Yahoo!ニュース

三浦春馬さん1周忌を過ぎても拡大する春友さんたちのグリーフワーク

篠田博之月刊『創』編集長
月刊『創』10月号表紙を飾る海扉アラジン作・切り絵

 三浦春馬さんの昨年7・18の突然の死をきっかけに、それまで特別にファンでなかった人を含めて、激しい喪失感に襲われ、自分の人生や死について考える女性が増えた。ちょうどその時期から女性の自殺が増えたこととそれが関わっていることは明らかだ。主な層は50~60代の女性なのだが、子どもたちが自立して一息ついて自分の人生を振り返るといった作業が、コロナ禍を背景にして、なされたようだ。しかもそれが「三浦春馬現象」と言ってよい規模に拡大している。

 大切な人を失って喪失感にとらわれることを「グリーフ」、そこからの回復を促すのを「グリーフケア」、そうした活動を「グリーフワーク」と呼ぶが、この半年ほど、「春友さん」と呼ばれる春馬ファンたちのグリーフワークは様々な形で広がっていった。

次々と拡大するグリーフワーク

 月刊『創』(つくる)では昨年11月号からもう1年、そうした女性たちの投稿を載せ続けているのだが、自分と同じ思いの人がそんなに多くいることを知って救われた、という感想がたくさん寄せられている。

 月刊『創』のほかに、4月に刊行した『三浦春馬 死を超えて生きる人』に続いて、いよいよ9月15日には『三浦春馬 死を超えて生きる人Part2』が発売される。この1年間、各地で拡大している「グリーフワーク」をそれらの本では取り上げている。

 例えば三浦春馬さんは、徳島の藍染めを愛し、映画『天外者』にも登場させたりしてきたのだが、徳島在住の春友さんが中心になって、春馬さんにちなんだ藍染めを自分たちで行い、全国の春友さんたちに送るという「藍染めプロジェクト」を、今年7・18を中心に行った。『創』にはいまや全国の春友さんたちとのネットワークができつつあり、それを活用したものだ。

徳島の春友さんによる藍染め(筆者撮影)
徳島の春友さんによる藍染め(筆者撮影)

 そのほかにも、福岡在住の洋菓子店の春友さんが、馬やキンキーブーツにちなんだクッキーを焼いたり、滋賀県の旅行代理店を営む春友さんが7・18に追悼のツアーを企画し、琵琶湖畔でセレモニーを行って各地から参加者が集まったりと、いろいろな活動が広がっている。

琵琶湖畔での春馬さんありがとうツアー(参加者撮影)
琵琶湖畔での春馬さんありがとうツアー(参加者撮影)

 春馬さんの地元である土浦市には土浦セントラスシネマズという映画館があって、今年1月から春馬さんの映画を上映し続けている。そこは館内にファンたちがメッセージを貼るボードを設けたりして、いまやファンたちの「聖地」になっている。今年の7・18には、その映画館だけでなく、春馬さんがサーフィンに通ったテトラポットのある海岸や、地元のハスの田んぼに春友さんが足を運んだ。

土浦セントラルシネマズのファンメッセージボード(筆者撮影)
土浦セントラルシネマズのファンメッセージボード(筆者撮影)

 それらの春友さんたちの行動は『創』編集部にもたくさん情報提供されており、随時誌面で紹介しているが、ここでも幾つか紹介しよう。

9月17日から『森の学校』の舞台・丹波篠山でも

 先日、突然、丹波篠山(たんばささやま)観光協会から編集部に電話がかかってきた。何と9月17日から19日にかけての3日間、三浦春馬さんのデビュー映画『森の学校』を地元のホールで上映し、監督や出演している人たちが登壇するので取材に来ませんか、というお誘いだった。

映画「森の学校」の背景は丹波篠山の大自然
映画「森の学校」の背景は丹波篠山の大自然

 あいにく仕事の都合で参加はできないのだが、春友さんたちにぜひお薦めしたいそのイベントの詳細は丹波篠山観光協会のホームページに載っている。

https://tourism.sasayama.jp/

 そもそも約20年前の映画『森の学校』は、今年1月頃より、春友さんたちの熱い思いを受けて全国各地でリバイバル上映されているのだが、丹波篠山の広大な自然を背景に描かれた映画だ。映画館で観た人の多くがその自然の美しさに見とれ、機会があれば地元を訪れてみたいという人も多い。

