野村不動産における裁量労働制の違法適用に対する特別指導―隠されていた労災認定と、特別指導の不透明さ

野村不動産への特別指導の経緯(筆者作成)

<要旨>

●昨年(2017年)12月25日に厚生労働省東京労働局は野村不動産に対し、裁量労働制の違法適用があったとして特別指導を行い、翌26日に記者発表を行った。この特別指導は新聞各紙で大きく報じられ、また国会でも、裁量労働制の違法適用に関する指導実績として答弁で言及された。

●しかし3月4日の朝日新聞報道により、その特別指導の背後に裁量労働制が違法適用されていた男性社員の過労自殺(2016年9月)と労災認定(2017年12月26日)があったことが、明らかになった。労災認定を隠して特別指導の記者発表を行い、違法適用に対して適切な指導を行った好事例のように国会答弁で言及されていたことが、問題になっている。

●厚生労働省は野村不動産において過労自殺と労災認定があったことを認めておらず、特別指導の経緯についても詳しい説明を拒んでいる。しかし特別指導が明文化された根拠に基づかず、決裁書も作らずに行われていたことが明らかになっており、さらに、特別指導前の昨年11月17日から12月22日にかけて加藤大臣に3回の報告が行われていたことも明らかになった。特別指導の不透明さが際立ってきている。

●野村不動産における過労自殺と労災認定が朝日新聞によって明らかにされなければ、政府は野党の追及をかわすために指導の実績として野村不動産への特別指導に言及し続けただろう。裁量労働制をめぐる「比較データ」が、野党の追及をかわす反証データとして用意されたように。特別指導は、裁量労働制の拡大を確実に行うために、異例の形で行われた可能性がある。

●裁量労働制の違法適用者に過労自殺が起きていたのなら、政府が行うべきは、それを隠蔽し、きちんと指導できた事例のように装ってさらなる対象拡大をねらうことではなく、そのような問題が起きてしまう現状を直視し、適切に対策を立てることだ。

はじめに

 政局が大きく動いていることと、働き方改革関連法案からの裁量労働制の拡大の削除が決まったことによって、働き方改革関連法案をめぐる話題は後景に退いている。しかし、安倍政権は裁量労働制の拡大をあきらめたわけではなく、改めて法案提出の機会をうかがうだろう。また、裁量労働制よりもさらに危険な規制緩和策である高度プロフェッショナル制度(高プロ)の導入(※1)を、安倍政権はなお目指しており、高プロを盛り込んだ形で働き方改革関連法案の閣議決定が行われるのかどうかが、注目点となっている。

 裁量労働制も高プロも、残業の実態に応じた残業代の支払いを不要とする制度であり、長時間労働を助長する危険性が高い。これまでは違法だった不払い残業を合法化できてしまう制度だ。また、裁量労働制は適用対象が曖昧であるために、違法適用が数多く存在していることが疑われている。

 その違法適用について、厚生労働省東京労働局が野村不動産に対し特別指導を行ったことが、新聞各紙により報じられたのは昨年12月のことだった。

裁量労働、営業に違法適用 野村不動産に是正勧告:朝日新聞デジタル (2017年12月27日)

 その後、この件は新たな展開を迎える。特別指導の背後に過労自殺と労災認定があったことを、今年3月4日に朝日新聞が報じたのだ。

裁量労働制を違法適用、社員が過労死 野村不動産:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)

 なぜ厚生労働省は、労災認定を隠して特別指導だけを公表したのか。野村不動産への特別指導に国会答弁で言及した安倍首相や加藤大臣は、労災認定があったことを知っていたのか。そう野党が追及していく中で、特別指導そのものにも疑問の目が向けられていくこととなった。そもそも特別指導には、根拠規定がなかったのだ。ではなぜ、野村不動産に対して特別指導が行われたのだろうか?

特別指導に関する昨年12月26日の記者発表はどう行われたか

 野村不動産における裁量労働制の違法適用に対して特別指導が実施されたことは、昨年12月26日の厚生労働省東京労働局の定例記者会見の場で記者に伝えられた。その時の記者への配布資料がこれだ。

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出所:野党合同ヒアリング(2018年3月14日実施)配布資料より

 記者発表の前日(2017年12月25日)に行われた特別指導の内容が記されたものであり、この配布資料と、記者会見時の東京労働局担当者による説明をもとに、翌朝の各紙がこの野村不動産における裁量労働制の違法適用を報じた。

