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金正恩氏が採るべきだった「プランB」、韓国市民を敵に回すな

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18年4月、板門店で行われた南北首脳会談での一コマ。写真は共同取材団。

朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)政府が16日に行った南北共同連絡事務所の爆破。なぜこんな極端な事態になったのかを考えてみる。原因を除去しない限り、問題は解決しないからだ。

●北朝鮮側のロジック

北朝鮮側の考えは「実践のない約束よりも偽善的なものはない」というものだ。北朝鮮の李善権外相が12日の談話で実際にこの表現を使っている。とても分かりやすい。

具体的にはどういうことか。まず韓国に対しては、「対南事業」を「対敵事業」へと転換し、今回の爆破を主導したとみられる金与正(キム・ヨジョン)氏が17日の談話で明かしている。以下の3点に要約できる。

1:私たちの尊厳の代表者である委員長同志を侮辱したことは、わが人民の精神的な核に触れたもので、誰であろうとこれは絶対にみじんも認められない。

(説明)韓国内の脱北者によるビラ散布に対する怒りだ。ビラには金正恩国務委員長を「兄(金正男を指す)を殺した悪魔」とする内容などがあった。

2:韓国は何をしでかしたのか認めず、反省もない。韓国は南北関係をけん引すべき責任ある当事者。それなのに外的要因のせいにしている。韓国は板門店宣言と平壌共同宣言、南北軍事合意書を守っていない。

(説明)板門店宣言には「ビラ散布を含むあらゆる敵対行為を止める」という内容の他に「民族経済の均衡的な発展と共同宣言を実現するために『10.4宣言』で合意した事業を積極的に推進する。一次的に東海線および京義線鉄道と道路を連結し現代化させ、活用する」とある。

平壌共同宣言には「南と北は条件が整い次第、開城工業団地と金剛山観光事業を優先して正常化させる」とある。南北軍事合意書には「双方は軍事的緊張の解消および信頼構築に従い、段階的な軍縮を実現していくこと」が明記されている。

3:事大主義への批判。親米事大主義への批判。米韓ワーキンググループが原因という視点。南北関係よりも同盟が優先という視点への批判。南北関係が米国の籠絡物になってしまった。

(説明)2018年10月に米韓政府により作られた「米韓ワーキンググループ」は、韓国の北朝鮮政策に「許可」を与える機関として今日まで機能している。自主性を損ねた、という不満だ。

これらは韓国に対し爆破を正当化する理由、と言い換えてもよいだろう。

さらに爆破に踏み切った直接的なトリガーとしては、6月15日の文大統領のメッセージへの失望があった。「対話に戻ろう」とした文大統領は大恥をかいた。北朝鮮側が求めていたのは「行動」だったからだ。

では米国に対する認識は何か。

やはり12日の米朝首脳会談2周年に合わせ発表された、李善権外相の談話に答えがある。

「米朝関係改善に対する希望は、今日の悪化上昇という絶望に変わり、朝鮮半島の平和繁栄に対する一握りの楽観すら悲観的な悪夢の中にしぼんでしまった」と失望を語った。

そしてトランプ大統領に対し「政治的治績を作る以外のなにものでもない」と、北朝鮮が利用されたことに怒った。

13日の北朝鮮外務省クォン・ジョングン米国担当局長の談話もこれに続いた。「米朝対話がなく非核化が宙に消えたのは、仲裁者(韓国)がいないからではなく、条件が満たされないから」とある。

この条件とは「北朝鮮に対する米国の敵視政策が根源的に終息すること」である。その姿勢を米国が示さず、韓国軍の装備強化を手伝い、譲歩や妥協による信頼構築を怠っているという不満だろう。

それが実現するまでは北朝鮮も核武力をはじめとする武力強化を止めない、というものだ。

●かなわぬ最適解

このように、北朝鮮側の論理には一貫性と説得力があることは確かだ。

北朝鮮にとっての最適解とはまず、米国が今すぐにでも妥協してくれることだ。

その中身は2018年9月の平壌南北共同宣言で提示した寧辺核施設の廃棄、さらに決裂に終わったが19年2月のハノイ米朝首脳会談で示した「寧辺プラスアルファ」という、いわば「全廃棄」ではない「一部廃棄」でのスタートだ。

これができれば、すでに18年6月のシンガポール米朝首脳会談で合意していたとされる朝鮮戦争の終戦宣言や米朝連絡事務所の設置が行われ、休戦協定を平和協定へと転換する正式な会合を南北米中で作ることになる。

その後、少しずつ前に進みながら行動と信頼を重ね、最終的に「朝鮮半島の非核化」と「米朝国交正常化」の同時ゴール、というのが理想となる。経済制裁は段階的に解除され、やはり同時ゴールの際になくなる。大規模経済援助も随時行われるはずだった。

