者によれば、総務大臣経験者をはじめとする自民党の総務族が、この人選に「ノー」を突きつけた。理由は「前田会長に近い人物だったから」(総務省関係者)というものだった。

 そして、声がかかったのが稲葉氏だった。打診があったのは12月最初の週末。12月6日の会見で稲葉氏が「迷っている暇なく(任命の)昨日が来た」と口にしたのもそのためだ。関係者の間では「“前田憎し”の官邸や自民党は、前田会長との距離が近いことを理由に(商社元会長の人選を)認めず、経営委員会に稲葉氏を推薦した」との見方がもっぱらだ。》

 つまり、官邸のコントロールに従わないことがあった前田会長に近い人物を、直前になって官邸が横やりを入れてはずしたという見方だ。

菅前首相と岸田首相の暗闘との見方も

 それに対して少し違った見方を提示したのは『週刊現代』2022年12月24日号「岸田・4菅・麻生が綱引き NHKトップ人事『大逆転』はなぜ起きた」だ。

 それによると、元々朝田氏を後任にする線で、放送行政を牛耳る菅義偉前首相などが動いていたのだが、「菅氏のNHKへの影響力を削ぎたい岸田官邸がこの構図に横槍を入れた」というのだ。そして、そもそも続投の意向だった前田会長を退任に追いやったのは、専務理事の人事をめぐって自身に近い人物の再任を前田会長が拒否したことに怒った菅前首相だったという話も書いている。

 つまり自民党内で放送行政を牛耳る菅前首相の意向に沿った人選で動いていたものを直前になって岸田首相がひっくり返した、という見方だ。菅前首相と岸田首相の暗闘という自民党内の勢力争いがそのまま会長選に影を落としたというわけだ。

 どちらにしてもNHKのトップ人事が自民党幹部や官邸の意向で決まっているという現実を示したわけで、市民にとっては不幸なことだ。NHKの報道に官邸への忖度が現れているとの指摘がこの何年かなされてきたが、それは人事をめぐる構造に起因しているというわけだ。そもそも〈教育とメディア〉への支配を強めることを戦略的に行ってきたのは安倍元首相で、それを受けた菅前首相による放送界への影響力はいまだに続いていると言われている。

 もともとNHKの公共放送の仕組み、経営委員会などのシステムは、戦後すぐに憲法や教育基本法などとともに、国家権力からの独立を保障するという理念でGHQ主導で作られたものだが、その理念は空洞化し、むしろ安倍政権はその仕組みを悪用する形で経営委員会の人事に介入し、会長人事にも影響力を行使する体制を作り上げてしまった。

「みなさまのNHK」という公共放送のスローガンの「みなさま」とは本来、市民だったはずなのだが、近年は「みなさま」とは誰なのかが曖昧になってしまったわけだ。

一石を投じた前川喜平さん推薦の市民運動

 さて、以上のようなやや絶望的な現実に、今回の会長選で一石を投じたのが、市民グループによる「前川喜平さんを次期NHK会長に推薦します」という運動だった。「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が元文部科学事務次官の前川喜平さんに声をかけ、署名運動を展開したのである(最終的に紙とウェブあわせて約4万5000筆が集まった)。

  前川さんといえば、安倍政権時代に加計学園問題をめぐる発言で知られたが、その後も様々な発言で注目されてきた。 私もいろいろなことでお会いする局面があったが、その民主主義をめぐる発言に接するたびに、そういう人が文部官僚のトップにいたこと自体に驚きを禁じ得なかった。

 今は東京新聞の日曜の紙面で、前川さんのコラムと私のコラムが隣同士なので毎週楽しみに拝読しているが、例えば拉致問題関連本を図書館に置くようにという行政からの要請を批判したり、安倍国葬を批判した記事など、前川さんのコラムにはすごいなあと思うことがしばしばだ。

 その前川さんをNHK会長にという運動によって、今回、前川さんのメディアないしNHKについての考え方が知られる機会が広がったのは意義あることだったと思う。

 実はその前川さんの発言を2022年11月4日の会見以来詳しく取り上げようと考えてはきたのだが、忙しくてなかなかできなかった。しかも、会見や発言は大体、市民グループによってYouTubeなどにあげられてきたので全貌を動画で見ることができた、という事情もあった。しかし、1時間以上の動画を全部見るというのも簡単でない人もいるだろうから、遅ればせながらここで最初の会見の発言を文字化したものを公開しておきたいと思う。前川さんの考えがコンパクトに提示されているからだ。