厚生労働省東京労働局は26日、裁量労働制を社員に違法に適用し、残業代の一部を支払わなかったとして、不動産大手の野村不動産の本社(東京)や関西支社など全国4拠点に対し、各地の労働基準監督署が是正勧告をしたと発表した。宮嶋誠一社長に対し、是正を図るよう25日付で同労働局長から特別指導もした。

出所:裁量労働、営業に違法適用 野村不動産に是正勧告:朝日新聞デジタル (2017年12月27日)

 この朝日新聞の記事によると、野村不動産では、裁量労働制の適用が認められないマンションの個人向け営業などの業務に就く社員に対し、全社的に制度を適用していたという。全社員約1,900人のうち、課長代理級の「リーダー職」と課長級の「マネジメント職」の社員計約600人に裁量労働制を適用しており、本社(東京)、関西支社、名古屋支店、仙台支店の4拠点に対し、残業代の一部を支払わなかったとして各地の労働基準監督書が是正勧告を実施したという。

 この特別指導を報じた朝日新聞は、

安倍政権は法人向け営業職などに対象を広げる方針だが、今の対象さえ十分に守られない中での対象拡大に異論が出るのは必至だ。

出典:同上

との編集委員のコメントも付した。しかし実際にはこの違法適用はむしろ、裁量労働制の濫用に対しては厳しく対処ができている実例のように国会答弁で言及されていく。

 その国会答弁の様子を次に見ていくが、その前に先ほどの記者発表資料をもう一度ご確認いただきたい。何か不自然だと感じないだろうか?

 同じ東京労働局が2018年2月13日に発表した「職業紹介事業者に対する職業紹介事業停止命令及び職業紹介業務改善命令について」という記者発表資料(下の右側)と見比べてみてほしい。明らかに形式が違うことがわかるだろう。

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出所:野党合同ヒアリング(2018年3月14日実施)配布資料より

 左の「東京労働局長による特別指導について」には、厚生労働省や東京労働局のロゴマークもなければ、発表主体の名称も担当者の連絡先もない。右側の命令についてはその根拠条文が明記されているが、左の特別指導については、その根拠条文が記されていない。メモ書きのように簡略な記載なのだ。この簡略さは、後で見ていくように、根拠条文がないまま行われた特別指導、という問題とつながるものだ。そのことをあらかじめ、頭に入れておいていただきたい。

裁量労働制の濫用に対する指導実績として言及された、野村不動産への特別指導

 この野村不動産の件は、1月以降の通常国会で言及されていく。野党は裁量労働制の濫用の事例としてこれに言及するが、政府はむしろ、濫用に適切に対処した事例として答弁で言及した。

 たとえば1月29日の衆議院予算委員会(議事録はこちら)。これは例の裁量労働制をめぐる「比較データ」に安倍首相が言及し、のちにその答弁を撤回することになった予算委員会だが(※2)、その中で希望の党の大西健介議員が、裁量労働制の濫用が現状においても起きている問題を取り上げた。

 大西議員は裁量労働制の濫用が見抜けない例として野村不動産の例を取り上げた。上にあげた朝日新聞の昨年12月27日の1面記事と、同日の朝日新聞の5面記事(下記)に言及し、5面記事にあった塩見卓也弁護士のコメントを引いて、裁量労働制は、一度導入されると濫用が表面化しにくい制度であると指摘した。

裁量労働制、課題浮き彫り 長時間労働リスクも 大手各社は適用否定:朝日新聞デジタル(2018年12月27日)

 そして大西議員は、こう問いかけた。

今回、政府は、この企画業務型の対象を拡大して、まさにここで野村不動産が違法に適用しているように、一部営業職に拡大しようとしているんですよ。そんなことをすれば、現状でも濫用があるのに、定額働かせ放題を許すことになるのは私は火を見るより明らかだというふうに思いますけれども、総理、そのようにお思いになりませんか。

出典:衆議院予算委員会2018年1月29日

 それに対し、加藤勝信厚生労働大臣はこう答弁している。

 

まず、今の野村不動産の件は東京労働局が特別指導を行ったところでありまして、また、実際、野村不動産においては、この企画業務型裁量労働制の対象とされた労働者の大半においては同制度の対象業務に該当しないということで、それにのっとって対応を行ったところであります。

出典:衆議院予算委員会2018年1月29日

 濫用には適切に対応している、と取れる答弁だ。

 大西議員はなおも追及を続ける。裁量労働制は対象業務が曖昧で、届出段階で労基署に出された協定書を見ても、それだけではチェックできないと監督官の人も言っている、と紹介し、こう語って安倍首相の見解を問うた。

