井上尚弥、井岡一翔、村田諒太は別格 世界戦のテレビ中継が減った事情

(写真:ロイター/アフロ)

 プロボクシングのスターといえば井上尚弥だ。25歳の若さで3階級制覇を達成し、現在はバンタム級の世界王者たちが真の世界一を争うトーナメント戦、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)で快進撃を続け、ボクシングに興味のない一般層にもその存在が知られるようになってきた。一方で、いまや1試合のファイトマネーが1億円に届こうか、というところまできた井上とは対照的に、あまり日の当たらない世界チャンピオンがいることは知られていない 。どうしてこのような格差が出るのか。今回は「ボクシングとテレビ」という観点から昨今の世界チャンピオン事情を解き明かしてみたい。

日本ボクシング史上最高傑作と評判の井上尚弥(写真:ロイター/アフロ)
日本ボクシング史上最高傑作と評判の井上尚弥(写真:ロイター/アフロ)

現在、男子の日本人世界チャンピオン は暫定王者を含めて7人。軽いクラスから名前を挙げてみよう(7月11日現在)。

ライト・フライ級(WBC) 拳四朗

ライト・フライ級(WBA) 京口紘人

フライ級(WBO) 田中恒成

スーパー・フライ級(WBO) 井岡一翔

バンタム級(WBA&IBF) 井上尚弥

バンタム級(WBC暫定) 井上拓真

スーパー・バンタム級(WBC暫定) 亀田和毅

※ボクシングにはメジャーといわれる統括団体がWBA、WBC、IBF、WBOの4つあり、それぞれに世界王者が存在する。

テレビ抜きには語れないビジネスの構造

 この中で試合の模様が地上波のゴールデンタイムで全国生中継される選手は井上尚弥、井岡一翔の2人。これにオリンピック金メダリストで前WBAミドル級王者の村田諒太を加えた3人が、現在の日本ボクシング界の“ビッグスリー”といえる。

 ほかの選手となると、井上尚弥の弟である拓真を除けば、全国放送が確約されているチャンピオンは1人もいない。放送されたとしても録画放送や有料ネット配信だ。自ずと知名度はなかなか高まらず、コアなボクシングファンのみぞ知る存在に甘んじることとなる。

 かつてボクシングには黄金時代があった。ファイティング原田、ガッツ石松、輪島功一、具志堅用高ら、いまでも高い知名度を誇るチャンピオンたちが活躍したのは主に1960年代~70年代。視聴率は30%~40%が当たり前だった。もう半世紀前の話だ。

 1980年代以降、ボクシング人気は徐々に落ちていくのだが、テレビの放映権料が選手のファイトマネーの多くを支える構造に変化はなく、ボクシング・ビジネスの中心にテレビは座り続けた。しかし近年はテレビ業界の景気が悪く、一段と先細りの傾向が強い。世界チャンピオンの試合がテレビで放送されないことも珍しくなくなった。

亀田興毅と内藤大助が戦った2009年の試合は平均視聴率43.1%を記録(写真:アフロスポーツ)
亀田興毅と内藤大助が戦った2009年の試合は平均視聴率43.1%を記録(写真:アフロスポーツ)

ボクシング中継に長く携わったある民放関係者は次のように説明する。

「まず、世界タイトルマッチというだけで視聴率が取れる時代があって、2000年以降は複数の世界タイトルマッチを組み、2時間枠で“スペシャル感”を出して視聴率を獲得する傾向が強まりました。それでも視聴率が取れなくなった今、重要なのは世界タイトルマッチという“冠”ではなく“人”。数字を取れる選手かどうかが大事になっています」

 数字が取れるボクサーは“ビッグスリー”だ。村田は日本人2人目のオリンピック金メダリストでプロデビュー時から知名度が高く、フジテレビはプロテストからテレビで放送する力の入れようで、2017年10月のミドル級王座を獲得した一戦では、平均20.5%の高視聴率を記録した。井上は圧倒的な実力の持ち主で、“怪物”のニックネームでフジテレビにより売り出された成功事例。当初は視聴率で苦戦していたが、昨年から始まったWBSSでのKO劇で人気に火がつき、いまやボクシング界の顔にまで成長したのは冒頭に述べた通りだ。

 井岡は往年のスター選手、元2階級制覇王者の井岡弘樹を叔父に持つサラブレッドで、こちらはTBSが押さえている。安定して2桁の視聴率を稼ぐテレビの“優等生”で、6月には男子日本人選手初の世界4階級制覇を達成し、その存在を大いにアピールした。村田は日本ボクシング史上最高のファイトマネーを稼いだと言われ、井岡は20代前半でポルシェを愛車にしていた 。世界で評価を高める井上を含め、やはりこの3人は別格なのである。

