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[ドキュメント]徴用工問題をめぐる韓国の公開討論会

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
12日、韓国国会議員会館で開かれた公開討論会。筆者撮影。

12日、「強制徴用問題の解決策を議論する」という名目の下、ソウルの国会議員会館で公開討論会が開催された。18年10月のいわゆる徴用工判決以降、同様の討論会が開かれたのははじめてのことだ。

政府・支援者(市民団体)・学者・記者そして参加者の市民が2時間にわたって繰り広げた討論の様子をドキュメント形式にまとめた。

徴用工問題・徴用工判決とは何か?

植民地時代の1937年以降、朝鮮半島が戦争のための兵站基地となる中で、日本政府により朝鮮人が労働力として動員された。「募集」「官斡旋」「徴用」と段階を踏み日本政府の介入が強まる一方で、徴用工として動員された朝鮮人は過酷な環境で労働を強制された。

当時の未払い賃金の支払いなどは戦後、日韓国交正常化の過程で議題にのぼった。議論の末に日韓当局は植民地支配の不法性を棚上げにしたまま1965年の日韓請求権協定により請求権問題が「完全かつ最終的に解決した」とした。

しかし90年代から徴用工被害者たちは日本企業に対し損害賠償と謝罪を求める裁判を始めた。途中、日韓請求権協定で個人請求権は消滅していないといった判決や、強制連行・強制労働であったことを認める判決も一部あったものの、全ての裁判で敗訴した。

一方で被害者たちは韓国でも裁判を起こした。管轄権や日本の判決からの影響(既判力)などの論点があったものの、韓国大法院(最高裁)は2018年10月30日の判決で「日本が国家として関与した反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は請求権協定の対象に含まれない」との見解を確定させた。

そして「『植民地支配と直結した不法行為』である強制動員を行った企業の被害者個人に対する責任は日韓請求権協定で消滅していない」との判断を示し、被告の日本企業に賠償を命じた。反人道的な不法行為による慰謝料を請求する権利は無くなっていない、という論理だ。

22年8月現在、こうした論拠により大法院で勝訴判決が確定した裁判は3件にのぼる。18年10月30日の新日鉄住金(旧日本製鐵、現日本製鉄)に対し4名が、同年11月に三菱重工業に対し2件10名が勝訴した。また、三菱マテリアルに対し1名が敗訴している。

なお、韓国では「強制徴用問題」「強制動員問題」とも呼ばれる。

参考文献:徴用工裁判と日韓請求権協定(現代人文社、2020年)

●[ドキュメント]徴用工問題をめぐる韓国の公開討論会

・10時00分

公開討論会が始まった。200人以上が入れる議員会館2階の大会議場は満席だ。メディアの中継カメラも数台入っており、関心の高さをうかがわせる。

前後に分かれた会場の席は、前方全部と後方の半分は一般参加者に、残りはメディアに振り分けられている。

入口で取材パスを受け取る際に、「今日は一般参加者に質問の優先権があるので、記者は質問できない」旨を伝えられた。

司会者の挨拶の後、トップバッターとして与党・国民の力の非常対策委員長(臨時代表にあたる)を務めるベテラン、鄭鎮碩(チョン・ジンソク)議員が発言した。韓日議員連盟の会長を務め、外交部と並んでこの日の公開討論会の主催者の一人でもある。

鄭議員は「日韓両国の関係を98年の日韓パートナーシップの精神を生かし、最も良かった時代に戻すのが政府の外交の目標であり、韓国の国益に沿う」と切り出した。

また、「強制徴用問題を解決するためには日本政府と日本企業が受け止めるべき部分が明確に存在する」と強調した。

さらに、ヒヨコが孵化する際に親鶏が外から、ヒヨコが内から殻を破る姿を表現した「啐啄同時」という四字熟語を挙げ、「強制徴用問題も同じことだ」と日韓が力を合わせることを繰り返し注文した。