届出して、協定書を届けたら、そこはチェックはすり抜けちゃうわけですから。実際には対象業務じゃない営業をやらせたって、これは外から見たらわからないんです。

だから、私は、やはりこれは、一旦導入されると濫用に対する歯どめというのがなくて、しかもそれが表面化しがたい、しにくい、そういう制度だというふうに思いますけれども、最後、厚労大臣じゃなくて総理、そう思いませんか。働かせ放題になると思いませんか。

出典:衆議院予算委員会2018年1月29日

 これに対し安倍首相は、裁量労働制を拡大する予定の営業職について、連合の要請も踏まえながら対象業務を法律で明確化することとした、とした上でこう答弁した。

万が一、本来対象にならない業務にこの制度を適用していた場合には、労働基準監督署において厳正に対処していく考えであります。

なお、野村不動産においては、本来制度の対象にならない個別の営業活動等を担当している方までも裁量労働制の対象として扱っていました。法の趣旨を大きく逸脱していたことから、昨年十二月、東京労働局長が特別指導を行い、公表を行ったところであります。

政府としては、制度が適正に運用されるよう、今後とも指導を徹底してまいります。

出典:衆議院予算委員会2018年1月29日

 安倍首相もやはり、「今後とも指導を徹底」と、指導を徹底した一例として野村不動産の事例に言及している。

 他の日にも答弁では、野村不動産への特別指導に言及されている。2月20日の衆議院予算委員会では日本共産党・高橋千鶴子議員の質疑に対し、加藤大臣がこう答弁している(議事録はこちら)。

野村不動産を始めとして、適切に運用していない、こうした事業所等もございますから、そういったものに対してはしっかり指導監督を行っているところでありますし、今後とも更に進めていきたいと思っております。

出典:衆議院予算委員会2018年2月20日

 ここでは明らかに加藤大臣は、「しっかり指導監督を行っている」事例として野村不動産への特別指導に言及している。

 しかし、このやりとりの際には明らかにはなっていなかったことだが、この野村不動産では、裁量労働制の違法適用者に過労自殺が起きており、労災認定が行われていたのだ。

野村不動産の労災認定を報じた3月4日の朝日新聞

 裁量労働制の違法適用に対する特別指導が行われた野村不動産で、過労自殺とその労災認定があったのを報じたのは、3月4日の朝日新聞である。安倍首相が裁量労働制の拡大を働き方改革関連法案から削除する決断を3月1日に行った、その3日後のことだ。

裁量労働制を違法適用、社員が過労死 野村不動産:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)

 この朝日新聞の報道によれば、過労自殺したのは50代の男性社員で、この男性は、裁量労働制を違法適用された社員の一人だったという。関係者によると、男性は転勤者の留守宅を一定期間賃貸するリロケーションの業務を担当しており、長時間労働が続く中で体調を崩して2016年春に休職。復職したが、同9月に自殺したという。その後、2017年春に遺族が労災申請。東京労働局は遺族からの労災申請をきっかけに同社の労働実態の調査を始め、異例の特別指導をしていたと報じられた。

新宿労働基準監督署(同)が把握した男性の残業は、15年11月後半からの1カ月で180時間超。長時間労働が原因で精神障害を発症し、自殺に至ったとして労災が認められた。労働時間の管理は自主申告に委ねられていて、申告された時間は実際の労働時間より大幅に少なかったという。

出所:裁量労働制を違法適用、社員が過労死 野村不動産:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)

 しかも新宿労働基準監督署によって労災認定が行われたのは、野村不動産に対して特別指導を行った翌日の12月26日であり、特別指導についての記者会見を行ったその日であったという。

 同じ3月4日の朝日新聞の下記の記事では、昨年12月26日の東京労働局による記者会見で野村不動産への是正勧告を公表したことについて、「異例中の異例」という厚生労働省関係者の声を紹介している。また、特別指導に法的根拠はなく、労働局が独自の判断で実施するものであることも紹介し、「特別指導の公表を労働局だけで判断したとは思えない。本省の関与があったとみるのが自然だ」との厚生労働省関係者の声を紹介した。

政府「しっかり監督」の例、実は過労死 裁量労働制乱用:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)

 また、この記事では、特別指導を行った旨を公表した12月26日の東京労働局の記者会見でのこんな様子も伝えていた。

 

「(同社の不正を)放置することが全国的な順法状況に重大な影響を及ぼす」

 東京労働局の鈴木伸宏・労働基準部長は会見で、異例の対応に踏み切った理由をそう説明した。だが同社が裁量労働制を全社的に違法適用していた実態の説明を求める記者団に対し、勝田智明・同労働局長は「会社の方に聞いて下さい」と説明を拒んだ。同社に調査に入ったきっかけを問われても、鈴木部長は「申し上げられません」と言うだけだった。

過労自殺を安倍首相と加藤大臣は把握していなかったのか?

