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かすむ民族主義、北朝鮮は「信用ならない共存対象」…韓国市民のリアルな統一観

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
2018年9月、平壌市内でカーパレードを行う南北首脳。写真は合同取材班。

南北分断から75年、朝鮮戦争勃発から70年を迎えた2020年、韓国市民の統一観はどこにあるのか?最新の調査結果からは「新しい統一像」の要求が垣間見えた。

●韓国一の権威ある調査

6月25日に調査結果を発表した統一研究院は、大規模な国策シンクタンクとして南北関係や北朝鮮研究を続ける専門機関だ。

中でも1992年から続く『統一意識調査』は、ソウル大学の統一平和研究院のものと並んで韓国市民の統一観を探る権威ある定期調査として位置づけられている。

統一研究院によると、今回の調査は20年5月20日から6月10日にかけて、対面面接調査のかたちで行われた。標本誤差は信頼度95%、誤差はプラスマイナス3.1%Pだ。

結果は、ここ数年進んでいる「南北が戦争なく平和的に共存できるならば統一は必要ない」という認識の増加が確認される結果となった。また、北朝鮮に関する無関心の増加し、韓国社会の冷めた認識が浮き彫りとなった。

●統一についての認識

(1)あなたは南北韓の統一がどれだけ必要だと考えますか?

「統一は必要」を表すグラフ1。黄色い線が統一研究院、青線がソウル大学統一平和研究院の結果だ。以下グラフはすべて統一研究院配布資料をキャプチャしたもの。
「統一は必要」を表すグラフ1。黄色い線が統一研究院、青線がソウル大学統一平和研究院の結果だ。以下グラフはすべて統一研究院配布資料をキャプチャしたもの。

4段階の回答のうち、「とても必要」と「若干必要」をまとめた数値だ。黄線が統一研究院による結果で60.2%となる。昨年4月の65.6%、2018年の70.7%と比べると数値を下げた。なお2018年は南北、米朝対話が盛んに行われた年だった。

一方、青線はソウル大学統一平和研究院の結果だ。最新の2019年の結果は53.0%で、やはり2018年の59.8%が近年ではピークとなっている。

(2)南北韓が戦争せず平和的に共存できるなら統一は必要ない

グラフ2。青線が『平和共存』、緑線が『統一』をそれぞれ望む割合だ。
グラフ2。青線が『平和共存』、緑線が『統一』をそれぞれ望む割合だ。

5段階の回答のうち「とても同意する」と「多少同意する」を『平和共存を望む』とし、「まったく同意しない」と「別に同意しない」を『統一を望む』と振り分けた(3段階目の「普通」は除かれている)。

青線の『平和共存を望む』は54.9%で、16年以降で過去最高となった。一方の緑線『統一を望む』は過去最低の26.3%にとどまった。16年以降、下降を続けている。

この結果について、統一研究院は配布資料の中で「統一に対するコンセンサス(合意)が弱まった結果であり、現在の生活の方式が維持できるなら、あえて統一が必要でないという認識が反映されたもの」と分析した。

グラフ2−2。右側に行くほど若い。
グラフ2−2。右側に行くほど若い。

上記の結果を年代別に見たものだ。ひと言でグラフの右側の若者層になるほど「平和共存」(橙色)を「統一」(青色)よりも好む傾向が強まる。

今回の調査にあたり、統一研究院は世代を以下の6つに分けた。これが表の左側から順に並んでいる。

・戦争世代:1950年以前

・産業化世代:1951年〜1960年

・386世代:1961年〜1970年

・X世代:1971年〜1980年

・IMF時代:1981年〜1990年

・ミレニアル世代:1991年以降

韓国の民主化に大きく貢献し、民族意識が特に高いとされる『386世代』でも、「統一」を好む割合は29.5%にとどまり、「平和共存」を好む54.0%と大きな差が出た。

