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北朝鮮2度目のミサイル発射、韓国で変わるものと変わらないもの

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
10日、就任から丸2年を迎えた韓国の文在寅大統領。写真は青瓦台提供。

北朝鮮がここ一週間で2度目となるミサイル発射訓練を行う中、韓国の文在寅大統領は特番インタビューに出演し、自身の見解を長く語った。しかし、韓国の世論は危機的状況にある。詳細をまとめた。

●発射したのは「ミサイル」

韓国軍の合同参謀本部は9日午後、「本日16時29分と16時49分に平安北道の亀城区域で、短距離ミサイルと推定される不詳の発射体をそれぞれ1発ずつ、2発を東側に向けて発射した。推定飛行距離はそれぞれ420余キロ、270余キロ」と明かした。

一方、北朝鮮の『朝鮮中央通信』は10日、「金正恩同志が5月9日、朝鮮人民軍前縁および西部戦線防御部隊たちの火力打撃訓練を指導した」と報じ、「様々な長距離打撃手段」の火力訓練を行ったとした。

5月9日、「朝鮮人民軍前縁および西部戦線防御部隊たちの火力打撃訓練を指導した」金正恩委員長。労働新聞電子版より。
5月9日、「朝鮮人民軍前縁および西部戦線防御部隊たちの火力打撃訓練を指導した」金正恩委員長。労働新聞電子版より。

また、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』などで公開された16枚の写真からは、発射されたミサイルの一つに、ロシア製の短距離弾道ミサイル「イスカンデル」をコピーしたものが含まれているのが確認できる。

さらに米国の国防総省も9日の声明で、北朝鮮が発射したのは「複数の弾道ミサイル」と言及している。

前回4日の発射時のように、「発射体」もしくは「飛翔体」のような曖昧な表現を使わない米韓の姿からは、国際社会が今後、「ミサイル発射」という前提に立った上で対応を図るであろうことが分かる。

なお、韓国の青瓦台は9日の論評で今回の出来事について、「南北関係の改善と朝鮮半島での軍事的緊張緩和努力に全く役に立たないもの」としている。

●文在寅大統領「南北軍事合意書違反ではない」

韓国の文在寅大統領は、発射からわずか4時間後の9日夜8時半から、公営放送KBSによる「文在寅政府2年特集対談」に生放送で出演し、ミサイル発射を含む北朝鮮政策について24の質問に答えた。

文大統領は、「短距離ミサイルとして米韓両国が推定している」としつつも、「前回(4日)のものは高度が低い上に飛距離が短く、ミサイルと断定するのは早いと見て、米韓両国が分析中だ」と述べた。

だが、北朝鮮メディアで公開されている写真を見ると、前回も今回も同様のミサイルを発射している。

北朝鮮メディアが公開した、今回発射したミサイルの写真。労働新聞より。
北朝鮮メディアが公開した、今回発射したミサイルの写真。労働新聞より。

文大統領は国連安全保障理事会の制裁決議案についても言及した。

「決議案は北朝鮮の中長距離ミサイルを狙ったもの。以前、北朝鮮が短距離ミサイルを発射した時には問題視したことがない」とした上で、「決議案に弾道ミサイルの実験を中止するという表現が入っているので、短距離といえども弾道ミサイルの場合、安保理決議に違反する余地が無い訳ではない」と含みをもたせた。

さらに、「決議案の違反か否か」の判断については「米韓が共調する」と明言した。

また、北朝鮮側の一連の「訓練」が、昨年9月の南北軍事合意書に違反するものであるのかについては「違反ではない」との見解を示し、2つの理由を挙げた。

まずは、前回と今回の訓練が「非武装地帯から一定区域を外れた所で訓練を行う」という合意を破るものではないという点だ。合意書では、「地上では軍事境界線より5キロ以内で砲兵射撃訓練および連隊級以上の野外機動訓練を全面中止する」としている。