 この3月4日(日)の報道を受けて、この過労自殺の労災認定についての野党の質疑が始まる。濫用に対してはしっかり指導している、その実例のように答弁されていたものが、実は過労自殺が起きていた事例であり、遺族による労災申請があって初めて裁量労働制の違法適用が判明したのであれば、話は大きく違ってくるからだ。

 過労自殺が起きて、遺族が労災申請してはじめて違法適用が明らかになったのであれば、取り返しがつかなくなってから、指導監督を行ったのであるから、「しっかり指導監督を行っている」事例とは言えない。

 問題が明らかになった翌日の3月5日(月)にはさっそく、参議院予算委員会で、民進党の石橋通宏議員が、安倍首相と加藤大臣に対し、特別指導の結果を公表した昨年12月26日、その日に労災認定が出ていたという事実を知っていたかと問うた。それに対する両者の答弁はこうだった。

●安倍首相

特別指導については報告を受けておりましたが、今のご指摘については、報告は受けておりません。

●加藤大臣

それぞれ労災で亡くなった方の状況について逐一私のところに報告が上がってくるわけではございませんので、一つ一つについてそのタイミングで知っていたのかと言われれば、承知をしておりません。

 安倍首相も加藤大臣も、労災認定については、報告は受けていなかった、と取れる答弁だ。この答弁を受けて、新聞各紙も、首相らは把握していなかったと報道した。

過労自殺と労災認定についての事実確認を拒む厚生労働省。特別指導についても曖昧な返答

 しかし同日から始まったこの件に関する野党合同ヒアリングでは、厚生労働省の担当者は、野村不動産において過労自殺と労災認定があったかどうかについて、そもそも回答を拒んだ。個人情報の保護にかかわって、答えられないという。そして、加藤大臣の上の答弁についても、「知らなかった」という答弁ではなく、一般論を述べたものだとの見解を示した。

 労災認定されていることは野村不動産も認めていることが報道からわかっている、と野党が追及しても、同じ答えに終始した。

 そこで野党側から切り口を変えて、特別指導について尋ねてみると、新たな問題が浮かび上がってきた。

 まず、特別指導は法的な根拠に基づいていない。このことは3月4日の朝日新聞も報じていたことだが、厚生労働省担当者は、「特別な指導」という一般的な意味で「特別指導」という言葉を使ったと回答した。

 しかし先に見たように、記者発表資料には「特別指導」という言葉が、あたかも何らかの規定に基づくものであるかのように使われており、国会でも「特別指導」という言葉が答弁で用いられている。「特別な指導」と語られているわけではない。

 また、では特別指導はこれまでにどの程度行われた実績があるのか、と問うと、「それほど多くない」という。具体的には何件か、と問うと、2例目だという。では1例目は、と改めて問うと、2016年秋に労災認定が行われた電通の高橋まつりさんの件が1例目だとのことだった。

 では高橋まつりさんの時も今回と同じように記者発表資料があったのか、と問うと、ない、という。文書はないが、国会の答弁で言及された、という。ではそれはいつのことか、と特定を求めたところ、2016年10月12日の衆議院予算委員会における、日本共産党・高橋千鶴子議員に対する塩崎厚生労働大臣(当時)の答弁だという。過去にも過労自殺が出ている電通に対し、厚生労働省はどのような指導をしてきたかと高橋議員が問うたのに対する塩崎大臣の答弁は、下記の通りだった(議事録はこちら)。

これまでの監督指導の状況については、詳細は明らかにすることはできませんが、今回発生した事案を受けて、昨日、十月の十一日、東京労働局長が企業の幹部を呼び出しました上で、こうしたことが再び起こることのないように、労働時間管理の適正化、あるいは実効のある過重労働対策をしっかりと講ずるように厳しく指導を行ったところでございます。

出典:衆議院予算委員会2016年10月12日

 野村不動産への特別指導の場合と同様に、東京労働局長が企業幹部を呼び出して、指導を行っている。しかし「特別指導」という言葉は使われておらず、「厳しく指導」だ。

 また、野村不動産における裁量労働制の違法適用については、東京労働局が特別指導を行った旨をみずから記者発表するまでは、世に知られていなかった。それに対し、電通の高橋まつりさんの件は、2016年9月30日の労災認定後、10月7日に母親の幸美さんが川人博弁護士と共に記者会見を行っており、労災認定の事実が広く世に知られた後に呼び出しての指導が行われている。そしてそのような指導を行ったことについては、国会答弁で言及されているのみで、記者発表は行われていない。

