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あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」再開後初の天皇動画上映に拍手が湧いた理由

篠田博之月刊『創』編集長
「あいちトリアンナーレ2019」で多くの展示が再開に(筆者撮影)

 10月8日、「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」再開の日。くじ運に特に強いとも思えぬ私だが、2回目の入場者30人を選ぶ抽選に当たるという幸運に見舞われた。報道で1300人以上が並んだと言われている高倍率の抽選だった。

 「表現の不自由展・その後」の会場の状況はある程度知っているつもりだったが、やはり百聞は一見にしかず。実際に入って気がついたことはたくさんあった。

大浦信行さんの動画上映の後、何と拍手が起きた

 その入場組の目玉は、大浦信行さんの天皇をモチーフにした20分の動画「遠近を抱えてPart2」だった。同日第1回目の14時10分の組ではなぜかその動画を上映しなかったようで、16時20分に入場した私を含む30人が、8月の中止以後、初めてそれを現場で見る機会を得たのだった。

 「表現の不自由展・その後」会場に入って各自自由に展示を見た後、残り20分でその動画をモニターに映し出すということで、30人が椅子や座布団に座って鑑賞した。8月3日まで上映されたものよりも大きなモニターで画像はきれいだった。私は、大浦さんの自宅で8月に見て、9月の検証委員会の「フォーラム」でも見て、今回は3回目。そのほかの入場者はたぶん初めてだったと思う。

 何となく緊張した空気に包まれる中、上映は進み、そして終了。その直後、見ていた人たちから拍手が湧き起こった。これはいささか意外な展開で、私もつられて拍手した。意外というのは、大浦さんの作品はこれまでのものもなかなか難解で、一回見ただけではよくわからないという感想が多い。だから上映後に感動して見ていた人が拍手するという光景は初めてだった。

 帰京後、夜に大浦さんに電話でそのことを話した後も、ちょっと考えた。あの拍手をどう受け止めればよいのだろうか、と。この記事はそのことを考えてみようとして書くことにしたのだが、その前に10月8日、「表現の不自由展・その後」が再開されたという、「あいちトリエンナーレ2019」にとっては大きな意味を持った、その日の1日を振り返って報告しておこう。

一番騒ぎになっていたのはプレスルームだった

 10月8日、私は朝早く家を出て名古屋へ向かい、午前11時過ぎにメイン会場の愛知芸術文化センターに着いた。その前、朝には「表現の自由を守れ」という横断幕を掲げた愛知県民の会の市民たちが入り口前でアピールをしていたらしいが、私が着いた時には終わっていた。

 

愛知芸術文化センター前で(筆者撮影。以下も)
愛知芸術文化センター前で(筆者撮影。以下も)

 でもテレビカメラが出入りする人にインタビューしていたのと、「反対」というプラカードを持った2人が目に入った。「反対」というのが何に反対なのか一瞬わからなかったが、たぶん再開に反対という人たちだったのだろう。

 前日まで多くの人が懸念していたかもしれない、会場に再開反対の人たちや右翼の街宣車が押し掛けるという喧噪は全くなかった。その後、午後になって河村たかし名古屋市長が再開反対派の人たちとやってきたし、一部マスコミはそれを報じていた。でも、その日の雰囲気全体から言えば、その河村市長の行動は浮き上がっており、パフォーマンスとしか映らなかったようだ。

「表現の不自由展・その後」入場口での厳しいチェック
「表現の不自由展・その後」入場口での厳しいチェック

 ニュースなどでは「表現の不自由展・その後」に抽選に当たって入場する人たちが荷物を預けたうえに金属探知機で検査を受けたことを映像とともに強調していたが、実はそれは9月21日の検証委員会の「フォーラム」で実施済みのことだった。主催者側もこの間、展示再開へ向けたいろいろなシミュレーションを一応重ねていたのだろう。

 私は午前11時過ぎに10階のトリエンナーレ会場受付にまず上がったのだが、予想外に静かだった。

12階のプレスルームは騒然としていた
12階のプレスルームは騒然としていた

 受付を済ませてから一応12階のプレスルームに行ってみたが、臨時に設けられたそのプレスルームにはマスコミ各社の記者らがつめかけて、緊迫したムードが漂っていた。

 肝心の「表現の不自由展・その後」の会場内取材・撮影が全面禁止であることが伝えられ、その会場入り口も代表取材にするといった条件が示され、取材希望者が手を挙げて意思表示をするなど、やりとりが行われていた。一番緊張して盛り上がっていたのはマスコミだったという、ちょっと皮肉な光景だった。

抽選で入場者を選ぶのに大変な行列が 

 一般の客は抽選で30人2組だけが、その日再開する「表現の不自由展・その後」の会場に入れることになっていた。13時から抽選の受付が行われることが来場者に告げられていたので、私は主な展示をさっと一通り見たうえで、10階の集合場所に行ったのだが、既に相当数の人が集まって行列を作っていたのに驚いた。13時から抽選のための整理番号が交付されることを知って、その時間に合わせて来た人も多かったようだ。

