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韓国スポーツアスリートたちはなぜ、ことさらオリンピックになると燃えるのか

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
前回ロンドン五輪では3位決定戦で対決した日韓(写真:Action Images/アフロ)

オリンピックの舞台で激しくしのぎを削りあってきた日本と韓国。前回ロンドン五輪でも日本は史上最多38個のメダルを獲得したが、金メダルの多さで決まる受賞ランキングでは日本11位(金7、銀14、銅17)に対し、韓国は5位(金13、銀8、銅7)だった。

(参考記事:柔道、マラソン、サッカー、バレー。死闘と遺恨と因縁の日韓オリンピック激闘史

なぜ、韓国はオリンピックに強いのか。韓国のスポーツ団体を統括する組織であり、オリンピックなどの国際大会への選手派遣事業を行っている大韓体育会日本支部の趙靖芳専務理事に話を聞いた。

―韓国はずっとオリンピックで一定の成果を上げてきました。韓国スポーツの強さは一体、どこからきているんでしょうか?

「韓国スポーツがオリンピックで強い理由は種目によってさまざまですが、制度や強化システム面で共通する3項目がその強さの支えになっているとも言える。すなわちテルン選手村の存在と兵役免除、そして体育年金制度ですね」

―兵役のことは日本でもよく取り上げられますよね。韓国の成人男子には兵役が国民の義務となっていますが、オリンピックでメダルを獲得すれば免除になると。

(参考記事:韓国スポーツと兵役 第4回/韓国アスリートたちが五輪やアジア大会に執念を燃やすワケ

ただ、テルン選手村や体育年金制度についてはあまり詳しく知られていないような気がしますので、専務理事の口から紹介いただけないでしょうか。

「まず体育年金制度は、正式名称を競技力向上研究年金といいます。オリンピックなど主要国際大会でメダルを獲得し、国のイメージアップに貢献したスポーツ選手に毎月一定額が支給されるというもので、1975年から導入されました。大会とメダルの色ごとに決められている年金ポイントを貯めて、貯めたポイントに適合する年金額をもらえ、2000代に入って現在のシステムが整えられました。現在、受給者は1000人を超えるとされています」

(参考記事:韓国スポーツの強さの源/死ぬまでもらえる「競技力向上研究年金」とは?

―体育年金はメダリストに将来的な安定を約束してくれるわけでね。

「当初はそれか一番の効果でした。ただ、韓国も豊かになり、スポーツ選手のあり方も変わってきています。昔のメダリストや国家代表選手たちは、引退後に市庁や実業団が運営するスポーツ部の指導者になることを第二の人生としていましたが、最近はそれだけでは食ってはいけないですし、テレビCMへの出演やタレント活動をする選手出身者も増えています。体育年金をもらえるに越したことはありませんが、体育年金だけが強さの要因になっているわけではないですよね」

(参考記事:韓国スポーツの強さの源/オリンピックで1秒もプレーしなくても、年金がもらえる!?

―“ニンジン”よりも“環境”にあるわけですね。それがテルン選手村だと思います。

「テルン選手村は国家予算で運営されたスポーツトレーニングセンターです。全24棟の建物があり、各代表選手たちは国際大会の数カ月前から選手村で生活しながらトレーニングに励みます。例えば日本の場合、トレーニングや練習場所、コーチにかかる費用のほとんどを選手本人が負担しなければなりませんよね。そのために多くの選手が実業団チームに籍を置いたり、特定企業のスポンサードを受けるわけですが、韓国の選手たちは代表選手になれば、テルン選手村に入村し日々練習に専念できますし、国家予算で運営されるテルン選手村に入れば、その環境がすべて整っているわけですよ。韓国の厳しい競争を勝ち上がってきた選手たちを、世界チャンピオンに磨き上げる仕上げ機関、それがテルン選手村なんです」

―韓国の代表選手みんな、選手村で最上級のトレーニングを受けているわけですか?

「もちろんです。選手村に入ったばかりの頃は常備軍(代表候補)程度の実力だったとしても、選手村でトレーニングを続けることで一気に世界レベルまで上がっていく。それに、テルン選手村には若手からベテラン選手まで、ほぼ全種目のトップ選手が集まっています。そんな選手たちが毎日顔を合わせたり、一緒に食事したりする環境なので、自然と“自分も世界一になろう”と刺激を受ける。例えて言えば、ハンマー投げの室伏広治選手、体操の内村航平選手、卓球の福原愛選手などが一緒にトレーニングしているようなもの。刺激を受けるし、チーム・コリアなんだという一体感が生まれます。そんな環境だからこそ、強くなれるんです」

(参考記事:韓国スポーツの強さの源/ 韓国スポーツスター養成所「テルン選手村」とは

―ただ、最近はテルン選手村の運営のために使われる予算を、減らそうという動きがあるそうですね。

「それがまさに今、韓国スポーツが直面している問題でもあります。80年代までの韓国は、とにかく北朝鮮や日本に対して優位を示すことだけに注力してスポーツを強化していました。それが1988年ソウル五輪をきっかけにその意識が世界へ向けられ、今度は国威発揚のためのスポーツを、となります。国威発揚のためには結果、つまりメダルを獲得せねばならない。そのために韓国は選択と集中をせざるを得ませんでした。とにかく勝てる種目だけに予算と人材を注いだのです。その結晶と言えるのが、アーチェリーだったり、ハンドボールなんです」

―いわゆる孝行(ヒョジャ)種目であり、エリート育成主義の強化ですね。

「ええ。しかし、だんだん国も裕福になってきて、“わざわざ国威発揚するためにスポーツ予算を使う必要があるのか”という声が出てきました。韓国はスポーツ予算の約7割をエリートスポーツの強化に使ってきましたからね。これからはそれよりも、国民の健康増進のため、すなわちレジャー・レクリエーションとしてのスポーツに予算をかけるべきだ、というのが今の世論なんです。政府もその声を受け、エリート強化よりも国民たちの生活体育振興のために予算を回そうと動いているようです」

―そのスポーツ行政を実施するに当たって、参考にしている国はあるんでしょうか?

「イングランドとドイツの様子を見ていますね。例えば、ヨーロッパでは街のスポーツクラブが中心になって、いろんなスポーツをやっています。韓国でも地域に総合スポーツセンターを作って、将来はオリンピック選手も出てくればいいな、というのが世論の理想ですね」

―今回のリオ五輪は韓国の国民に対するひとつの問いかけでもある気がします。国民たちは、今まで通りエリート主義の先鋭たちがメダルをたくさん取ってくれたほうが嬉しいのか、それともメダルは取れなくなるけれど身近にスポーツがあったほうがいいのか。「あなたはどちらを選びますか?」という感じで。

「実はなかなか難しい問題なんですよ。メダル数が減ってしまったらそれはそれで政府が責められますし……。まだ決まってはいませんが、行政としてはテルン選手村のシステムと体育年金制度だけを維持すれば、なんとかなるんじゃないかと考えているようです。その代りに残りの予算を地域のスポーツクラブ作りに回して、底辺を広げようと。ただ、裾野を広げただけでは世界的な選手が生まれにくい」

――熾烈な競争も必要ですし、その競争の中で選手も揉まれ勝負強さも磨かれて行く。韓国はその成功体験のもとで成り立っているだけに複雑ですね。今回のリオ五輪は、いろんな意味で韓国スポーツが今後進むべき道が問われることになる大会になりそうですね。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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