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高畑裕太“強姦”事件のその後と『週刊現代』被害女性告白の気になる点

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊現代』10月29日号と11月5日号

高畑裕太さんの“強姦”事件をめぐるその後の経緯については、11月7日発売の『創』12月号にも書いたが、このブログでも紹介したい。

この事件は当初、警察情報に基づいていっせいにレイプ報道がなされ大騒動になったのだが、検察の判断で裕太さんは不起訴となり、釈放後に出された弁護士のコメントで、報道内容に誤りがあるとの指摘もなされた。

一番大きなポイントは、当初の警察発表では裕太さんも容疑を認めたとされていたのだが、そうでないことが明らかになったことだ。だから事件については改めて検証し、事実はどうだったのか見直してみる必要が出てきた。

そしてその後、『フライデー』『週刊ポスト』『週刊文春』などが、示談交渉に元暴力団関係者が深く関わっていた事実を暴露した。特に『週刊文春』9月29日号は、裕太さんの供述調書の内容を詳細に報じ、本人の説明が当初の警察発表とかなり異なることを明らかにした。 そうした一連の報道によって、騒動をめぐる風向きが大きく変わったことを、私は『創』11月号や下記ブログ記事で指摘した。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20161007-00063019/

しかし、その後、その流れに敢えて異議を唱えたのが、10月14日発売の『週刊現代』10月29日号「高畑裕太『レイプ事件』被害者女性の初告白」だった。被害女性が初めて、自らの言葉で事件について語ったもので、内容は、当初の発表時に言われていたものとほぼ同じなのだが、当事者が発言したというインパクトがあった。

女性は「本当に、思い出すと怖くていまも身体が震えます」「被害者にしかわからない恐怖、痛みをわかってほしいと思います」などと、裕太さんのレイプによって受けた苦しみを切々と語った。それについては胸を打たれた読者も多かったと思う。

『週刊文春』『週刊ポスト』などが、被害女性の背後に元暴力団関係者がいたことなど、次々と新しい事実を報じる中で、出遅れた感のあった『週刊現代』は、それを挽回せんと、被害女性にアプローチしたのだろう。当事者の証言は貴重だから、その点では同誌に敬意を表したい。

ただ事件をめぐる経緯については、改めて双方の主張が食い違っていて藪の中であることが明らかになった。女性の証言を載せた『週刊現代』も、その内容を高畑さんサイドにぶつけて事実確認をしていく作業ができていないためか、重要なところで事実関係に疑問を感じざるをえない箇所もある。それについて少し指摘しておきたいと思う。

8月23日の前橋署での話しあいをめぐる大きな食い違い

『週刊現代』の被害女性の告白は2週にわたって掲載され、第1弾は女性が事件によってどんな傷を受けたかが切々と語られていた。気になるのは、第2弾にあたる11月5日号「『なぜ示談をしたのか、真相をすべて話します』」の内容だ。

一連の経緯には、示談交渉に当初主導的な役割を果たしたという元暴力団関係者の存在を抜きには語れないところがあるのだが、被害女性はそれを否定し、「知人は示談交渉には一切関与していません」と語っている。その男性が元暴力団関係者であることは認めているのだが、彼の存在がクローズアップされ、ネットなどで美人局(つつもたせ)とかハニートラップなどと流布されている状況に傷ついたという。確かに美人局という見方は無理があるし論外だ。しかし、それを否定するあまり、男性が示談交渉にいっさい関与していないと言い切るのも無理があるように思う。

『週刊現代』での告白の第1弾は、裕太さんに呼ばれて部屋に行き、強姦されたという経緯を語ったもので、ここは二人にしかわからないから第三者には確認のしようがないのだが、示談交渉については相手方の当事者が複数存在する。

例えば「前橋署の会議室で、加害者が所属していた芸能プロダクションの社長らが、私と知人に向かって、『示談にしてほしい』と言ってきました」とあるが、これは8月23日に行われた話しあいだろう。この話し合いに同席した関係者は数人、裕太さんの所属していた事務所関係者や映画関係者、そして示談交渉の窓口になると自称していた知人男性だ。

23日未明に事件が起き、呼び出された裕太さんの事務所関係者など当事者が顔を揃えた初めての話しあいだから、これは極めて重要な場だ。

そして不思議なことに、『週刊現代』では、当の被被害女性もその場にいたことになっているのだが、他の関係者はその女性はその場にいなかったと言っている。『週刊現代』の記述はよく読むと曖昧なのだが、前橋警察署での話しあいに誰が立ち会っていたかは極めて大事な事柄だ。女性は本当に『週刊現代』に書かれている通りに発言しているのだろうか。あるいは女性が曖昧に答えたことを『週刊現代』編集部が、記事にあるようにまとめてしまったのだろうか。

