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監督行政の中立公正さを歪めた東京労働局長発言の重大さ~直ちに職を辞して謝罪すべき~

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
辞任しかないという、イメージ(写真:アフロ)

驚愕すべき発言

裁量労働制に関するデータ偽装などで批判を浴びている厚労省幹部から、とんでもない発言がでた。

裁量労働制を違法適用していた野村不動産の宮嶋誠一社長を呼んで特別指導をした厚生労働省東京労働局の勝田(かつだ)智明局長が30日の定例記者会見で、出席した新聞・テレビ各社の記者団に対し、「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」と述べた。企業を取り締まる労働行政の責任者ログイン前の続きが監督指導の権限をちらつかせて報道機関を牽制(けんせい)したととられかねない発言だ。

出典:朝日新聞デジタル

 私はこのニュースの重大さが、世間にはイマイチ伝わっていないと感じる。

 当の勝田局長は発言の重大性に気が付いて直ちに発言を撤回したようだが、これは発言を撤回すれば済むような問題ではない。

東京労働局は30日午後8時半過ぎ、勝田氏の「是正勧告してあげてもいいんだけど」などの発言が「不適切だった」として撤回する旨を、会見に出席した記者にメールで伝えた。広報担当者は朝日新聞の取材に対し、勝田氏が撤回する必要があると判断したと説明している。

出典:朝日新聞デジタル

 この発言は、発言した本人に対して厳格な処分が必要であるのはもちろん、直ちに公務員としての職を直ちに辞さねばならないほど重大な問題発言だ。

 この問題を例えるなら、中立性に疑問を呈され批判をされて報道機関から取材を受けていた警察の大幹部が、批判している報道機関社に対して、「取り締まってもあげてもいいんだけど」と発言するのと同じことだ

 これが警察の大幹部だったら、中立性を疑われた批判の矛先を鈍らせるため、中立性をかなぐり捨てて警察権力を濫用して脅しをかけた発言であるとして、強烈な批判を浴びたはずだ。

 にもかかわらず、今回の発言にはさほど世間の注目が集まらない理由は、東京労働局がもつ権限が知られていないからだろう。

 東京労働局の下にある労働基準監督署が、労働基準法違反の問題については警察と同じような逮捕・権限をもっている(司法警察事務を担う)。

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「労働基準監督署の役割」(厚生労働省作成)より

 上記の図のように、労働基準監督署は、臨検監督(監督指導)にとどまらず、重大・悪質な事案については、取調べなどの任意捜査はもちろん、捜索・差し押さえ、逮捕などの強制捜査の実施主体になり、犯罪捜査に係わる強力な権限がある。

 要するに、労働基準法に関する警察官の役割を担う組織なのだ。

 この強力な権限をもつ組織の大幹部が、取り締まられる可能性のある対象者(報道機関)に対して、取り締まられたくなかったら黙っていろと、脅しをかけた発言としか捉えられないのが、今回の発言だ。

 上記報道によれば、勝田局長は発言の真意を問われた際にも、以下のように述べているという。

発言の真意をただした記者に、「みなさんの会社も労働条件に関して真っ白ではないでしょう」と言及。テレビ局を例に、「長時間労働という問題で指導をやってきています。逐一公表していませんけど」とも述べた。

出典:朝日新聞デジタル

 これは、要するに「ネタはあるんだよ、いつでも取り締まれるぞ(黙っていろ)」という脅し文句だ。

 この勝田局長の発言は、裁量労働制に関する野村不動産への特別指導に関して、安倍政権に有利な行政運営が行われたのではと、行政の中立性について疑問が呈されている問題だ。詳しくは野村不動産における裁量労働制の違法適用に対する特別指導―隠されていた労災認定と、特別指導の不透明さ(上西充子)を参考にして欲しい。

 要するに、行政の中立性に疑問を呈する報道機関の取材に対して、司法警察権力をも利用し報道機関に対して脅しをかけたのが今回の勝田局長発言だ。本来あるべき行政の中立性・公正さもかなぐり捨てており、完全に常軌を逸している。

本来期待される役割りは?

 長時間労働が蔓延する日本社会では、労働基準監督署の仕事ぶりが不十分で本来果たすべき役割を果たしていないという根強い批判がある。

 私に限らず、常日頃から、多くの方が組織としての労働基準監督署の仕事ぶりには強い不満を持っている。もちろん、監督官個人でみれば頑張っている方も沢山いるが、組織全体としての仕事ぶりは全く満足できない。

 世間に蔓延している労働基準法違反の犯罪行為(例えば、残業代不払いなど)が放置され、結果として長時間労働により命まで落とす方があとを絶たない現状を踏まえれば、当然だろう。

 その要因には、圧倒的な人手不足の問題もあるので、現場の監督官個人の問題で済ませられない。厚生労働省全体で受け止めるべき課題に他ならない。だからこそ、監督行政の機能不全という現状について、「働き方改革」における長時間労働是正策としても取りあげられてきた。

 そんな中で、厚労省の大幹部が、自らの組織の中立性に関し疑問を呈して取材をする報道機関に対して、口を閉ざさせるために権力を行使するぞと脅したのだ。

本来やるべき長時間労働是正に向けた取組が遅れている中で、自らの理不尽な組織防衛のため司法警察権にも繋がる権力を行使すると脅しをかけるなど、言語道断だ。しかも、これは厚生労働省が安倍政権擁護のために恣意的な情報公開をしているのではないかと批判を浴びている野村不動産の件に関するやりとりで出てきた発言だから、厚生労働省に向けられた世間の厳しい批判も全く無頓着なのだろう。

 法治国家であれば断じて許される発言ではないのだ。

 こういった発言がなされると、労働基準法違反で今後臨検・指導や送検などされた企業は、世間には労働基準法違反が蔓延する中で、自社にだけこういった対応がなされるのはなぜか、中立性や公正さを疑うのもやむを得ないだろう。 使用者が、指導に従い真っ当な労務管理を目指そうとする意欲をも奪うものだ。

やるべきこと

 この発言を踏まえて、勝田局長本人は、発言の撤回だけではすまされない。

 職を辞すだけでも済まされない。

 まずはきちんと公の場で発言を撤回し、報道機関のみならず市民へ謝罪して、誤解を解くようにできる限りの努力をすべきだ。自らの発言で疑問を生じさせてしまった行政の中立性・公正さを挽回するには、こういった対応をとる他に途はないだろう(現場で頑張る部下の労働基準監督官のためにも、やるべき)。

 そのうえで、勝田局長に対して、組織から然るべき処分がくだされるのは当然のことだ。

 また、加藤厚労大臣も、勝田局長本人を処分するだけでは済まされない。

 末端職員では無く大幹部からこういった発言が軽々しくでてくるのは、この間の厚生労働省データ偽装問題にみられる、加藤大臣を筆頭とする不誠実極まりない対応に見られる本音が垣間見られると受け止められても致し方無いだろう。

 労働局が担う仕事は、人の命に係わる問題を取り扱うだけでなく、重大な国家権力の行使である犯罪捜査に係わるものだ。その重みを踏まえて、誠意ある対応を期待したい。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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