鄭議員はこの日午後、日本へ出国するという。「日本政府と政界の責任ある指導者に会う」とのことだ。

満員の会場。12日、筆者撮影。
満員の会場。12日、筆者撮影。

・10時10分

韓国外交部を代表し趙賢東(チョ・ヒョンドン)第一次官が挨拶した。声が小さく聞こえづらい。すぐに会場の前方に座る年配女性から「聞こえない」と鋭い指摘が入る。

強制徴用被害者の遺族だろうか。「大きな声で話します」と趙次官は緊張した面持ちで答えた。政府に対する厳しい視線を感じ、筆者も思わず姿勢を正した。

趙次官は18年の判決が日韓両国の核心的な歴史的な懸案となっているという見解を示しつつ、強制徴用問題にかかわる人々の「問題を打開し前に進もうという熱意」を強調した。

さらに「就任一年にも満たない尹政権が日本との関係改善を焦り過ぎている」という巷間の指摘に対しては、「判決が確定した15人のうち、生存者は3人だけ」と'時間がない'という認識を明かした。

趙次官は次いで、尹政権になって以降、3年ぶりに日韓首脳会談が行われた上にビザ無し訪問も再開されるなど両国市民の往来が増加している点を挙げ、「肯定的な動きをテコに強制徴用問題などの懸案を本格的に取り上げる」と述べた。

さらに、強制徴用被害者や代理人に対し「忘れない、記憶する」と伝え、「今後の政府が支援方案を作る過程で、被害者や遺家族に直接会って政府の姿勢を伝える」とした。

・10時22分

討論会の参加者が席についた。討論会の参加者は弁護士2名、現役記者1名、全国紙元主筆1名、被害者遺族団体代表1名、大学教授2名、政府2名、原告支援団体1名の10名だった。座長は朴喆煕(パク・チョルヒ)ソウル大国際大学院教授だ。

・10時25分

討論に先立つ議題の提示が始まった。まず、外交部の徐旻廷(ソ・ミンジョン)アジア太平洋局長が政府の立場を説明した。

徐局長は解決策が早急に必要な理由として、「被害者の高齢化」と「強制徴用問題の未決期間の長期化」を挙げた。また、昨年4度開催した「民官協議会」を通じ、「第三者による代理弁済」と、「併存的(重畳的)債務引受(※)」という二つの案が出たとした。

そして「法理よりも被害者が第三者を通じて賠償金を受け取れる」という点が大切と述べた。改めて韓国政府の腹案を示したかたちだ。

一方で、「何よりも原告である(強制徴用)の被害者および遺家族の皆さんに直接、受け取り意志を確認する過程を必ず経る」と付け加えることも忘れなかった。当事者不在という批判を受けた15年12月の慰安婦合意の轍を踏まない視点だ。

日本側の反応にも言及した。「日本の寄与が大切であると日本側にも伝えてきた」としながらも、被告企業の謝罪や財政的な寄与が実現する可能性については低く見積もった。

また、5月の尹政権発足以降「日韓関係を梗塞状態から友好関係にした」としながらも、「先に国内意見をまとめ日本に伝え、誠意ある呼応を持続的に求めていく」と、あくまで先に韓国が動き、日本の呼応を期待するという厳しい交渉状況を明かした。

徐局長はさらに、18年の大法院判決に基づく日韓の懸案を解決しようとする今回の機会を、強制徴用問題全体の問題と結びつける視点を示した。具体的には韓国内で特別法を制定するなどの解決案も提示した。

※併存的債務引受:被告企業(日本製鉄、三菱重工業)の原告(強制徴用被害者)への債務を財団が引き受け、全額を原告に支払うというもの。この手続きには原告の同意が必要なく、手続き上の障害は少ないとされる。

・10時39分

『日帝強制連行被害者支援財団(以下、財団。2014年設立)』の沈揆先(シム・ギュソン)理事長が発表した。政府が運営する同財団は「併存的債務引受」が採用される場合に、執行機関となる予定だ。