一方、30歳以下の『ミレニアル世代』では、実に63.6%が「平和共存」を好み、「統一」を好む層は17.9%しかいないということが分かった。

(3)南北が一つの民族だからと、必ずしも一つの国家を作る必要はない

グラフ3。青色が『民族主義統一観』、橙色が『脱民族主義統一観』となる。
グラフ3。青色が『民族主義統一観』、橙色が『脱民族主義統一観』となる。

この質問もやはり、5段階の回答のうち3段階目の「普通」を除いた結果を比較している。

「とても同意する」「多少同意する」とした青色の『民族主義統一観』は25.5%だった。

一方、「まったく同意しない」「別に同意しない」と答えた層は『脱民族主義統一観』と名付けられ(橙色)、今回の調査では46.9%と急激に増えている。

グラフ3−2。年代別分析。右側の若い世代では『脱民族主義統一観』が顕著だ。
グラフ3−2。年代別分析。右側の若い世代では『脱民族主義統一観』が顕著だ。

これは年代別に整理したものだ。

表にある年代分けの内容は(2)と同様だ。右側、つまり若年層になるほど橙色の『脱民族主義統一観』が強くなる。40歳以下の『IMF世代』と30歳以下の『ミレニアル世代』では共に50%を超える。

また、『386世代』でも『脱民族主義統一観』が半数を超えている点が印象的だった。

(4)南北韓が一つの国でなくとも、国民が共に往来でき、政治経済的に協力するならそれも統一と言える

グラフ4。『連合制』を好む回答が高い傾向が見える。
グラフ4。『連合制』を好む回答が高い傾向が見える。

統一研究院は上記の質問に対し「まったく同意しない」「別に同意しない」と答えた層を『単一制を好む』(青色)とし、「とても同意する」「多少同意する」と答えた層を『連合制を好む』(橙色)と分類した。

そしてそれを前出の年代別にグラフ化した。一番右が回答者全体の数値となるが『単一制を好む』層が28.7%、『連合制を好む』層が40.2%だった。

年代別には唯一『産業化世代(1951年〜60年)』で『単一制』が上回ったが、年代が下がるにつれ『連合制』が圧倒した。

なお、2000年の南北首脳会談により、韓国と北朝鮮は単一国家への統一(一国家一制度)の前段階として、南北連合の段階(一国家二制度)を置くことで合意している。

だが、20年経つ今もこの試みは一歩も進んでいない。

(5)統一が国家と個人にとってどれだけ利益になると考えるか?

グラフ5。統一は個人には余り利益をもたらさないと思われているようだ。
グラフ5。統一は個人には余り利益をもたらさないと思われているようだ。

この項目の質問は「統一が韓国の国家全体にどれだけ利益になると考えるのか」(青色)と、「統一が自身にどれだけ利益になると考えるか」(橙色)という二つに分かれる。択一ではなく、それぞれについてどう思うか、という質問だ。

20年の調査結果では「国家の利益になる」との答えが64.8%、「個人の利益になる」との答えは31.0%だった。

これについて、統一研究院は「韓国の国民たちは統一が国家の利益にはなっても、個人には特段利益をもたらさないと認識している」とし見立てた。

さらに、「統一は倫理的もしくは名分として反対しないが、個人に対し重要な価値を持つ事案でないと考えており、これが統一の必要性に対する認識の持続的な低下の原因となっている」と分析している。

●北朝鮮についての認識

(6)あなたは北朝鮮に対しどれだけ関心があるか

グラフ6。北朝鮮に対する無関心は年々高まっている。
グラフ6。北朝鮮に対する無関心は年々高まっている。

「まったく関心がない」「別に関心がない」「多少関心がある」「とても関心がある」の4段階の回答のうち、「まったく関心がない」「別に関心がない」と答えた人々の割合だ。

2020年は61.1%が該当する。統一研究院では2018年以降も無関心層が増加している点を取り上げ、「実質的な変化をもたらせない南北関係に対する国民の期待観の下落を反映している」と分析している。

また、グラフは割愛するが、若い世代になるにつれ無関心層の割合は高まっている。1981年〜90年に生まれた『IMF世代』では71.4%。1991年以降に生まれた『ミレニアル世代』では69.4%に達している。

(7)あなたは現在、金正恩政権が対話と妥協が可能な相手と考えるか?

