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負けるよりも笑顔が危険?アジア大会から見る南北関係

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
女子卓球ダブルスで1位となった韓国(白)と2位の北朝鮮チーム。JTBCより引用。

 「アオジ送り」という言葉がある。

 「炭鉱送り」といった方が分かりやすいかもしれない。アオジとは朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の北部にある、阿吾地(アオジ)炭鉱を指す。北朝鮮で重大な失敗を犯した者が送り込まれるという噂が日本や韓国に広まり、「懲罰」を意味する慣用句のように使われてきた。古い言葉だ。

10年以上前、この炭鉱で働いていた脱北者に話を聞いたことがある。66年W杯の準々決勝でポルトガルに逆転負けを許した北朝鮮サッカー代表選手が送られてきて、半年ほど働いて平壌に戻っていったという。60年代初頭にいわゆる「帰国運動」で北朝鮮へと渡り後に脱北した人物だが、当時の3人の選手名まで覚えていた。少なくとも60年代には噂ではなかったということだ。

 9月23日から中国・杭州でアジア大会が行われている。本来は4年ごとの開催が新型コロナ流行の影響で1年延期となり、選手にとっては5年ぶりの晴れ舞台だ。韓国に住み、普段から南北関係を取材テーマとしている私の目は、どうしても北朝鮮チームに注がれる。

同国が新型コロナからの防疫のため閉じていた国境を3年9か月ぶりに開放した意味を見極めるためと、5年前のインドネシア大会で合同チームを結成した南北朝鮮が、競技場でどんな風に再会するのか気になったからだ。韓国は45の参加国の中で3番目に多い872人の選手を、北朝鮮は185人を派遣した。

 しかし北朝鮮選手団の姿は何ともぎこちないものだった。特に韓国との接触では肩に力が入っていた。男子柔道では試合後に握手を拒み、男子射撃では表彰台で韓国チームと写ることを避けた。二度競技を行った女子バスケットボールでは、二度目となった三位決定戦で北朝鮮の国歌を聞く選手達が軍隊式に敬礼し驚かせた。一位と二位が北朝鮮、三位と韓国選手となった女子重量上げの競技後の会見では、北朝鮮選手が怪我をした中国の選手を気遣い誕生日を祝う中国寄りの姿を見せるとと共に、成果は金正恩のおかげと涙をこらえ述べた。

韓国のテレビでは韓国メディアや選手に冷たく対応する北朝鮮選手の姿が繰り返し流れた。一方で北朝鮮の国営テレビは女子サッカーの南北対決を報じながら本来なら南朝鮮とすべき表記を「傀儡」とした。主体性のない米国の操り人形という意味だ。まるで冷戦時代に戻ったかのようだった。

アジア大会での女子サッカー南北競技を伝える朝鮮中央テレビ。画面下段に「朝鮮 2:1 傀儡」と書かれている。同テレビをキャプチャ。
アジア大会での女子サッカー南北競技を伝える朝鮮中央テレビ。画面下段に「朝鮮 2:1 傀儡」と書かれている。同テレビをキャプチャ。

 この5年間に一体何があったのか。前回大会が行われた18年8月の朝鮮半島は特別だった。南北首脳は4月と5月に会談を続け、6月には史上初の米朝首脳会談があった。世界の対立と分断の最前線となってきた朝鮮半島に平和の風が訪れていた。いくつかの競技で合同チームが組まれ、その内の一つ女子バスケットボールでは銀メダルを獲得した。しかし翌年2月、ベトナム・ハノイの米朝首脳会談が決裂するや、転がるように南北関係は冷え込み、新型コロナも重なり接点すらなくなった。

22年5月には韓国で保守政権が誕生し、南北は互いに主敵と位置づけ緊張を高めている。これこそが北朝鮮選手の「つれなさ」の背景だろう。負けたらではなく、韓国の選手と仲良くしたら「アオジ送り」なのではないか。選手としてではなく、強い北朝鮮という国家を代表する存在としての振るまいを求められているのだ。韓国との対決姿勢を強調するために選手を派遣したのではと勘ぐりたくもなる。ハリネズミのような姿を強いられる選手が不憫だ。

 それでも、北朝鮮の選手達も素の姿を見せる時がある。前出の女子重量上げの会見では3度目の出場でのメダル獲得に喜ぶ韓国選手の発言に北朝鮮選手は微笑み、二つの金メダルを獲得した女子体操のムン・チャンオク選手は、コメントを求める韓国メディアにしばし逡巡しながら「すみません」と笑った。5年前の大会での明るい北朝鮮選手の姿を知る立場からすれば、どちらが本当の姿なのかは一目瞭然だ。南北の人々は何よりも言葉が通じるため、機微をとらえることができる。

そしてこれまで北朝鮮が獲得した10個の金メダルが、すべて女性選手によるものという点にも触れておきたい。北朝鮮はいくつかの競技に集中し選手を育成し、中でも女性に重点が置かれているとはいえ依然として男性中心の社会だ。女性が活躍する姿はまぶしいものがある。

 アジア大会は明日で終わる。南北のぎこちなさはやや後味が悪いものだったが、これも実際に競技をしたからこそ感じるものだ。何よりもまず会うことが大切だという、当たり前の事実に気づいた時間だった。

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ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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