だが、米国はこれを呑んでいない。

理由は様々あるが、米国と北朝鮮の「非核化」の定義が異なるという点が最も大きい。米国は、核弾頭を運搬するミサイルやその発射台まで含めた全ての放棄を要求している。これは北朝鮮にとって武装解除に等しいとなる。未来の自衛を考えると受け入れられない。

この大きな溝が埋まらないまま2年が経った。

その間、国連や米国はじめ日本や韓国などによる経済制裁は続き外貨収入は激減、新型コロナによる中朝国境封鎖も追い打ちとなっている。

一方の韓国との関係では、韓国による「やらない」と「できない」の線引きが曖昧なままだ。

ビラ散布の禁止を韓国は明確に「やらない」一方、金剛山観光や開城工業団地の再開は韓国にとって「できない」に入るが、これを北朝鮮は「やらない」と見る。鉄道・道路の連結も同様だ。

韓国政府は大胆に見えるが、その実は慎重だ。国際ルールを破り、米韓同盟にヒビを入れることを避けている。

付言すると、2018年に大胆に対話を重ねられたのは過去の包容政策の貯金、つまり「こうすれば良い」というシナリオのシミュレーションが韓国内部にあったからだ。いわば想定内だった。

だが、米朝首脳会談とその決裂という「未知の領域」は文政権のスタッフたちにとって対応できない課題であったようだ。そのため、国際ルールを守る原則対応に落ち着いてしまった。慎重な文大統領も決断できていない。

こうした一連の動きが冒頭の「実践のない約束よりも偽善的なものはない」という言葉の背景だ。北朝鮮は交渉がうまく進まないので爆発した。

●「プランB」の中身

だが筆者は、北朝鮮政府に「プランBはなかったのか?」と問いたい。安保・経済懸念の全てを一括で解決しようとしていたようだが、それができないというのは少なくとも19年2月のハノイ決裂を経て以降は、明らかに判明していた。

この時、北朝鮮は「韓国との関係を深め時間を稼ぎ、国際世論に訴える」というプランBを採るべきだったのではないか。

韓国は前述したような金剛山観光や開城工業団地といった「型破り」はできないものの、できる範囲で状況を動かそうと大規模食糧支援、医療支援、植樹事業などで国連の制裁免除をすでに取り付け、北朝鮮に実施を打診していた。

だが今回の事態の責任を取り17日に辞任を決めた金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官の言葉を借りると、「北朝鮮がことごとくこれを拒否した」。

だが筆者は、北朝鮮はこれらを受け入れ韓国との信頼を高めることで、国際社会にもっと自らの正当性をアピールできたのではないかと問いたい。経済の苦境を乗り越えるためにも、受け入れは必然といえる判断だったのではないか。

そうすれば韓国にもアドバンテージが生まれ、さらに国際社会に協力を呼びかけられる。そうした「担保の役割」をもっと積極的に韓国に持たせるべきだった。小さく始めて大きな成果を得られるよう、もっと韓国を利用すべきだった。

さらに北朝鮮側が見誤っている部分がもう一つある。

それは2018年に世界を巻き込み盛り上がった、あの対話の雰囲気を可能にしたのは何か、というものだ。筆者は8割を超える韓国市民の圧倒的支持が、前年に「ろうそくデモ」で政権を変えたあのパワーが影響したと考える。

つまり、18年の対話の意義が「17年の軍事的緊張を緩和する」という小さな目標ではなく、「朝鮮半島積年の懸念を解決する」という所まで進んだ原動力に、統一という長大な「歴史の完成」に向けた韓国社会のエネルギーが存在したということだ。

だがそれも、今回の南北共同連絡事務所の爆破で大きく後退するだろう。

遠からず世論調査結果が出るだろうが、韓国世論は北朝鮮に否定的になるのは確実だ。6月初旬まで「約60%が制裁を緩和すべき」としていたのにもかかわらず、北朝鮮はこの世論を利用しなかった。

折しも17日、韓国大統領府は文大統領の意として「北朝鮮は礼儀を守れ」と発表した。このひと言が世論の悪化を加速させるだろう。

●国は私有物ではない

筆者みずから事情を整理するため、長々と書いてきた。結論を言うと、北朝鮮は今からでも韓国を利用する路線を採る(あえて「戻る」とは言わない)べきだろう。

国際社会の中で、北朝鮮の未来を真に考えている国は韓国しかない。

韓国の「太陽政策」つまり北朝鮮を包容する政策がいずれ吸収統一に向かうと考えているならば、既に文大統領が「南北が別に暮らす共同繁栄」を明言しているではないか。

今日も北朝鮮住民の経済的苦境は伝えられている。

朝鮮民主主義人民共和国とそこに住む国民は金正恩、金与正きょうだいの私有物ではない。変化を受け入れ、勇気を持って決断を下すことを願う。

【参考記事】

「ビラ中断・制裁緩和」が6割…韓国の最新世論調査20項目を読む

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20200616-00183655/

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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