沈理事長は強制徴用問題が「情緒と世論、法の論理を共に満足させる高次元の問題である」とする一方で、一貫して強制徴用問題全体の解決を強調した。

具体的には判決が確定した15人だけでなく、強制徴用の生存被害者1800余人への補償が必要だというものだった。いずれも80歳以上となり、特別法を通じた一括的な解決が切実に急がれる、という趣旨の発言だった。

沈理事長は、確定判決3件15人とは他の、強制徴用被害者遺族の主張に言及した。

会場に張られた「POSCO(浦項製鉄)が財団に供出した資金は使わない」「15人だけが被害者なのか」「請求権協定を遵守せよ」というプラカードをいちいち指し示し、その背景を丁寧に説明した。

要約すると「新たな財源が必要、15人よりも全体を見よ、韓国政府が一括で救済せよ」というところだ。

こうした主張は、すでに勝訴が確定している被害者と、それ以外の被害者遺族の主張と要求の温度差をことさらに目立たせることで「公平な一括妥結」がいかに必要かを訴えるものだ。

一連の発言からは、確定判決の件とその他を混ぜて考えようとする沈理事長の真意が透けて見えた。

これは「政府は拙速(急ぎすぎ)」との批判をかわすことができる妙案でもあり、勝訴が確定した判決の履行に政府が介入する言い訳としても有用な方法だ。一連の沈理事長の発言を受け、会場からは「そうだ!」と大きな相づちの声が上がった。

沈理事長はこうした姿勢を最後まで崩さずに、「この公聴会が、裁判の勝訴者15人の問題だけでなく、強制動員被害者とその遺族全体のために、そして望ましい日韓関係のために両国がどんな役割をすべきかを真摯に悩む契機として機能することを願う」と結んだ。会場から多くの拍手が続いた。

政府を代表し発言する外交部の徐旻廷アジア太平洋局長(左)と日帝強制連行被害者支援財団の沈揆先理事長。12日、筆者撮影。
政府を代表し発言する外交部の徐旻廷アジア太平洋局長(左)と日帝強制連行被害者支援財団の沈揆先理事長。12日、筆者撮影。

・10時53分

いよいよ討論が始まった。まずは原告の支援団をまとめる民族問題研究所の金英丸(キム・ヨンファン)室長がマイクを握った。金室長は冒頭で原告の一人である李春植(イ・チュンシク)さんが今年100歳を迎えると明かした。

さらに「李さんは過去の強制労働に対する謝罪と正当な賠償を受けることを願っている」とし、「一連の裁判は李さんのような方の人権と尊厳を取り返すための訴訟である」と強調した。

金室長はさらに、韓国政府の姿勢を問題視した。現在議論されている「併存的債務引受」といった案について「日本の責任を完全に免責するもので、深刻な問題と言わざるを得ない」とし、「外交部は『現金化を防ぐ』という目的のためだけに動いているのでは」と正面から批判した。

また、昨年12月に勝訴した原告の一人である梁錦徳(ヤン・グムドク、94)さんへの勲章授与が突如延期された背景にも、外交部の存在があると批判を続けた。

・11時00分

続いて、日本製鉄との訴訟において原告側代理人を務めた林宰成(イム・ジェソン)弁護士が発言した。

林弁護士はまず、尹政権の発足後の7月から9月にかけて外交部が民官協議会を開いておきながらも、その途中に外交部が現金化執行の手続きを止める介入を大法院に対し行ったことを取り上げた。

「理由も明かされないまま、このような被害者を無視する過程が繰り返されてきた」と述べ、「外交部と被害者(原告)側の信頼関係は破綻している」と強調した。

また、公開討論会を開くとしながらも、議題を発表する資料も事前(配布は前日午後6時)に配らなかった外交部に対して、討論における手続きを重要視することを求めると同時に「一度だけ討論会を開催するのではなく、最低でもあと2回は必要」と訴えた。

さらに、韓国政府の腹案である「併存的債務引受」は「2プラス0」、つまり日本側は政府も企業も参加しないものであると鋭く指摘した。

そして現行案で進む場合、被害者(原告)の債権を財団が消滅させ、日本の被告企業は遺憾の表明などではなく、「過去の日本側の談話を確認する程度の意思表示に留まる」のではないかと、徐局長の発言を元に問いただした。