日本人初の4階級制覇を達成した井岡一翔(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
日本人初の4階級制覇を達成した井岡一翔(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

世界タイトルマッチが中継されない背景とは

 一方で、世界タイトルマッチという“冠”が通用しなくなった理由は、チャンピオンの数が増えすぎたことも大きな要因として挙げられる。

 日本人世界チャンピオンは1952年の白井義男氏を皮切りに100人近くを数えるが、その半数以上が2000年以降に生まれている。日本プロボクシング協会は2013年、従来のWBAとWBCに加えIBFとWBOの2団体を認めた。これにより、世界チャンピオンの数だけでなく、日本人選手が出場する世界タイトルマッチの数も増えており、その傾向は今後も続くと予想される。いわゆるノーテレビの世界戦が増えたのは必然と言える。

現代の世界チャンピオンは多くのベルトを保持する(写真:ロイター/アフロ)
現代の世界チャンピオンは多くのベルトを保持する(写真:ロイター/アフロ)

 ビッグスリー以外の4人のチャンピオンに目を向けると、テレビ 局がついているのは拳四朗(フジテレビ)、京口(以前はテレビ東京、現在はTBS)、田中(名古屋のCBCおよびTBS)の3人。彼らの試合はその時々の都合で全国生中継があったり、なかったりだ。

 亀田3兄弟の三男、和毅は昨年11月の試合をインターネットテレビ局のAbemaTVがライブ配信した。2009年、兄の興毅が内藤大助戦で驚異の平均43.1%(TBS)という視聴率をマークしたが、現在はどのテレビ局もトラブル続きだった亀田家の試合中継を敬遠している。

スターボクサーを育てる余裕がないテレビ局

 視聴率を取れる“人”が大事なのは理解できるとしても、積極的に売り出さないことには“スター”は作れない。前出とは別の民放関係者にこうした疑問をぶつけると、次のような答えが返ってきた。

「とどのつまりは視聴率なんです。何曜日の何時に何時間枠で放送するのか。編成局が裏番組まで考慮してシビアに“ベストの選択”を下しています。その結果、試合が放送されたり、されなかったり、というチャンピオンが出てくる。スター選手を育てるのはテレビ局の重要な仕事だと思いますが、最近のテレビはそこまでの余裕がありませんね」

 こうした状況を選手側はどう考えているのだろうか。拳四朗の父で、BMBジムの寺地永会長に聞いてみると、さぞやストレスをためているかと思いきや、昨今のテレビ事情をよく理解しているのである。

「テレビ中継がないと、後援者の方々から『なんでやねん!』と言われますが、『それは仕方がないんです』と私から説明しています。これだけ世界チャンピオンが多いんです。すべての世界戦をテレビ放送するのは無理でしょう」

 寺地会長は元日本ミドル級、元東洋太平洋ライト・ヘビー級王者という元プロボクサーだからこそ、テレビがいかに大事かを熟知している。

「テレビ抜きで世界チャンピオンを呼んでタイトルマッチを組んでも、だれも注目しないし、盛り上がりもしない。拳四朗はたとえ録画であっても放送してもらえるんです。あとはテレビ局にアピールして、何とか引き上げてもらうしかない。強い選手といい試合をしていけば、待遇がよくなる可能性はある。上を目指してがんばるしかないですよ」

テレビカメラに向かってアピールする拳四朗(写真:アフロスポーツ)
テレビカメラに向かってアピールする拳四朗(写真:アフロスポーツ)

若き世界チャンピオンを待ち受ける茨の道

 テレビ局へのアピールをする選手がいる一方で、国内ではなく、海外で世界タイトルマッチに挑む選手が増えているのが最近のトレンドだ。先細りする国内市場に固執するのではなく、海外の市場に活路を求めるのがビジネス界の常識であるならば、ボクシングも例外ではないということだろう。ただし、ビジネスと同様、世界で活躍できる選手はほんの一握り。選手としては国内でテレビの中継枠に入ったとしても 、視点を変えて海外の市場に打って出るにしても、どちらにしても茨の道だ。

 最近の若いトップ選手は「世界チャンピオンになるのがスタートライン」と口をそろえる。井上、村田、井岡のようなスターになるためには、チャンピオンになってからが勝負ということだ。ぜひとも若き世界チャンピオンたちには成り上がってほしい。トップ選手たちが輝かなければ、プロボクシングに明日はないのだから。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】