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「政治の転換期迎え有権者は不安」、韓国の専門家に聞く大統領選16のポイント

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
韓国大統領選の主要候補たち。この4人の中から新大統領が決まる。筆者作成。

3月9日の投票日まで残り20日となった韓国大統領選挙。誰が当選するのか分からない接戦が続く中、今回の大統領選のどんなポイントに注目し、韓国の現代史にどう位置づけるべきなのかを専門家に聞いた。

●徐福卿所長に聞く

「韓国政治はロングターム(長期)の転換期に入っている」。

1月末、ソウル市内の『ザ可能研究所』のオフィスで、徐福卿(ソ・ボクキョン、政治学博士)所長は筆者にこう力説した。

徐所長は西江(ソガン)大学の現代政治研究所の研究員を約10年にわたって務めながら韓国政治について研究し、2020年からは政治に関するリサーチや分析を行う『ザ可能研究所』を設立し、代表として多忙な日々を送っている。

韓国の進歩系日刊紙『ハンギョレ』にコラムを連載するが、陣営論にとらわれない主張で知られる。「誰が有利か」という次元ではなく、混沌を極める韓国大統領選、そして韓国政治をどう見ればよいのか、助けを求める思いで申し込んだインタビューだった。

本稿は1月末のインタビューならびに、2月16日に行った電話インタビューの内容をまとめたものだ。

◎「ザ可能研究所(THE POSSIBILITY LAB)」とは

「今、韓国社会の多様な可能性と人々を探索し記録するため」に、2020年10月に発足した研究所で、6人の研究者が所属している。

主な関心分野は「ローカル(住民自治、ローカル経済の生態系、人口消滅)」と「青年(青年政策、青年政治)であり、関連書籍の出版、政府の調査課題の受注、量的・質的調査の研究および調査、講義やトレーニングなどを行っている。

『The可能研究所』の徐福卿(ソ・ボクキョン、50)所長。1月末、筆者撮影。
『The可能研究所』の徐福卿(ソ・ボクキョン、50)所長。1月末、筆者撮影。

●「有権者にとって不安で苦しい選挙」

徐所長は今回の大統領選は、韓国が不平等や格差と新型コロナからの立ち直りといった国内的な社会問題から、米中の覇権争いや気候危機への対応といった国際的な問題にどう対応するかを決める重要な選挙と位置づけている。

しかし、選挙戦はこの水準に達していないとする。その理由として、政治家経験を持たない最大野党・国民の力の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補の存在を挙げると共に、与野党ともに予備選を行った結果、李在明(イ・ジェミョン)・尹錫悦の双方の悪材料が露わになった点などを挙げた。

徐所長は一方で、李在明、尹錫悦という言わば既存の枠組みに入らない政治家が両党の代表になっていること、さらに労働問題や社会的なマイノリティの権利問題を取り上げる正義党の沈相奵(シム・サンジョン)候補が人気を得られない点について、「韓国政治は長期的な転換期に入った」と診断する。

また、20代30代という「MZ世代」が抱える既存政治への不満については、「民主化遅滞効果」という理論で説明すると共に、同世代が先進国市民としてのアイデンティティを持っている点を指摘した。

さらに、韓国の選挙報道の特徴となっている世論調査の乱発についても、その歴史的な背景とニーズを指摘した。

徐所長はその上で、韓国における社会の変化のスピードと、これに応えるための政治改革の重要性を取り上げると共に、今回の大統領選が韓国の有権者にとって「不安で苦しい選挙である」ことを強調した。

●徐所長との16にわたる一問一答

以下は、徐所長とのインタビューを一問一答形式でまとめたものだ。膨大な内容となっているが、このような分析を求める読者がいると信じ、なるべく詳細に記した。

(1)今回の大統領選はどんな争点があると見るか

韓国が直面する大きな危機への対応を議論すべき選挙だ。

例えば韓国内の不平等や格差の問題に加え、斜陽産業への保護や新規成長産業への規制緩和といった、新型コロナを経て変わる経済構造への対応、さらに米中の覇権争いや、カーボンニュートラルに代表される環境問題、加えて韓国では「地方消滅」といった問題もあるなど、多層的な転換への要求がある。

