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関係するのは妊娠希望の女性だけじゃない、少子化の進む日本でこそ重要な「プレコンセプションケア」とは?

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

プレコンセプションケアとは

プレコンセプションケア(preconception care)という言葉を聞いたことはあるでしょうか。

直訳すると「妊娠前のケア」となり、世界保健機関(WHO)では

「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動的・社会的な保健介入を行うこと」

とされています(文献1)。

これは「ケアの提供者」の目線で書かれた定義ですが、平たく言えば

「妊娠前の女性やカップルが適切な知識を持ち、健康的になる行動をし、社会のケアをきちんと受けること」

と考えることができるでしょう。

WHOがこの概念を提唱・推奨したのは2012年であり、世界産婦人科連合(FIGO)や米国産婦人科学会(ACOG)も同様にプレコンセプションケアを推奨しています(文献2、3)。

このように、世界的にはこの10年間ほどで広まってきたプレコンセプションケアですが、日本ではまだあまり知られていないように感じます。

関係するのは妊娠希望の女性だけ?

ここまでの話を聞くと、「妊娠を考えている女性だけにしか関係ない」と誤解する方がいるかもしれません。

プレコンセプションケアの対象となるのは、そのような女性だけではなく、以下の全ての人が関係する話なのです。

・子ども(妊娠・出産の仕組みの理解と悪影響を与える行動の把握)

・すぐには妊娠を考えていない男女(ライフプランにおける妊娠・出産・育児の捉え方、健康的な生活習慣の維持)

・妊娠を希望している男女(積極的な情報収集や、妊娠することを重視した生活の工夫)

・2回目以降の妊娠を考えている男女(過去の妊娠・出産における情報を考慮した上での工夫)

このように、女性だけでなく男性も、成人だけでなく子どもも、プレコンセプションケアについて知っておくメリットがあるのです。

日本の少子化とプレコンセプションケア

近年、「少子化」という言葉はニュースでも頻繁に耳にするようになってきました。

実は、日本では1970年代から少子化現象が始まり、それからずっと続いています。

少子化に直結する出生数と合計特殊出生率(15歳〜49歳までの女性の年齢別出生率の合計)についてですが、1949年(第1次ベビーブームの頃)の出生数は269万人で、合計特殊出生率は4.32と過去最高値でした。

そこから出生数は徐々に減少し、ついに2016年には100万人を切りました。

この10年間だけでも20万人以上、減ったことになります。

2019年の出生数は86万人と過去最低となり、合計特殊出生率は1.36となっています(文献4)。

さらには、新型コロナウイルス感染症の拡大で、受理された妊娠届が大幅に減少しているとの報道もあり、2021年にはさらなる急減となる可能性も考えられます。

今後、出生数が70万人、60万人となってくれば、産婦人科医療や政策に普段は携わっていなくても、「これはとてつもなくヤバい状況なのでは」と多くの人が実感を持つのではと思っています。

日本の少子化がこれだけ進んでいることには、様々な理由があると考えられます。

ここで全てを列挙して考察することはしませんが、プレコンセプションケアは「将来の妊娠・出産を考えること」が第一歩ですので、日本の少子化にも少なからず影響することは明らかです。

つまり、

  1. 子どものうちから妊娠、出産の仕組みを知り、適切な避妊法と妊娠の知識を持っておく
  2. 月経の仕組みを理解し婦人科疾患の早期発見をすることで、望むタイミングでの妊娠率を下げないようにする
  3. 若いうちから自身のライフプランに妊娠、出産、育児を組み込むことで、タイミングを逸するリスクを減らす
  4. 男性パートナーにも一緒に理解してもらうことで、効果を最大限に高める

などが日本全体でもっと当たり前になれば、少子化の改善に繋がる可能性が考えられます。

(もちろん、望むタイミングで子どもを持てるような制度上の改善などその他の要因も多数あるため、プレコンセプションケアだけが解決策というわけではありません)

