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1人で悩まないで 緊急事態宣言下での妊婦さんへのメンタルケア、ポイントは

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

新型コロナウイルス感染拡大に伴う2度目の緊急事態宣言

2020年4月から5月にかけて全国を対象に発出された緊急事態宣言。

感染者数の急激な増加を受け、一都三県を対象として2度目の発出が2021年1月7日に決定されました。2月7日までの約1ヶ月間の予定とのことです。

2020年11月頭では全国で500名前後だった感染者数が、2021年1月7日には7000名超と約14倍に急増。

これにより、各地の医療機関では「コロナ病床」や「集中治療室」の不足が顕在化し、「医療崩壊」という言葉をニュース等で目にすることも増えている状況です。

緊急事態宣言では、各都道府県知事が住民に外出自粛を要請したり、施設・店舗の休業やイベントの中止を要請・指示したりすることが可能になります。

加えて、もちろん感染者数が増加していること、必要時に迅速かつ十分な医療を受けられない可能性、収入の減少や途絶の恐れなどにより、全ての方が大きな不安を抱えて過ごすことになるでしょう。

新型コロナウイルス感染拡大と特別措置が妊婦さんに与える精神的影響

中でも、偶然このタイミングで妊娠している女性にとっては、より一層の不安があって当然と言えます。

妊婦さんは、さまざまな観点・状況において基本的に「脆弱な存在」とみなされています。それは災害発生時(文献1)や、インフルエンザなどの感染症(文献2)が代表的で、今回の新型コロナウイルス感染症でも「妊娠中の女性では、同年代の非妊婦に比べ、感染した場合に重症化するリスクがやや高く、早産のリスクも高まる」という複数の研究結果が得られています(文献3)。

それでは、妊婦さんにおける精神的影響についてはどのような報告があるのか、整理してみました。

(1)

まず、2020年11月に報告された研究報告です。(文献4)

この研究では、2019年1月から2020年9月までに報告された23件の研究(約2万人の妊婦と約3700人の産後女性を含む)をまとめて分析しています。

主な結果は以下の通りです。

・パンデミック中の妊婦では、不安症(37%)、抑うつ症状(31%)、心理的苦痛(70%)、および不眠(49%)が認められた

・産後うつ病は22%の女性に認められた

・経産婦や妊娠初期または後期の女性では特に精神的負担が強い傾向にあった

日本人を対象とした研究ではありませんが、3〜4割の妊婦さんに不安症や抑うつ症状があり、7割の方が苦痛を感じ、半数の方が不眠に悩まされているという世界的な状況は、全ての人が知っておくべき情報だと考えます。

産後うつ病も、一般的には10-15%の頻度で起こると言われているため、それより多いという結果です。

(2)

次は中国からの報告で、ロックダウンと強制検疫がどのような影響を与えたのか検証したものです。(文献5)

全34省の行政区の妊婦さん約2万人を対象に、オンラインによる横断的調査が実施されました(2020年2〜3月)。

主な結果は以下の通りです。

・参加者のうち、63%が居住地域でのロックダウンを経験していた

・妊婦のうち45%がうつ病疑い、29%が不安症疑い、7%が自殺念慮ありと報告した

・健康情報を得るためのSNSの利用と、妊婦健診の受診状況が、ロックダウン中の妊婦の精神的状態に影響していると考えられた

こちらも日本を対象としたものではないためあくまでも参考情報となりますが、ロックダウンなど広域かつ強力な措置が取られた状況下で、やはり妊婦さんの精神的負担は大きなものになっていることがわかりました。

(3)

最後に日本からの短報を紹介します。(文献6)

正式な論文ではありませんが、日本の状況を端的に解説したもので、主な内容は以下の通りです。

・2020年4月に実施された日本人妊婦(約2900人)を対象としたオンライン調査では、主な懸念事項として、新型コロナウイルスに感染した際の胎児への影響(91%)、感染した際に自身が重篤な合併症を起こす可能性(74%)、治療薬がないこと(71%)、産後の子どもへの感染(69%)、医療機関での感染(65%)などだった(文献7)

・里帰り出産の禁止や、家族の分娩立ち会い制限、産後の面会制限などによる「信頼できる人との繋がりやサポートが失われること」が精神的負担に大きな影響を与えていると考えられる

妊婦さんは、何よりもお腹の赤ちゃんの心配をしているということがわかるデータで、妊娠中に大きな不安を抱える一因だと推測できます。

また、現在でも、分娩を取り扱う医療機関では里帰り出産の禁止や、家族の分娩立ち会い制限、産後の面会制限が実施されている場合もあり、緊急事態宣言によりさらなる拍車がかかる可能性が考えられます。

そして、無事に出産を迎えても、母親教室や産後女性を対象とした交流会・イベントが軒並み中止になる状況では、孤立と精神的疲労が強まり、産後うつに繋がる恐れもあります。

