韓国「GSOMIA終了」の論理と、その余波

22日、GSOMIAに関する報告を受ける文在寅大統領。青瓦台提供。

22日午後、韓国政府は日韓の「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」を延長しないことを決め、発表した。この決定にいたる論理とその読み方を追った。

●「国益に符合しない」

22日午後、韓国大統領府の金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長は「GSOMIA終了」を発表した。

同氏は会見の中で、日本政府による8月2日の「ホワイト国リスト」からの除外が「両国間の安保協力環境に重大な変化をもたらした」とし、「こうした状況で、韓国政府は安保上敏感な軍事情報の共有を目的に締結した協定を続けることは、わが国の国益に符合しないと判断した」と述べた。

一方、政府が匿名を求めた別の「韓国政府関係者」による詳しい説明が続いた。

この関係者は韓国政府の立場として、「過去事(過去の出来事)の問題があっても未来志向で日韓の協力を維持するツートラックは不変という基調であった」と主張した。

だがこれに対し「日本政府が『信頼喪失』と『安全保障上の問題』を取り上げ採った経済報復措置は、過去事の問題を経済報復措置に転換した」との見解を示した。

さらに「安全保障の友好協力を行うホワイト国リストから何ら根拠と説明もなく私達を除外した。これを韓国政府は『過去事の問題を安保問題に転移させた』と状況と見なし、GSOMIAの効用を検討せずにいられなかった」と続けた。

つまり、徴用工判決を問題視する日本政府が採った経済報復措置が、安全保障における信頼問題へ移ったとし、その論理にしたがいGSOMIAの終了を決めたということだ。

22日、GSOMIA終了を伝える金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長兼NSC事務処長。政府広報テレビからキャプチャ。
22日、GSOMIA終了を伝える金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長兼NSC事務処長。政府広報テレビからキャプチャ。

同関係者は一方で、「7月末までの状況を見ると(GSOMIAの)維持の方に傾いていた」とも明かした。

だが、大阪G20サミットで日韓首脳会談が無かった点、7月の特使派遣や8月15日の文大統領演説での呼びかけ、さらに直近に中国で行われた外相会談などを例に挙げ、「日本側の態度にいかなる変化もなかった」と指摘、これも理由の一つとした。

この立場は23日午後に開かれた、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長による会見にも受け継がれた。金次長は外交ルートだけでなく、日本の経済産業省も数度の実務協議の要請に応じなかったと明かした。さらに国会の努力も同様だったとした。

●韓国政府が見たGSOMIA

前出の政府関係者は、GSOMIAが持つ意味について「2016年11月以降、計29件の直接交流があった」という事実をはじめ、詳細な説明を行った。

交換した軍事情報の中身は明かせないとしつつ、「2018年には事実上の情報交流が無かった」と言い切り、「今年になって北の短距離ミサイル発射に対し日本側の要求があったため行った」とした。

予想される安全保障上の懸念については、「GSOMIAが終了するからと米韓日の安保交流できなくなったり、完全に遮断されるものではない」とした上で、「2014年12月から韓米日の軍事情報の交換が行われ米国を媒介に間接交換が行われてきた」と、大きな影響は無いとする見方を示した。

その他にもこの関係者はその間、専門家の助言を得たり、毎日世論調査を行ったりと例を挙げ、GSOMIA終了の決定を韓国政府がいかに慎重に決めたのかを力説した。

●決定に国防部と情報機関は難色

上記の「韓国政府関係者」によると、22日の決定はNSC(国家安全保障会議)常任委員会を通じ行われた。

午後3時から始まった同会議により終了が決まり、それを文在寅大統領に報告しに行った席で、1時間ほど大統領と李洛淵(イ・ナギョン)総理を挟んだ討議が行われ、最終的に裁可されたとのことだ。

NSCとは国家の安全保障に関し大統領に諮問を行う機関だ。国防・外交など各部署間の連携と意思疎通を図る役割が大きい。

常任委員会は、委員長として国家安保室長をはじめ、国家情報院長、国防部長官、統一部長官、外交部長官、大統領秘書室長、国家安保室第1次長(兼NSC事務処長)、国家安保室第2次長の計8人で構成される。