プレコンセプションケアの具体的な内容

それでは、実際にどんなことを知り、行動に移すことが大事なのでしょうか。

まず、米国疾病管理予防センター(CDC)が示す内容の一部を以下に示します(文献5)。

(1) 飲酒

妊娠成立前や妊娠中の飲酒は、胎児に悪い影響を与えることがわかっています。

妊娠を計画する時点で、飲酒は控えましょう。

ただし、「妊娠に気づかず普段通りに飲酒をしていた」、「妊娠中に偶然わずかなアルコールを摂取してしまった」のような場合には明らかな悪影響が出るかははっきりしていないので、こういったケースで心配しすぎる必要はないでしょう(文献6)。

(2) 喫煙

妊娠中の喫煙は早産、低出生体重児、胎盤早期剥離などのリスクを上昇させます。

そして、普段から喫煙していると、妊娠中に禁煙できない女性が少なくないこともわかってきています。

このため、妊娠前に禁煙をしておくことが推奨されています。

もちろん、副流煙も同様の悪影響を与えると考えられていますので、同居している家族の禁煙も非常に大切です。

(3) 葉酸

妊娠前から妊娠初期の葉酸摂取により、生まれつきの神経系疾患の発症リスクを大きく低下できることがわかっています。

ただ、日本の調査では妊娠前から十分に葉酸を摂取できていた女性はたった8%しかいなかったという報告もあります(文献7)。

妊娠を考え始めた時点で、食事やサプリメントでの習慣的な葉酸摂取を心がけましょう。

(4) 肥満

妊娠した時点で太っていると、胎児の生まれつきの異常や、早産、妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、帝王切開術、血栓塞栓症などのリスクを高めてしまうことがわかっています。

妊娠してからは、お腹の赤ちゃんのためにも過度な栄養制限や減量はできなくなりますので、妊娠する前に適正範囲の体重にしておくことが最も安全だと言えるでしょう。

(5) 性感染症

クラミジアや淋菌といった性感染症は日本でも増えています。

これらは感染してもあまり症状がはっきりしないことも多く、治療せずにいると将来の不妊症、異所性妊娠(子宮外妊娠)のリスクを増加させます。

日頃からコンドームを用いて性感染症を予防すること、そして男性パートナーにもそれをしっかり理解してもらい、お互いに協力することが大切です。

続けて、日本の状況に合わせて作られたその他の項目を一部紹介します(文献8)。

(6) 運動

妊娠中の運動習慣は体重増加の軽減や帝王切開術になるリスクの低下につながります。

また、これまでの研究では健康に問題のない妊婦が運動することによって早産が増加するということはないと考えられています(文献9)。

「週に合計150分の運動」が推奨されていますが、妊娠前から運動習慣のある女性の方が妊娠中も運動を続けやすいため、ぜひ妊娠前からの運動を習慣にしてみましょう。

(7) ワクチン接種

妊娠への影響が大きい感染症がいくつか存在します。

例えば、妊娠中に風疹に感染すると、一定の割合で胎児にも感染が及び、生まれつき心臓疾患や白内障、難聴を合併してしまうことがあります(先天性風疹症候群)。風疹のワクチンは生ワクチンのため妊娠中に接種できないため、妊娠前にしっかり接種しておくことが大事です。

また、子宮頸がんの95%の原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)も重要です。

子宮頸がんの前段階(子宮頸部異形成)が見つかると、場合によっては子宮の入り口の一部を切除(円錐切除術)する必要があり、この手術を受けた女性では妊娠したときに早産となるリスクが高まることがわかっています。

もし、妊娠初期に子宮頸がんが見つかってしまうと、妊娠自体を諦めなければいけなくなる可能性があります。

HPVワクチンはこれまでに世界中で8億回以上接種され、その有効性と安全性から多数の国で定期接種に指定されています。

日本でももちろん定期接種に指定されていますので、小学6年〜高校1年の女の子は無料で接種可能です。

17歳以前に接種できれば、将来の子宮頸がんを約9割減らすこともわかっています(4価ワクチンの場合)(文献10、11)。

日本におけるプレコンセプションケアと包括的性教育

日本は、妊産婦さんや赤ちゃんの死亡率が世界トップクラスで低く、非常に安全な妊娠、出産ができる国です。

ただし、妊娠・出産・育児に関するいくつかの大きな問題点があることも事実です。

例えば、以下のようなものがあります。

・若い世代の意図しない妊娠と人工中絶(未成年だけで37件/日)

・児童虐待の増加(年間16万件の対応数)

