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作家3団体がロシアのウクライナ侵攻に抗議する共同声明と会見。いま表現者に何ができるのか

篠田博之月刊『創』編集長
左から林真理子、桐野夏生、京極夏彦各氏(筆者撮影)

戦争を止めるために表現者として何ができるのか

 2022年3月10日、日本ペンクラブ、日本文藝家協会、日本推理作家協会の3団体が「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」を発表し、3団体の代表が会見を行った。

 新聞・テレビでも報じられてはいるが、会見内容は要約されたものしか紹介されていないので、ここでその詳細を報告しよう。会場で録音したものを文字起こししたものだ。多忙のあいまをぬってテープ起こしをしたのは、質疑応答を含めたその会見が、表現者としての思いが伝わるとても良い内容だったからだ。

 私は月刊『創』(つくる)編集部として会見に参加したのだが、個人として日本ペンクラブに属してもいる。会見終了後、桐野夏生会長と話をした。会場を出る時は前々会長の浅田次郎さんと一緒になって少し話した。浅田さんも今回のウクライナ侵攻とその後の事態には憤りを感じているようで、わざわざ駆け付けたという。

 連日、テレビでウクライナ市民が殺戮の対象になっている映像を見て、衝撃を受けている人は大勢いると思う。言論や表現に携わる者が、この戦争を止めるためにわずかであっても何ができるのか。会見での3団体の代表の言葉からもそういう思いが伝わってきた。

 上記3団体はこれまでもいろいろな問題で意見交換したりといったことはあったが、こういう声明を共同で出すのは初めてだという。これまでの慣習を乗り越えてそういうことが実現するほど、今回のウクライナ侵攻とその後の市民への殺戮は多くの人に衝撃を与えているということだ。こういう事態に対して文学者に何ができるかというテーマをもつきつけた重たい動きだ。

 会見内容の詳報の前に、共同声明全文を紹介しておこう、3団体のホームページに、日本語だけでなくロシア語などを含めて公開されている。

「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」

 私たちは、ロシアによるウクライナ侵攻に強く反対します。

 これは、完全に侵略であり、核兵器使用に言及した卑怯な恫喝であり、言論の自由を奪い、世界の平和を脅かす許し難い暴挙です。

 私たちは表現に携わる者として、人々の苦悩や悲嘆、そして喜びを表してきました。しかし、新たな戦争の愚かさについてなど、書きたくはありません。

 ウクライナの人々の命、人々が築いた文化、産業、街や学校、施設などがこれ以上破壊されないように、そしてロシアの人々の自由と命も無用に奪われることのないように、一日も早い戦争の終結を願います。

2022年3月10日

日本ペンクラブ・日本文藝家協会・日本推理作家協会各団体理事会および有志による声明文

日本ペンクラブ会長     桐野夏生

日本文藝家協会理事長    林真理子

日本推理作家協会代表理事  京極夏彦》

3団体代表がそれぞれ訴え

 声明文は桐野さんが読み上げ、その後会場に集まった記者からの質疑応答が行われた。以下、その内容を紹介しよう。多少省略した部分もあるが、ほぼ全文だ。

 まずは声明文への補足を兼ねて代表3人がコメントした。

林 日本文藝家協会は職能団体で、あまり政治的な発言はしないことで知られているのですが、今回の事態は、人類に対する暴挙であるということで、すぐに声明文を出しました。そして今回も桐野さんからお声をかけていただいて、3つの団体でやろうということで、8日の常任理事会で承認されました。

 私たち文学者は、人の痛みや苦しみをより強く感じられる人種であり、そうでなくてはならないと常日頃考えております。私たちのやっていることは小さなことかもしれませんが、まず声をあげるというのが大事だと思って今日はやってまいりました。

記者会見に臨んだ3団体の代表(筆者撮影)
記者会見に臨んだ3団体の代表(筆者撮影)

桐野 ペンクラブでは、侵攻が始まった時点で国際ペンと一緒に声明を出したんですが、戦局が良い方向に動かないので焦っておりました。そうしましたら2月28日に林さんから連絡がありまして、とても黙ってはいられないということでした。そこでペンクラブももう一回声明を出そうと思っているので一緒にやりませんかと申し上げ、京極さんの推理作家協会にも呼びかけさせていただいて、3つの団体が共同声明を出すことになりました。

 とにかく戦争反対という意見表明に尽きます。

京極 推理作家協会も思想信条、政治的立場に関して協会員を拘束するような声明文を出すことはこれまでありませんでした。私たちは世界情勢に精通しているわけでもないし、国際法や軍事の専門家でもありません。摂取できる情報も限られているし、それを精査できる立場でもありません。

 しかし、たとえどのような状況であろうとも、暴力的解決を選択することはあってはならない。まして人命を賭すようなことが行われることは看過できません。そこで理事会を開き、全会一致で共同声明を出すことに参加させていただきました。人命を守る、人権を守る、文化を守る。これはどのような状況にあっても変わらない、変わるべきでないものと考えます。

表現者・文化人の声をもっととりまとめたい

 続いて質疑応答が行われた。質問者がどのメディアだったかを含めて紹介しよう。

朝日新聞 声明文の中の「新たな戦争の愚かさについてなど、書きたくはありません」という部分が印象に残りました。ここに込めた思いについて伺いたいと思います。

桐野 私たちは京極さんのお話にあったように、いろいろな情報を精査する立場でもありませんし、すごく知識があるわけでもありません。ただ、自分たちの感受性によって、時代の流れを見ながら人々の哀しみや喜び、それから苦しみを書くのが文学だと思い、そういう仕事をしてきました。

