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【サッカーW杯】日本と対戦するポーランド代表、レヴァンドフスキ先制弾もチリと2-2ドロー

柴村直弥プロサッカー選手
先制点を決めたポーランド代表エースのレヴァンドフスキ(写真:ロイター/アフロ)

 15日に開幕するサッカーロシアW杯で日本と対戦するポーランドは、ホーム、ポーランドのポズナンでチリと親善試合を行い、レヴァンドフスキ(バイエルン)とジエリンスキ(ナポリ)のゴールで2-0とリードするも、チリに追いつかれ、試合は2-2の引き分けに終わった。

W杯欧州予選で採用していた4バックのシステムでスタート

 DFリーダーであり、W杯欧州予選後に試行していた3バックの3-4-2-1のシステムで3バックの中央を務めていたグリク(モナコ)のケガもあり、この日はW杯欧州予選で採用していた、4-2-3-1のシステムでのスタートをアダム・ナバウカ監督は決断。グリクの代役には22歳のベドナレク(サウサンプトン)が入った。

開始早々チャンスを作る

 試合開始2分。いきなりチリゴールに迫る。

 相手のハンドで得た、自陣センターサークル付近からのFK。レヴァンドフスキは最前線から少し下がった位置でボールを受けようと、相手ボランチの少し前まで下がってくる。そしてボールが出ないと見るや、相手ボランチがレヴァンドフスキから目を離した一瞬の隙に、今度はゴールに向かって走り出し、そこへクリホビアク(ウエストブロミッジ)からロングパスが来る。わずかにパスが長くて、レヴァンドフスキのシュートは角度のないところからのシュートでGKにキャッチされたが、レヴァンドフスキの一瞬の駆け引きで決定的なチャンスを作り出した。

 直後の3分。チリのカスティージョ(ベンフィカ)がポーランドのセンターバック2人の間を斜めに走り、ポーランドDFパズダン(レギア・ワルシャワ)の背後のスペースでボールを受け、こぼれ球を拾ったチリのバルデス(モナルカス・モレリア)にペナルティエリア付近、正面からシュートを打たれるも、GKシュチェスニー(ユヴェントス)が危なげなくキャッチ。

前線からタイミングの良い守備

 序盤、ポーランドの守備は4-4-2の守備のオーガナイズを作って対応しつつも、隙あらば前からプレスもかける。10分、チリがゴールキックからパスを繋いだところにプレスをかけ、相手ペナルティエリア付近でクリホビアクがボールを奪取。一度は奪い返されるも、攻から守の切り替えの早さで再度ボールを回収し、クリホビアクからゴール前へのラストパスに繋げた。

 29分、同じようにボールを失った後、相手が中盤へパスしたところをクリホビアクが絶妙なタイミングでボールを奪取し、横のレヴァンドフスキへパス。これをレヴァンドフスキがペナルティエリアの外から左足を豪快に振り抜いてゴール。ポーランドが、攻守の切り替えの早さとタイミングの良さから先制点を奪う。

 その直後の32分のグロシツキ(ハル・シティ)のシュートはチリGKに阻まれるも、34分、グロシツキが左サイドを突破し、ゴール前へ折り返し。これをジエリンスキがなんなく決めて2-0。再三崩していたサイドからの攻撃で追加点を奪う。

 しかし、38分、右サイドのマークのずれからゴール前へクロスをあげられると、ゴール前で巧みにマークを外したバルデスにフリーでヘディングシュートを決められ、2-1。前半は2-1でポーランドの1点リードで終える。

3人の選手を替え、システムも変更

 GKシュチェスニー、DFピシュチェク(ドルトムント)、 MFリネティ(サンプドリア)をベンチに下げ、システムも3バックに変更して挑んだ後半、序盤からチリに押し込まれ、ポーランドは劣勢を強いられる。3バックの右にはチョネク(SPAL)が入り、ベドナレクが中央を務めるも、守備の統率が取れず、再三ピンチを招く。そして、56分には、ゴール前のこぼれ球を、チリのアルボルノス(ハノーファー)に豪快に決められ、2-2の同点となる。

 前半チャンスを作っていた両サイドも、押し込まれてDFラインに並ぶことも多く、なかなか攻撃の良い形を作れないまま、2-2で試合終了。後半の劣勢に関してはハードなキャンプの疲労の影響もあることをナバウカ監督は強調したが、グリク不在の3バックには不安を残す内容となった。

圧倒的なスピードを持つサイド攻撃

 前半魅せたような、カウンターの際の圧倒的なスピードと縦への推進力を持つ、グロシツキ、ブワシュチコフスキ(ヴォルフスブルク)の両サイドからの攻撃は、日本代表にとっても脅威となるだろう。グリク不在の最終ラインの構成も含め、ポーランドの今後の動きに注目だ。

プロサッカー選手

1982年広島市生まれ。中央大学卒業。アルビレックス新潟シンガポールを経てアビスパ福岡でプレーした後、徳島ヴォルティスでは主将を務め、2011年ラトビアのFKヴェンツピルスへ移籍。同年のUEFAELでは2回戦、3回戦の全4試合にフル出場した。日本人初となるラトビアリーグ及びラトビアカップ優勝を成し遂げ、2冠を達成。翌年のUEFACL出場権を獲得した。リーグ最多優勝並びにアジアで唯一ACL全大会に出場していたウズベキスタンの名門パフタコールへ移籍し、ACLにも出場。FKブハラでも主力として2シーズンに渡り公式戦全試合に出場。ポーランドのストミールを経て当時J1のヴァンフォーレ甲府へ移籍した

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