 つまり、野村不動産への特別指導は、異例中の異例の事態なのだ。厚生労働省は2例目というが、上に見たように、「特別指導」の名のもとに行われたものとしては1例目と言ってよい。

 ではなぜ、野村不動産に対して、そのような異例中の異例の特別指導が行われたのか。

特別指導をめぐる不透明な事情

 特別指導についての数回にわたる野党合同ヒアリングでの野党側の追及に対し、厚生労働省側はゼロ回答を続けた。

 野村不動産への特別指導について、加藤大臣および安倍首相に報告したのはいつか、と問うても、「個別事案の詳細については、回答は差し控える」との答え。

 野村不動産への特別指導についての決裁書のコピーを、一部黒塗りでもよいので提出を、と求めるも、「個別事案の詳細については、回答は差し控える」との答え。

 野村不動産への特別指導について、なぜわざわざ記者発表を行ったのか、については、「同種の事案が発生しないよう、広く周知するため」と。しかし上に見たように、記者発表資料は通常の記者発表資料の体裁を取らない簡素なものであり、東京労働局のホームページにも掲載されなかった。

 広く周知するため、というのなら、なぜホームページに掲載しないのか、と問うと、ホームページでの公表には基準があり、それには該当しないため、との答え。

 このように、なぜ特別指導を行ったのか、その経緯が極めて不透明であることが分かってきたのだ。

特別指導は決裁書なしに行われ、加藤大臣は三度にわたり、事前に報告を受けていた

 この膠着状況を解いたのは、山井議員による質問主意書(3月8日提出・質問第132 号)に対する答弁書の閣議決定(3月16日)だった。

 その閣議決定の内容は3月17日の朝日新聞で詳しく報じられている。

厚労省の特別指導、決裁書作らず 手続き規定なし 野村不動産、違法な裁量労働:朝日新聞デジタル(2018年3月17日)

 この記事によれば、野村不動産に対する厚生労働省東京労働局の特別指導は、決裁書を作らずに実施されていた。

 16日に行われた野党合同ヒアリングにおいて土屋喜久審議官は、特別指導は東京労働局長が口頭で行っており、文書を発出していないため、省内の決裁規定の適用の対象外であったと説明したと、この朝日新聞の記事は報じている。

 しかし異例中の異例の特別指導であり、かつ、世に知られていない事態をわざわざ東京都労働局が記者に発表して大きく記事に書かせた事案だ。それを決裁書も作らずに実施していたというのは、「特別な事情」があったことをうかがわせるものだ。

 また、特別指導に関する加藤大臣への報告は、事前に3度行われていた。この記事の末尾に添付した答弁書(速報版・山井事務所より入手。公開了承済み)によれば、11月17日、11月22日、12月22日の3回である。同じく答弁書によれば、安倍首相への報告は、特別指導の翌日の12月26日だ(特別指導について記者発表を行った日と同日)。

 決裁書を作らず、しかし、加藤大臣には事前に3度の報告を行っていた。これも「特別な事情」があったことをうかがわせる。なお、過労自殺と労災申請についての報告が行われていたかどうかについては、個人情報保護の観点からとして回答は拒否されている。

 以上、これまでに明らかになったことを時系列でまとめると次の通りとなる。このうち「朝日新聞報道による」としたところは、厚生労働省が事実関係の確認を拒んでいる内容だ。また、12月26日の3つの出来事の前後関係は不明である。

筆者作成
筆者作成

特別指導をめぐる「特別な事情」は?

 以上、野村不動産への特別指導をめぐる不透明な経緯を整理してきた。過労自殺が背景にあったとはいえ、裁量労働制の違法適用があり、それを厳しく取り締まって広く世に周知徹底するために異例の特別指導に踏み切った、というのであれば、過労自殺については伏せるとしても、特別指導に関する決裁書は作成していて当然であるし、記者発表した以上はホームページに掲載することも当然だろう。加藤大臣にいつ報告していたかの回答を拒む必要もない。

 にもかかわらず、加藤大臣にいつ報告していたかの回答を野党合同ヒアリングで何度も拒み続けたのはなぜか。特別指導について記者発表を行いながら、それをホームページで公表したなかったのはなぜか。記者発表資料に担当者の名前も記されずに簡素な書類により記者発表が行われたのはなぜか。