グラフ7。金正恩氏への信頼度と妥協の可能性についての回答だ。
グラフ7。金正恩氏への信頼度と妥協の可能性についての回答だ。

この項目も質問が二つに分かれている。「あなたは金正恩政権が対話と妥協が可能な相手と考えるか」(青色)と、「あなたは前の質問と関係なく、金正恩政権と対話と妥協を追求すべきと考えるか」(橙色)という点だ。

前者の質問に対する5段階の質問のうち、「多少そう思う」と「とてもそう思う」と答えた割合が青色のグラフだ。2020年はわずか15.6%と、約1年前の33.5%から半分以下に下落した。

一方、後者の質問に対してもやはり5段階の質問のうち、「多少そう思う」と「とてもそう思う」と答えた割合が2020年には45.7%となった。2019年の38.1%よりも増加した。

こうした結果に対し、統一研究院側は「金正恩への信頼は減少、対話と妥協追及は増加という結果は2020年になって初めて見られるものだ。これは文在寅政府の北朝鮮政策に対する同意が続くためとみられる。4月の総選挙を経て文在寅政府の北朝鮮政策に対する最信任の意味と解釈できる」とした。

(8)あなたは北朝鮮の軍事力が韓国よりも強いと考えるか?

グラフ8。韓国よりも北朝鮮が軍事的に強いとする認識が高い。
グラフ8。韓国よりも北朝鮮が軍事的に強いとする認識が高い。

5段階の回答のうち「北朝鮮がはるかに強い」「北朝鮮がやや強い」という回答を『北朝鮮が強い』(青色)とし、「北朝鮮がやや弱い」「北朝鮮がはるかに弱い」という回答を『韓国が強い』(橙色)とし、比較したもの。

今回の結果では『北朝鮮が強い』が39.9%で『韓国が強い』32.1%を上回った。2019年4月、同年11月、20年の調査結果でいずれも、『北朝鮮が強い』が上回っている。

統一研究院側は今年1月に米国の軍事力評価機関「GFP」が発表した資料を基に、韓国の国防予算440億ドルは、北朝鮮の16億ドルの27.5倍に達するとしている。

その上でこの結果について「北朝鮮の核兵器に対する恐怖のためと推測される」としている。

(9)北朝鮮の核兵器に対する認識

グラフ9。89.5%が北朝鮮が核を放棄すると考えていない。
グラフ9。89.5%が北朝鮮が核を放棄すると考えていない。

この項目は三つの質問で構成されている。

青色は「あなたは北朝鮮が核兵器の開発を放棄すると考えるか」という質問に対する回答のうち「核を放棄しないだろう」と答えた人の割合だ。2020年の今回の調査では実に89.5%に達した。

灰色は「北朝鮮の核脅威はあなたの生活にどれほどの影響を与えたか」という質問のうち、「まったく影響を与えていない」「別に影響を与えていない」と答えた人の割合となる。2020年には51.2%だった。

そして黄色が「あなたは北朝鮮の核脅威をどの程度心配しているか」との質問に対し「まったく心配しない」「別に心配しない」と答えた人の割合だ。2020年には32.5%だった。

こうした一連の結果に対し、統一研究院側は「数十年間続いてきた北朝鮮の核脅威を、一つの環境的な常数として認識する傾向が見える」と分析している。

(10)北朝鮮の核開発に対し、韓国政府ができることは多くない

グラフ10。韓国政府にできることは少ないとみている。
グラフ10。韓国政府にできることは少ないとみている。

5段階での回答のうち「多少同意する」「とても同意する」と答えた『開発を阻止できない』と答えた割合は41.7%だった。これは2019年11月の34.7%から増加した。

