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名将ヒディンクが韓国代表監督に再登板を表明!? その真相を探る

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
日本でも有名なフース・ヒディンク監督(写真:Action Images/アフロ)

 辛うじてロシア・ワールドカップ出場を決めた韓国サッカー界がトンデモニュースで湧いている。2002年ワールドカップで韓国代表を率いたオランダの名将フース・ヒディンク監督が、韓国代表監督再登板に興味を示しているという報道が、突如、なされたのだ。

韓国サッカー界を大改革させた国民的英雄

報じたのは韓国のニュース専門テレビ局『YTN』。同メディアは9月6日夜、「ヒディング、韓国民が望むなら韓国代表を引き受けることができる」と報道。取材した記者によると、ヒディンクは今年6月にドイツ人監督のウリ・シュティーリケ監督が更迭されると、「韓国民が望むなら韓国代表を引き受けることもできる」と側近に漏らしたという。

この報道を受けて、韓国メディアでは一斉にヒディンク再登板の可能性が論じられた。韓国大統領府のホームページには「国民請願と提案」というコーナーがあり、韓国国民が大統領府にさまざまな請願ができるが、そこにはさっそく「ヒディンク監督復帰」を請願する書き込みも出ているほどである。

それだけにヒディンクが今でも韓国国内で人気が高い証でもあると言えるだろう。2002年ワールドカップでヒディンクに率いられた韓国代表が成し遂げたベスト4進出の快挙は“四強神話”とも言われている。筆者も韓国代表に密着してその過程を取材したが、ヒディンクは韓国サッカー界の常識を次から次へと覆し、大改革を行なった。

(参考記事:韓国サッカーを変えたヒディンクの改革と戦略)

そんな名将にふたたび頼りたい気持ちもわからないまでもないが、“四強神話”は今から15年前のことである。

あれから15年。2002年四強戦士たちの反応は?

韓国では「10年の歳月が流れれば、山河も変わる」という諺があるが、誰もが歳をとり、置かれた環境も変わっている。

2002年ワールドカップで世界中のメディアから“美人サポーター”だと絶賛されて話題になった“応援女神ミナ”も最近は美魔女路線への切り替えが迫られている中で、なぜ今、韓国でヒディンクだけが再登板への期待が高まるのだろうか。

それは不甲斐ない戦いを続ける韓国代表への不満が大きいのだろう。これまでも2002年ワールドカップという成功体験を忘れられない韓国の国民たちは、その不甲斐なさへの失望感の反動として、“四強神話”という名の“ファンタジー(幻想)”に縋ろうとする。

今回もそれがふたたび繰り返された格好だが、“四強神話”の立役者の一人であるFCソウルのファン・ソンホン監督はきっぱりと言っている。

「(ヒディンク監督再登板が議題に上がるのは)時期的に適切ではない。シン・テヨン監督が難しい状況でチームを引き受け、本大会出場を決めた。ファンからすると満足できない試合内容かもしれないが、今は変化しているのだから(シン監督を)信じるべきだろう」

ファン・ソンホン監督は、KFA技術委員会メンバーとしてシン・テヨン監督緊急登板を推した人物のひとりである。

彼だけではなく、ほとんどの四強戦士たちは引退し、指導者やタレント、財団理事長など第二の人生を歩んでいるが、想いはファン・ソンホン監督と同じだろう。

情報をリークしたのは誰か

それにしてもヒディンク本人は韓国代表監督再登板に本当に興味を示しているのだろうか。複数の韓国メディアを調べてみると、どうやら情報発信源はヒディンク本人ではないらしい。

気になって旧知の仲である一般紙『中央日報』のサッカー班チーム長のソン・ジフン記者に問い合わせてみると、なんでも発信源はヒディンクの韓国国内マネージメントを担当するヒディンク財団の事務総長らしい。

その事務総長が今年6月のコンフェデレーションズカップ開催中にヒディンクに会い、韓国代表監督に就任する意志はあるのかと打診したところ、「韓国民が望むなら奉仕したいという意志を示した」(事務総長談)ことから端を発して、前出のような報道になったというのだ。

つまり、ヒディンク再登板はヒディンク本人が強く望んでいるわけでなく、いまだ“ファンタジー”に取りつかれた韓国関係者の願望から始まったものとも言えるわけで、当然、KFAはその可能性を完全否定している。本人やその関係者からの申し出もないし、協会としてもまったく考えていないことだと……。

パク・チソンも!? いつまで英雄たちに縋るのか

それにしても、韓国サッカー界はなぜにこうも英雄に縋りたがるのだろうか。前回ブラジル・ワールドカップ開幕1年前には“永遠のキャプテン”と言われたホン・ミョンボ監督に指揮を任せた。

今回もファンや一部メディアの間で、パク・チソン氏を何らかの形で代表スタッフに加えることも検討すべきではないかとの意見も出ている。“四強神話”へのノスタルジーが今も根強いのだ。

(参考記事:あの朴智星(パク・チソン)は今、どこで何をしているのか)

ただ、結果が出ないと英雄をいとも簡単に抹殺してしまうのが、韓国でもある。

ホン・ミョンボ監督もブラジル・ワールドカップで結果を残せず、辞任しているが、現役時代から絶大なカリマスを誇った国民的英雄が、私生活まで誹謗中傷される有様は惨く哀れであったし、一度の失敗だけでかつての英雄を容赦なく抹殺してしまう韓国世論の恐ろしさが浮き彫りになった辞任劇だった。

(参考記事:容赦なき抹殺批判乗り越え中国で再起したホン・ミョンボ。決断を後押した元日本代表監督とは?)

そんな手のひら返しの韓国の国民性を知っているからこそ、ヒディンクも再登板することはないだろう。

ヒディンクも韓国代表監督時は“オ・デヨン(5対0)”のあだ名をつけられ、猛バッシングを受けたこともあったが、ロシア本大会まで9か月しかない準備状況で“毒の入った聖杯”と呼ばれる韓国代表監督職をふたたび引き受けるわけがない。

それがわかっていても“ヒディンク再登板説”報道で沸くあたりに、切羽詰まった韓国サッカー界の状況と国民たちが代表チームに抱く苛立ちが見え隠れしているような気がするが…。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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