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講談社元社員は本当に妻を殺したのか。最高裁で審理中の事件をめぐる新たな動き

篠田博之月刊『創』編集長
裁判所(写真:cap10hk/イメージマート)

被告の親族や友人たちが支援の会を立ち上げた

 講談社の『モーニング』編集次長・朴鐘顕さんが妻殺害の容疑で逮捕されたのは2017年1月だった。出版界はもちろん、社会全体に衝撃を与えた出来事だった。朴さんが『別冊少年マガジン』創刊時の責任者であったため、同誌に掲載された「進撃の巨人」の生みの親として当初大々的に報道されたため、講談社が、朴さんは「進撃の巨人」の担当ではなかったとコメントを発表するといった経緯もあった。

 その後裁判が行われ、東京地裁の一審判決は2019年3月、懲役11年の実刑だった。朴被告は控訴したが、2021年1月の二審判決は控訴棄却。有罪判決は変わらなかった。そしてこの6月には上告趣意書が提出され、最高裁でこれから本格的審理がなされることになる。

 詳細な裁判の中身があまり報じられていないこともあって、判決がそのまま受け止められてしまっているが、実はこの裁判にはおかしいと指摘されていることが数々ある。それらをめぐって、先頃、被告の親族や友人たちが「朴鐘顕くんを支援する親族、友人たちの会」を立ち上げた。

そもそも殺人なのか、あるいは自殺なのか

 朴被告の説明は、そもそも殺人など起きておらず、妻は当時、4人の子どもの子育てから育児ノイローゼに陥り、自殺してしまったというものだ。真相が被告の言う通りだとすれば、そもそも事件でないものが事件にされ、朴被告は妻を失った悲しみの上に殺人者という汚名まで着せられたことになる。これから成長する子どもたちにとっても、父親の母親殺害という判決は、あまりに重たい十字架だ。

 ぜひ真相が明らかになってほしいと、6月7日発売の月刊『創』(つくる)7月号では、友人たちや弁護人、それに作家・監督の森達也さんにも加わっていただいて座談会を行った。

 全文は『創』を読んでいただくことにして、ここではその主な部分を紹介しよう。

 なお朴被告は逮捕当時、講談社の社員だったが、二審判決が出た時点で本人の申し出により退社し、今は「講談社元社員」だ。講談社としては、本人が無罪を主張している以上、それを信じたいという考えから、朴被告の籍をそのままにして裁判傍聴も続けてきたが、朴さん本人の方が会社に迷惑をかけたくないという思いから退職したと言われる。

裁判で審理された争点は…

 座談会の最初に弁護人の山本衛弁護士から裁判についての経緯と主な争点を説明していただいた。

《山本 この事件は、朴さんが自宅で妻の佳菜子さんを殺害したのではないかと疑われているものですが、発生したのは2016年8月でした。朴さんは任意の事情聴取を受けていましたが、翌年1月に逮捕され、殺人罪で起訴されました。

 公判前整理手続きを経て裁判は2019年2月に始まりましたが、争点は、朴さんが奥さんを絞め殺したのか、奥さんが首を吊って自殺したのかということです。頚部圧迫による窒息死という死因は争いがありませんが、他殺だったのか、自殺だったのかが争われています。

 第一審は有罪で、朴さんは無実を主張しているので控訴を申し立てました。その控訴審の判決が出たのが今年の1月です。控訴棄却、有罪維持という判決で、現在上告中です。

――自殺か他殺か、裁判でどういうことが問題になっているのでしょうか。

山本 争点は多岐にわたっているのですが、特徴的なこととしては、まず寝室の布団に、奥さんのものと思われる尿斑が検出されています。また、奥さんのご遺体の額に少し大きめの挫裂創(ぶつけて皮膚が裂けた傷)があり、そこから出血したような痕がありまして、その血痕が家の中や衣服についていました。ところが寝室にはその挫裂創から出たような血痕は存在しないということが、まず大きなポイントになっています。

 こちらとしては、奥さんは階段のところで首を吊って亡くなったという主張をしています。問題なのは、解剖所見上は、階段で首を吊ったという場合と、例えば後ろから手などで絞め殺した場合とでほとんど変わらないのです。だから死因が何かではなく、額の傷はいつできたのかとか、寝室の失禁はどうして起こったのかとか、自殺か他殺かを考えるうえでそういうところの解釈が問題になっているのです。