林弁護士が発表の最後で「被害者側は強く(拙速な合意に)反対する意思を外交部に伝え続け、外交部がそれを一番よく知っている。それなのになぜ政府はこんなに急ぐのか」と発言するや、途中で「うるさい!」と反対する声が聴衆の一部から上がった。だが、発言が終わると大きな拍手が起きた。

公開討論会に先立ち会見する金英丸室長(右)と林宰成弁護士。原告側の中心人物だ。12日、筆者撮影。
公開討論会に先立ち会見する金英丸室長(右)と林宰成弁護士。原告側の中心人物だ。12日、筆者撮影。

・11時08分

自身が強制徴用被害者の遺族として関連団体の一つで代表を務める一方、財団の理事を務めるハン・ウンスさんの番だ。ゆっくりとした口調で、「被害者と遺族の立場を代弁する機会が得られて感謝している」と切り出した。

ハンさんの父は1942年11月に南洋群島の公務員として強制動員され、44年2月に現地で亡くなった。生後6か月の時に別れたまま父を亡くしたハンさんは「父の姿を思い出せないのが最も悲しい」と続けた。

ハンさんは、朴正熙(パク・チョンヒ)政権当時の1973年に結成された太平洋戦争強制動員被害犠牲者遺族会議の創立メンバーでもある。

ハンさんは「政府(財団)が勝訴した15人に対し、日本企業に代わって賠償金を支払うという案を聞いて『なぜ特別扱いするのか』と、とても驚いた」と率直に述べた。

さらに原資としてポスコ(浦項製鉄)から12年に遺族会が勝ち取った40億ウォンの一部が充てられることにも、一部の遺族から反対があると述べた。先に発表した財団の沈理事長の発言ともつながる内容だ。

しかしながら「世界が混乱している時期に、日韓の間の葛藤がこれ以上ひどくなり、国益に損害が及ぶことを防ぐため」政府の立場を理解すると明かした。

その上で、過去の朴正熙(74年)・盧武鉉政権時(08年)に韓国政府がおこなった補償が期待に大きく満たなかったとし「今や絶望しかない。韓国はこんな姿で私たちが死ぬのを放置するのか」と絞り出すように語った。

ハンさんは続いて、政府と国会、財団に対し特別法による一括支援の必要性を訴えた。さらに「勝訴した15人がこれに協力してくれることを望む」と付け加えた。

私は思わず唸った。公開討論会を開いた政府の狙いが見えた気がした。頭に「ムルタギでは」という言葉がよぎった。ムルタギとは「水で薄める」という意味で、話題を逸らすことを指す。

つまり政府は、徴用工判決の履行をどう止めるのかという話と、強制徴用被害者全員の救済という話を結びつけることによって、後者の解決を急ぐために原告が政府案に現段階で協力する必要があるという圧力を、遠回しにかけているのではないか。

「全員の救済」という解決策はとても大事で、韓国政府が中心となって考えるべき話であるのは確かだ。

だがこの日の公開討論会の本来の目的、つまり「日韓の懸案となっている勝訴が確定した徴用工判決問題をどう解決するのか」を議論する場で優先的に取り上げるべき内容なのか、疑問が残った。

・11時20分

会場のボルテージは徐々に高まっている。前方の席に座る数十人の遺族会に所属すると思しき年配の方たちが、発表の合間に大声で意見を差し挟む回数が増えてきた。一方的な会議進行の中で、相当にフラストレーションが溜まっている様子だ。

次の発表者は高麗大学の朴鴻圭(パク・ホンギュ)教授だ。「フラッシュが焚かれる歴史的な場に参加していることに対し、深い感懐がある」とした朴教授は、「公開討論会は何のためにあるのか」という問いを会場に投げかけた。

同教授はその上で「韓国政府が官民協議会を経て導き出した『併存的債務引受』という案をもって、過去4か月間日本側に誠意のある支援を要請してきた」と韓国政府を代弁した。

