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タパレスは難攻不落の井上をどう攻略するのか タパレスに挑んだ敏腕トレーナーと考える

渋谷淳スポーツライター
計量を終え、いよいよゴングを待つのみ(写真/筆者撮影)

 井上尚弥(大橋)とマーロン・タパレス(フィリピン)の両王者によるスーパーバンタム級4団体統一戦が26日、東京・有明アリーナで行われる。ともに2団体王者という同じ肩書きでありながら、戦前の予想は“モンスター”井上有利に大きく傾く。ならば、タパレスが井上にどう挑んでいくのか――が最大の見どころだろう。かつて勅使河原弘晶のトレーナーとしてタパレスに挑み、現在はライトフライ級2団体統一王者の寺地拳四朗(BMB)とタッグを組む三迫ジムの敏腕、加藤健太トレーナーと試合の行方、ポイントを探った。

井上の武器は足で地面をつかむ力

 井上は7月、無敗のスーパーバンタム級2団体王者スティーブン・フルトン(米)を8回TKOで撃破、階級アップ初戦にしていきなり2団体統一王者となった。このクラスで最も強い王者と目されていたフルトンを一蹴したことが、今回の「井上圧倒的優位」という予想の根拠の一つとなっている。

 タパレスはキャリア3敗しており、4月にムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)からタイトルを奪った試合も2-1判定の際どい内容で「番狂わせ」と評された。そう考えれば、「タパレスはフルトンより劣る」という見方も分からなくはないが、「フルトンとタパレスはまったくタイプが違う」という事実を忘れてはならない。

 技巧派のフルトンに対して、タパレスはサウスポーの強打者だ。フィリピン人選手らしい荒々しさもあり、「怖さ」という点では、井上も「タパレスのほうがフルトンより怖い」と認めるところだ。さらに近年はディフェンスや駆け引きにも長け、井上が「予想以上にうまいという印象」を抱いていることも頭に入れておきたい。

7月のフルトン戦
7月のフルトン戦写真:松尾/アフロスポーツ

 そんなタパレスが井上をどう攻略していくのか。まずは「井上の最大の強みは何か」という問いを出発点としてみよう。加藤トレーナーは「いや、その質問はだれが聞かれても困ると思います。全部がすごいから(笑)」と前置きした上で次のように説明してくれた。

「自分は地面をつかむ力がすごいと思っています。足で地面をグッとつかめるから、その力を攻撃にも、ディフェンスにもつなげられる。あのパンチ力を生み出しているのも、反応のスピードを生み出しているのも、全部足で地面をつかんで、さらにそれを動かせるということだと思います。普通あれだけつかんだら動けない。それがすごいと思います」

 地面をつかむ力は感性によるところも大きいが、意識付けするだけでも大分違うという。寺地も地面をつかむ力に優れ、そこを意識してトレーニングをしているというから、トップボクサーには欠かせない要素なのだろう。井上はここがずば抜けて優れているというのだ。

 仮にそれが井上の生命線とするなら、「井上選手をどれだけ地面から離させるか(体を浮かせられるか)」がモンスター攻略のカギとなる。その第一歩が「下がらせること」。加藤トレーナーはそう考える。

「井上選手が左フックを回りながら打つのを見たことがあると思います。その瞬間は少し地面から離れますよね。バックステップをしても少し浮きます。足の動きは、つかむ、離す、の繰り返しだと思うんです。離した瞬間は浮く。でも、すぐつかむ。これを、浮く、浮く、浮くの連続にしたい。そうしないと穴が見えてこない。井上選手に前に出られてしまうと防ぎようがないと思うんです。つかむ、つかむ、つかむの連続になって、どんどん強いパンチがとんできます。井上選手のパンチが当たる距離、パンチをもわらない距離が延々と続きます」。

いかにして井上を下がらせるか

 井上を下がらせる。これまで対戦した多くのボクサーがそうしようとしたのだろう。加藤トレーナーの見たところ、そのミッションにある程度成功したのが“フィリピーノフラッシュ”ノニト・ドネアだったという。