上の階にも伸びる抽選のための大行列
上の階にも伸びる抽選のための大行列

 番号が書かれたリストバンドを受け取るために並んだ行列は、そのフロアを1周したうえで階段をあがって上の階にも伸びていった。どうやら700人以上が並んだようだ。マスコミは、2組60人の入場者に対して1300人以上が並んだと報じているが、1300人以上は2回合わせた延べ人数で、実際には私のように1回目はずれて2回目に再び並んだ人が多かったのではないだろうか。それにしても倍率は相当なものになるが。

抽選発表の瞬間、フロアは騒然とした雰囲気に
抽選発表の瞬間、フロアは騒然とした雰囲気に

 14時10分から「表現の不自由展・その後」会場に入る人たちの抽選は13時40分、同じ10階の臨時のモニターに番号が映し出された。フロアは大勢の人で混雑していた。

 私は1番違いではずれ。次の抽選受付の15時まで、いろいろな展示作品を見て回った。

「展示再開」という赤い文字の表記が印象的

 「表現の不自由展・その後」再開に一番大きく貢献したのは、海外作家を含めて「あいちトリエンナーレ2019」の出展作家らが次々と展示をやめたり展示内容を変更して再開を求める抗議の意思表示をしたことだと私は思っている。そしてその10月8日、展示を見て回って改めて驚いた。

 「表現の不自由展・その後」以外の、展示中止や変更をしていた作家らの作品は10月8日の午前から一斉に再開されたのだが、それらの説明文の上には「展示再開」という表示が赤文字でなされていた。展示を一時中止した時に掲示された抗議声明も貼られたままだったので、入場する人はその展示が一度抗議声明とともに中断され、8日に再び再開したことがわかるようになっていた。

イム・ミヌクさんの「ニュースの終焉」も展示再開
イム・ミヌクさんの「ニュースの終焉」も展示再開

 その中には8月6日、最初に抗議して展示を中止した韓国の2人の作家の作品も含まれていた。イム・ミヌクさんの「ニュースの終焉」と題された展示など思わず息を飲むような見事なもので、これがそのまま展示中止で終わっていたら本当に残念だったと思う。

田中功起さんの展示室内風景
田中功起さんの展示室内風景

 日本人として初めて抗議の意思表示として入り口を半ば閉鎖してお客が入室できないようにしていた田中功起さんの展示室も入ってみると中が広く、動画を含むいろいろな展示がなされていて、改めて驚いた。

「ReFreedom_Aichi」プロジェクトの一環として入場者が書いたカードを掲示
「ReFreedom_Aichi」プロジェクトの一環として入場者が書いたカードを掲示
大浦信行さんの抗議声明がボードの中央に貼られていた
大浦信行さんの抗議声明がボードの中央に貼られていた

 そんなふうに芸術祭全体の出展者が次々と展示中止や内容変更に踏み切っていったことに、何よりも主催者や美術関係者が危惧を抱いたのだと思う。9月12日に展示を見て回った時に、展示中止や変更が予想以上に多いことに驚き、これがさらに増えていくと、もう「芸術祭の体をなさない芸術祭」という印象さえ抱いたものだ。それは言い換えれば、中南米など海外の作家たちが、芸術に対する検閲といったことにいかに敏感であるかを示していた。

 その意味でも「あいちトリエンナーレ2019」は、「表現の不自由展・その後」再開によって現状を打開するしかないところに至っていたと思う。そうしなければ大きな歴史的汚点として世界中に記憶されることになる。

 今回、もちろん「表現の不自由展・その後」実行委員会も愛知県知事も津田さんも、全ての関係者が相当な努力をしたことは確かだが、やはり特筆すべきは「ReFreedom_Aichi」プロジェクトを立ち上げた作家たちや、様々な抗議の意思表示をした作家たちの意思と行動だと思う。

入場者を案内しながら解説する津田大介芸術監督
入場者を案内しながら解説する津田大介芸術監督

 ちなみにそうやって展示を見歩いている最中、津田大介・芸術監督が入場者に自ら展示の説明をして回っているのに行き当たった。なかなかうまい解説で感心した。

 さて15時から再び抽選の行列に並んでリストバンドをもらった頃には私も歩き回って相当疲れていた。そして15時40分、当選番号がモニターに映し出されたのを見たら、私の整理番号810が当選になっていて驚いた。

 当選者は8階に移動して、まず当選番号を確認したうえで荷物を預けた。その後、全員揃ったところで「表現の不自由展・その後」会場へ。入り口で金属探知機で厳重なボディチェックを受けるのだが、その様子をマスコミ各社が撮影していた。

 会場内に入ると、顔見知りの実行委員らの多数がおり、岡本由香さんに「よく抽選に当たりましたねえ」と感心された。ただマスコミ関係者は私だけでなく、元朝日新聞にいて今はテレビのコメンテーターを務めている浜田敬子さんなどもいた。