11月4日の記者会見(筆者撮影)
11月4日の記者会見(筆者撮影)

 今頃になって敢えてそれをやろうと考えたのは、その「前川さんをNHK会長に」という運動を冷ややかに論評する意見もネットにあがっていたりするからだ。確かに前川さんを会長にといっても、NHK会長は経営委員会によって決められるという現在の仕組みからすれば実効性はないという見方も間違ってはいない。

 しかし、大事なことはそうではなく、民意を無視して一部権力者によって物事が進められてしまう状況に、民主主義とは本来何なのかという問いを絶えず突き付ける営みを続けることだ。憲法に書かれている「不断の努力」によって民主主義は実現されていくものだが、ともすると我々はどうせ現実を変えることはできないというあきらめが先に立ってしまう。確かに今の議会での力関係を見れば権力を掌握した側が無茶のやり放題で、ともすると絶望的になりがちなのだが、それに一つ一つ抗議するというのは大切なことだ。

 今回の「前川さんをNHK会長に」という運動はそういう大事な問題提起をしてくれたと思う。もちろん問題提起だけで自己満足してはいけないのだが、今回の運動にはいろいろな創意工夫も感じられた。前川さんの一連の発言内容のすばらしさはもちろんだが、例えば12月1日のシンポジウムでの元NHK放送文化研究所研究員で次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんの解説など、NHKについてのかなり鋭い分析だ。これもYouTubeにあがっているので興味ある人にはぜひ見てほしいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=2jCgRzmTtGU

2022/12/1 シンポジウム「公共放送NHKはどうあるべきか ~ 市民による次期NHK会長候補・前川喜平さんと考えるメディアの今と未来 ~ 」

「現場が自由であることが最も大事」

 では以下、11月4日の前川さんの最初の会見での発言を紹介しよう。簡潔にするために質問者の発言は要約した。

前川 このたびは市民の皆さんからNHKの会長にとご推薦をいただきまして、身に余る光栄と、お受けした次第でございます。NHK会長に就任いたしました暁には…暁があるかどうかわかりませんが(笑)、私は、憲法と放送法にのっとり、それを遵守して、市民とともにあるNHK、そして不偏不党で、真実のみを重視する、そういうNHKのあり方を追求してまいりたいと思います。

 そのためには、番組の編集あるいは報道に当たって、完全な自由が保証されなきゃいけない。その自由こそが、真実を追求することにもつながるし、不偏不党もその自由の中でしか実現しないと思っています。

 これは教育行政にもいえることですが、政治的中立性は大事なんですが、上から求める政治的中立性は必ず権力に奉仕する結果になります。上から政治的中立性を求めてはいけないんです。それは現場の一人一人の心の中にだけなければいけない。現場が自由であるということが最も大事なわけですね。

 報道とか教育とか文化とか表現に関わる、そういう分野では経営が余計なことをしない。それが大事なことです。これは、文部科学省が余計なことをしなければ教育は良くなるというのと同じです。そういう意味で私は余計なことはしない会長になりたいと思います。政府が右と言っても右を向くとは限らない(笑)。そういうふうに政府の言いなりには絶対にならない。それこそが本当の「公共」であって、おかみに従うことが「公共」ではないんです。そういう本当の意味での公共というものを追求していきたいと思っています。

 番組編集の自由というのは、放送法の3条にしっかりと書いてあるわけです。番組編集の自由は100%保証しなければならないと思っています。私が会長になった暁には…その暁があるかどうかわかりませんが(笑)、1つだけ思っているのは、この四半世紀ぐらいの間のNHKのあり方を検証する番組を作ってほしい。これは命令でなくてお願い、ですね。提案をしてみたいと思っております。

――今、署名運動を提案されていますけど、他にどんなことを考えてらっしゃるのでしょうか。

前川 やはり、報道機関の使命としてあくまでも当事者に寄り添うことが大事なのだろうと思います。当事者に寄り添って真実を追求することが一番大事。東京の会議室で真実がわかるわけではないと、これは教育行政にも同じことが言えるんですけれど、現場こそが大事なんだと思います。現場に密着して真実を人々に伝えるというのは沖縄についても特に大事なことだと思います。