 丹波篠山観光協会では、そういう動きを受けて、地元を訪れて自然を満喫してもらうとともに、地元のホールで上映会のイベントを開催するというプランを春頃に立ち上げたらしい。ところが現地はこの夏、何と緊急事態宣言に置かれてしまった。それでも観光協会では万全の感染対策を講じたうえで、予定通り開催することを決めたという。あの『森の学校』で描かれた大自然に触れてみたいという方は参加してみてはどうだろうか。

日常的に死と向き合う僧侶からの投稿

 発売中の月刊『創』10月号に、69歳のペンネーム「ねねの」さんの長めの投稿を掲載した。7・18に土浦の春馬さんゆかりの地を訪れた体験が書かれているのだが、この方は何と、現役の僧侶である。日常的に「死」と向かい合っている職業の方なのである。

 『創』にたくさんの投稿を毎月載せるようになって目についたのが、僧侶や臨床心理士、介護士などからの投稿だ。今回の「ねねの」さんの投稿も、いろいろなことを考えさせてくれた。長文なのでここでは一部しか紹介できないが、ぜひ原文をご覧いただきたいと思う。

 ちなみに『創』10月号にはこの僧侶とともに、17歳の女子高生の投稿も掲載されている。春友さんたちは50代60代の女性が多いのだが、このところ若い層にも広がっているようで20代の投稿も目につくようになった。しかし、17歳というのは初めてだ。

 投稿する人たちは年齢や職業ともに拡大しているのだが、ともあれここでは僧侶の方の投稿の一部を引用する。

《1周忌を迎えた7月18日、私は土浦のセントラルシネマズで「東京公園」と「天外者」を観た。次の日には、生前春馬クンが「是非見て欲しい」と発信していたハスの田んぼへ行ってみた。見渡す限りの濃い緑の波、その中にすくっと立ち、清らかに咲く純白の花。そこに彼が存在しているかのような感動を覚えた。仏教では特別な花、ハスは気高く美しく、そして泥の中から咲くのだ。

ねねのさんが撮影しあハスの花
ねねのさんが撮影しあハスの花

『天外者』の田中光敏監督が「こんなに純粋で美しいまま大人になれるものなのかと思うような男だった」と語っているのを読んで、彼がこの濁世を生きるのは困難だったのだと私は諦めたのだ。「春馬クン、泥水の中で咲き続けてくれてありがとうね。辛かったよね、よく頑張ったね」と繰り返し語りかけていた。

 春馬忌や 故郷に凛と 白蓮華

 その後観た「森の学校」では、肥溜めに落ちたマト少年が川で身体を洗った後、腰に大きな蓮の葉を巻きつけていた。ユーモラスな表現も似合うかわいい春馬クン。「飛びぬけて演技がうまい、協調性のある素晴らしい子どもだった」と西垣吉春監督が話されてるのを聞いたことがある。桜の季節に生まれ、ハスの花が咲く季節にいのちの故郷に還っていった彼のこと、決して忘れない。》

《コロナ感染者が激増し日本中が豪雨に怯える中、彼の初盆を迎えた。私は、今年の5月29日に亡くなったふてニャン春馬を抱きしめる彼の写真を拝んでいた。「ふたりとも仏さまだね。春馬クン、色々教えてくれてありがとう」と語りかけ、あの日から今日までを振り返っていた。

 彼の死の衝撃に私は絶望したのだ。あんなにも美しくて、才能に溢れ、人柄も良い青年が生きられない世の中を憎んだ。私自身、責任ある立場で仕事をしながら在宅で母を介護し、看取った。懸命に生きた日々。1周忌を無事に勤め、時にはテレビを楽しむ気持ちの余裕もできて「三浦春馬、やっぱりいちばん素敵」などと、のんきに構えていたところに飛び込んできたニュース速報だった。