よって、幅の大きい議論が必要だが、実際の選挙戦での議論はそこに届いていない。

こんな時代には人々が不安になり恐れを抱くようになる。米国の政治学者トクヴィルの言葉に「過去はもはや未来を照らさない」という一節があるが、今がそうで、こんな時には「良かった過去」に回帰しようという傾向が現れる。

実際は良かった過去でないにもかかわらず、見てきたモデルがそれしかないので、その過去に帰ろうとする傾向が必ず現れる。

さらにその逆のパターンとして、一種の理想主義的なデマゴーグもたくさん現れる。現実に基づく変化を作るのはとても時間がかかるし、皆を満足させるのはとても大変だという前提がいる。

(2)現在、政権交替を求める世論は50〜55%となっている。こんな世論をどう分析できるか。

これまで全ての大統領選挙で政権交替を求める声が高かった。今回だけが特別ではない。

韓国は大統領が5年単任制であり、民主主義の歴史が短いため(1987年に民主化)、大統領が替わること自体を政権交替と考える人々のボリュームが相当数いる。

例えば、2012年12月の大統領選挙の際、当時の李明博(イ・ミョンバク、在任08年2月〜13年2月)大統領から同じ党の朴槿恵(パク・クネ、在任13年2月〜17年3月に弾劾罷免)に替わったが、当時もこれを政権交替と見なす人々が、政権交替を望む世論の3割に達していた。

つまり、集権する政党の交替と政権交替をイコールで見るのが難しい側面がある。しかし今回の選挙では関連するデータがまだ無いので、どれくらいの人々がこう考えているのかを知るのは難しい。

(3)一方で、文在寅政権の支持率(国政を肯定評価する割合)は40%前後を維持している。日本では「なぜ文在寅は不人気なのか」という声がある。この原因はいわゆる自陣営には寛大で相手には高い倫理的な要求をする「ダブルスタンダード」の問題や、不動産価格の高騰などが挙げられる。現状をどう捉えるべきか。

『韓国ギャラップ』社の世論調査を見ると、歴代大統領の任期中の支持率との比較があるが、これを見ると文大統領が退任を控えた大統領の中で最も高い支持率を得ている。

このため、「文在寅大統領に人気がない」と言い切ることが難しい。文大統領を好きか嫌いかは個人的な考えとしてあり得るが、データ上で「人気がない」というのは難しい側面がある。

一方で、先ほどの政権交替の世論についての質問と合わせて考えることもできる。「文在寅大統領を支持するが政権交替を望む」という層が、無党派層に相当数存在する。

歴代大統領の支持率一覧。水色が文在寅大統領だ。5年目の第三四半期の時点でも最も高い。韓国ギャラップ社より引用。
歴代大統領の支持率一覧。水色が文在寅大統領だ。5年目の第三四半期の時点でも最も高い。韓国ギャラップ社より引用。

(4)文在寅政権の失政としていの一番で挙がるのが不動産価格の急騰と不動産の増税だ。しかしこの問題をどう見ればよいのか、日本からは難しい側面がある。なぜこれほど、人々が関心を持つのか。

不動産はどの国でも資産としての側面と、住居権の側面がある。一方、韓国では住居に関する権利を、公共(政府)が保障しなければならないセーフティネットとして認識するようになってからの期間が短い。

1970年代の朴正熙(パク・チョンヒ、韓国の元大統領。1960年にクーデターで政権奪取後、79年に暗殺されるまで独裁政治を続けた)政権の時代から、家を資産の概念として考えるよう政策を進めてきた。

「後分譲制」により建設業にシードマネーを提供する住宅金融という方式で、家の未来の価値を期待する機能を果たしてきた。家を住居としてではなく、未来の資産への投資として受け止める思考は、民主化以降にも続いた。