 そこにはやはり、明らかにできない「特別な事情」があったと見るべきだろう。

■野党の批判をかわすための材料にしたのか■

 2つの可能性が考えられる。1つは、3月4日の朝日新聞が記したように、「野党の批判をかわす答弁の材料にしようとする狙いがあった」可能性だ。実際、上に見てきたように、答弁では、濫用に対して適切に指導した事例であるかのように答弁されていた。そして実際、それは質疑の中で、有効に機能していた。

 その意味で、この問題は裁量労働制の労働時間をめぐる「比較データ」の問題と類似する。裁量労働制のもとで働く労働者の方が一般の労働者よりも労働時間は短いかのように見せた「比較データ」は、裁量労働制が長時間労働を助長し過労死を増やすという野党の批判をかわすために、2015年に労働基準法改正の法案要綱の労働政策審議会における答申(同年2月27日)が出たあとの同年3月26日に当時の民主党の部会に厚生労働省から提示されたものだった。同年4月3日の法案の閣議決定の直前である。明らかに野党対策だった。

 そしてそのときに民主党に提示された比較データは、下記の通り、「平均的な者」の定義の説明もなく、「一般労働者」については計算式による算出であることの説明もなく、あとから見れば不都合な事実を巧妙に消し去ったものだった。

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出所:民進党ホームページ:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング(2018年2月15日)

 今回、野村不動産への特別指導に関し、昨年12月26日に定例の記者会見で厚生労働省東京労働局が記者に示した文書(前掲)も同様だ。ロゴマークもなく、担当者の名前もなく、簡素な形式で提示された文書。根拠規定もなく決裁書もなく行われた特別指導という異例なものであったからこそ、そのような異例な形式の文書が記者に提示された可能性が考えられる。

 つまり、「比較データ」が民主党と国民をだますものであったように、「特別指導」の記者発表は、記者と国民をだますものであった可能性が高い。もし朝日新聞がその背後に労災認定があったことを報じなかったら、この特別指導は、適切な指導実績として、国会答弁に使われ続けただろう。

■労災認定が大きく報じられ、裁量労働制の拡大が困難にならないように、先手を打ったか■

 もう一つの可能性として、遺族による労災認定の記者会見に先手を打った可能性が考えられる。

 厚生労働省は特別指導を2例目と語ったが、1例目の電通の高橋まつりさんの労災認定については、母親の幸美さんが川人博弁護士と共に記者会見を行い、大きなニュースとして取り上げられた。

 働き方改革の議論が進んでいる中でのこの記者会見は、長時間労働の是正の必要性を世に強く訴えるものであった。

 安倍首相は2017年1月20日の施政方針演説でこの電通の労災認定に言及し、「二度と悲劇を繰り返さないとの強い決意で、長時間労働の是正に取り組みます」と語っている。

 また、同年2月21日には高橋幸美さんと官邸で面会し、長時間労働の是正を訴える幸美さんに対し、「なんとしてでもやりますよ」と応じたと報じられている。

安倍晋三首相、元電通高橋まつりさん母と面会 長時間労働是正に決意- 産経ニュース(2017年2月21日)

 しかしその後、安倍政権は、過労死の遺族の期待を裏切って、「単月100時間未満」「平均80時間以下」という過労死ラインに上限を設定した時間外労働の上限規制の法案要綱をとりまとめている。

 もし同じように、野村不動産の遺族が記者会見を昨年12月に行っていたらどうなっていただろうか。同じように大きなニュースとなり、裁量労働制の拡大をめざす安倍政権にとって、大きな逆風となった可能性が高い。

 そのため、そのようなマイナスのインパクトをできるだけ打ち消すために、厚生労働省が異例の特別指導を行い、それを異例な形で公表したのではないか。その可能性がある。

 遺族が記者発表を行うのはほとんどの場合、再発防止を願ってのことだ。特別指導を行ってそれを厚生労働省が記者発表した、ということになれば、再発防止という意味では同様の効果が期待できる。そして遺族が記者発表を行う場合とは異なり、労災認定を隠しつつ特別指導を行ったことだけを公表すれば、裁量労働制の違法適用によって過労自殺が起きているということを社会的に知られることなく、むしろ、違法適用には厳しく指導ができているという実績を示す形を取ることができる。