 やはり表現者の立場として、これ以上、戦争のことをまた改めて書きたくない、また繰り返すのかという怒りがありましたので、それを付け加えさせていただきました。

日本経済新聞 声明のほかに、何か具体的支援について例えば義援金を集めるとか、考えていらっしゃることはあるでしょうか。

林 私はもうひとつ別の団体の代表もやっていまして、そちらは声明を出すと同時に義援金の窓口もしようかなと思っています。きょうは3つの団体ですが、さっき桐野さんともお話しまして、いろいろな団体の声をもっと取りまとめていくことはできるかもしれません。もっと表現者というか、文化人と言われる人たちの声をまとめていくことはできるかもしれない。それをきょうこの場を借りてお約束したいと思っています。

読売新聞 ウクライナ侵攻を見ていてSNSの力を感じました。ロシアがどれだけ情報統制しようとしても一方でフェイクニュースの危険性といったこともあるのですが、そうしたSNSについてどうお考えでしょうか。

京極 私たちは発信する立場にありますが、SNSというのは、個人が発信するものであれ団体が発信するものであれ、届く時には等価になってしまうんですね。フェイクニュースもそうでない生の声も峻別はできない、そういうメディアだと思うんです。発信する側も受け取る側も十分気を付けなければいけないと思います。

 特にこうした非常時の場合には、東日本大震災の時もそうでしたが、誤った情報が流れると被害が大きくなってしまうことが容易に考えられます。ですからそうしたものに安易に飛びつかないよう余裕を持っていただきたい。ただし余裕を持てない状況の人たちもいらっしゃるでしょうから、そういう人を私たちはできるだけカバーするような情報発信ができればと思います。

読売新聞 もう1点、もうすぐ3・11、東日本大震災から11年を迎えるわけですが、今この時期に核攻撃といった発言がロシアから出ています。そのことについての思いを伺ってよいでしょうか。

桐野 ウクライナの状況を見ますと、例えばチェルノブイリ原発が占拠されたり、そこでの送電が止まったりといろいろな情報を見聞きしますし、声明文にも書いたように核の使用をちらつかせるというか、それを脅威に使っている、もてあそんでいるような感じもあります。そのことへの声明が、3・11直前になったというのには因縁も感じます。

表現者も声をあげることが大切だとの思い

共同通信 ロシアによるウクライナ侵攻を最初に知った時に、皆さんどういうことを感じられたでしょうか。

林 戦車が連なる光景に非常に衝撃を受けました。そしてプーチンの発言を聞いていて、戦争を正当化する言語がこの世にあるのだということが、私にはとても驚きでした。

桐野 何百万人という難民が出て、ヨーロッパ全土に行くことで世界に混乱が引き起こされること、そしてロシアにいる方でも戦争に反対している方がいますが、それに対して熾烈な弾圧が行われているのではないかという危惧があります。戦争を戦争と言ってはいけないという状況がロシアで起きていることに、戦前もこういう感じだったのかという恐ろしさを感じました。

 今後戦局がどう動いていくのかわかりませんが、誰も何もできないという状況がもどかしいし、声明を発表することくらいしかできないことに無力感も感じます。

京極 いかなる事態においても暴力的な解決を選択肢に入れることはあってはならないし、21世紀という時代にかような光景を目の当たりにすることはやはりショックです。100年200年かけて作った文化をたった1日の兵火でなくしてしまうこともありえる。私たちはそうした文化を担う端くれの一人として、文化がないがしろにされることに対しては我慢できません。攻めているロシアについても言論が封じられたり、人命が次々と失われていくことはあってはならないことです。それを回避するために国や政治があるのだと思うのです。

 私たちには声明を出すことくらいしかできませんが、声明を出すことが無駄だとは思っていません。私たちの団体にもいろいろな考えの人はいると思いますが、どんな考えの人でも人命や人権を軽視するようなことは許されないと思います。

毎日新聞 3団体が今回、初めて足並みを揃えたことについての思いをお聞かせください。

林 こうした並んでいるとわかるように3人のうち女性が2人なんですね。これは画期的なことだと思います。前から何か一緒にできるといいねと言っていたので迅速な対応が出来ましたし、コミュニケーションが取れたことが良かったと思います。

桐野 同じ表現に携わる者として、こういう事態に対して声明を発表するというのが3団体で一緒にできたことがうれしいし、もっと広げていきたいと思います。

 さっき京極さんが人命と人権は守らなければいけないとおっしゃいましたが、そういうものを守れるように私たちが、小さな力かもしれませんが、声明を出すことで助けになれればよいと思います。そういうことをみんなでやっていければ、戦争中の文学報国会のようなことにはならないと思います。

京極 3団体のうち日本推理作家協会が一番エンタテイメント寄りかもしれませんが、エンタテイメントというのは平和時でこそ面白い。そうでない時には弾圧の対象になりかねないものなんですね。そんなことが起きてはならないとは常に思っていたのですが、今回3団体が名前を連ねたのは、名前を連ねるほどの出来事だったということだと思います。戦争反対、殺戮をやめさせたいということに関してはどの団体も同じ思いだったということで、だからこそ3団体が並んだことに意味があったということだと思います。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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