景気が悪くなれば短期的な景気浮揚策として不動産市場を使う。金利を下げたり、住宅を担保とした貸し出し額を増やすなど、市場にお金が流れるようにしたり引っ込めたりする調節手段としてきた。

このように、韓国人が不動産価格に対して敏感なのは資産的な側面で考えるよう鍛えられてきたからだ。歴史的な側面がある。

そして最近になって、住居権の保障という公共インフラとして理解する流れが登場してきた。韓国では公共住宅、公共賃貸住宅の発達が遅れており、最近になって政府も投資を始めた。絶対的な物量が不足している。

こうした中で、住宅を買おうとする人にとっては値上がりで支出の負担が増えて不満となる。

住宅を買えない人も、公共住宅が足りないため不満を持つ。資産として住居を所有する人は値段の変動に敏感になる。

——値上がりを喜ぶという、単純な話ではないということか。

マンションのような住居を二つ以上所有している人にとっては、(融通性が上がるため)良い。だが、住居を一つだけ持つ人にとっては、所有住居の価値が上がっても売って他の所に行くことができず、税金だけ上がる。別に好ましいものではない。

(5)今回の大統領選は色々な意味で「過去に類を見ない選挙」と言われる。どんなところが異なるのか。

特別な大統領選であることは間違いない。尹錫悦候補のためだ。1987年の民主化以降、大統領の有力候補となった人物のうち、政治家としての経験がない人物は初めてだ。

例えば、李在明候補の場合には、城南(ソンナム)市長を二期務め、京畿道(キョンギド)知事にもなった。その過程で李候補を判断できる様々な材料が出てきて、今は「どう受け止めるのか」の段階になっている。

しかし、尹候補にはそれがない。

世の中に知られた情報量があまりに少ないため、判断する材料が無い。だから、有権者が初めて聞くような内容が突然飛び出してきて、それを判断する前にさらに新しい内容が飛び出してくる。

まったく落ち着かない、こんな大統領選は初めてといえる。

——主要候補間のネガティブキャンペーンが多く、うんざりする部分がある。

ネガティブキャンペーンが多いのは、共に民主党と国民の力の双方で予備選がしっかりと行われたためだ。この過程でネガティブな内容がたくさん出てきた。

(6)最大野党・国民の力は党名こそは違えど、2017年に弾劾された朴槿恵前大統領が党員第一号だった保守政党を母体としている。同党がわずか5年で再び政権を担う選択肢として登場した背景をどう見るか。

まず、同党の支持者が尹錫悦を選んだことが重要だ。その上で私は、朴槿恵前大統領が弾劾されて以降、韓国の政党システムがロングターム(長期)の転換期に入っていると見る。

これは国民の力だけではなく、(与党の)共に民主党も、(第二野党の)正義党にも当てはまる。

まず、国民の力で考えてみると同党には「断絶的なきっかけ」が必要だった。

同党は歴史的に見ると、朝鮮戦争(1950〜53年)以降の反共主義と、独裁体制の際から続いてきた一種の国家主導成長主義、そして民主化(1987年)以降、特にいわゆる「IMF通貨危機(1997年)」以降は、新自由主義的な市場経済を混ぜたものをアイデンティティとしてきた。

だが朴槿恵前大統領の弾劾が、前者二つのアイデンティティを大きく揺るがした。このため、党のアイデンティティを再建する時期が訪れた。

——朴槿恵弾劾に賛成し、新たな党を結成した保守政党の一部を「合理的な保守」と見なす向きもあったが。

私はそうは見ない。なぜなら、彼らもまた自身のアイデンティティを作る前に、崩壊し、元の党とくっついたからだ(弾劾当時のセヌリ党は離合集散を経て20年2月に再び未来統合党として合体した。その後9月に現行の「国民の力」に党名を変えた)。

そもそも、政党の再建には三つの段階が必要だ。

一つ目は「政治エリートを補充するプール(集団)」を探す必要がある。二つ目は、リクルートされて充員された政治エリートたちが共有する「政策的なビジョン」が必要になる。

