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W杯優勝候補・イングランド代表の注目選手と戦術を若手発掘・育成の元最高責任者が分析

柴村直弥プロサッカー選手
今大会ベテランから若手までバランスの取れたチーム構成であるイングランド代表チーム(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

今大会の欧州予選で攻守に圧倒的な強さでグループ首位通過してきたイングランド。得点39、失点3。伝統の攻撃力に加え守備も整備され、得失点差+36という数字を叩き出している。エースであり主将としてチームも牽引するハリー・ケインは欧州予選8試合で12ゴールという驚異的なペースで得点を重ねた。

前回のロシアW杯では1990年のイタリア大会以来のW杯ベスト4となり、昨年行われたEURO(欧州選手権)でも過去最高の準優勝に輝いている。自国リーグであるイングランドプレミアリーグが目覚しく発展して世界一の市場規模を誇っているにもかかわらず、代表チームが国際舞台で満足できる結果を長年残せていなかった中で、近年のイングランドはサッカーの母国復調の兆しを見せていると言える。

直近のUEFAネーションズリーグでは思うような結果は出ていないものの、前回大会得点王であるハリー・ケインを筆頭に、マンチェスター・シティで活躍中のフィル・フォーデン、そして、アーセナルの21歳ブカヨ・サカなどの若手も台頭して多くのタレントを擁しており、今大会優勝候補の一角に挙げられる。

そのような今大会のイングランド代表チームについて、トッテナムの育成を進化させた実績を持ち、2014年からイングランドサッカー協会でタレントID(才能発掘及び育成)最高責任者としてイングランドの選手たちが早い段階から成長していく仕組みを構築していって近年のイングランド代表チームの復調に大きく貢献していると言われているリチャード・アレン氏に話を訊いた。

2014年からイングランドサッカー協会でタレント発掘と育成の仕組みを構築し、多くの才能を開花させていったリチャード・アレン氏(写真:リチャード・アレン本人提供)
2014年からイングランドサッカー協会でタレント発掘と育成の仕組みを構築し、多くの才能を開花させていったリチャード・アレン氏(写真:リチャード・アレン本人提供)

経験と若さの両方を備えているチーム

ー今大会のイングランド代表についてどう思いますか?

「トーナメントのタイミングと、主要選手の負傷に加えて準備のための時間の不足は、チームとその大会での勝利の可能性に影響を与えます。とはいえ、今大会のメンバーには、前回のロシアW杯での決勝トーナメント、そして準優勝したEUROの決勝などの大きな国際舞台での経験があり、また、クラブでもUEFAチャンピオンズリーグなどの大きな試合でプレーした経験を持つ選手たちが多くいることは大会を勝ち進む上で重要となってくるでしょう。

また、U-17W杯やU-20W杯で優勝したメンバーもいます。守備にはいくつかの弱点はありますが、非常に優れた攻撃オプションがあり、経験と若さの両方を備えているチームです。」

フィル・フォーデンは2017年のU-17W杯優勝メンバーであり、大会最優秀選手にも輝いた
フィル・フォーデンは2017年のU-17W杯優勝メンバーであり、大会最優秀選手にも輝いた写真:ロイター/アフロ

トッテナムやQPR、イングランドサッカー協会などイングランドでの数々の実績が評価され、現在はタレント発掘と育成のFIFAのエキスパートパネルメンバーでもあるリチャード氏に、選手個々にフォーカスして質問した。

ー今大会のイングランド代表のメンバーであなたがこれまでに関わってきた選手を教えてください。

「ハリー・ケイン、フィル・フォーデン、カイル・ウォーカー、ジュード・ベリンガム、トレント・アレクサンダー・アーノルドです。スパーズ、QPR、イングランドサッカー協会にいたときに彼らと共に仕事をしました。」

ー今大会のイングランド代表の注目選手はどの選手になりますか?