NSC常任委員会終了後、文在寅大統領に報告する会議が行われ「GSOMIA終了」が裁可された。右端は鄭景斗国防部長官。厳しい表情で文大統領に語りかけているようだ。写真は青瓦台提供。
NSC常任委員会終了後、文在寅大統領に報告する会議が行われ「GSOMIA終了」が裁可された。右端は鄭景斗国防部長官。厳しい表情で文大統領に語りかけているようだ。写真は青瓦台提供。

ここで興味深いのが、この8人がそれぞれどんな立場だったのかという点だ。

徐薫(ソ・フン)国家情報委員長は8月1日に国会の情報委員会に参加した席で「GSOMIAの内容上、実益も重要である上に象徴的な意味もあり、破棄には慎重」との立場を示していた。

また、国防部の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)長官も21日に国会の国防委員会で「政府が決めること」としつつも、「GSOMIAの戦略的価値は十分」と発言していた。

つまり、GSOMIAで扱われるミサイルなどの情報と深く関わる情報機関と軍が維持を主張してきたにも関わらず、GSOMIAの終了は決定されたことになる。

●外交部と統一部は「終了」 文大統領の判断は

これに関し興味深い発言があった。与党・共に民主党の李錫玄(イ・ソクヒョン)議員は22日、聯合ニュースに対し「国防部は強く(破棄に)反対した」と明かした。

さらに「外交部と統一部は(代案として出ていた)GSOMIAを維持しつつ情報交流を行わない案が、現実の論理と形式と合わないという論理だった」と語り、「NSCでも外交部と統一部のこの論理に大まかに共感し、付いていく雰囲気だった」と説明した。

外交部には冒頭で引用したように、その間の日本政府とのやり取りの中での失望感があったと考えられるが、統一部の主管業務は南北関係であり腑に落ちない。何か目的があったのか。

この関連性について23日、朝鮮半島問題に詳しい統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究委員は筆者との電話インタビューで、「GSOMIA終了は南北関係のためのものではない。統一部はただ、技術的に判断する国防部とは異なる基準で見たという程度では。おそらく現場では維持と破棄で意見が割れたはず」と見立てた。

また、韓国政治に詳しい慶南発展院の李官厚(イ・グァヌ)研究員は23日、やはり筆者との電話インタビューで「こういう事案は、大きな会議で決まるものではない。大統領と近い少数の人物が決めたのではないか」と分析した。

李研究員はまた、決定の裏側について「文大統領の執務スタイルを考えると、政治的な目的に沿ってというよりも、事務的に判断をした結果ではないか。法的な部分、韓国の安全保障に与える影響、日本のさらなる報復措置などを関連部署とあらかじめ綿密に検討した上で、総合的に決定したのだろう」と述べた。

22日夜、ソウル市内で行われたシンポジウム。「日本問題の分析と対策」とある。筆者撮影。
22日夜、ソウル市内で行われたシンポジウム。「日本問題の分析と対策」とある。筆者撮影。

●歴史認識と米国

それでは今回の決定をどう受け取るべきか。22日夜、ソウル市内で開かれた日韓関係に関するシンポジウムで、韓国の専門家が見解を述べた。

まず、ソウル大学日本研究所の南基正(ナム・ギジョン)教授は「歴史問題と日韓関係再構築の信号弾だ。漸進的かつ長期的な変化が始まった」と本質的な意味に言及した。

これは、今回の一連の動きの始まりとなった18年10月の徴用工判決が内包する日韓の「65年体制」問題を指すものだ。植民地支配の違法性を認めるのか否かという歴史認識問題を直視した上で解決し、新たな日韓関係を築けるのかという問いかけだ。

南教授は一方で、「日本政府による『ホワイト国除外』が2004年以前に戻るだけと言うのなら、GSOMIAの破棄は2016年以前に戻っただけだ」とも語った。これは「ホワイト国除外」当時の河野太郎外相の論理に従った反論だ。