そして三つ目として、このビジョンに共鳴し応える「支持者の集団」がつながる必要がある。

しかしこの三つを備えるためには、とても長い時間がかかるし、試行錯誤も多くなる。国民の力はこの一つ目の段階にある。李俊錫(イ・ジュンソク、36)という若い保守世代を代表に据え、検察勢力に基盤を持つ尹錫悦氏も連れてきた。

——李俊錫代表は選挙戦の間、2度も職務放棄と取れる逃避行を行った。国民の力の再建はうまく行くと思うか。

李俊錫と尹錫悦の両氏の間にズレがあるのは確かだ。うまく結合して再建するのか、片方が追い出されるのか、両方ダメでまた新しい人材プールを探すことになるのかは分からない。ただ、今の時点で成功しているとは思えない。

2月15日、選挙戦の開始に合わせ、ソウル都心で支持を訴える尹錫悦候補。国民の力提供。
2月15日、選挙戦の開始に合わせ、ソウル都心で支持を訴える尹錫悦候補。国民の力提供。

(7)国民の力の尹錫悦候補は、政治家としての経験が全くない。どう評価するか。

現在の大統領選を見ると、議論の軸が迷走している。韓国の民主政治の歴史は35年と短いものの、過去の蓄積の上に今後の議論が行われなければならない。

しかし今は、本来議論されるべき時点をTとする場合、「Tプラス1」に行けないばかりか、ある時には「Tマイナス10」、ある時には「Tマイナス20」という具合に迷っている。

そしてこの原因は主に、尹錫悦候補にある。尹候補は例えば「北朝鮮への先制攻撃論」のように、過去に終わった議論に突然戻ることがあるからだ。いくら韓国の保守的な有権者でも、戦争を通して北朝鮮問題を解決するという点には同意しない。

少なくとも15年前や20年前に終わった話を引っ張ってくる傾向がある。他にも炭素中立(カーボンニュートラル)の話をしながら、「原発を拡大する」、「2030国家温室効果ガス削減目標(NDC)を無くす」といった風にTの地点を自由に行き来してしまう。

(8)それでは、与党の共に民主党はどう見れば良いのか。李在明という、民主化運動の経験がない人物が大統領候補となっている。

1987年の民主化以降、35年の歴史を見ると先に党が壊れたのは民主党だった。盧武鉉(ノ・ムヒョン、大統領在任03年2月〜08年2月)政府の出現により、韓国の政党システムにこれまでになかった新しい集団が入ってきた。

そして「開かれたウリ党」と「民主党」に分かれ、いずれも独自の存続に失敗した。これが07年のことだ。その後、離合集散をしながら2012年になって文在寅氏が呼ばれた。盧武鉉政権時代の、ニューセクターの代表として呼ばれたのだった。

しかし、12年の大統領選挙で敗北し、安哲秀(アン・チョルス)氏とも14年から15年にかけて袂を分かち、15年になってやっと、文在寅代表が主導する共に民主党がアイデンティティの再建を始めた。

同党は中道左派、つまり社会経済的な基盤としては中小企業や自営業の基盤を強める一方、朝鮮半島問題では金大中元大統領の平和協力政策を延長するなどし、このアイデンティティを持って(17年に)集権した。

だがこの民主党も、2002年に登場した時のアイデンティティでは今の問題に対応できていない。前述したような不平等の問題や、地方消滅の問題などを扱うことができない。

だから今後、共に民主党もどうなるか分からない。政党間の競争システムが全般的に転換していると述べる理由だ。

与党・共に民主党の李在明候補。「有能な候補」と主張する。共に民主党提供。
与党・共に民主党の李在明候補。「有能な候補」と主張する。共に民主党提供。

(9)韓国で「MZ世代」と呼ばれる20、30代が大統領選を左右する存在として、その政治的な影響力に注目が集まっている。これをどう見るべきか。

韓国で20代30代の政治的影響力に注目が集まり始めたのは2002年の大統領選だ。当時の選挙で、この世代が推した盧武鉉候補が大統領になった。

この時に「自分たちの投票が選挙の結果を変えられる」と初めて確認した。民主化運動の時代とはまた異なる次元の話だ。

そして次の07年の大統領選挙は、ほぼダブルスコアで李明博(イ・ミョンバク)氏が当選し、20、30代に注目が集まらなかったが、その次の12年の選挙では再び存在感を示した。この時は、20、30代と50、60代以上の票が完全に(進歩と保守に)分かれた。