 だから、異例中の異例の特別指導が行われたのではないか。しかし、だとすれば、それは、事実の隠蔽のための特別指導であったと言えるだろう。

おわりに

 筆者は3月17日のエキタスの主催による新宿アルタ前街宣においてスピーチを行い、安倍政権が進める働き方改革が「策略に満ちている」とコメントした。

欺瞞に満ちた「働き方改革」。労働時間規制を撤廃する高プロ導入は認められない( #0317アルタ前 )(上西充子)- Y!ニュース(2018年3月17日)

 一括法案の中に裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル制度を隠しこんで言及を避けていたことと共に、また、捏造された「比較データ」と共に、この野村不動産における特別指導も、働き方改革における「策略」の一つではないのか。

 裁量労働制の違法適用者に過労自殺が起きていたのなら、政府が行うべきは、そのような問題が起きてしまう現状を直視し、適切に対策を立てることだ。

 にもかかわらず、政府が取った対策は、それを隠蔽し、きちんと指導できた事例のように装ってさらなる対象拡大をねらうことだった。そのような姿勢の安倍政権に、働き方改革をゆだねることの危険性を、改めて考えたい。

***

【付属資料:山井和則議員による質問主意書と答弁書】

(1) 山井和則議員による質問主意書  (出所はこちら

平成三十年三月八日提出

質問第一三二号

野村不動産株式会社に対する特別指導の端緒や経緯及びその目的等に関する質問主意書

提出者  山井和則

 厚生労働省資料によれば、東京労働局長は野村不動産株式会社に対し、平成二十九年十二月二十五日に特別指導(以下、本件特別指導)を行ったとされています。

 そこで、以下の通り質問します。

一 本件特別指導について、決裁書は存在しますか。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。

二 本件特別指導に際して、加藤厚生労働大臣の決裁は取りましたか。

三 本件特別指導について、実施に当たっての政府内の決裁書の日付、及び決裁書で野村不動産株式会社で企画業務型裁量労働制の対象となっていた男性社員が二〇一六年九月に過労自殺をされたことに言及しているかどうかを示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。

四 本件特別指導について、加藤厚生労働大臣が報告を受けた日付を示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。

五 本件特別指導について、野村不動産株式会社における違法な裁量労働制の適用が発覚する調査の端緒として、同社で企画業務型裁量労働制の対象となっていた男性社員が二〇一六年九月に過労自殺をしていた事案は含まれますか。それとも違法の疑いがあると調査を始めた後に、労働基準監督署は、過労自殺の事案を把握したのですか。

六 本件特別指導について、根拠となる法令を示すとともに、他の指導との相違点、すなわち「特別」である理由、実施する目的、根拠法令を示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。

七 本件特別指導に関連し、過去に「特別指導」という名称で実施した指導の件数を示すとともに、対象企業名、実施年月日、公表の方法をそれぞれ示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。

八 本件特別指導について、平成二十九年十二月二十六日に公表された「東京労働局長による特別指導について」という資料(以下、公表資料)中の「3 指導の概要」に、「一定の役職者以上の労働者」とありますが、企画業務型裁量労働制の実態を把握するとともに、事業場での適正な運用を促すために極めて重要であるため、「一定の役職」の名称、当該役職に就くまでの平均的な経験年数を示して下さい。

九 本件特別指導について、公表資料中の「3 指導の概要」に、「一律に企画業務型裁量労働制の対象としていた」とありますが、現行の企画業務型裁量労働制では、対象となる労働者の個人の同意を得ることになっています。企画業務型裁量労働制の実態を把握するとともに、事業場での適正な運用を促すために極めて重要であるため、「一律に」と判断した根拠となる状況を示して下さい。

十 本件特別指導について、公表資料中の「3 指導の概要」に、「同制度の対象業務に該当しない、個別の営業活動等の業務に就かせていた」とありますが、企画業務型裁量労働制の実態を把握するとともに、事業場での適正な運用を促すために極めて重要であるため、「個別の営業活動」以外に、どのような業務に就かせていたかを示して下さい。

十一 現行の企画業務型裁量労働制の対象となる労働者が、業務の一部として、公表資料中にある「個別の営業活動」を恒常的に行っていた場合、違法となりますか。

十二 現行の企画業務型裁量労働制の対象となる労働者が、業務の一部として、「転勤者の留守宅を一定期間賃貸するリロケーションの業務」を恒常的に行っていた場合、違法となりますか。

十三 現行の企画業務型裁量労働制の対象となる労働者が、業務の一部として、「入居者の募集や契約・解約、個人客や仲介業者への対応業務」を恒常的に行っていた場合、違法となりますか。

