『長谷部と宮市の対決は実現せず。フランクフルト、“海賊の島”で勝利』

(写真:アフロ)

 記者の立場から、彼のプロサッカー人生の軌跡を見てきた。18歳だった少年はすでに三十路を超え、今はドイツ連邦共和国ヘッセン州に属するフランクフルト・アム・マインという街に居る。

 この街で暮らす彼を、この街のクラブで闘う彼の実像を知りたいと思った。長谷部誠の等身大の姿を、この眼で見て、この耳で聞いて、この肌で感じたいと思った。その熱に、匂いに、鼓動に、触れたいと思った。

 それが、この物語を綴ろうと思った、純粋な動機だった。

 2019年10月30日、漆黒の闇に包まれたハンブルク市内の一角に、黒い服を纏った集団が屯(たむろ)している。その前方に眩い光を放つ建造物がある。海賊の姿をした髑髏が描かれた旗がなびいている。ドイツ一の歓楽街として知られる『レーパーバーン(Reeperbahn)』の近くに立つ“船”、ザンクトパウリのホーム、『ミラントーア・シュタディオン』がその威容を誇っていた。

(ミラントーア・シュタディオンに明かりが灯る/写真:島崎英純)
(ミラントーア・シュタディオンに明かりが灯る/写真:島崎英純)

 アイントラハト・フランクフルトはブンデスリーガ第9節のボルシア・メンヘングラッドバッハ戦を2-4で落としていた。しかし、今のアイントラハトに立ち止まる時間はない。敗戦から中2日でDFBポカール(ドイツカップ戦)2回戦・ザンクトパウリ戦、続けて中2日でブンデスリーガ第10節、首位バイエルン・ミュンヘンとのホーム戦がある。そしてバイエルンとのゲームが終われば、中4日のインターバルでUEFAヨーロッパリーグ(EL)・グループステージを戦うためにフランスのリエージュへ赴かねばならない。

 本来ならば、この連戦で選手をローテーションしながら戦いたい。しかし今のアイントラハトは負傷者が続出している。GKケヴィン・トラップ、DFアルマミ・トゥーレ、DFマルコ・ルス、MFルーカス・トッロ、FWアンドレ・シウバらが相次いで戦列を離れ、ザンクトパウリ戦では軽傷を負っていたMFフィリップ・コスティッチも出場を回避した。

 そんな中、長谷部誠は当然先発でピッチに立った。ブンデスリーガでは全10試合にフル出場し、DFBポカールも1回戦のマンハイム戦から続けて連続スタメン。今季長谷部が欠場したのはローテーションしたEL3次予選セカンドレグのFCファドゥーツ(リヒテンシュタイン)戦、そして脳震盪の影響で欠場したELグループステージ・ギマランイス(ポルトガル)戦の2試合のみだ。また鎌田大地も継続して先発出場を続けている。最近の鎌田は2トップ気味のポジションで攻撃の全権を握るような役割を与えられていて、ポカール1回戦・マンハイム戦以来となる今季公式戦2ゴール目が期待されていた。

 一方、今季の公式戦で全試合出場を続けていたザンクトパウリの宮市亮は週末のリーガ2部のゲームに向けてローテーションされて控えに回っていた。主に右サイドでプレーする宮市のスピードは厄介だから、彼が途中出場したら、長谷部は自陣左エリアを警戒しなければならない。

 船の汽笛を合図に両チームの選手達が入場すると、アウェーのアイントラハト・サポーターが赤い発煙筒を焚きながら、バンという大きな音を立てて花火を打ち上げた。一方のザンクトパウリサポーターも負けていない。金色のデコレーションを築き、海賊の船の絵に『フランクフルトは沈みゆく』という言葉が綴られた巨大フラッグを掲げてホームの威厳を誇示している。ジャイアントキリングが頻発するDFBポカールでは、下剋上の世界が広がっている。 

(写真:島崎英純)
(写真:島崎英純)

 試合は予想外の様相を呈した。ザンクトパウリの動きが鈍い。1部クラブをリスペクトし過ぎているのか。ボールを保持できずに自陣に釘付けにされ、4分にマルティン・ヒンターエッガーの緩やかなクロスからドストにヘディングシュートを打ち込まれて被弾した。そして16分にはドミニク・コーアのスルーパスに反応して抜け出したドストが技巧的なループショットを放って2点目をマークし、早々にアイントラハトが試合の趨勢を決めたかに見えた。

 長谷部は187センチ、86キロのFWビクトル・ギョケレスと局面バトルを演じていたが、さほど脅威には感じていないようだった。攻撃面ではいつものように最後尾からチームを俯瞰して見て、正確なミドルパスを供給して活性化を図る。エヴァン・エンディカとヒンターエッガーとで形成する3バックには安定感があって、この時点では相手に付け入る隙を与えていなかった。