 それは私の文部科学省での反省もございまして。文部科学省の行政の中で、沖縄に対して適切な対応をしてきたかというと、いろいろと問題があったわけです。例えば2006年の高等学校の日本史の検定で沖縄戦のいわゆる集団自決について軍の強制があったという記述を削除させるという政治的な意図に基づいた検定を行ってしまった。これは間違った検定ですが、いまだに是正されていないんです。

 あるいは、私自身が経験したことでは、八重山の教科書採択に国が介入したことがわかりました。竹富町が採択したいと考えていた中学校公民教科書を変えさせようと育鵬社を採択させようという意図のもとで強引に介入したことがございました。私はその担当局長だったのですけれども、非常に苦慮したわけですね。結果的には制度を変えることで竹富町に押しつけをせずに済んだのですけれども。

 沖縄に対しては教育行政の面でもいろいろと問題のある対応をしてまいりました。NHKが間違ってもそういうことに加担することのないように、当事者に密着した報道をしていくことが大事だと思っております。

「NHKは本来自立的な組織でなければならない」

――前川さんが文科省の官僚だった頃に、朝鮮学校の無償化の問題は面従腹背でやってきたというお話を何回か聞いたことがあります。沖縄の問題や日本軍慰安婦の問題などについて、自分で変えていくアピールをしていくのか、面従腹背していく中で改めてできる可能性を探るのかなど、会長としての心構えをお聞きしたいです。

前川 NHKは本来は自立的な組織でなければならないわけで、その会長である限りは誰かに面従する必要はないわけです。だから面従はしません。面従をしなくていいわけですから、腹背もしないわけで、思う通りにやればいいのだろうと思っています。

 ただ、番組の編集については現場の自由を保障しなければならないので、私の個人の見解を番組編集や報道に押し付けることはしてはいけないと思っています。これは現場の職員たちがどれだけ自由に活動するかということに関わってくるのだろうと思います。そうすると自ずから辺野古の問題も朝鮮学校の問題も明らかになっていくだろうと思います。今は大事な問題なのに十分報じられていないではないかと私自身の印象は持っておりますけれども、だからといってきちんと取材をして報じろと命じることはやってはいけないのだと思っております。

――これまでのNHKに対して思っていらっしゃること、また公共放送とはどうあるべきかのお考え、そして今抱えている問題とその改善策を具体的にお聞かせください。

前川 『かっぱの屁 -‒ 遺稿集』(法政大学出版局、1961年)という本をお借りしたのですが、これは高野岩三郎さんという戦後間もない時期にNHKの会長をされた方ですね。この中に日本放送協会会長の就任のあいさつが記載されていまして、これを読んで本当にその通りだと思ったんですけれども、「メディアのあり方として、大衆と共に歩み、大衆と共に手を取り合いつつ、大衆に一歩先んじて歩む」。こういう言い方をされていまして、やっぱり大衆に迎合するのではなく、一歩先んじて問題の所在をちゃんと知らせていくことは大事なことだと思いますね。

 私自身は生まれてちょっとした時からテレビ放送が始まって、テレビっ子として育っていますから、小さい頃は毎日「チロリン村とくるみの木」とか、「ひょっこりひょうたん島」とかを見ていましたし、娯楽と教育の統一、こういうことが大事だと。楽しく学ぶ、学んでいながら楽しめるというそういうあり方が大事だなと思っています。

 私はNHKには大学で勉強する以上にいろんなことを教えられてきたと思うんです。今でもドキュメンタリー番組など非常にいいものを作っておられると思いますし、海外のいいものを紹介してくれる番組も楽しみにして見ていますから、NHKが全部ダメとは思っていません。一生懸命頑張っている人たちもいると。

 私が印象に残っているのは、まさに楽しみながら学ぶ「バリバラ」という番組で、特に「桜を見る会」の特集をした時ですね。あれはよくぞやったと快哉を叫びました。NHKにもまだ骨があった。ああいう番組を作った人たちを大事にしたいなと思います。

「社会部の記者は私の前で泣いていた」

前川 一方で、加計学園問題で強く印象に残ったのが、NHKの非常に閉塞した状況でした。もう5年前のことですけれども、加計学園問題で私が知っていることを報道機関の方々の取材に応じてお話をしたんですけれども、例えば『週刊文春』とか朝日新聞なんかは一生懸命取材をして報じてくれました。NHKも同じくらい現場の記者さんは私に密着取材をしていたんですね。