「表現の不自由展・その後」の問題提起を会場で受け止めた

 そして20分ほど各自が作品をじっくり見たり、少女像の隣に座ったりした後、一か所に集められて大浦さんの動画を見た、というわけだ。私も展示作品をじっくり見たが、入ってすぐの入り口近くに展示されていた嶋田美子さんの「焼かれるべき絵」など、いやあすごい作品だと思った。小泉明郎さんの「空気♯1」も現物を初めてまじまじと見た。皇室ファミリーのいつもマスコミに映し出される場所が描かれているのだが、そこに皇族そのものはおらず、ただ影が見えるだけ。そういう日本人における皇室のイメージを描いて「空気」というタイトルを付けたという、なかなか深い作品だ。

 入り口付近は、狭い通路状になっていて、入った人は左にそれらを見ながら、右には大浦さんの「遠近を抱えて」の版画と動画、という配置だ。つまり入場者が最初にそうした天皇をめぐるタブーのようなテーマにいきなり突き当たるというわけで、これだけを考えても「表現の不自由展・その後」が重たい問題提起をしていることに改めて気づかされる。

 そういう天皇をモチーフにした作品を見た後に、その日は大浦さんの動画を入場者全員で見たわけだ。14時10分に入場した30人はその動画公開がなかったそうだから、8月4日から封印されていたものがその時初めて解かれたということになる。

 そうしていささか緊張しながら動画を見終わった直後に拍手が湧き起こった。その場で入場者や実行委員会メンバー、キュレーターなどをまじえて意見交換が行われたら、拍手の意味もわかったはずだった。でもその日はそのまま退場だった。

 私は動画を見たのは3回目だったが、その拍手は予想外でちょっと驚いた。でも改めて考えてみたら、その拍手は恐らく、封印されていたものがようやく解かれた、「表現の不自由展・その後」がようやく再開された、ということへの拍手だったのではないかという気がする。少女像と大浦さんの作品は、攻撃を受けていたシンボルだから、その動画公開が入場者にある種の感慨や感動をもたらしたのではないかと思う。

 その日、二度も抽選のために並んだ間に、周囲の人たちと話す機会もあったが(隣の女性にいきなり「『創』の篠田さんですね、愛読してます」と声をかけられたのには驚いた)、一言で言うならば集まったほとんどが「再開を待っていた人たち」だった。そしてそれぞれの作品について、一定の知識を持っていた。だから大浦さんの動画についても、作者自身が「天皇批判といった意図は全くない」と語っていることも知っていたし、リテラシーが備わっていたといえる。

 よく「天皇が燃やされる動画に多くの人が不快になるはずだ」という人がいるが、リテラシーが働けば、鑑賞者は決してそう単純に反応するわけではない。「表現の不自由展・その後」は、そもそも過去排除された作品を、排除された経緯とともに展示して考えてもらおうという意図で企画されたものだ。作品への好き嫌いはいろいろあるだろうが、そういう趣旨を理解するくらいのリテラシーは、多くの人が備えているはずだ。

ぜひ多くの人が「あいちトリエンナーレ2019」に足を運んでほしい 

 その点で言うと、翌朝9日のTBS「グッとラック!」の立川志らくさんの発言は残念だった。「陛下が燃やされ踏みつけられているのを見てそんなものが表現の自由だとは思わない」、しかも多くの日本人がそう感じるはずだと強調していたのだが、これでは河村市長と同じだ。河村さんが個人の考えを表明するのは自由だが、行政の長がそれを言ってはまずいでしょというのと同じで、テレビ番組のMCがそれではまずいでしょ、という感じを受けた。何よりも残念なのは、8月初めに騒動になってからこの2カ月間、作者の大浦さんを始め、多くの人が議論を重ねてきた経緯が踏まえられずに、いきなり2カ月前の「天皇を燃やすとは何事か!」という議論に引き戻されてしまったことだ。

「あいちトリエンナーレ」のシンボルともなったこの展示も
「あいちトリエンナーレ」のシンボルともなったこの展示も

 10月8日に再開された展示を見た多くの人が「作品に賛同できるかは別としても展示が再開されたことは良かった」という感想を語っていたが、今回の2カ月にわたる騒動は、「表現の自由」とは何なのか、公共性とはどういうことかなど多くの大事な問題を提起している。これを機会にそういう問題がきちんと議論されてほしい。

 「表現の不自由展・その後」だけでなく、一時抗議のために中止し再開した多くの海外作家などの展示も、多くのことをつきつけているように感じた。「あいちトリエンナーレ2019」全体が、日本社会に大きな問題提起をし、議論の素材を提供したと思う。

 普段特別に考える機会があまりない「表現の自由」とは何なのか。それは今、この日本社会においてどんな危うい状況にあるのか。

 会期末へ向けてぜひ多くの人に会場に足を運び、そういう問題を考え、議論してほしい。

 今回の一連の事態からこの社会は何かを学ぶことができるのか。メディアの果たすべき責任も大きいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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