こうした前提をまず置いて、その上で1997年の国際通貨危機以降、若者世代に注目が集まった理由を「民主化遅滞効果」と「社会変動の急激性」という言葉で説明できる。

——「民主化遅滞効果」とは何か。

端的に言って、ある時代に解決されるべき問題が、25年から30年遅れて社会問題として浮上するということだ。

例えば、「過去事整理(現代史における過ちを正すこと)」と呼ぶものは、近くでは光州民主化運動(1980年)から始まり、維新時代(朴正熙政権、1972〜79)、5.16クーデター(朴正熙による政権奪取)、4月革命(1960年4月19日に初代大統領・李承晩政権を倒した市民運動)、そして朝鮮戦争、日帝強占期と遡るが、これは実際にはその当時、行われるべきものだった。

しかし民主化するまでは、こんな問題がすべて後回しになり積もっていった。

——若者とどう結びつくのか。

韓国ではIMF通貨危機(1997年)以降、市場が急激に変動し始めた。しかし当時、政治はこんな変化に反応しなかった。

例えば、非正規雇用が増えたならば立法や政策を通じこれに対応すべきだが、逆にそうした対応を政府が押さえ付け、防いでいた。

他にもセーフティネットにも当てはまる。産業化の初期段階で備わるべき産業災害(労災)保障や雇用保険、国民年金、健康保険も遅れてやってきた。

こうしたものが産業化の初期段階では存在せず、すでに産業構造が高度化した民主化(1987年)以降になって取り組むことになったが、これは社会経済的な資源を再分配することになるため、社会で大きな葛藤を呼ぶことになる。

つまり、民主化前に行われるべきだったことが、すべて民主化以降に後回しにされた。国際通貨危機(1997年)の時にも若者は厳しい状況であったにもかかわらず、政治はまだ遅れた議題で争っていた。

こうした構造により、その時々にリアルタイムで苦痛を受けている若者は、政治に対し不満の声を上げるしかない。

——若者の問題は後回しにならざるを得ない構造があるというのは分かった。それは今の20、30代も同様か。

今はこうした前提の上で、性質が異なる部分もある。2022年を基準に考えると30代は民主化以降に生まれたか、学校に入った世代と言える。独裁の経験が全くない。この世代が韓国の政策決定の主流を占める50、60代と衝突する傾向がとても強い。

民主主義への視線も、使用する政治的な言語も違うし、人権への感受性も違う。

民主化以降に生まれた世代としてのアイデンティティがある。例えば、既成世代が伝統的に持っていた国家主義、これは日常では集団主義の文化となるが、これを受け入れることができない。

また、2010年以降になって労働者や雇用関係に関する立法が大きく変わっている。この変わった法秩序の中で生きている20、30代の情緒に既成世代はついて行けない。

——葛藤はそう悪いことばかりではないように思える。

同意する。しかし韓国が厳しいのは、その間に突如先進国になったという点にある。私たちの意志にかかわらず先進国にあった規範で行動することを求められるようになった。

気候危機ひとつを取っても、20代が持つ先進国の感受性を、発展途上国の情緒を持っている50、60代はうまく理解できない。

そしてこんな葛藤を目の前の短い時間で解決しなければならないという点がある。だから衝突も多くなる。私は50歳だが、あまりの変化の速さに正直、吐きそうになるときがある(笑)

(10)第二野党・正義党の沈相奵候補や第三野党・国民の党の安哲秀候補ともに、「巨大両党、両党制」といった単語を使い、合わせて議席数9割を超える与党と最大野党による「権力山分け」を批判している。これをどう見るか。