次いで、「軍事合意後にも、南北が共に既存の武器体系を発達させるための試験発射や訓練を続けている」という点を挙げた。2017年に頻繁に登場した「北朝鮮による軍事的挑発」という言葉を避け、あくまでも「訓練」であるという見方を示したと言えるだろう。

文大統領は、9日午後8時半から80分間にわたり、生中継で自身の考えを明かした。対談相手はKBSの記者だ。写真は青瓦台提供。
文大統領は、9日午後8時半から80分間にわたり、生中継で自身の考えを明かした。対談相手はKBSの記者だ。写真は青瓦台提供。

そしてこれは、一連の北朝鮮の行為が、南北軍事合意書の第一条「南と北は地上と海上、空中をはじめとする全ての空間で軍事的緊張と衝突の根源となる、相手方に対する一切の敵対行為を全面中止することにした」とも衝突しないという解釈となる。前回4日の「南北軍事合意書に合わない」という姿勢からの修正だ。

それでは対話を続けるのか。これに対し文大統領は、「北朝鮮の意図がどこにあろうとも、北朝鮮の行動がややもすると交渉・対話局面を難しくし得るという点を警告したい。根本的な解決策は、米朝間がテーブルに付くことだと考える。そうなるように韓国政府は様々な角度から努力している」と述べた。

●就任2年、先鋭化する左右対立

ここまでが、発射後にも韓国で変わらないものだ。

南北軍事合意書はそのまま維持され、既存の対話の枠組みも維持する方向に向くだろう。トランプ大統領も9日(現地時間)、「とても深刻に受け止めている」と不快感を示しつつも「注視する」と余地を残している。

だが、これは「我慢」に過ぎない。韓国内に目を向けると、二度続いた北朝鮮のミサイル発射は、韓国社会の世論形成にボディーブローのように影響を与えている。

今月7日、韓国オンラインニュース『オーマイニュース』が世論調査会社『リアルメーター』に依頼して行われた世論調査によると、就任2年を迎えた文在寅政府の朝鮮半島平和政策への肯定評価は52.2%、否定評価は44.7%だった。

調査結果グラフ。肯定評価52.2%の内訳は、「とても評価」28.5%と「良い方」23.7%だ。「とても悪い」も29.1%にのぼる。写真はリアルメーター社より引用。
調査結果グラフ。肯定評価52.2%の内訳は、「とても評価」28.5%と「良い方」23.7%だ。「とても悪い」も29.1%にのぼる。写真はリアルメーター社より引用。

これは、18年4月27日と9月18〜20日の行われた南北首脳会談直後の高水準とは明確に異なるものだ。4月会談直後の世論調査では86.3%(MBC―コリアリサーチ)、同様に9月の調査では82.4%(同)の市民が肯定評価を下していた。

今年2月のハノイ米朝首脳会談の物別れや、最近の韓国をないがしろにするような北朝鮮側の態度に「果たして今の北朝鮮政策で合っているのか」と、韓国の民心が敏感に反応している。筆者の周囲でも「金正恩はなぜ撃つんだ。理解できない」という声が圧倒的だ。

今後さらに事態がエスカレートする場合、「非核化までは甘い顔をせず圧力を高めよ」という北朝鮮への強硬派が増える可能性が高い。そしてこれは、南北関係改善と朝鮮半島での緊張緩和を最大の成果としてきた文在寅政権にとって、政治的に大きな負担となる。

●人道支援で局面打開なるか

そうならないよう、韓国政府は北朝鮮に対する人道支援という新しい局面を通じ、事態を打開しようとしている。そして米国もこれを支持しているとされる。

9日の記者会見で文大統領が明かしたところによると、4日夜に行われた米韓首脳電話会談で、トランプ大統領は人道支援について「絶対的に祝福するという言葉を伝えて欲しい、そしてそれがとても良いことであると自身は考えているということも発表してほしい」と語ったという。