「まずは、ジュード・ベリンガム。若いですが本当に才能があります。技術的に優れており、運動能力があり、中盤からゴールを決めチャンスメイクすることができ、アウトオブポゼッション(守備面)でも優れています。ドルトムントではビッグゲームで重要なゴールを決め、良い数シーズンを過ごしました。

そして、ブカヨ・サカはもう一人の若くてエキサイティングな選手です。技術的に才能があり、得点を決め、ゴールを演出します。アーセナルで素晴らしいプレーをしています。

さらにフィル・フォーデン。 彼は非常に才能があります。彼のスキルは巧みで効果的なプレーができます。マンチェスター・シティでの活躍は日本の方々の多くも知っているかと思いますが、そこでの活躍も彼がトッププレイヤーであることを意味しています。

マーカス・ラッシュフォードもいま調子がいいですし、この大会でも活躍すると思います。

デクラン・ライスは、中盤でイングランドにとって非常に重要になるであろう選手です。目立たないですが、彼のプレーが勝敗を分ける可能性があります。攻守においてピッチの中央をコントロールする能力を持っています。

最後に、言わずとしれたエースのハリー・ケイン。彼が良い状態でいれば、常にゴールを決めます。イングランドのレジェンドであり、前回大会の得点王。得点を獲ることだけでなく、他の選手のゴールも演出することができ、ワールドクラスの選手です。」

ジュード・ベリンガムは中盤から攻撃のアクセントを加える
ジュード・ベリンガムは中盤から攻撃のアクセントを加える写真:Maurizio Borsari/アフロ

対戦相手に応じた柔軟なフォーメーションや戦術を採用する

イングランドサッカー協会でタレント発掘と育成の仕組みづくりをしていたリチャードだが、サウスゲート監督がイングランドU-21代表監督のときに、自チームと相手チームの分析も担っていた。そのリチャードは今大会のイングランド代表をどう見ているか。

ー今大会のイングランド代表の戦術の特徴は?

「対戦相手に応じて柔軟なフォーメーションと戦術を採用します。4バックでプレーすることが多いですが、3バックでプレーすることも可能です。2人のセントラルMFは時に2人とも守備のタスクを担い、守備を安定させることにもチャレンジしています。そして、もちろん時には攻撃に上がっていきチャンスを創出したりゴールを決めたりもします。

イングランドに対して一部の相手チームは自陣にブロックを作って守備をすることがあり、そのような場合にはそれを崩していく必要がありますが、ポゼッションを駆使して対応してくるチームもあります。その場合にはカウンターアタックで対抗するでしょう。」

サウスゲート監督はゲームとプレイヤーを理解することについて知能が高い

ーイングランドを率いるサウスゲート監督はどのような人物ですか?

「一言で言うと知能が高いです。ゲームとプレイヤーを理解することについて。選手として最高レベルでプレーし、そして指導者として高いレベルで指導した経験も豊富です。真にナイスな男性ですが、すべてのエリートスポーツ選手と同様に、エッジがあり、厳しい決断を下す準備もできています。

コミュニケーションがとても上手で、スタッフや選手たちから好かれ、尊敬されています。彼は代表チームと、ファンやメディアとの関係を変えました。サー・アルフ・ラムジー以来最も成功した監督だと思います。」

ーサウスゲート監督はどのようなチームを作りますか?

「彼は、選手が能力をフルに発揮できる勝者の環境を作ろうとします。彼は選手たちへの周りからのサポートの質を確保し、グループを管理し、一体感を主張し、個々のニーズを認識しながらチームとして一体であることを求めます。

このレベルでは、選手やスタッフたちが自発的であることは普通のことですが、彼は選手やスタッフたちのモチベーションをより高めます。メディアなどの外部から生み出される『ノイズ』からも選手たちを守ってくれます。また、選手たちが最高のコンディションを保つことができるようにリラックスして回復するための配慮もします。」

前大会4位、欧州選手権(EURO)も準優勝と、結果を出しているサウスゲート監督
前大会4位、欧州選手権(EURO)も準優勝と、結果を出しているサウスゲート監督写真:ロイター/アフロ

ーイングランドサッカー協会でサウスゲート監督と一緒に働いていたとき、サウスゲート監督はあなたに何を求めましたか?

「私はスカウトと選考プロセス、分析で彼をサポートしました。すべての決定は彼自身のものでしたが、彼は私の意見を聞いてくれました。

 」

2014年からイングランド DNA として明確な哲学を打ち出していったことも近年の復調の要因

ー近年のイングランド代表は2018年ワールドカップ4位、2020年EURO2位と今大会も優勝候補。イングランド代表チームの近年の復調の要因は何でしょうか?