 第一審も第二審も、いずれも寝室で朴さんが首を絞めたという認定をして有罪判決を書いているように思われます。失禁というのが窒息する時に見られることのある現象であるということから、寝室で絞め殺したという認定をしているのですね。

 では額の傷はいつできたのかということになるわけですが、第一審、第二審ともに明言はしていませんが、朴さんが人為的に作ったと考えているのだろうと思います。寝室には血の跡はないですから、寝室で亡くなった後、朴さんが人為的にその傷を作ったことによって出血したということになっています。

 亡くなった方の体を傷つけても心臓は動いていないので血は出ません。しかし、人間は窒息して意識を失ってもうほとんど回復しないという状態になってから心停止になるまで少しだけ時間があります。死戦期というのですが、その時であれば、心臓も多少は動いているので、なんらかの外力を加えて血管を壊せばそこから血が出てくるということもあり得ます。だから第一審と第二審は、その時点で朴さんが人為的に額に傷をつけたのだと解釈していると思われます。これが一審二審の有罪認定の構造ですが、私たちから見れば、おかしな点がたくさんある。かなり不自然な認定だと思います。》

警察が殺害の疑いを抱いた背景は…

《山本 ひとつ指摘しておかなければいけないのは、朴さんの当初の対応についてです。朴さんは最初に警察が臨場した時に「階段から落ちたことにしてほしい」と言っていたようなのです。自殺したことを子どもたちに知られたくないので、事故として警察に処理してほしいと、親心からそう言ってしまったようなのです。その結果、若干説明が変わっていると警察に疑いを持たれたようなのです。警察には、額の傷も、例えば朴さんが階段から落として転落を装ったことでついたのではないかとか、そういう見立てを最初からされてしまったようなのですね。

 この事件は本当に証拠が薄い。私たちは一審で無罪が出ると思っていましたし、二審はなおさらです。ありえない判決だという思いを持って、取り組んでいるところです。》

友人たちも裁判に疑問を感じて署名運動を始めた

 裁判の争点は多岐にわたっており、他の争点についての説明もなされたが、長くなるのでここでは割愛する。そして今回、友人や親族が「支援する会」を立ち上げ、署名活動を始めることになった経緯を、友人の佐野大輔さんが語った部分を紹介する。

《佐野 私たちは「朴鐘顕くんを支援する親族、友人たちの会」というのを作り、ホームページも立ち上げています。会の中心メンバーである私と宮本は、朴くんの大学時代の友人です。朴くんは卒業後まもなく奥さんと知り合って付き合い始めて、我々も奥さんとは何回も会っており、よく知っていました。どうしてこういうことになってしまったのか、悲しい、悔しい限りなんですけれど、朴くんもそれは同じです。

 私は彼が逮捕される2~3カ月前に会って飲んだのですが、そこで直接、奥さんが自殺したという話を聞きました。それを彼は涙ぐみながら話し、子どもたちは奥さんが亡くなった日に児童相談所に連れて行かれて、彼自身子どもとコンタクトがとれない状態になっている。なんとかして子どもたちを引き取りたい。彼にはお母さんがいるので、お母さんと一緒に面倒をみていきたいと言っていました。もう講談社の仕事はいったん閑職にしてもらって、子どもたちの面倒をみていきたい。奥さんの自殺については、自分に全く責任がないとか、責任を感じていないとかいうことではなくて、子どもを育てることで償いをしようと考えていると言っていました。

 朴くんが一貫して無実を主張しているのも、ただ罪を逃れようとしているだけだと世間からは見えるかもしれませんが、そうではありません。彼が一番恐れているのは、無実の罪によって、子どもたちを守るという責任を果たせなくなってしまうことです。ふだん冷静な朴くんが公判で声を上げるのも、そういう思いからであることをわかっていただきたいと思います。

 私たちは、朴くんが逮捕されてから、子どもたちを含めてご家族の方が心配で定期的に通っていました。二審の判決が出た時にも「残念なことになりました」と朴家に伺って話をしたのです。そうしたらお母さんから、朴くんの仕事上の友人から署名をしたらどうかという話が出ているので協力してくれないかと言われました。最初は内々の者だけで、その気持ちを子どもたちに残すためにやろうという話でした。