緊急事態宣言下における妊婦さんへのメンタルケアの重要性

ここまで、パンデミックや緊急事態宣言が妊婦さんの精神面にどのような影響を与えるのか、研究報告を中心に整理しました。

それでは、そのようなリスクがあることを念頭に置いた上で、どのような対策や関わりをすればいいのでしょうか。

いくつかのポイントを紹介します。

(1)信頼できる人との「関わり」の機会と時間を持つ

これまでの研究でも、「周囲の人との関わりが減る・少ない」ことが精神面に負の影響を与えることが示されています。

これは普段の状況でも、引っ越して周囲に知り合いがいない、核家族でワンオペ、などの場合には同様のリスクとなりますが、緊急事態宣言下ではより一層の注意が必要となります。

意識的に、同居家族内でのコミュニケーションをとり、ストレス要因をなくすことを意識して過ごしていただくことは大切です。離れて暮らす家族や友人との電話や動画通話も良いかもしれませんね。

ただし、人によって、そして環境によって「ストレスが増す」ことの要因は様々ですので、それぞれの妊婦さんに合わせた工夫が必要だと言えるでしょう。

(2)妊婦健診はなるべく通常通りのスケジュールで受診する

現段階では、「感染を恐れて妊婦健診を控える」ことはメリットよりもデメリットの方が上回るだろうと考えられています。(文献8)

緊急事態宣言下でも医療機関の定期受診を妨げることはありませんので、おかかりの医療機関の方針・指示をしっかりと守って妊婦健診を継続していただきたいと思います。

それが、お腹の赤ちゃんの状態を確認でき、安心にも繋がるでしょう。

(3)セルフケアを試してみる

米国の産婦人科学会では、パンデミック下で不安やうつ症状を感じる女性に向けてのアドバイスをウェブサイト上に掲載しています。(文献3)

例えば以下のような工夫を取り入れてみると良いかもしれません。

・適度な身体活動(軽い運動やストレッチなど)をする

・特に不安を感じる場合は、毎日の呼吸に意識を向けてみる(4秒間息を吸って7秒間キープし、8秒間息を吐き、これを3回繰り返す)

(4)専門家にオンラインでの相談をする

特に、不安が強くて泣いてしまう、動悸が止まらない、絶望感が消えない、何にも興味関心がわかない、などの場合にはぜひ早めに専門窓口への相談をしていただきたいと思います。

これは米国の産婦人科学会でも推奨されており(文献3)、早めに相談をすることが解決につながる可能性を高めてくれます。

私が運営に携わっている「産婦人科オンライン」というオンライン相談サービス(遠隔健康医療相談)にも、多くの妊産婦さんから精神的不調の相談が寄せられています。

厚生労働省も、妊産婦さんに限ったものではありませんが、「新型コロナウイルス感染症対策(こころのケア)」というページで各種の対策や相談窓口の紹介をしていますのでぜひご活用ください。

妊婦さんを社会全体で支えてあげられる国に

現在のような緊急事態では、全ての人が不安を抱えて過ごしています。

妊婦さんだけを特別扱いするわけにはいかないと思いますが、「妊娠中は心身ともにハイリスクである」ことは事実です。

身体的な健康を保つべく、最大限の感染予防策(手洗い、マスク着用、人混みになるべく入らない、同居家族の感染予防の徹底など)を続け、新型コロナウイルスへの感染リスクを減らしていただければと思います。

同時に、精神面にも注意を払うことが大切です。

妊婦さん自身のセルフケアだけでなく、周囲の人のサポートや、スマホ等を活用したコミュニケーションの維持、危険な兆候・症状の察知などが重要となります。

加えて、オンラインでの医療相談や、国が勧める相談窓口の活用も可能であることをぜひ知っておいてください。

子どもたちは社会の宝です。

同時に、妊婦さんを守ってあげられないような社会に大きな希望は持てないでしょう。

大変な状況で皆が辛さを感じていますが、こういったときにこそ、社会全体で妊婦さんを支えてあげられる国であってほしいと願います。

引用文献:

1. 災害時 妊産婦情報共有マニュアル.

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000121617.pdf

2. Centers for Disease Control. Flu & Pregnant Women.

https://www.cdc.gov/flu/highrisk/pregnant.htm

3. American College of Obstetricians and Gynecologists. Coronavirus (COVID-19) and Women's Health Care: A Message for Patients.

https://www.acog.org/womens-health/faqs/coronavirus-covid-19-and-womens-health-care

4. Front Psychol. 2020 Nov 25;11:617001.

5. J Med Internet Res. 2020 Nov 30. (An "ahead-of-print" version)

6. Psychiatry Clin Neurosci. 2020 Sep;74(9):502-503.

7. 新型コロナウイルス感染症に関する『ルナルナ』独自調査 妊娠中・育児中・妊活中の女性に与える影響とは?

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000688.000002943.html

8. Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. Coronavirus (COVID-19) infection and pregnancy.

https://www.rcog.org.uk/en/guidelines-research-services/guidelines/coronavirus-pregnancy/

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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