眼窩底骨折をして苦戦となったドネア第1戦
眼窩底骨折をして苦戦となったドネア第1戦写真:YUTAKA/アフロスポーツ

「ドネアとの第1戦(19年11月)です。ドネアはカウンターを取られても頭を振りながら、下がらせる展開を作っていこうとしました。駆け引きの中で必殺の左フックを怖がらせて、井上選手を下がらせようとしていた。ツーワン(右ストレートからジャブ)もよく使ってました。あれは浮かせやすい。ドネアのように駆け引きで下がらせるか、ブランドン・フィゲロア(米=現WBCフェザー級暫定王者)みたいに体でガンガン押していくのか。どちらにしても井上選手を浮かせたい。フィゲロアみたいな戦い方は打たれ強いことが条件になりますが」

 こうしたプランを遂行するためには、「モンスターのパンチにビビらない」がまずは大前提となる。井上のいままでの対戦相手でそれをクリアしていたのがドネア、そして19年5月のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)だったのではないか。ロドリゲスは2回KO負けながら、初回から井上を果敢に攻めていった姿が印象的だった。

 このとき、ロドリゲスは無敗のIBFバンタム級王者だった。5階級制覇のドネアは言うまでもなく軽量級のスター選手で、経験は井上と比べてもはるかに豊富だった。やはりこれくらいの“格”がないと、モンスターを相手に「ビビらない」ことは難しいとも言える。

 さて、タパレスである。こちらも海外経験は豊富で、スーパーバンタム級2団体統一王者という肩書きは井上と同等だ。「ビビらない」という関門は当然乗り越えると信じたい。以上の分析を踏まえて加藤トレーナーがもしタパレス陣営にいるとすれば、まず「下がるな」と指示を出すという。

「下がらないのは絶対条件。下がったら絶対に勝てないと思います。リングの中央で五分のやり取りをしてちょっとずつ前に出ていくしかない。手は出さなくてもいい。顔のフェイント、打つぞ、打つぞ、でもいい。とにかく下がらないこと。下がったとしてもすぐに押し上げること。それで井上選手の集中力が切れるのを待つ。切れないとは思うんですけど、そうするしかないのかなと」

 いずれにしてもタパレスが下がっているのか、いないのか、前に出られているのかが、序盤戦の見どころと言えそうだ。下がらないためにタパレスはどのような戦い方をするのだろうか。

24日に開かれた記者会見(写真/筆者撮影)
24日に開かれた記者会見(写真/筆者撮影)

一撃必倒にかけるタパレスのパンチは当たるのか

「最初はリードの差し合いになる。自分の予想としては、タパレスは引き込もうとするんじゃないかと思います。引き込んで、引き込んで一発を狙う。パンチ力はありますから。アフマダリエフはタパレスに引き込まれてアッパーとかをもらってましたよね。あれでちょっと距離を狂わせて、大きく振ってみたり、角度を変えたりするんです。ただ、井上選手は反応がいい。相手に合わせていろいろな勝ち筋が頭の中にあって、その勝ち筋を見つけるのがめちゃくちゃ早い。言うのは簡単ですけど、これは本当に難しいです」

 タパレスはやや後ろ重心で相手を引き込むように低く構え、世界に揺るがす一発にすべてをかける。井上はその強打を警戒しながら探りを入れ、伏線を張り、タパレスの強固なディフェンスをこじ開けていこうとする。これは「1、2ラウンドは緊張感あふれる展開になると思う」と井上本人の発言と一致するのではないだろうか。

 井上の敗北は想像しづらいが、タパレスが井上にどう立ち向かっていくのか、また井上がタパレスをどんなプロセスで崩していくのかは興味の尽きないところだ。歴史に残る4団体統一戦を、最初から最後まで1秒も逃すことなくこの目に焼き付けたい。

スポーツライター

1971年生まれ、東京都出身。大学卒業後、河北新報社、内外タイムス社で、高校野球、ボクシング、格闘技などを担当し、2004年にアテネ五輪を取材。独立後にはバスケットボール、ラグビー、柔道、レスリングもフィールドに。著書は「慶応ラグビー 魂の復活」(講談社)。現在Number webにて「ボクシング拳坤一擲」を連載中。

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