韓国政府が人道支援を行う表面的な理由は、「北朝鮮住民の40%が言わば、飢餓に直面している」(文大統領)という国連機関が伝える北朝鮮の惨状を前にした「同胞愛や人道主義的な次元」(同)だ。

FAO(国連食糧農業機関)とWFP(世界食糧計画)が合同で発刊した、緊急報告書。北朝鮮の食糧生産が過去10年で最低としている。写真は報告書の表紙。FAOサイトより引用。
FAO(国連食糧農業機関)とWFP(世界食糧計画)が合同で発刊した、緊急報告書。北朝鮮の食糧生産が過去10年で最低としている。写真は報告書の表紙。FAOサイトより引用。

とはいえ、「今の対話が膠着している状態をこじ開ける効果もある」(同)という戦略的な姿勢が本音に近いと見てよい。韓国政府が直接支援するのは2010年以降、9年ぶりとなる。これは十分に「南北関係の発展」として捉えられるものだ。

だが、越えるべきハードルはある。武器開発に資源を投入し続け、人民を無視するとも取れる金正恩政権に支援するというのは、その必要性を頭で理解できても、心情的には受け入れ難い。さらに「援助と武器開発を繰り返してきた過去への回帰」という徒労感をもたらす。

この点を意識して文大統領も「食糧支援に対しては、国民の共感と支持が必要だと見る。与野党間での議論も必要だ。与野党代表と大統領が会えればよい」と、世論に配慮を見せている。

●焦点は「南南葛藤」の管理

韓国では現在、「南南葛藤」と呼ばれる北朝鮮をめぐる硬軟世論の分裂が深刻化している。そしてこれは国会での与野党衝突や空転に影響を与え、政治的な混乱につながりつつある。「韓国は左右陣営それぞれが別の国を作るべき」という声まである始末だ。

就任から2年を迎えた今、文大統領は非常に大切な時期を迎えている。

ややこしい説明になるが、背景には韓国市民の特徴とも言える北朝鮮政策への理解の高さがある。市民たちは昨年、久しぶりに回ってきた対話の局面が意味することをよく知っている。

そう、北朝鮮が「核武力の完成」を宣言する中、11年ぶりに南北首脳会談が行われた上に、米朝首脳が史上初めて会って「核と平和体制の交換」で合意した一連のこうした動きが、「平和裏に核問題を解決する最後のチャンス」であることを知っているのだ。

18年9月19日夜、北朝鮮・平壌の中心部にある「5月1日競技場」で、15万人の平壌市民を前に手を取り合う南北首脳。「この時がピークだった」と言わせてはならないだろう。写真は共同取材団。
18年9月19日夜、北朝鮮・平壌の中心部にある「5月1日競技場」で、15万人の平壌市民を前に手を取り合う南北首脳。「この時がピークだった」と言わせてはならないだろう。写真は共同取材団。

核の完成はあくまで先代の「遺訓」であり、金正恩委員長は合理的な判断をするというイメージが韓国社会に存在する。昨年来、そう印象付けてきたのも韓国政府だ。度重なるミサイル発射により対話の枠組みが崩れる場合、その批判の矛先は「見誤った」文大統領に向かうことになる。韓国の大統領制の宿命だ。

同時に、板門店宣言を境に「戻れない非核化の橋を渡った」と肯定的に評価されてきた金正恩氏にとってもこの図式は当てはまる。

もちろん、金正恩氏は韓国の指導者ではない。だが、「話の通じないダメな指導者」と見なされる場合、北朝鮮に対する攻撃的な態度や無関心、または諦めが表面化する可能性がある。そしてその先には「八方塞がり」の現実しか残らない。

だからこそ、文在寅政権は国際的な対応よりも今は、国内世論に注意を向けるべきだろう。野党勢力との積極的な対話を通じ、北朝鮮政策を研ぎ澄ます必要がある。そしてこれに成功してこそ、朝鮮半島の未来もある。韓国にあって、北朝鮮にない民主主義を今こそ力とすべきだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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