「まずはU-17W杯やU-20W杯での優勝など、最高レベルの「勝利」を経験した優秀なプレイヤーたちが育ってきたことが挙げられます。そして、優れたヘッド コーチとサポート スタッフの存在も大きいです。特にアシスタントコーチのスティーブ・ホランドは非常に優れたコーチです。他のスタッフも特定の分野で高く評価されている優秀な専門家です。

セント・ジョージズ・パークの完成というインフラの整備も重要な要素です。

さらには2014年からイングランド DNA として明確な哲学を打ち出していったことも要因でしょう。質の高い選手を輩出している優れたクラブ構成と、優れたヘッドコーチがいるトップクラブはイングランドの選手たちの成長を助けています。非常に優れたテクニカル ディレクター、ジョン・マクダーモットの存在も関係しています。」



 ーあなたがアーセナルをアウトになって地元のクラブでプレーしていたハリー ケインをトッテナムに迎え入れてから 18 年が経ちました。(リチャードはハリー・ケインを11歳のときにトッテナム にスカウトしたことでもイギリス国内で知られている:参考https://www.bbc.com/news/business-43512596)当時足も遅くて身体も小さく、フィジカルテストも最下層レベルであった(リチャード・アレン談)ハリー少年は、大きく成長して前回大会でW杯の得点王となり、今大会はキャプテンとしてチームを牽引します。彼に今伝えたいことは何ですか?

「彼はサッカーを超えた驚くべき成功を収めました。彼のピッチ外での影響力も大きなものでした(たとえば、彼はメンタルヘルスの慈善団体を立ち上げたばかりです)。彼は、サッカー選手を目指す人々にとって強力なロールモデルであり続けています。彼がイングランドのためにワールドカップを持ち上げ、他のカップやトロフィーも獲得できることを願っています。

 」

前回大会得点王のハリー・ケイン。イングランド代表歴代最多得点記録にも迫っている。
前回大会得点王のハリー・ケイン。イングランド代表歴代最多得点記録にも迫っている。写真:ロイター/アフロ

日本の選手とチームが本当に信念を持っていればグループ突破の資格を得られる

ー今大会の日本代表についてどう思いますか?

「抜け出すのは難しいグループですが、選手とチームが本当に信念を持っていれば、グループ突破の資格を得られると思います。日本サッカーの知名度を上げる良い機会です。」



 ー最後に、今大会の展望を聞かせてください。

「大会がとても楽しみです。より多くのチームが勝つことができ、非常にオープンになると思います。ブラジルとアルゼンチンは非常に強いと思いますが、アフリカの国がトーナメントの後半に進んでも驚かないでしょう。ヨーロッパ諸国は常に好調であり、主力選手を欠いていてもフランスとスペインは勝ち上がっていくでしょう。そして、イングランドには優勝出来るチャンスがあると思います。」

復調しているサッカーの母国の1966年以来の2度目の優勝、そしてハリー・ケインの史上初の2大会連続得点王という記録は見られるのか。

今大会、イングランド代表チームから目が離せない。

PROFILE

リチャード・アレン

1965年2月14日生まれ、イギリス・ロンドン出身。横浜FCシニアフットボールエグゼクティブ・テクニカルアドバイザー。幼少期からサッカーをプレーしていたが複数回の大きなケガもあり早くから指導者や青少年育成、サッカービジネスなどの道へ。グリニッジ大学教育学部を卒業し、クラウン&マナークラブで統括運営責任者やサッカー指導者として勤務しながらUEFA指導者Aライセンスを取得。その後、トッテナムのアカデミー採用最高責任者としてハリー・ケインやハリー・ウィンクスなど多くのタレントを発掘・育成。クイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)のアカデミーダイレクターを経て、イングランドサッカー協会のタレントID最高責任者として発掘及び育成の仕組みを構築し、U-17ワールドカップ優勝の礎を築いた。才能発掘および育成のエキスパートとしてFIFAのエキスパートパネルメンバーにも従事し、レッドブル・ライプツィヒやシアトル・サンダーズのスカウト部門のコンサルタントや、フィンランドサッカー協会などのタレントIDのコンサルタントも務めている。

プロサッカー選手

1982年広島市生まれ。中央大学卒業。アルビレックス新潟シンガポールを経てアビスパ福岡でプレーした後、徳島ヴォルティスでは主将を務め、2011年ラトビアのFKヴェンツピルスへ移籍。同年のUEFAELでは2回戦、3回戦の全4試合にフル出場した。日本人初となるラトビアリーグ及びラトビアカップ優勝を成し遂げ、2冠を達成。翌年のUEFACL出場権を獲得した。リーグ最多優勝並びにアジアで唯一ACL全大会に出場していたウズベキスタンの名門パフタコールへ移籍し、ACLにも出場。FKブハラでも主力として2シーズンに渡り公式戦全試合に出場。ポーランドのストミールを経て当時J1のヴァンフォーレ甲府へ移籍した

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