一方で『開発を阻止できる』と答えた割合は22.6%と、19年11月の24.3%よりやはり低下した。

統一研究院は配布資料の中で、これについて「韓国政府が北朝鮮核問題に際し、当事者よりも米朝関係の仲介者の役割を強調したことが影響を与えている」と分析した。

さらに「政府が進める『朝鮮半島の非核化と平和構築』の支持を得るためには、北朝鮮の核問題を管理する能力に対する国民の信頼を得る必要がある」と勧告した。

●専門家「新しい統一への合意が急務」

今回の調査を行った統一研究院は結果をどう見ているのか。29日、今回のプロジェクトを統括した統一政策研究室の李相信(イ・サンシン)室長に電話インタビューを行った。

ーー統一に対する必要性を感じる人が減っている。

統一への意識は南北関係に影響を受ける。南北関係が良い時には統一が必要という声が高まる。南北関係に関するバロメーターといえる。

ーー北朝鮮への悪い認識が統一観にどんな影響を与えているか?

「統一への希望」のように南北関係に関連して回答が上下する質問もあれば、そうでなく一定の方向を持って推移する「北朝鮮への関心低下」といった質問もある。

例えば、若者層にとって北朝鮮は「好悪」を離れ、「近い外国」と変わりない。統一の対象ではないと見ている。世代による変化の上に、目の前に見えるビラの問題などが相互に影響しているとみるべきだ。

ーー平和共存という認識が高まっているようだ。

より正直な認識と見てよい。以前は韓国人にとって「統一」と「平和」の意味はほとんど同じだった。朝鮮半島で平和を守る唯一の方法は統一だったからだ。

しかし今は、特に若者は朝鮮半島の平和を守る方法うち、統一はその中の一つに過ぎず、他により良い方法があると考えている。

統一というのは大きな対価を払うものだ。その対価を払わずに平和を維持できるのなら、その方が良いという考えが急速に広まっている。

ーー民族、は流行らないのか。

根本的には、民族統一、民族主義という概念自体が過去回帰的するだという点がある。民族統一とは「分断以前の状態を回復しよう」というものだ。

しかし多くの人々は分断以前を経験したことはないし、分断以前よりも現在の方が良いと考えるというのは、ある意味当然だ。

統一研究院・統一政策研究室の李相信(イ・サンシン)室長。
統一研究院・統一政策研究室の李相信(イ・サンシン)室長。

ーー代案はあるのか。

統一が過去志向的な民族共同体の回復でなく、文在寅大統領が演説で言及しているような、未来志向型の生命共同体に向かうべきという議論に注目する必要がある。

これは外部の人を排除するような南北の血統的な統一ではなく、人を超えて環境や自然など朝鮮半島の生命を統一するという開かれた概念に通じる。民族共同体の限界を乗り越えようとする試みといえる。

ーーふたたび統一の機運が盛り上がる時期が来るか。

統一とは何か、なぜ統一をすべきかという議論がいる。これまでは「どう統一するのか」という議論だけがあった。

統一は憲法に書かれているため(憲法4条には「大韓民国と統一を志向する」とある)否定するのは簡単ではない。だが今の状態が続くと「統一しなくともよい」と掲げるポピュリズム政党が出てくるだろう。

ーー文大統領に『統一国民協約』を作る公約があった。

そうだ。南北関係の硬直により、この作業は止まっているが、こうした部分を議論する必要がある。

※2021年の制定を目指し、2018年には全国で会合が持たれるなど動きが活性化していた。

ーー若者の統一認識は特に厳しいが、これをどう反転させればよいのか。調査結果に危機感はあるか。

危機とは思わない。韓国社会の変化は早いので、ある意味当然と考えている。北朝鮮と共に生きていく方法を探すのが統一研究院の役割だ。

今回はじめて、「南北が一つの国でなくとも、国民が共に往来し政治経済的に協力するならばそれも統一と言えるか」という質問を入れたが、これに40.2%が「そうだ」と答えた。

統一には様々なビジョンがある。新しい統一に対する合意された世論を形成するのが急務だ。

ーー南北の連合体が目的になるということか。最終形は一国家一制度では。

90年代前半に与野党合意で作られた「民族共同体統一方案」から30年が経った。これに手を入れる時が来たと考える。統一観のパラダイムが変わりつつある。国民が参加し、議論を進める方向に進むべきだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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