 そのために、私たちは情報収集をし、山本弁護士にアクセスしたり、朴くん自身に面会に行ったりして、事実関係を調べ、問題は何なのかを洗い出していきました。裁判であやふやな事実認定がされていることもわかりましたし、私は二審の判決公判を傍聴しているんですが、判決文を聞いていて大きな疑問を感じました。そこでは一審の判断根拠は間違っていたと言っているんです。それにもかかわらず、二審は新たな根拠で有罪にしたというのです。そんなことがあるのかと思って調べたら、そうじゃない。一審の判決が間違っているのであれば差し戻すべきというのが原則なんだと。そこがおかしいという話を、私と宮本と朴くんも参加していた大学のサークルの同期や先輩などとして、会を結成することにしたのです。》

亡くなった妻は事件前どんな状況だった?

 そもそも事件当時、朴さんの奥さん、あるいは夫婦の関係がどういう状況だったのか。友人の宮本昌和さんの話はこうだ。

《宮本 私も朴くんとは大学の同期です。佐野と朴くんは就職後ずっと東京にいるのですが、私は関西にいました。ただ2003年から2009年だけ関東に住んでいたことがありまして、よく一緒にご飯を食べたりしていました。朴くんの家によく招かれましたし、私の妻も同じサークルの人間なので、招かれてよく一緒に食事したりしていました。 

 あとから聞いたんですが、朴くんがそういうことをしていた背景には、奥さんがストレスのようなものを日頃感じることが多かったのか、息抜きのような意味合いがあったみたいです。私の妻と会わせて女性同士話すことで、愚痴を言い合ったりして、精神を安定させているんだというのを朴くんから聞いていました。あえてそういう場を設けるというのは、朴くんは奥さんのことをよく見て、ケアをしているんだなあと、私は感じていました。

 私が事件のことを知ったのは、実は警察の方が来られたからでした。こういう疑いがあって調べているので何か知っていることはないかと聞かれたので、そんなことするはずがないと言いました。

 でも事情を聞くために、朴くんに連絡して、さきほど話したように直接会って飲みに行きました。あとで考えれば、当初から警察は他殺の疑いを持っていて子どもたちは連れていかれたんだと思いますが、朴くんは、なんとかして子どもたちを取り戻したいという話をしていました。

 その時はまだ朴くんは逮捕されておらず、家にいました。彼のお母さんはずっと大阪に住んでいらしたのですが、事件があって上京してこられたようです。しばらく朴くんと二人で一緒に暮らしていました。常に面倒を見られる方が家にいないと引き取れないということもあってお母さんが来たのかもしれません。

 子どもたちはその後戻ってきたのですが、戻ってきてすぐに1月に朴くんが逮捕されたのです。お母さんは朴くんが逮捕されてからはずっと東京に住まわれて、4人の子どもの面倒を見ています。

――他殺でなく自殺だったとして、どうしてそうなったのか、朴さん自身はどんなふうに説明しているのでしょうか。事件当日の奥さんの「夏休みが長い。息切れ状態」「力が入らない」といったメールも証拠採用されていますね。

山本 ちょうど夏休みだったので4人のお子さんを一気に抱えるような状態で、ストレスを抱えていたのでしょうね。それを示す証拠はいくつもあります。そういう状態で、朴さんが帰宅したところ奥さんの様子がおかしくて、子どもを殺すと言い出したりして寝室で格闘になったというのです。その時に奥さんの挙動をかなり強く抑えたようで、一時的に失神のような状態になった。失禁があったのはその時なのでしょうね。それでもおさまらなくて、お子さんを抱えて朴さんは子ども部屋に隠れていたところ、外の気配がなくなったので覗いてみたら奥さんが階段の途中で首を吊って死んでいたということです。