私は民主化(1987年)以降に、韓国で両党制(二大政党制)が安定して作動したことは一度もないと考える。逆に、多党制的な不安な状況がノーマルで、両党制がしっかり作動することが普通ではないと見る立場だ。

例を挙げると、大統領選挙で第三の勢力が登場しなかったことが一度もない。今の両党制も非常に不安定だと見ている。

——どういうことか。

政党間の競争システムは、市民社会の葛藤構造を反映するということだ。

韓国社会は、伝統として葛藤が多くない。基本的に南北(朝鮮の)葛藤が国内化され理念(反共か協力か)の葛藤になる部分や、資本主義市場において階級といった葛藤がある程度で、宗教や民族の問題がある訳ではない。非常に同質的な社会といえる。

だからこそ、これまでなんとか耐えてきたが、民主化(1987年)以降の35年で変化してきた。特にIMF通貨危機(1997年)以降、市場が粉々の破片に分かれてしまった。

韓国はOECDの中でも自営業者の数が最も多く、非正規雇用の増え方も日本よりも遙かに速い。さらに男女の賃金格差もOECDの中で最も大きい。

つまり、韓国社会の葛藤は複雑化し、その数も増えている。両党ではこの問題を解決できない。

(11)大統領選になると、安哲秀氏に一定の支持が集まる傾向がある。これも韓国社会の問題の複雑化と関係しているのか。

そうだ。安哲秀氏は前述したような政党のアイデンティティにかかわる三つの要素を一つも持っていない。

さらに、ジェンダーや特定の世代の支持基盤を持たない。両党(共に民主党、国民の力)を共に嫌う市民の支持を反射的に得るだけだ。例えば昨年と2017年に安哲秀を支持した人はそれぞれ異なる。

それにもかかわらず安氏が支持を集める理由は、両党だけでは韓国社会の問題、葛藤に対応しきれないからだ。

第三野党・国民の党の安哲秀候補(右)。尹錫悦候補に一本化を持ちかけたが、交渉は難航している。同党提供。
第三野党・国民の党の安哲秀候補(右)。尹錫悦候補に一本化を持ちかけたが、交渉は難航している。同党提供。

(12)一方では、正義党の沈相奵候補が格差の問題や労働問題、ジェンダー不平等の問題などを正面から扱っているものの、支持率が全く伸びない。これも転換期における一つの現象と受け取るべきなのか。

供給者と需要者の立場を分けて考える必要がある。市民社会が労働者もしくは社会的なマイノリティを代弁しようとする欲求は年々強まっている。

労働問題を例にすると過去は民主労総もしくは韓国労総という専門家集団しかなかったが、今ではデリバリー業をする人々によるライダーユニオンや宅配労組などが組織されるなど、社会的な声は多弁化している現実がある。

社会的なマイノリティの声という部分でも変化がある。例えば2018年にソウルの恵化(ヘファ)駅であったデモがある。

——フェミニスト団体の女性メンバーの一人が男性ヌードモデルを盗撮した際に、警察の対応が異例の速さだったことを受け、女性たちが、「女性が盗撮の被害者の場合でも同様の対応を」と求めたデモだった。

そうだ。当時、(5月から12月にかけて)6回のデモが行われたが平均で毎回3万人以上の女性が参加した。韓国で毎月3万人以上が参加するデモを組織できるのは、プロテスタント教会以外には存在しない。

つまり、参加者の主張に同意しようがしまいが、新しくジェンダーについて声を上げる集団が、過去とは別の方式で組織され動き出したということだ。他にはLGBTコミュニティの声も大きくなった。

このような流れの中で、政治的にこうした声をすくい上げることが両党に収斂(しゅうれん)するのは難しいと見る。かといって、正義党がこの変化を受け止められないかもしれない。

——他の受け皿が必要だということか。20年4月の総選挙で25万票を集めた「女性議党」もあった。

正義党も「民主化遅滞効果」の被害者といえる。母体となっている団体である「国民勝利21」は1997年に始まり、正義党の前身の民主労働党は2000年に結成された。そして2004年の選挙で国会議員を輩出する。

