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【あの判定の背景】なぜ、PK取り消し? 副審とのコミュニケーションに改善を

清水英斗サッカーライター
(写真:アフロスポーツ)

「あれ? なぜ今の接触が、攻撃側のファールなんだろう?」

「さっきのがイエローカードで、なぜこれがレッドカードなんだろう?」

試合を見ていて、そんなふうに感じることは多々あるのではないか。特にサッカーのレフェリングは、デジタルな0と1に切り分けづらいシーンが多く、審判のエキスパートでさえ、意見が分かれることが少なくない。だからこそ、下された結果だけでなく、その判定に至った理由と経緯を知っておきたいものだ。サッカーを多面的に理解することにつながるだろう。

1日に行われた『2017 第3回JFAレフェリーブリーフィング』では、直近のJリーグとルヴァンカップで起きた事象について、レフェリングの説明が行われた。

まずは、ペナルティーエリア内で起きた事象を振り返りたい。

4つの気づきが含まれる、PK判定とその取り消し

J1第12節、ジュビロ磐田対柏レイソルの後半9分、柏のFW武富孝介がスルーパスに走り込み、飛び出したGKカミンスキーと接触して倒れる場面があった。一度はPKを示す笛が吹かれたが、主審は副審と協議した結果、一度下したPK判定を取り消し、ドロップボールでの再開とした。選手、監督、観戦者も戸惑う一幕だったが、サッカーのルール上、次のプレーがリスタートする前であれば、主審は判断を取り消すことができる。

この混乱を招いたシーンについて、JFA審判委員会の副委員長を務める上川徹氏は、次のように説明した。

「主審のポジションが遠く、GKがボールに触っていないと判断しました。しかし、実際に笛を吹いた瞬間にはそう思ったが、同時にボールのコースが副審のほうへ変わったことに疑問を持ったとのこと」

ボールのコースが変わったのは、滑り込んだGKカミンスキーがセーブしたからである。実際はボールに触っている。

「もし、そう疑問を持ったのなら、すぐに副審に聞きに行くべきでした。(この様子では)磐田側の異議、アピールを聞いて対処しているように見えてしまいます」

その後しばらくして、コーナーフラッグ脇での協議が始まり、副審は「GKがボールに触っており、ノーファール」と主審に意見を伝えた。この副審のコミュニケーションにも、改善点があると上川氏は説明する。

「副審はすぐに旗を上げて、自分が持っている情報を伝えるべきでした。試合後に話を聞くと、『ノーファールと思ったが、別のところでファールがあったのではないかと思い、伝えられなかった』と言っています」

主審と副審、どちらにも迅速で積極的なアクション、コミュニケーションが求められるところだ。ただし、主審が判定を訂正した判断そのものについては、「ポジティブな評価」と上川氏は付け加える。

「大変めずらしいシーンですが、副審の情報を聞き、ミスを認めて判定を取り消しました。それについてはポジティブな評価をしています。テクニカルな部分では判定を間違えていますが、審判の評価項目の中で、パーソナリティーの部分では高い評価をすべきと思っています」

また、この判定取り消しというめずらしい判断が、比較的スムーズに受け入れられたのは、柏のキャプテンである大谷秀和の存在が大きかったと言う。敵味方を問わず、審判を取り囲むことがないように、選手たちを審判から遠ざけていた。

「クラブの強化担当者にも話をしましたが、この大谷選手のキャプテンシーあふれる対応。味方にも下がれと対応してくれたこと。リーダーとして、リスペクトある対応を取ってくれたことに感謝したいと思います。(審判同士の)話が長くなればなるほど、選手が気になって近寄り、話しかけてくるので、そこで時間を浪費してしまいます。距離を離して、主審と副審が落ち着いて話ができる状況を作ることも必要かなと思います」

そして、もうひとつ。GKカミンスキーのプレーについても説明があった。なぜ、彼のセービングがファールに見えてしまったのか?

「すごくフェアにプレーしています。いろいろ話を聞くと、このGKは溜める動きがあると。審判には、このタイミングで行ったら間に合わないという感覚があります。しかし、たまたま(カミンスキーは)去年もファインセーブしたらPKを取られると、そういう情報がありました。これは変えていかなければいけません」

溜める動きから、一段伸びるようにボールに飛び込むGKカミンスキーの動きを、審判は「間に合わないタイミング」と無意識に読み取ってしまったようだ。今季は毎試合ごとに、クラブの代表者と審判が意見交換を行っているので、このような選手のプレーに対する審判の理解が進むだろう。

勇気を伴う判定の取り消し、審判同士のコミュニケーションの改善、称賛されるべきキャプテンの振る舞い、そして、特異なプレー習慣を持っている選手。このシーンには多くの気づきが含まれていた。

主審と副審のコミュニケーション改善が必要

J1第11節、横浜F・マリノス対ヴァンフォーレ甲府の後半4分、右サイドを抜け出してドリブルする甲府MFドゥドゥを、横浜FMのDFミロシュ・デゲネクが手で引っ張り、それでも耐えて突進したドゥドゥが、最終的にもつれて倒れた。しかし、主審はPKではなく、ドゥドゥのファールを取り、シミュレーション(審判を欺く行為)としてイエローカードを出している。

上川氏は、主審の判定に間違いがあったと指摘する。

「結論は(デゲネクのファールで)PKです。イエローカードが必要です。(最終的にドゥドゥが)身体と脚を入れて自分から倒れたと、主審は(デゲネクが)手で引っ張ったところが見えず、最後の瞬間だけを見てしまった。ただし、そうであるとしても、シミュレーションは厳しい。ノーファールなら、まだ考えられるかもしれませんが。そもそも、シミュレーションが疑われるプレーになったのは、ホールディングにより、引っ張られたせいなので」