佐野 4人の一番下の子はその年に生まれたので、いわゆる産後うつと言われる状態だったのではとも言われています。》

二審判決の構造には大きな問題が…

 この後、森達也さんも加わって、地裁高裁での認定のしかたなど裁判のあり方についての議論になるのだが、簡単に紹介しよう。

《森 動機は不明。自供もない。状況証拠だけで有罪にする。この傾向は明らかに進んでいます。典型は和歌山カレー事件だと思うけれど、今回のこの事案は、そもそも一審で有罪とされたことが不思議になるくらい、ちょっとありえないほどに杜撰で強引です。

 だって索条痕とかドアの包丁跡とか、朴さんの主張を裏付ける客観的な証拠はたくさんあるわけです。

山本 ロープのようなものではなくて、布のようなものでできたものだという医師の証言もありますから、朴さんが主張する通り、階段上でジャケットで首を吊って亡くなった時についたとしか思えないですよね。ちなみにそれについて一審では完全無視でした。そのこともひどいんですけれど。

森 ネットで検索したら、文春オンラインでは二審の判決の時に朴さんが法廷で「子供のように騒ぎ立て」などと描写しています。これを読めば誰もが、反省もしていないのか、などと思うでしょうね。不思議なのは大手新聞がほとんど詳しい報道をしていないこと。これだけ杜撰な裁判が眼前で展開されているのに、記者はなぜ沈黙しているのですか。

佐野 私も判決公判を傍聴していたので補足します。声をあげていたのは事実ですが、彼は必死に裁判長が読み上げる内容にひとつひとつ、それは事実と違うとか、そういう議論ではなかったと反論をしていたのです。「自分はやってない」とわめいたとかいうことではありません。》

《宮本 裁判で客観的証拠が無視されるというのも不思議ですが、判決文の最初の方は、自殺が現実的な可能性としてありえるかどうかを検討した結果、その可能性を排斥したという構造です。なぜ自殺の方を排斥して、だから他殺だとなるのか理解できない。私の理解では、検察がこれは殺人事件だと言うのであれば、検察が殺人事件であることをまず立証しなければいけないし、それができなければ無罪になるというのが当たり前のような気がします。

森 検察側が立証責任を果たしていない。ならばその段階で、本来なら無罪にしなければならない。司法の原則が完全に崩れています。

山本 宮本さんのご指摘は正当です。立証責任の転換だという話は第一審の判決とほぼ同じなので第二審の判決の時もしたんですけど、裁判官は、そうとは言えないという。おかしいですよね。自殺が100%ありえないのなら百歩譲ってわからないでもないですが、100%ありえないと証明できる事件ではありません。

 判決文を見ても、不自然だとかそういう論理で自殺はありえないとしているので、これは立証責任の転換と同じですよね。なんかおかしいから、自殺はなさそうなので他殺ですと言っているのと同じです。日々不条理な判決に触れてはいますが、こんなのは僕も経験したことがないですね。》

公正な裁判を求める署名

 最後に、友人たちを中心に始められた署名について、趣旨を説明してもらった。

《宮本 私たちの会は今、署名活動を行っていますが、これは彼が無罪ですという署名ではなくて、公正な裁判を求めるというものなんです。私たちは友人として朴くんがかわいそうだと思うからでなく、自分たちなりに裁判を分析して、どう考えてもこの判決はおかしいと思っているのです。

佐野 もちろん冤罪だと僕らは思っていますよ。でも会の趣旨としては、あくまでも公正な裁判を求めるというものにしています。

――署名はネットでも紙でも構わないと。ネットでアクセスするには「朴鐘顕くんを支援する親族、友人たちの会」で検索すればよいですね。》

 支援する会のホームページには、事件現場をめぐる双方の主張など詳しい解説が載っている。ぜひご覧いただきたいと思う。ホームページは下記だ。

https://freepak3.wixsite.com/shomei

 前述したように、この事件はそもそも朴さんが妻が自殺したことを警察に話す際に「階段から落ちたことにしてほしい」といった話をしたために疑いをかけられたところから出発しているのだが、「妻殺し」はあったのか、これはそもそも「事件」なのか、という根本的な問題から争われているものだ。もし、そもそもこれが事件でなかったとしたら、被告本人はもちろん、子どもたちを含めた家族全員をとんでもない状況に落とし込むことになるものだ。ぜひ公正な裁判が行われることを願いたい。

 なお『創』7月号の詳しい内容については下記ホームページをご覧いただきたい。

http://www.tsukuru.co.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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