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相模原障害者殺傷事件・植松聖死刑囚が自ら語った再審請求を行った理由

篠田博之月刊『創』編集長
植松聖死刑囚からの手紙(筆者撮影)

 注)この記事の見出しと記事の一部を2022年6月21日に変更しました。

 2022年6月15日、朝一番で東京拘置所へ行き、4月に再審請求を行い受理されている相模原障害者殺傷事件・植松聖死刑囚に接見した。いや正しく言えば、私は面会室に入ることを拘置所側に許可されず、同行した弁護士が30分、面会したのだった。

 もともと今なされている植松死刑囚の再審請求については下記に記事を書いたので参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220502-00294273

相模原事件・植松聖死刑囚が死刑確定から2年を経て再審請求を起こした背景

 この記事を書いたのは再審請求が受理されたことが判明した直後だったので、あまり事情がわからなかったのだが、その後、少しずついろいろなことがわかった。それを受けて、2年前に東京拘置所側に阻止された接見申し込みを再び行ったのだった。私と弁護士と両方で申し込み手続きをしたが、結果的に弁護士だけ面会が許可され、本人の話が聞けた。

 再審請求を行ったという報道を聞いた当初は、当然ながら誰か弁護士がついたのだと思ったが、それが誰なのかわからなかった。私も手を尽くして可能性のありそうな筋にあたったのだが、弁護士にはたどりつけなかった。そのため、もしかして植松死刑囚は弁護士をつけずに再審請求手続きを行ったのではないかと推測し、だんだんそれは確信に近いものになった。そしてきょうわかったことは、やはりその推測があたっていたことだ。

再審請求は弁護士をつけずに手続きしていた

 植松死刑囚は横浜地裁での刑事裁判の時にも、並行して、事件の被害者遺族から損害賠償の民事訴訟を起こされていたのだが、それも弁護士をつけず、自分で答弁書などを書いていた。そして今回の再審請求も、自分で手続きしたのだった。

 今回の接見目的のひとつは、もし本人手続きだけで再審請求を行っているなら、弁護士の代理人選任を検討してもらおうということだった。しかし、面会室で植松死刑囚は最初、弁護人なしでやりたいと語ったという。ただきょうの話し合いで、手続きその他については初めて弁護士から詳しい説明を受けたので、今後、植松死刑囚がどう判断するか。話し合いを続けることには本人も同意している。近々再び接見するつもりだが、他に方法がないとわかれば本人はたぶん弁護士をつけるという判断になると思う。

 彼は民事訴訟もそうだったように、弁護士を雇うことはしないというのが以前からの考えで、本日も接見した弁護士に、「国選じゃないんですか」と聞いていたという。費用もかかるし、彼はもともと家族に頼るといったことをしたくないという意向なので、自分でやろうという考えなのだろう。

 しかし、再審請求がとりあえず受理されたといっても、今後の手続きを弁護士のアドバイスなしに進めることは簡単なことではないし、すぐに棄却されてしまう怖れもあるので、きょうの説明を受けて本人も考えると思う。私が直接接見できれば本人もその場で了解したと思うが、きょうは弁護士とも初対面だったので、まあもう一度考えてみようということになったわけだ。

 過去、連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚も再審請求を行おうと考え、いろいろな弁護士に依頼の手紙を書いていたし、最近で言えば寝屋川中学生殺害事件の山田浩二死刑囚も弁護士探しを行っている。再審請求を行うためにまず弁護士を見つけるというのが最初の関門なのだが、植松死刑囚の場合は最初から弁護士はつけないでやろうという考えだったようだ。

 そんなふうに今回の接見は、植松死刑囚ととりあえずつながっただけで、話し合いはこれからだ。だから本当は帰社してすぐにこの報告を書くつもりはなかった。ところが、たまたま拘置所の待合室にいたところに、別の取材で来ていたフジテレビの記者と顔をあわせてしまい、事情を知ったその記者が、これはニュースだと判断して、きょうの夕方か夜のニュースで報道したいと言ってきた。報道をやめてくれと言うわけにもいかないので、恐らくフジテレビが夕方か夜のニュース番組で速報を打つはずだと思った(その後、この記事を書いた直後に、フジテレビが午後のニュースで報道したことを知った)。だから、私もやむをえずこうしてヤフーニュースに速報を書くことにした。

 相模原事件については、新聞社や通信社など裁判の時から協力関係のある記者も多いし、率直に言ってフジテレビはこれまであまり植松死刑囚に食い込めていなかったから、そこが最初に報道というのも何だかなあという気もするが、まあ仕方ない。私も宮崎勤死刑囚の報道など他の件ではフジテレビの報道部とも協力関係にあったし。

 ただフジテレビがニュースで流した内容を見たら、弁護士はいらないと本人が言ったというところで終わっていた。確かに当初は強くそう言っていたようだが、きょう説明したし、たぶん近々それは変わるだろうと私は思っている。