その知人男性は、『週刊文春』9月29日号が詳細に書いたように、現場となったホテルに乗り込み、裕太さん側の責任者を出せ、と息巻いていたのを目撃されている。示談交渉の窓口は自分だと言って、裕太さんサイドにも、その男性の連絡先が提示されたという。

そうした経緯や、事が世間に出る前に示談すべきだという男性の意思に反して警察署での話しあいの直後に裕太さんが逮捕され、示談金の要求額が、当初の500万円から1000万円、一時は3000万円まで跳ね上がっていった経緯など(最終的に1500万円になったという)、これまで出ていた情報を考えると、『週刊現代』の第2弾の内容との整合性が気になるところだ。少なくとも「知人は示談交渉には一切関与していません」というのは、他の関係者の認識と全く異なるようだ。

双方の食い違いの大きなポイントは

『週刊現代』の記事では、警察から返された、事件当時に被害女性が来ていたホテルの制服の写真が掲載され、『週刊文春』の報道がいかに間違っていたかが強調されている。『週刊文春』9月29日号の記事では、他のホテル従業員が制服姿なのに、被害女性が「黒いTシャツにジーパンをはき、エプロンをしていた」と書かれていた。

その意味では、その記述は確かに誤りなのだが、事情は単純だ。そのTシャツにジーパンという服装は、8月23日未明にホテルで映画関係者が突然起こされ、ロビーで騒動になったその時点で、関係者が目撃した被害女性の姿だった。『週刊現代』の記事にある通り、女性は裕太さんの部屋を出た後、ホテルから出ており、騒動の時には私服に着替えていたのだろう。

『週刊文春』は関係者への取材で女性の服装を描写したのだが、女性が着替えをしていたことを知らない目撃者の話をもとに、当初から女性がその服装だったと誤解したと思われる。確かにフロントにいる従業員が一人だけジーパンにTシャツというのは奇妙だから、確認をすればその誤りは防げたはずだ。

ただ、その女性の服装がどうだったのかという問題は、事件全体の骨格に関わるような事柄ではない。むしろ前述した8月23日の前橋署での関係者の話しあいに誰が参加していたかという事実のほうが重要だろう。

『週刊現代』の第1弾の記事で最大のポイントは、女性がどういうふうにして裕太さんの部屋へ行ったのかという問題だ。二人一緒にエレベーターで上がったという裕太さんの供述内容を、被害女性はきっぱりと否定した。つまり、歯ブラシを届けてほしいと呼びつけたという当初の警察発表の内容を、裕太さんは供述で否定しているという『週刊文春』などの報道を、もう一度『週刊現代』は否定したわけだ。

ホテルには監視カメラがないとのことなので、真実は当事者二人しか知る由がないのだが、この事実がどうかというのは大きなポイントだ。もしこの事件が起訴されて裁判になっていたら最大の争点になっただろう。私もこれまで、二人でエレベーターに乗ったという話を認める心証で書いていたから、この時点でそれを女性が否定したのは少し驚きだった。

もともと警察が発表した説明を、裕太さん側が否定し、その根拠として報じられたのが供述調書の、二人でエレベーターに乗ったという説明だった。今回、女性は、裕太さんがそう供述していることを知ったうえで改めて当初の主張を繰り返したわけで、一般的に言えばそれなりの重みを持つ証言と言える。性犯罪は密室で行われるものだけに当事者双方の主張が食い違うことはよく指摘されるが、基本的な事実をめぐってこれだけ双方の言い分が違うとなると、裁判になったとしても事実認定は大変だったろう。検察が事件にするのは難しいと不起訴にしたのも、そのあたりの判断からだったかもしれない。

裕太さん側の弁護士も『週刊現代』記事にコメント

『週刊現代』は女性の証言を「驚愕のスクープ!」と銘打ち、第1弾の内容を発売と同時にウェブの「現代ビジネス」で紹介し、第2弾発売にあわせて前号の記事をウェブで公開するといった大々的なアピールを行っている。「現代ビジネス」の最初の記事には何千ものコメントがついており、反響の大きさがわかる。

ただ一部で指摘されているのは、コメントの内容を仔細に見ると、掲載側の思惑に反して、女性の証言に懐疑的な意見が予想外に多いということだ。つまり『週刊文春』など幾つかの週刊誌が、最初の警察発表に疑問を呈して報じたことが、一定の影響を及ぼしていると思われるのだ。