 私が記者会見をしたのが2017年5月25日ですが、それよりも1カ月前の4月中にNHKの記者さんが私の家まで押しかけてこられて、私の家の玄関先で映像を撮っているんですよ。私が加計学園問題についてこれは官邸によって、もっとはっきり言えば安倍首相によって行政が歪められたんだと、こういう話を私自身がしている映像をNHKは持っていたんです。私が記者会見をする1カ月前ですけれども、それは今に至るまで一切報じられていません。

 私を取材してくれた社会部の記者さんは文字通り私の目の前で泣いていましたよ。いくら取材してもそれがニュースにできないと。悔しさが本当に伝わってきましたね。これは本当に由々しきことだと、できればNHKの会長になりたいと思ったのはその時ですけれども(笑)、こういうことが続いているんだとしたら、本当に由々しきことだと思います。

 記者会見に踏み切った一つの理由はNHKの記者から会見をしてくれと言われたんですね。記者会見をしてくれなければ、報じられないと。そういうところまで追い詰められている現場の記者さんの苦しみを私は分かち合うことができましたので、NHKの会長に就任した暁には…その暁があるのかどうかわかりませんが、現場の記者さんの自由な取材や報道を最大限に保障することが会長の任務だろうと思っております。

――NHKは受信料の引き下げや将来的な衛星波やラジオの電波の削減など、既に定められていることがあると思いますが、それについての前川さんのお考えをお聞かせください。

前川 NHKの会長の役割として、経済合理性を真っ先に考えることはではないのだろうと思います。大事なことは高野さんが言っておられるように、大衆と共に歩みつつ大衆に一歩先んじて歩むというような、いわば社会の木鐸という意味もあると思いますけれども、公共放送として民主主義社会の基礎を担うんだという自覚を持つことが大事だと思います。  

 そのためにはいたずらに受信料を下げることだけを目的化することはおかしい。しかもそれを政府から言われるんですね。総理大臣が所信表明演説で言ったからと言って、それに従うということはおかしな話であってですね。もちろん受信料は少ないに越したことはないですけれども、それはバランスの問題だと思います。

 それから放送という事業がいろいろなメディアのツールの発達の中で、事業の変革を迫られることは当然あることだと思います。今はお昼にテレビを見ているのは私みたいな高齢者ばかりだということになっていて、若い人たちがなかなかテレビを見ないと。そういうことを考えれば、メディアのあり方をNHKとしても時代に応じた形で業態変革をしていくことは必然的に迫られることだと思います。しかし、それも憲法や放送法に基づく公共放送の使命というものを軸にして考えていくべきであって、単に経済合理性を考えることではないと思います。

「報道では忖度をしてはいけない」

――NHKの放送をご覧になっていて、日々の放送をどのように評価されていますか。どういう問題点があると思っておりますか。

前川 もっぱら問題があるのはニュースだと思います。報道番組とか、日曜の討論番組だとかですね。あとはみんないいんじゃないですか。ドラマなんか楽しいですよ。最近のドラマで面白かったのは「あなたのブツが、ここに」という宅配をやっている人たちの日常を描いたもので、本当に面白かったですね。非常にタイムリーだし、コロナで苦しんでいる庶民の姿を楽しみながら、しかし切実な問題を感じることができる良い番組だったなと思っています。

 今のドラマも面白いですね。松坂慶子さんが(「一橋桐子の犯罪日記」で)あんな役をするとは思っていなかったですけれども、あれは面白い。

 やっぱり報道に問題があると思っています。報道では忖度をしてはいけないと思いますね。国の行政機関の方はNHK以上に忖度体質が蔓延し、完全に忖度体質になってしまっているわけですけれども、公共放送はそういうものであってはならないと思います。特に報道、あるいは時事問題についての姿勢には非常に疑問を持っております。

「放送行政の仕組みの見直しを」

――いま前田会長はNHKのスリム化でそれこそ合理性でいろいろな改革を進めておりますが、そういったものをどのようにご覧になられていますか。ご自身が会長になられた時に、そういった改革を踏襲するのか、あるいは別の形に変えるのかどのようにお考えですか。

前川 私は前田会長の改革を噂程度にしか知りませんので、あまり責任のあるコメントをできませんが、少なくとも会長になった暁には…その暁があるかわかりませんが、前田会長が行っておられる改革は一旦白紙に戻す形になると思います。