 しかし42分にアクシデントが起こる。ヒンターエッガーがペナルティエリア内でファウルを犯してPKを献上し、それをバルデマル・ソボタに決められて1点を返された。そしてここから、本当の意味での死闘が始まった。

 DFBポカールの厳しさを長谷部が吐露する。

「ポカールの難しさは毎年感じている。特にアウェーではね。下のカテゴリーのチームと対戦するのはいつも厳しい。優勝した(2018-2019シーズンの)時もPK戦があったり、辛勝しながら上がっていったし。ただドイツでは、リーグ戦もカップ戦も簡単な試合はひとつもないんだけどね」

 後半に入った。アイントラハトはボールを持てない。波状攻撃を受ける。ボールを奪っても前へパスを付けられない。鎌田が相手DFのチャージを浴びてピッチへ倒れ込んでいる。陣形を立て直す。ギョケレスとのフィジカル勝負は問題ないが、機動力のあるソバタの動き出しが気になる。バックラインはヒンターエッガーが足を痛めてハーフタイムで交代し、ダビド・アブラームとエンディカのセットになっていた。20歳のエンディカが落ち着かない所作を見せている。長谷部は、チームがピンチに直面していることを実感していた。

「前の選手は疲れていて、後半はセカンドボールを全然拾えていなかった。サッカーの質の部分では低かったと思う。もちろんコンビネーションの問題などもあると思う。ローテーションしたときに、代わりに入ってくる選手たちが中々プレーを合わせられないのかなと思う」

 戦況に呼応して、ホームサポーターの熱が帯びてきた。アウェーサポーターの声がかき消され、『ザンクトパウリ!』のコールが鳴り響く。

「もう10年くらい前になるけど、ここでプレーしたことはある。でも、そのときはまだ改装されていなくて、もっと古い感じ(のスタジアム)だった。このクラブはちょっと特殊というか、非常にサポーターが熱いクラブ。昔から、すごく興味深いクラブだなと感じていた。今日、実際にプレーしてみて、やっぱり雰囲気は独特だと思った」

 試合は2-1のまま推移したが、いつアイントラハトが決壊してもおかしくない。試合終了4分前にスタンドからミックスゾーンへ向かうと、コンコース裏にも荘厳な歓声が伝わってくる。しばしその音に耳を傾けていると、一筋の冷たい風と共に、その音響が突然静まった。アイントラハトが死地を乗り越え、ラウンド16へ進出した瞬間だった。

 少しやつれた表情で、長谷部がミックスゾーンへ現れた。

「この連戦は中2日で4連戦なので、まあ、体力的に結構きつい。そういう中でも、やっぱり勝つことが一番大事だと思う。シンドイのはシンドイんですけどね(笑)。今はかなり苦しい中でやってるかなと。次もリーグ戦で相手がバイエルンなんですけど、それが終われば中4日と少し試合間隔が空く。バイエルンも今は良くないので、どうにかホームのパワーを借りて勝点3を取りたい。でも、本当に綱渡りって感じでやっていますけどね」

 長谷部自身はローテーションの対象にならないのか。本人に聞いてみた。

「あるんじゃないかなと期待してるんですけどね(笑)。ヒンティ(ヒンターエッガー)が(途中交代して、次の試合が)どうなるか分からない。自分は休まずにやらなければいけないのかなと思っている」

 それでも、35歳のチーム最年長には気力が漲(みなぎ)っている。厳しいスケジュールを強いられても、そのプレーパフォーマンスに変化は見られない。

 今回は残念ながら不出場に終わった宮市が、ブンデスリーガーの先達を称える。

「アイントラハトはやっぱり、個々のクオリティが凄かったです。特に長谷部選手はとんでもない人だなと、外から観ていて思いましたね。パススピードにしても落ち着きにしても。そして、あの年齢で、来年36歳になると思うんですけども、まだフランクフルトの中心で、リーダーとしてやっているというのはもう、とんでもないことだなと思うんですよね」

 『ミラントーア・シュタディオン』を出て、レーパーバーンへと行き着く。時刻は23時を回ったが、宗教改革記念日で翌日が祝日の街は喧騒で溢れかえっている。ザンクトパウリとアイントラハトのサポーターが共に酒を酌み交わしている。道端から大音量が響くバーの内部を覗いたら、さっきまで観ていた試合の映像が流れていた。

 そこには、キャプテンマークを付けた長谷部が激しく手を叩いて仲間を鼓舞する姿があった。

Im Frankfurt-第5回(了)