次いで、「しかしそれが難しかった。尹大統領も岸田総理に被害者の要請を伝えたと確信するが、日本はこれに呼応しなかった。このため、この討論会は日本側を説得するためのものではなく、韓国の被害者たちを説得するという局面を転換するための場であるというのが私の判断だ」と語った。

朴教授はさらに「日本側の謝罪や基金への参加に期待を持ってはいけない」と続けたが、ここで会場のフラストレーションが限界に達した。

会場のあちこちから「あなたは教授なんかではない!」、「笑わせるな!」と批判が飛んだ。一方で「正しい言葉だ!」という擁護もあったが、最も大きな声は「被害者たちが質問する時間が必要だ!」というものだった。

それもそのはず、2時間の予定で始まった討論会もすでに30分あまりしか残っておらず、この後にも4人の参加者が残っている。

司会者の制止にもかかわらず会場が騒然とする中、朴教授は「日本を説得するのに4か月を使ったのなら、被害者の説得にも同じ時間が必要だ。今日のような討論会を一度かぎりにしてはならない」と述べ発表を終えた。

「日本側の参加、呼応を諦める」という朴教授の発言とそれに対する強い反応は、長引く徴用工問題の本質の一つがどこにあるのかを浮かび上がらせていた。

登壇者が発表する途中、立ち上がり発言する強制徴用被害者の遺族。12日、筆者撮影。
登壇者が発表する途中、立ち上がり発言する強制徴用被害者の遺族。12日、筆者撮影。

・11時30分

続いて、国民大の李元徳(イ・ウォンドク)教授が発言した。李教授は先の朴教授に続き「歴史的な場で発言の機会を得られた。学者として意味のあるものだ」と討論会の意義を語った。

李教授は続いて「理論的には判決通りに日本企業が被害者を救済するのが最善だが、現実的にその可能性はほとんどない」と述べた。

その上で、この日何度か言及された「不可能な最善よりも可能な次善」という言葉に共感を示しつつ、「日本との葛藤を最小にとどめると同時に被害者を救済できる方法」として三つの選択肢を示した。

一つ目は、請求権協定第3条の紛争調整条項を適用し仲裁委員会を設置したり国際司法裁判所に共同提訴する方法があるとした。しかしこれには3〜4年がかかる上に結果も韓国の勝利となるか分からないと述べた。

次に植民地支配の不法性について日本に認めさせ、謝罪と反省を要求し、被害者への救済を韓国政府が一括で行う方法があるとした。李教授は「個人的には最もこれがよい」とした。

そして三つ目として、現在韓国政府の腹案となっている「併存的債務引受」があるとした。

李教授は「併存的債務引受」を採用するとしても、被害者が財団から賠償金の受け取りを拒否する場合には「(被害者不在の)15年の慰安婦合意の繰り返しになる」とし「原告が(財団から)賠償金の受け取りを拒否するケースにおいては、現金化を防げない」と述べた。

この日はじめて聞かれた「現金化やむなし」という見解だった。

李教授は「現金化の後、被告企業に対し韓国の財団が補填することで韓国内の司法手続きは手続き通りに履行され、日韓の外交では国際法に則ったものになる」との見解を示した。

なお、現金化に際し日本政府が報復する可能性については「とても低い」と見立てた。

李教授は最後に「まずは勝訴が確定した15人への救済を行い、その後も勝訴が確定した方への賠償金を財団が支払うにしても、最終的には強制徴用の被害者に対し『国家報勲政策の次元から』特別法の制定が中長期的に必要という旨の発言を行った。

・11時38分

続いてはチェ・ウギュン弁護士だ。司会者の朴喆煕(パク・チョルヒ)ソウル大国際大学院教授は「今日は法的な用語がたくさん出てきたので、法曹界からの専門的な意見を聞きたい」と話を振った。

チェ弁護士は財団など第三者による代理弁済について、「最新の学説では可能」という新しい見解を示す一方、この日の議論の的となっている「併存的(重畳的)債務引受」について「既存の債務者(この場合には被告企業)が債務を維持しながらも、第三者が連帯債務を負担するもので、債権者(同原告)を保護するための制度」と説明した。また「債権者の同意は必要ない」とした。