本来ならばこの時期、前述したようなIMF通貨危機(1997年)以降の市場の破片化に対応した活動をし勢力を増やすべきだったのに、実際に行ったのは産業別の労組を結成することだった。

だがこれは産業化の時代に行われるべきものであって、金属労連、金融労連、言論労連といったものは、2000年以降は既にエスタブリッシュ産業セクターに分類される分野だった。

こんな「時間差」という避けられない事情もあり、現在も「正義党が労働を代表する」と受け止められていない状況がある。

——正義党も変わるべきということか。

正義党が気候危機の問題や性的マイノリティの問題、ジェンダーの問題へと党のアイデンティティを変えなければならないと考えはじめたのは最近のことだ。ジェンダー平等を求める声を、過去から一貫して上げてきたわけではない。

このため、冒頭で述べたような政党の再建に必要な三つの要素が必要になる。2020年の総選挙で国会議員になった張恵英(チャン・ヘヨン、34)議員や柳好貞(リュ・ホジョン、29)議員もフェミニズム運動を行う集団を代表する訳ではない。

つまり、正義党もまた一つ目の「政治エリートを補充するプール」を探すという再建の第一段階にあるということだ。

政党や有権者がアイデンティティを確立するには絶対的な時間が必要だ。このため、「正義党や国民の力はもうダメ」で、「女性議党の実験も終わった」というような、時間の変数を考えない評価は危険だと考える。

(13)韓国の選挙報道の特徴に過度の世論調査がある。毎日数か所で新しい世論調査が行われている。なぜか。弊害はないのか。

歴史的な経緯を考える必要がある。韓国は1987年に民主化したが「妥協による民主化」であったため、90年代になってもテレビに映る政治家が替わらなかった。

このため、政治エリートのプール(集団)を取り替えろという声があがり、政党がこれに応えようとしたが、新しい人物を連れてきても公認をめぐる過程で既存の支持層(党員)に否定されるなど、選挙のたびに混乱が生まれた。

このトップダウンの公認制が引き起こすジレンマを解決するために導入されたのが、世論調査を基盤とする公認制度だ。02年に当時の「新千年民主党」がこれを取り入れ、04年の総選挙の時から他の政党にも広まった。

つまり、ニューフェイスを連れてくるための手段として、世論調査が存在した。そして韓国には、1,2年ごとに選挙(国政選挙は4年に一度の総選挙、同じく4年に一度の統一地方選挙、5年に一度の大統領選挙がある)が続く。

このため、世論調査を行う会社が増え、市場がどんどん大規模になっていった。そして、こうした会社が選挙シーズン以外に生き残るために考えたのが、メディアと手を結ぶことだった。

安価に世論調査を行えるようにすることで、楽をして興味を引く記事を出したいメディアの要求に応えた。一方、消費する市民の立場でも、急激に変化する社会で人々がどんな立場を取っているのか気にするようになっていたことも関連している。こうして、規模が拡大してきた。

——世論調査が世論を作るとの否定的な見方もある。

大統領選の結果が出てみないと分からないが、市民の認識は常に変化している。一方で、レガシーメディアは以前よりも影響力が落ちているとはいえ、自らはまだ社会への影響力を持つと考え、選挙に介入しようとしている。

しかし肝心なのは、投票は投票所に入って、一人で行うということだ。今はレガシーメディアとニューメディアが存在するが、今回の選挙を通じ、メディアの影響力を測ることができるだろう。

第二野党・正義党の沈相奵候補。支持率低迷にあえいでいる。正義党提供。
第二野党・正義党の沈相奵候補。支持率低迷にあえいでいる。正義党提供。

(14)韓国の政治改革について聞きたい。李在明候補が2月15日の選挙戦が始まる際の演説で、「良い政策ならば洪準杓(ホン・ジュンピョ、野党の著名政治家)や朴正熙のものでも、使えるものは使う」と述べ、野党との「連立」の可能性を匂わせた。さらに実は、文在寅政権にもこうした期待があった。保守進歩の対立を乗り越えるというものだが、実現しなかった。これらをどう評価するか。