十四 本件特別指導について、公表資料中の「3 指導の概要」に、「当該労働者の労働実態から、違法な時間外労働及び割増賃金の一部不払いが認められた」とありますが、企画業務型裁量労働制の実態を把握するとともに、事業場での適正な運用を促すために極めて重要であるため、月の時間外労働が二百時間、百六十時間、百時間、八十時間を超える労働者のそれぞれの人数を示すとともに、脳・心臓疾患に関する事案及び精神障害に関する事案の労災補償の申請件数をそれぞれ示して下さい。

十五 加藤厚生労働大臣は、平成三十年三月五日の参議院予算委員会で、石橋委員の「(野村不動産に対する)特別指導の結果を公表した十二月二十六日に労災認定が出ていたことを知っていたか」という趣旨の質問に対し、「それぞれ労災で亡くなった方の状況について逐一私のところに報告が上がってくるわけではございませんので、一つ一つについてそのタイミングで知っていたのかと言われれば、承知をしておりません」と答弁しています。この点について、十二月二十六日の時点で、加藤厚生労働大臣は、野村不動産株式会社で企画業務型裁量労働制の対象となっていた男性社員が二〇一六年九月に過労自殺をされていた事案を知らなかったと答弁したと認識してよろしいですか。

十六 加藤厚生労働大臣は、本件特別指導を実施するに際して、野村不動産株式会社の男性社員が二〇一六年九月に過労自殺されていた事案を知らなかったのですか、それとも知っていましたか。もし加藤厚生労働大臣に、過労死事案を報告せずに特別指導をしていたら、問題があると考えますが、政府の見解を示して下さい。

十七 本件特別指導を行った理由の中の一つとして、二〇一六年九月に男性社員が過労自殺をされたことは含まれますか、それとも含まれませんか。もし含まれないなら、なぜ含まれないのですか。もし含まれるのなら、本件特別指導の前に、この過労自殺について、加藤厚生労働大臣に報告していましたか。

十八 一般論として、特別指導の際に、その端緒や背景に、過労死の発生が含まれる場合、その事実を厚生労働大臣に事前に報告しないことはあり得ますか。

十九 野村不動産における違法な裁量労働制の適用が発覚する調査の契機、端緒は何だったのですか。過労死に関する相談が来たことが、野村不動産における違法な裁量労働制の適用の発覚のきっかけになったのですか、それとも違法の疑いがあると調査を始めた後に、労働基準監督署は過労死の事案を把握したのですか。

二十 本件特別指導の実施について、加藤厚生労働大臣はいつ報告を受けましたか。また、安倍総理は、平成三十年三月五日の参議院予算委員会で、「特別指導について報告を受けておりました」と答弁しましたが、その報告を受けた日は何月何日ですか。

 右質問する。

(2) 山井議員の質問主意書に対する答弁書(速報版)(山井議員事務所提供)(公開了承済み)

答弁書(1~2枚目)(山井事務所提供)
答弁書(1~2枚目)(山井事務所提供)
答弁書(3~4枚目)(山井事務所提供)
答弁書(3~4枚目)(山井事務所提供)

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(※1)  高プロの危険性については、「私の仕事8時間プロジェクト」メンバーと厚生労働省担当者とのやりとりを紹介した下記の筆者の記事と、同プロジェクトの伊藤圭一さんによる3月17日の、新宿アルタ前の街宣時のスピーチ要旨(下記のBLOGOS記事)を参照されたい。

「働き方改革」一括法案、連日24時間勤務の命令も可能に。制度の欠陥では、との問いに厚労省担当者は沈黙(上西充子)- Y!ニュース(2017年12月18日)

高プロが「現代の奴隷制」な理由――毎日24時間労働で過労死しても自己責任(国家公務員一般労働組合)- BLOGOS (2018年3月20日)

(※2)  裁量労働制をめぐる「比較データ」については、下記を参照されたい。

データ比較問題からみた政策決定プロセスのゆがみ:裁量労働制の拡大は撤回を(公述人意見陳述)(上西充子)- Y!ニュース(2018年2月21日)

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【追記】(2018 年3月29日 10:15)

・山井議員の質問主意書に対する答弁書は、衆議院ホームページに掲載された。

・野村不動産への特別指導に関する加藤大臣への厚労省からの三度の報告(11月17日、22日、12月22日)について、報告文書が3月28日の衆議院厚生労働委員会の理事会に提出された(下記の記事を参照)。

大臣への報告資料、ほぼ黒塗り開示 野村不動産特別指導:朝日新聞デジタル(2018年3月28日)

報告文書(朝日新聞記事からのリンク。PDFで表紙を含め6枚)