この場面も、副審とのコミュニケーションに課題が見える。

「副審は、(ドゥドゥが)シャツを引っ張られたことはわかっていました。しかし、バランスを立て直したように見えたと。短い時間ですが。情報を主審に伝えて、その上で主審がシミュレーションと判断するなら受け入れなければいけませんが、こういう情報は伝える必要があると話をしました」

追加副審が見極めたシミュレーション

ルヴァンカップ・グループステージ第4節、サンフレッチェ広島対セレッソ大阪の後半33分、ペナルティーエリア内でパスを受け、ドリブルで仕掛けたアンデルソン・ロペスが倒れた。主審はシミュレーションとし、イエローカードを示した。

「ルヴァンカップには(ゴール横に)追加副審が入っています。これは全くコンタクトがありません。シミュレーションと判断します。副審からも同じ情報が伝えられました。44番(アンデルソン・ロペス)に多いところはあります」

妥当な判定だった。

エリア内の見極めに失敗した判定

J2第13節、ロアッソ熊本対湘南ベルマーレの後半45分、ペナルティーエリア内へのパスをコントロールした湘南の菊地俊介に対し、熊本のイム・ジンウが足を伸ばしてディフェンスを試みた。菊地は倒れ、主審はイム・ジンウのファールとし、PK判定を下したが……。

「(イム・ジンウは)ボールに触っています。その後に足が相手に当たっているかもしれませんが、これはボールに行った後に触れる通常のコンタクトと判断します」

上川氏はノーファールが妥当と説明した。

同じく、エリア内の見極めに失敗した判定

J2第13節、アビスパ福岡対ファジアーノ岡山の後半29分、裏のスペースへ抜け出した岡山のFW藤本佳希に対し、飛び出した福岡のGK杉山力裕が激しく接触した。主審はノーファールで流したが、両選手とも痛みでなかなか起き上がれず、試合の再開に約2分を要している。

「同時にプレーした、アクシデンタルなプレーと、主審は判断してノーファールにしました。ただし、白の選手(藤本)が先にボールに触っていますし、GKはボールに触れていません。著しく不正なプレー、ラフプレーで退場の可能性もありますが、どちらにせよGKのファールは間違いありません。また、状況で言えば、得点機会の阻止にあたります。ボールにプレーする可能性がない中でこのファールをしたのなら、レッドカードになります。新しい規則では、ボールにプレーすれば、(得点機会の阻止でも)イエローカードです」

PK判定が妥当で、なおかつイエローカードか、レッドカードが示されるべきシーンだった。

ノーマルチャレンジか、否か

J2第10節、FC岐阜対ツエーゲン金沢の前半34分、ペナルティーエリアにドリブルで侵入した岐阜のFW古橋亨梧に対し、並走した金沢のMF小柳達司が身体を入れてディフェンスを行い、接触して防いだ。主審はノーファールで流したが、この場面をどう見るか。

「クラブからはPKじゃないかと、質問がありました。しかし、(古橋の)最後のボールタッチは、相手の前に行っています。フィフティ・フィフティ。ボールが4番(小柳)のプレーイングディスタンス(プレーできる距離)に来たので、自分のボールにしようとした。(ノーファールで流した)主審の判断は正しいと見ます」

この判定について、毎試合後にスタジアムでクラブの代表者と意見交換を行っている審判アセッサー(評価をする人)は、反対の結論を出していた。PKが妥当で、判定に間違いがあった、守備側が左腕で後ろから押していたと、後日の審判委員会とは異なる見方を示している。アセッサーは試合後の短時間で判断していることもあり、「難しい判定」と上川氏は語る。

また、ブリーフィングの場には、審判交流プログラムでやって来たポーランド人審判のダニエル・ステファスキ氏も同席したが、氏は上川氏同様、ノーファールとした主審の判断を尊重した。

「私ならプレーオンと判断します。よく見ると(守備側が)押しているように見えますが、プレーする距離にボールがあるので、そう考えると、ファールは取られないと思います。ノーマルチャレンジ、これがフットボールなのかなと思います」(ステファスキ氏)

審判のエキスパートが映像で見直しても、なお意見が分かれるシーン。ステファスキ氏が言う「ノーマルチャレンジ」の理解によって、ファールか否かが決まってくる。

「これは正誤よりも、考え方の話だと理解していただければと思います」と上川氏は最後に付け加えた。

追加副審が見極めたハンド

ルヴァンカップ・グループステージ第4節、柏レイソル対ジュビロ磐田の後半40分、ゴール前へのクロスが、柏の伊東純也の手に当たり、PKを示す笛が吹かれた。

「これは間違いなくハンドです。主審からは、この手に当たったかどうかがわからない。選手が重なっているので、副審からも視認が難しいです。これは追加副審からサポートがありました。だから、若干、笛のタイミングが遅れています」

ルヴァンカップで導入している追加副審のメリットが生かされた。広島対C大阪戦のシミュレーションの見極めといい、やはりこのシステムのメリットは大きいようだ。

ただし、目が増えれば、それだけ主審が処理しなければならない情報が増えるということ。コミュニケーションが複雑になる。そういう意味でも、副審とのコミュニケーションの問題は、早めに改善したいところだ。

後編はオフサイド判定についてお送りする。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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