李在明候補の発言は肯定的に見ている。韓国では時間がかかるが、連立政府というモデルがいずれ登場すると考えている。

背景にはこれまで見てきたように、韓国が抱える問題が多様化と共に、気候危機への対応や福祉システムの再整備など、問題が大きくなっている点が関連している。

文在寅政権が登場した際に連立への期待があったが、連立政治を行うためには、(1)政治制度の変化、(2)政治家たちの経験の蓄積、(3)市民の政治文化の存在という三つのインフラが必要になる。

しかし韓国では政党間の信頼構築の経験もなく、連立を支える(政治家や市民の)政治文化というインフラも無い状態だ。連立は政党や政治家にとって自身のアイデンティティを妥協し、支持基盤を捨てていくことにもなるため、(これを可能にする)政治文化が必要になる。

——前回20年4月の総選挙で、比例代表制を強化する選挙法改定が実現したが、実際には両党が比例衛星政党を作り、制度が完全に骨抜きにされた。先日の大統領選候補者による討論会で与党の李在明候補が正義党の沈相奵候補に謝罪したが、沈候補は「正義党ではなく有権者に謝るべき」と厳しかった。

そうだ。正義党は当時、選挙制度に合意をしたにもかかわらず共に民主党が比例衛星政党を作ったことで、壊滅的な打撃を受けた。一度や二度の謝罪で赦せることではない。

このように、与党の共に民主党としては既に「事故を起こしている」状態だ。このため李在明候補の前出の発言も、単なるリップサービスとして有権者に受け止められる可能性も高い。

これに関し、尹錫悦候補が「当選したら現政権の積弊を捜査する」と発表したが、過去の大統領選であらゆる候補が「当選したら(相手と)力を合わせる」としてきたことを考えると例外的な状況だ。

いずれにせよ、李在明候補としては文在寅政府の失策を抱えながら、より大きな問題に取り組んでいかなければならないと考えているように思える。(連立への)切実さがあるだろう。

(15)有権者の分布をどう見るか。伝統的な「保守」と「進歩」という区分けは分かるが、選挙の結果を握るとされる「中道」という言葉が分かりにくい。

「中道」というのは真ん中という意味の他には意味がない。見てきたように、左右の軸が揺れている中で、静的な真ん中の地点を決めることはできない。正確には「浮動層」と表現すべきだ。

そしてこの層も厚さも政治的な議題により変わる。ある議題では共に民主党と国民の力という党派制が強く25%程度にとどまる場合がある反面、別の議題では浮動層が最大で40%に達する場合もある。

各候補としては、この層が今なにを考えているのが分かりづらいため、慎重にならざるを得ない。20、30代がここに多く含まれている。

——投票率をどう見るか。

前回の77%には及ばないとしても、70%は超えると見る。

(16)インタビューを通じ、韓国政治が転換期にあることはよくわかった。「非好感選挙」とも呼ばれ、政治嫌悪につながる可能性もある選挙と言われているが、ここまでの総評を。

「歴代で最も好感度の低い選挙」とメディアでは書いているが、こうした見方には根拠がない。

なぜなら、そう書く場合には歴代の選挙と比較するデータが必要だが、それが存在しないからだ。今回の選挙が「好感度と非好感度」を調査するはじめての大統領選だ。

その上で述べると、これまで見てきたように、韓国社会に多層的な転換が生まれていることから、市民には不安がある。

いずれにせよ今後誰が大統領になるにしても、今の時代はベストからワーストの選択まで開かれている時代と考えてよい。

韓国の有権者は今が根本的な秩序の変化が可能な時期でもあり、韓国社会が解決すべき大きな問題を抱えていることも理解している。不安の中でとても難しく苦しい選挙を行っている状況だといえる。

投票日まで残り20日。事前投票は3月4日、5日の両日に行われる。
投票日まで残り20日。事前投票は3月4日、5日の両日に行われる。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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