 その上で組織の中で改革は常に考えていなければならないと思いますけれども、これは議論をしてそしてみんなが納得する形でやっていく。みんなというのは内部の職員たちが納得するということと、放送を視聴してくださる視聴者の方々、受信料を負担してくださる方々、広く社会一般の納得が得られる形で改革することであって、間違っても政府からやれと言われたからやるということではないと。政府にはそういう権限はないと思います。ですから、少なくとも政府の言いなりになる形の改革はないと思います。

――政府の言いなりにならないということですが、政権の圧力に対してどう対峙していくのかのお考えをお聞かせください。

前川 これはNHKの会長という立場というよりは、一市民としてなんですけれども、放送行政のあり方、仕組みですね、政治権力の意向がストレートに及ぶような形を改めるべきだと思いますね。本来NHKについても経営委員会は合議制機関でそこで政治的中立が保たれるということだったんですけれども、それが保たれていない。経営委員の人事権というものをフル活用して、特に安倍・菅長期政権のもとで、安倍さん菅さんの求める方向にNHKを変えていく人たちばかりになった。今経営委員の一覧を見ても、こんな人たちが任命されていると、これが非常に問題です。

 本来は不偏不党、中立性というのを確保するために合議制になっているんですけれども、これでは合議制である意味がないわけですね。今の状態では経営委員会はあってもなきごとき状態になっている。本来の役割を果たしていないと思います。

もう一つ問題なのは、総務大臣があーだこうだ言っていることが経営に影響することですね。確かに限りある電波を割り当てるという、そこには何かしら国家権力が作用するわけですけれども、その権力の行使にあたってそれがストレートに力を及ぼすということではなくて、やはり何らかの独立した行政委員会制度のもとにやるべきじゃないかなと思っています。 

 それでもその委員会に政治的な思惑による人事が行われては仕方ないんですけれども、たとえば野党推薦の委員は必ず2割いなければならないとかですね、そのような形を考えるべきです。

 たとえば、私が文部科学省で仕事をしていた中でユネスコ国内委員というのがありますけれども、ユネスコ国内委員には国会議員が入っていますが必ず野党議員が一人は入っています。そのような形で、政治的に一つの方向に引っ張られることがないような仕組みが必要なんじゃないかなと。

 これはこの10年間の政府とNHKの関係のあり方を見れば、何らかの放送行政の仕組みそのものを見直す必要があるんじゃないかと、問題がそこに現れるのではないかと思っているんですけれどもね。

テレビに残された使命とは?

――テレビの可能性、ここのところは絶対に力を入れてやるべきだといった考えやメディアに対する思いをぜひ伺いたいです。

前川 私は小さい頃からテレビっ子だったので、テレビがなかったら生きていけないかなと思うんですけれども、少なくとも今、メディアとしてのテレビの比重が少なくなっているのは止むを得ないと思います。他のメディアにできなくてテレビにできることは何かというのを追求することが、これからの大きな課題だと思うんです。

 それが何なのかというのを私は一概に言えないところがあります。ただ、ネットメディアと違うところは、一つのフォーラム、いろいろな多様な立場の人たち、多様な意見の人たちを一つの場に集めるという機能、特に公共放送であるNHKというのはそういうフォーラムを作るという大事な使命があると思うんです。

 ネットメディアは自分の好きなことを発信する、それを視聴したい人が視聴すると。どうしても偏りが出てくるわけです。でもテレビはいろんな立場の人たちが集まるフォーラムを作ることによって、必然的にそこで聞きたくない意見も聞く機会ができ、見たくない人の顔をみると。今は見たくない人の顔がテレビを見ていると随分と出てくるので、切りたくなっちゃうんですけれども、だから、異なる多様な立場の人たちが一堂に会するフォーラムを作る、そういう意味合いはテレビの使命として残るのではないかなと。ネットメディアにはなかなかしづらい部分ではあるという気がします。

 以上、前川さんの公共放送についての考えだが、会見の全貌は下記のYouTube配信で見ることができる。これまでのNHK会長がどのように決められてきたかなど、前川さんの話以外にも興味深い解説もなされており、興味ある人はぜひこの動画もご覧いただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=vvsdZpRC9JE

2022.11.04 市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会 主催 「前川喜平さんを次期NHK会長候補に!」記者会見―登壇:前川喜平氏(元文部科学事務次官)

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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