さらに「第三者が弁済する場合に、これまで一般的に債権者が異議を呈するケースはなかった」とした。

つまり、財団が原告に賠償金を弁済する際に原告が受け取らない場合、参考できる前例に乏しいということだ。一方で、財団が代理弁済した場合に被告企業に対し「求償権」を行使できるとした。

会場では依然として遺族と見られる方々が大きな声で「私たちはお金のためにやっているのではない」「歴史的な蛮行の問題だ」と発表をさえぎっていた。さらに、「被害者の声を聞いてほしい」と次々に主張した。

・11時46分

全国紙『ハンギョレ』の吉倫亨(キル・ユニョン)記者が続いた。

吉記者は「2003年頃から強制徴用被害者の方々を取材してきたが、今では多くの方がなくなった」と切り出し、「解放(1945年)から80年が経とうとしている今、この問題が解決される最後の局面ではないか」と見解を述べた。

次いで、昨年の民官協議会への参加を通じて得た経験について「財団が日韓の企業からお金を集めて被害者(原告)に賠償金を支払うとしても、その前提として被害者が望むような被告企業の謝罪と基金への参加が必要だという結論に達した」と説明した。

続いて「だが韓国外交部が『企業の謝罪を期待するのが不可能で、賠償においても韓国政府が先にやる他にない』と語る姿を見て、民官協議会での前提が崩れた」と指摘した。

吉記者はその上で「代案として被告企業が被害者と面会して往事の傷を癒やす時間を持ってはどうか」と提案した。

そして「これすらもできない場合、つまり65年体制を維持するために賠償金は払えないといえども、被告企業が被害者に会うこともしないなど道理にもとる行動を取る場合には、この先日本とどうやって議論をし、協力していけるのかと途方に暮れる思いだ」と率直に明かした。

吉記者は最後に「新政権が発足して1年にも満たないのに、韓国が丸裸になってしまった印象を受ける。何を急いでいるのか」と述べ、「問題は現金化だ。財団のお金を貰いたくないという人に無理に渡せない。結果として現金化が実行されても日本政府を説得し(逆風に)耐える他にない」と主張した。

会場では時節拍手が起こると共に、「質疑応答の時間を!」という声が響いていた。我慢の限界に近づいている印象だった。

公開討論会に先立ち、討論会への不参加を表明した最大野党・共に民主党議員35人や無所属議員、被害者団体や支援団体などが集まり「屈辱的な解決法に反対する」記者会見を開いた。12日、筆者撮影。
公開討論会に先立ち、討論会への不参加を表明した最大野党・共に民主党議員35人や無所属議員、被害者団体や支援団体などが集まり「屈辱的な解決法に反対する」記者会見を開いた。12日、筆者撮影。

・11時54分

最後にマイクを握ったのは全国紙『韓国日報』の黄永植(ファン・ヨンシク)元主筆だった。

話を始めても会場からの怒声は止まない。黄さんは会場に向かって「皆さんに充分な時間を提供するために短く話す」とし、「問題がいかに複雑かが、今日の討論会で浮き彫りになっている」と述べた。

そして「政治が多様な意見をまとめ解決するほかにない」と持論を述べ、「特別法を制定し、その過程で(判決が確定した被害者を含め)皆さんの意見を集めてはどうか」と提案し場を譲った。

・11時57分

パネリストの発言が一通り終わり、マイクはふたたび徐旻廷(ソ・ミンジョン)アジア太平洋局長の手に渡った。

「大切だと思うことを話してください」という司会者の声を受け、徐局長はまず、「聴衆の皆さんの姿から、この問題がいかに複雑でしっかり取り組むべきものなのかを再確認している」と述べた。