多くのコメントが言及しているのはやはり元暴力団の影がちらつくことへの疑念であるが、もうひとつ、この女性が週刊誌に登場するという方法で自身の主張を披露したことへの違和感だった。女性は記事の冒頭で、告白の動機が、裕太さん釈放後に弁護士が発表したコメントへの反発だったことを明かしているのだが、それに異議を呈するのなら通常は違った方法をとるのではないか、いきなり週刊誌で告白というのでは、売り言葉に買い言葉で、示談したことを否定するものではないか、という意見だ。

それについては、私自身は報道に携わる人間だから、弁護士同士でやりあうのでなく、こうして当事者がメディアに出てきて自分の言葉で証言する方がよいという考えだ。ただ、そこは意見の分かれるところだろう。

この女性の証言を載せた『週刊現代』が発売された直後、裕太さん側の弁護士もコメントを出している。「弁護人の見解としては、平成28年9月9日付の弁護人コメントから変更はありません」というのが基本見解だが、末尾にはこう書かれていた。

「高畑裕太さんについては、逮捕から不起訴釈放に至るまで、連日のように事実誤認を含む報道がされたうえ、すでに大きな社会的制裁を受けております。これ以上の過剰な報道は慎んでいただきますようお願いいたします」

当初の警察発表に依拠した報道内容が事実と違うという主張は、このコメントでも繰り返されている。当事者双方が認識の違いを表明した状態だ。

あれだけの大騒動だっただけに、こんなふうに事実がどうだったのかわからないままでは、多くの人が釈然としないだろう。しかし、真相がどうだったのかという究明はもう困難であるかもしれない。

裕太さんはぜひ自分の言葉で発言を

事件は法的には一応決着したといえる。ただ、私は、裕太さん本人には、遅くない時期に何らかの方法で自分の率直な心情を表明してほしいと思う。表現に関わった人間として、しかもテレビなどに露出した人間として、やはりそれは求められていると思う。

それは社会的責任ということだけでなく、このまま終息となった場合に最も十字架を背負うことになるのは裕太さんだからという意味でもある。裕太さんは実名報道されたばかりか、顔も知られた存在だから、今後、何をするにもこの事件がのしかかってくることになる。

私も獄中者とのつきあいは多いのだが、出所して社会復帰する時には、例えば姓名を変えるといった検討がなされる。今はネットで検索すると、間違った情報も含めて過去の情報が簡単に検索できてしまうので、対抗する手段として姓名を変えるという方法が俎上に載るのだが、裕太さんの場合は顔を知られているから、それは意味をなさない。今後将来にわたって、重たい十字架を背負わなければならないわけだ。

裁判は行われていないのだが、マスコミがそれに代わって裁き、制裁も加えられているのが現実だ。もしそれに対抗する方法があるとしたら、裕太さんが自分の心情を何らかの方法で率直に表明することだと思う。

ただ気になるのは、あの釈放時の裕太さんの表情で、あれは取材陣を威嚇したというより、彼が精神的に追い詰められたゆえだとも思える。今も心療内科に入院したままだというが、現在の苦境を自ら打開するには、周囲のサポートはもちろんだが、本人のある程度の精神力が必要だ。だから今すぐにとはいかないだろう。しかし、やはり置かれた状況を打開するには、それに向き合うことが必要だと思う。

この高畑裕太さんの事件の後、慶応大広告研究会の集団レイプ事件が報じられている。また、その前の5月には東大生による集団わいせつ事件もあった、最近、こういう事件が続いているように見えるのは、恐らく性犯罪をめぐって社会の意識が変容しつつあることの反映ではないかと思う。既に報道されているように、次の国会には性犯罪の厳罰化を図る刑法改正案が提出される。

性犯罪をめぐって加害者と被害者の主張が大きく違うことはよくあるのだが、性犯罪とはどういうものかについて、今は社会全体である種の共通認識が作られようという過程なのかもしれない。当初、高畑裕太事件をめぐっても、フェミニストたちの発言がネットにかなり表出した。

この何年か、性犯罪を起こした何人かと接する機会を得ている。『創』8月号に手記を寄せた元「ヒステリックブルー」のナオキもその一人だ。手記掲載前に彼の事件を調べていて、被害女性たちの訴えに重たい気持ちにさせられた。性犯罪は「魂の殺人」とも言われる。精神的な後遺症が残ることがあるからだ。加害者とされた側がその罪にどう向き合うのか、それも含めて性犯罪をめぐってはいま、多くの議論をすべきだと思う。

http://www.tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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