・少子化問題

・痩せた女性や妊婦の増加

・妊娠中〜産後にかけての運動習慣の乏しさ

これらは、まさに「包括的性教育」と重なる部分が大きいと言えるでしょう。

なお、包括的性教育については私の過去の記事をご参照ください

世界の中でも少子高齢化のトップを走る日本に必要なものとは

一般的に、先進国ではいずれ少子高齢化の傾向になると考えられていますが、日本はそのペースにおいて世界のトップランナーです。

これを悲観的に見るか、前向きに見るかは私たち次第かもしれません。

国土が小さいながらも経済発展を遂げ、急速な勢いで少子高齢化を迎えている日本は、海外先進国から「先例」として興味を持たれています。

このような状況で、他国に「類稀なる好例」を示すことができれば、日本の将来に明るい兆しが見えてくるのではないでしょうか。

実は、海外諸国においてもプレコンセプションケアの実情は様々です。

米国では、CDCが2006年に提唱してから地道な取り組みが続けられており、最近ではソーシャルマーケティングに基づく活動やプロジェクトも増えてきています(文献12)。

スウェーデンでは、ユースクリニック(国営、13〜25歳を対象)において若者が気軽に避妊相談や性感染症の検査、緊急避妊薬の処方が全て無料で受けられる仕組みがあり、各国から注目されています(文献13)。

イギリスでは、GPと呼ばれる家庭医の存在を活かし、プレコンセプションケアの提供をしています。国のウェブサイトにも詳細な資料が豊富に掲載されており、そこで閲覧できる4分間ほどの動画では、食事、運動、禁煙、葉酸摂取、産後のメンタルヘルスなど幅広いトピックに触れています(文献14)。

日本では、どのようにすればプレコンセプションケアを多くの人が知り、活かすことができるでしょうか。

やはり、包括的性教育と密接に関連することからも、家庭や学校、医療機関などの様々な場所とタイミングで、継続的な情報提供の場を作っていくことが重要だと私は考えます。

その上で、医療機関へのアクセスが非常に良い環境を持つ日本であれば、世界に誇るプレコンセプションケアの仕組み作りを実現することができるのではないでしょうか。

「国のための少子化対策」ではなく、

「一人ひとりの望む人生を健康的に送る」ために、

プレコンセプションケアを活用していくことを考えてみませんか。

参考文献:

1.WHO. Preconception care: Maximizing the gains for maternal and child health.

2. Di Renzo G. C., et al. International Federation of Gynecology and Obstetrics opinion on reproductive health impacts of exposure to toxic environmental chemicals. International Journal of Gynecology & Obstetrics. 2015;131(3):219-225.

3.ACOG. Good Health Before Pregnancy: Prepregnancy Care.

4.厚生労働省. 令和元年(2019)人口動態統計(確定数)の概況.

5. Johnson K, et al.; CDC/ATSDR Preconception Care Work Group; Select Panel on Preconception Care. Recommendations to improve preconception health and health care--United States. A report of the CDC/ATSDR Preconception Care Work Group and the Select Panel on Preconception Care. MMWR Recomm Rep. 2006 Apr 21;55(RR-6):1-23.

6. Sebastiani G, et al. The Effects of Alcohol and Drugs of Abuse on Maternal Nutritional Profile during Pregnancy. Nutrients. 2018 Aug 2;10(8):1008.

7. Ishikawa T, et al. Update on the prevalence and determinants of folic acid use in Japan evaluated with 91,538 pregnant women: the Japan Environment and Children's Study. J Matern Fetal Neonatal Med. 2020 Feb;33(3):427-436.

8.国立成育医療研究センター. プレコンセプションケア・ チェック項目.

9. Di Mascio D, et al. Exercise during pregnancy in normal-weight women and risk of preterm birth: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Am J Obstet Gynecol. 2016 Nov;215(5):561-571.

10. Lei J, et al. HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer. N Engl J Med. 2020 Oct 1;383(14):1340-1348.

11.みんパピ!ウェブサイト. 「4 価のHPVワクチンが子宮頸がんを予防するという研究結果が発表されました」.

12.The National Healthy Start Association. SHOW YOUR LOVE.

13.For children and young people.

14.GOV.UK. Preconception care: making the case.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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