そしてまず、たびたび議題となった「日本側の誠意ある呼応の有無」について見解を述べた。

徐局長は「第三者である財団が原告の方々に賠償金を支払う場合に原告が受け取れるという法理があるにもかかわらず、すぐにこれを実行せず日本側と交渉を続ける理由はまさにそこにある」と日本の呼応を求め続けている立場を明かしながら、「今も(日本側との)綱引きが続いているため、この時点で『呼応があるか』を明らかにすることは難しい。政府は最後まで努力する」と語った。

また、日韓政府間で合意に至った際に合意文書を作るのか、発表をどんな形式にするのかについても「言葉を控える」とかわした。

次にこの日、何度も指摘があった「尹政権が急ぎすぎている」という指摘について言及した。

徐局長は「12年の判決差し戻しから10年以上が経った、勝訴した被害者15人のうち、生存者も3人に過ぎない」という政府の立場を繰り返した。

さらに「前政権(文在寅政権)のように、適当に交渉してごまかすこともできる。だがそれは道理に合わないと考え、勇気を持って進めている」と政府の立場を代弁した。

そして「輸出規制をはじめ、18年以降に日韓関係全般がいかに歪んできたか。被害は結局、両国の国民に降りかかってくる。そう考えると今も遅いほどだ」との認識を強調した。

・12時01分

最後に発言したのは、財団の沈理事長だった。

同氏は原告代理人の林宰成弁護士が指摘した「140億ウォン(約15億円)」という財源への質問に対し、「勝訴した15人以外に、これから勝訴する人々が日本製鉄や三菱重工業を相手にする際のように、債権を確保できるか分からない。ならば衡平性のために金額がいくらになろうが財団が賠償金を(代わりに)払うべきではないか」と述べた。

さらに、「この過程で特別法が成立し基金が作られるならば、裁判に勝訴した方も、裁判中の方に対しても一括で解決できる。特別法が必要な理由がここにある」と、持論をいま一度明かした。

討論はここで終わった。

聴衆にマイクが渡るや、会場は騒然となった。12日、筆者撮影。
聴衆にマイクが渡るや、会場は騒然となった。12日、筆者撮影。

・12時4分

司会者の朴教授が「発言する際に、大きな声で話さなくても聞こえるので冷静に話してください」と伝え、ついにマイクが会場に渡った。

一斉に手が上がる中、まず指名された進歩系の市民団体代表と名乗る人物が自己紹介と共に「ソシオパスが集まる討論会で驚いた」と討論会を侮辱するような発言をするや否や、会場のあちこちから「被害者でない人は座れ!」と怒号が上がり、会場は騒然となった。

次にマイクを握ったある被害者団体の代表と名乗る男性は、「請求権協定を理解しているのか」と述べ、65年6月の請求権協定翌日の朴正熙大統領の談話を朗読し始めた。

途中でこれを制止されるや激高し、なおも質問を続けようとするもマイクが作動しないことが分かるや、マイクを床に叩きつけ会場はさらに紛糾した。

ここで朴教授は討論会の終了を告げた。「外交部や財団が被害者たちに対し今後も意見を聞くだろう」と最後に取り繕った。

●総評:「最後」ではなく「最初」の討論会に

この日の公開討論会をひと言で表すならば「準備不足」となるだろう。

政府側の発表文が事前に公開されなかったため、議題は「既存の判決をどうするのか」という所から「強制徴用被害者すべての救済」まであちこちに迷走し、討論らしい討論も全くなかった。参加者への配慮も大幅に不足していた。

このまま尹政権が日本政府との合意を急ぐならば、勝訴が確定している被害者とそうでない被害者(遺族)との間に起きる分断をはじめ、韓国社会は取り返しのつかない傷を負うという不吉な予感を明確に感じた。

一方で、日本側が軟化しないのなら、現金化もやむなしという主張も少なからず出た。今後こうした主張は広がっていく可能性があり、そうなると日本側への心証も大きく悪化するだろう。

韓国の朴振(パク・チン)外交部長官みずから「最後に方向を決めるイベント」とした公開討論会。「最後」としては大失敗だったと評価できるが「最初」であるならば意義はある。

今後、より深い議論が韓国内で、そして日韓社会の間で行われる必要が浮き彫りになった2時間だった。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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