 夏の暑さも冬の寒さも感じない日々。10キロ近く痩せて、心配する周囲には、「コロナ鬱」という言い訳をしながら生きていた。私は、僧侶として10年以上自死問題に関わってきた。その活動を辞めたいと初めて思った。自分が心を尽くしてしてきたことのすべてに疑問を感じ、空しくなったのだ。悲嘆にくれる自死遺族や苦悩の中にある希死念慮者に向き合う気力を失った。それまでの自分の言動を振り返り、大きな間違いをし続けてきたような気がして苦しかった。それでも、相談者を抱え、無責任に逃げ出すことは許されない。法要での読経中に泣き出しそうになった時には、僧侶としての自覚のなさを自己嫌悪した。どうかしていたのだ。

 これまでイケメンを好きになったことなどなく、芸能人に心奪われたこともない自分の鬱状態を持て余す日々。僧侶である私にとって死は身近な存在であり、生まれたら死ぬのは自然なこと、といつも口にしているのに、三浦春馬の死は私を打ちのめした。一日も欠かさず彼の映像を観ては次々と新しい発見をし、こんなにすごい人だとは思っていなかった自分を後悔していた。その「死」によって、初めて本当の意味で彼の才能に気づいた悲しい現実がそこにあった。》

「ほっこりカフェ」などいろいろな場との出会いが 

 この間、いろいろな人との出会いがあった。15日発売の『三浦春馬 死を超えて生きる人Part2』は、様々な春馬さんたちとの協同作業の結果だ。

 以前も紹介したことのあるYouTube配信番組「ほっこりカフェ」にも一度参加し、集まっている春友さんたちとチャットを使って会話した。この番組はシンガーソングライター堀内圭三さんが配信しているもので、ほぼ毎回、春馬さんの話題を語り、観ている春友さんたちとチャットでの会話がなごやかに交わされる。文字通り「ほっこり」する場なのだが、先日堀内さんからCDとともに届いた手紙によると、「ほっこりカフェ」という番組名は、参加する春友さんたちがそう呼ぶようになったものなのだという。

「ほっこりカフェ」の堀内圭三さん(配信画面より筆者撮影)
「ほっこりカフェ」の堀内圭三さん(配信画面より筆者撮影)

 この番組の常連視聴者には、『三浦春馬 死を超えて生きる人』とPart2それぞれに三浦春馬クロスワードパズルを掲載しているパズル作家や、三浦春馬陶器を自分で焼いている人、あるいは友人たちと馬の縫いぐるみを作っている人など、多くの春友さんたちが集まって、ほっこりとした空気の中で語り合うものだ。

一方で「前に進めない」人もいることを忘れずに

 こんなふうにこの半年ほどは、様々なグループワークを紹介し、泣いているだけでなくいろいろな活動を自主的に行う人たちを応援してきた。

 ただ、一方でこういう声もあることを忘れてはいけない。今年8月に57歳女性から届いた投稿だ。

《春友さん達が、前を向いて進み始めている事を感じ、前に進めない私は、取り残されてしまっています。

 ハンス セリエも言っているではないか、考えても何も変わらない事を考えるよりも、今出来る事をするべきなのだ。頭でわかっているし、今までそうやって生きてきた。

 でも、何故だろう、春馬くんの事は、無念でしかなく、どう前に進めばいいのか、見当たらない。

 私は今でも、彼の作品をみることができません。彼の生きた証は、作品でしかないのだ。それが悲しくて…そんな作品に、命を削っていた事が切なくて、彼がよい演技をすればする程、苦しくて。》

《春友さんが前に進んでいる事を感じて、私は取り残されて、あぁ、私はなんてダメなんだ。

私は彼が好きだからって事ではない、彼に自分自身を見ているから、心から離れないんだと思う。1日も、彼の気持ちを想わない事はない。今でもまだ…

 これはなぜ?

 どうすればいいのか、本当にわからない。》

 別に心配はいりません。この間、様々なグループワークを手がけている人たちも、悩み動揺しながらやっているわけで、この女性とそんなには変わらない。

 『創』にいつも投稿している人たちの文章はりっぱで、とても自分には書けない、という人もいるが、気にすることはありません。自分の思いを率直に文字にすればよいのであって、うまい文章を書こうと考える必要はないのです。

 こういう投稿は初めての体験だと書いて送ってくる人も多い。まずは心に強く感じていることをそのまま文字にして送ってほしいと思います。

 なお『創』10月号では様々な記事を掲載しており、HPは下記だ。

http://www.tsukuru.co.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事