さらに「とても強い措置というほどではない。日韓関係の破綻などはない」と語った。

また、韓国政府と近い聖公会大学の梁起豪(ヤン・ギホ)教授は「GSOMIAは日韓の間でそれほど意味があるものではない。そもそも韓国に対し安全保障上の問題を持ち出してくるのなら、日本政府が先に破棄するのが正しいのでは」と持論を述べた。

また「米国が譲歩せよといっても、それに無条件したがう訳ではないということ」との解釈を示す一方で、「日韓の相互不信は深まるだろう。関係が冷え込むしかない」と見通した。

この両者はいずれも進歩派に分類される学者であるが、その指摘は今回の決定の本質を付いている。日韓が過去の歴史問題をどう見るのかという態度と、米国に「NO」を突きつけた点がそれだ。特にGSOMIA延長を求めてきた米国との関係は、今後の大きな焦点と見られている。

●米国は「強い不満」

聯合ニュースによると、米国のポンペオ国務長官は22日(現地時間)、「韓国が情報共有合意に対し下した決定を見て失望している」と明かした。

国務省はさらに論評で「文在寅政府がGSOMIAを延長しなかったことに対し、強い憂慮と失望を表明する」とし、「この決定が米国と同盟の安保利益に否定的な影響を与え、我々が直面した深刻な安保的な挑戦に関し、文在寅政府の深刻な誤解を表明しているものと何度も明らかにしてきた」と韓国政府を名指しで批判した。

また、米国の国防総省の報道官も論評で「強い憂慮と失望を表明する」としたと同社は報じた。見た通り、いずれも強い論調だ。

統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究委員。7月、筆者撮影。
統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)選任研究委員。7月、筆者撮影。

前出の統一研究院の趙研究員は、こうした米国の反応について「大変なことだ」と評価した。その理由については、「米国のインド太平洋戦略を揺さぶるものだからだ。GSOMIAは韓米日の安全保障体制の出発点であり、米国が朴槿恵政府の混乱に乗じてなんとか実現させたもの。それが壊れたのでとても当惑しているだろう」と分析した。

さらに、「今回の措置によって、日本にはショックを与えたと言えるかもしれないが、韓国には米韓関係を安定的に管理する宿題が生まれた。この米国の不信を解消するために、米韓同盟において何らかのカードを切る必要がある」と述べた。

●韓国は厳しい二正面作戦に

「安全保障は慎重に慎重を重ねるものだ。感情で決めるものではない。必ず日本は報復するだろうし、米国は対価を求めてくる」

一連の取材の中で、匿名を要求したある専門家が怒りを込めて述べた言葉だ。こうした指摘は、韓国メディアでも多く見られる。

その真意は「韓国政府の戦線が広まった」ということだろう。ここで安全保障というのは「生存」と言い換えてもよい。

日本との間での問題だった歴史認識問題や輸出管理の問題が、GSOMIAにつながったことで、一般的に韓国の命綱と見られている米韓関係まで巻き込むことになった。

今、韓国の一部専門家たちは、遠からずあるであろう米国による中距離弾道ミサイルの配備要求を、文字通りの「国難」として捉えている。中露の強い反発が必至だからだ。

前出の李研究員は今回の青瓦台のGSOMIA終了という決定について、「意外ではあったが政府としては真摯に決定を下したと見る他にない」と評価する。

筆者も、政治的な真摯さという点では同感だ。しかし今回の決定は日米にとって「強硬姿勢」として受け止められる他にないだろう。

歴史認識問題の解決も、米国に対し自主外交を行うこともまた、新しい東アジアの秩序を求める文在寅政権にとっては必然的な通り道といえる。

しかしあえて本音を述べるならば、その全てが肯定的なムードの中で行われてほしかった。悪いタイミングで舵を切ってしまわなかったか。政府の決定から一晩経って、期待よりも不安が大きい。