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東京五輪ボート競技の代替開催案に対する韓国の「本音」と「深読み」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
昨日、東京で会談したIOCのトーマス・バッハ会長と小池百合子都知事(写真:ロイター/アフロ)

朝日新聞で報じられた「2020年東京五輪・ボート&カヌー競技の韓国開催の可能性」は、早速、隣国でも報じられている。

「朝日新聞、IOCが東京五輪漕艇競技の韓国・忠州開催を検討と報道」(『聯合ニュース』)、「IOC、東京五輪の漕艇競技の韓国開催検討」(『KBSニュース』)、「2020年東京五輪のボート・カヌー競技、韓国で開かれるか(『中央日報』)など、大手メディアが一斉に報じている状態だ。

これを受けて、代替地候補として浮上した忠清北道(チュンチョン・プクド)の忠州(チュンジュ)市にある弾琴湖(タンクムホ)国際ボート競技場にも、にわかにスポットライトが集まっている。

韓国の中央部に位置する忠州市は人口20万人ほどの地方都市。その忠州市が2004年に国体を誘致したことで造られたのが弾琴湖国際ボート競技場で、元はダムの影響で出来た人口湖だったらしい。

(参考記事:東京五輪が韓国と共催に!? IOCがボート・カヌー会場として検討する弾琴湖国際ボート競技場はどれほど立派なのか)

それでも2013年世界ボート選手権誘致の際には672億ウォンが投入されたという。最近はキャンプ場なども造成されたそうだが、韓国では水上スポーツがマイナーということもあって、その存在はなかなか知られていなかった。言わば知る人ぞ知る国際規格の競技場なのだ。

それだけに韓国のネット上でも話題になっており、コミュニティサイトではさっそく議論のネタになっているらしい。

ただ、賛否両論があるようだ。リオデジャネイロ五輪の閉幕式で披露された東京五輪のプレゼンテーションでは 「悔しいけど認めざるを得ない日本のコンテンツ力」を絶賛し嫉妬していたが、今回の代替開催案報道に関しては受け止め方が異なるらしい。

「なぜ日本ができないことを韓国が埋め合わせてやらなきゃいけないのか」という意見もあり、なかには感情的だったり挑発的な意見もあった。

(参考記事:東京五輪のボート競技代替開催案を韓国のネットユーザーたちはどう見ているのか)

そこで今回の件について旧知の新聞記者に率直な感想を聞いてみた。『中央日報』スポーツ部のソン・ジフン記者だ。

「日本の反応はともかく、報道に接して最初に感じたのは“効率性重視ならそれもありだろう”ということでした」

最初にそう切り出したソン・ジフン記者は続ける。

「というのも、日本に限らず、国際規模の漕艇競技場を作るとなるとオリンピック後、どう活用していくか、ちゃんと運用できるかについてしっかりと考え、慎重に判断する必要があると思うんです。計画なしに作ってしまって、あとから管理費や維持費が膨らみ、気づいたら負の遺産になってしまったら元も子ないですから」

確かにその通りだろう。ただ、すでに一部で声高に叫ばれているように、日本では韓国での代替開催を反対する意見は多い。

連想するのは、FIFAの提案によって日本と韓国の共同開催になった2002年ワールドカップだろう。2002年ワールドカップは日本と韓国の間に多くの交流をもたらし、多くの友情や理解も深めることができたが、その一方でさまざまな“しこり”も生み、同じレガシーでもネガティブ色が強い“2002年W杯の負の遺産”として今でも何かと話題になる。

「わかります。実は韓国でも、2018年平昌冬季五輪の試合会場の建設費がかさみ、一部の種目を日本で代替開催してはどうかという議論が起こりましたが、そのときは韓国でも2002年ワールドカップの記憶が邪魔をして、“分散開催はすべきではない”という結論に至った背景がありますから」

韓国でも今回と同じようなことが起きていたわけだが、ソン・ジフン記者は冷静な口調でこう続けた。

「けれど、オリンピック開催の費用が増えて開催都市が抱えることになる赤字がどんどん膨らんでいく現実を考えると、一部の競技を隣国で開催するということはデメリットやネガティブ要素だけではないと思います。現金な話になってしまいますが、すでに出来上がっている競技場を使えば建設コストはかからないので、東京の負担はそれだけ減ることになる。非常に効率的であることも確かでしょう」

ただ、頭では効率的だと理解できても、心情的には理解しがたい部分もあるだろう。日本で開催するオリンピックをなぜ隣国で開催するのか。そんな前例はないし、日本や韓国の当事者同士の話し合いではなく、IOCやIF(国際連盟)の提案ということも、どこか釈然としないというのが関係者たちの本音ではないだろうか。ソン・ジフン記者も言う。

「弾琴湖国際ボート競技場は、確かに国際規格をクリアした競技場で、アジア大会なども開催されましたが、交通アクセスが悪く不便なんですよ。韓国も水上スポーツがメジャーというわけではないので、あまり使われることも多くない。それをIOCが推すというのも…」

「今回の件はIOCが自分たちの我を通すために、その気もないのに韓国代替案というカードを使って東京都を刺激し既存案を迫る、揺さぶりもあるのではないでしょうか」

韓国の平昌五輪もいろいろと騒がしいが、エムブレム盗作疑惑やメインスタジアム問題などで揺れた東京五輪も一難去ってまた一難という印象を拭えない。いずれにしても今回の件はもうしばらく日本と韓国の両方で話題になりそうだ。その動向を見守っていきたい。

(参考記事:トラブル絶えない東京五輪、問題山積みの平昌五輪。日韓が抱える五輪ジレンマの解決策はあるのか)

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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