植松死刑囚の望みは外部交通の確保のようだ

 さて植松死刑囚の再審請求について、大きな関心は、自ら控訴を取り下げて死刑を確定させた彼がなぜ今になって裁判のやり直しを求めるのかということだ。

 植松死刑囚は、まだ横浜拘置支所にいた時期に、私との特別面会許可願を提出しており、それが認められると考えていたと、今回も語っていたという。ところがそれが許されないまま2年がたってしまった。私の方も2年前に弁護士同行のうえ接見に行ったし、その後も所長宛に手紙を書いて、特別接見を許可してほしいと何度も要望しているのだが、そういう手続きを外部からしていることは拘置所側が植松死刑囚には伝えていないから本人はわからない。おそらく植松死刑囚は2年経っても外部交通が全く認められない状況に苛立ちを感じたのだろう。

 再審請求の背景には、そうした彼の思いがあるような気がする。その日、植松死刑囚に接見に行こうということになったのも、彼の再審請求という行動がきっかけなのだが、何か現状を突破したいという思いが彼の中にあったのかもしれない。

 ただ、本格的に再審請求を進めるとなれば、今後どうするのか。そのあたりはきょういろいろな説明を聞いたところで、彼もこれから考えるというわけだ。私は宮崎勤死刑囚とは死刑確定後も特別許可を得られたから接見して、確定後の権利について拘置所からどんな説明を受けたか訊いたことがあるが、ほとんど丁寧な説明はなされていないのが実情のようだ。きょうの弁護士の説明で、再審請求や外部交通の確保についても植松死刑囚は新たにいろいろな知識を得たはずだ。

 ちなみにフジテレビの報道では、植松死刑囚が外部の人間と会いたがっているという内容になっており、ヤフーのコメント欄で外部の人間に合わせるなどとんでもない、早く執行しろという非難が書き込まれているが、ここで植松死刑囚の言う外部の人間とは特定の人のことだから、彼が一般の人に会って自分の主張を述べるといったことを心配する必要はない。

青いジャケット姿で髪は短くしていたという

 弁護士によると、植松死刑囚は一応元気な様子で受け応えも問題なかった。普段着の青いジャケット(もしかするとトレーナーのようなものだったかもしれないとのこと)を着て現れたという。未決の時代は、髪を切らずに伸ばしたままで後ろで束ねていたのだが(意図的にそうしているようなことを以前言っていた)、死刑確定によってひとつの区切りがついたのだろう、きょうは普通の短髪になっていたという。以前も時々かけていたメガネをきょうもかけていたようだ。

 今は面会も手紙も相手がいない状態なのだろう。2年前の横浜地裁での裁判の頃まではまだ「4カ月に1回くらい親が面会に来る」と言っていたが、今はその頻度もさらに落ちている可能性もある。横浜時代に一番面会回数が多いのはたぶん私だと思うが、それでも何日も誰とも言葉をかわさないことが続くことがあり、このままだとおかしくなりそうだと言っていたから、その思いはさらに強くなっているはずだ。

 とりあえずきょうのところはここまで報告しておこう。今後、植松死刑囚がどうなるかについては、機会を見てまた報告したいと思う。死刑確定者の処遇に関わる微妙なことがらだし、拘置所の意向も気になるところなので、外部への報告もいろいろな意味で慎重にやっていかざるをえないと思っている。

 再審請求に伴って外部への特別発信も裁判に関わることであればある程度可能になるし、それについては和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚からの手紙が私のもとへ届くこともあるなど、月刊『創』(つくる)では現実に即していろいろな報告をしてきた。現状においては死刑確定者への外部交通の制限はあまりに厳しく、それについては多くの批判もなされているのだが、果たしてどこまでのことが可能になるのか。そのあたりはほとんど未知数だ。

 この記事の冒頭に掲げたのは、植松死刑囚から再審請求後に届いた手紙だが、差し入れへのお礼に限ってといった条件であればこんなふうに手紙を送ってくることも可能だ。死刑確定者の処遇については、まだわからないことも多いのが実態だ。

 最後に念のために書いておくが、きょうはフジテレビに続いて夕方からマスコミ各社が一斉に、植松死刑囚に弁護士が接見したことを報じている。その報道を受けてヤフコメには、明日にも早急に死刑を執行してしまえと言った意見があふれている。確かにそれが市民感情だと思う。

 確かに許せない犯罪であることは明らかだが、裁判員裁判という制約の中で事件の真相が裁判で明らかになったとは全く言えないのが実情だ。障害者施設で支援活動を行っていた者があのように障害者を殺傷するという、そういう考えにどうして至ってしまったのか。そこを解明するのは極めて大事なことだ。ほとんど責任能力の有無に終始してしまった裁判で解明できなかったそのことを一歩でも解明する努力をするのは、ジャーナリズムの、そしてこの問題に関わった人間の責務だと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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