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北朝鮮「短距離発射体」が韓国に与える衝撃

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
昨年9月、南北首脳会談後に白頭山を訪問した南北両首脳。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

4日朝、北朝鮮が「短距離発射体」(韓国国防部の発表による)を発射した。これは昨年から構築してきた南北の信頼関係を損ねる可能性がある。焦点をさぐった。

「70〜200キロ飛行する発射体数発を発射」

韓国軍の合同参謀本部は4日、「北朝鮮は今日、9時6分頃から9時27分頃まで、元山(ウォンサン)北方の虎島(ホド)半島一帯で、北東方向に不詳の短距離発射体数発を発射した」と発表した。

なお、第一報では「短距離ミサイル」と表現していたが、第二報でこれを「短距離発射体」と修正している。

同本部はまた、発射体について「東海(日本海)まで約70キロから200キロまで飛行した。追加情報について米韓が精密に分析中」とする一方、「韓国軍は北朝鮮の追加発射に備え、監視および警戒を強めた中、米韓間で緊密に共調しながら、万般の対備態勢を維持している」と発表した。

焦点は南北合意の「違反」判断

記事を書いている4日午後0時現在、韓国軍が言う発射体の正体は明らかになっていない。だが、第一報で「ミサイル」と明記しているのは見逃せないだろう。なお、今回の「発射体」がミサイルであるならば、一昨年2017年11月29日の「火星15」発射以来、約一年半ぶりとなる。

実はこの修正部分から、韓国政府の苦悩が透けて見える。背景にあるのは『南北軍事合意書』をめぐるジレンマだ。

[全訳] 歴史的な「板門店宣言」履行のための軍事分野合意書(2018年9月19日平壌)

https://www.thekoreanpolitics.com/news/articleView.html?idxno=2683

正式名を『歴史的な板門店宣言履行のための軍事分野合意書』というこの文書は、昨年9月19日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で行った南北首脳会談の席で、韓国の宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官(当時)と北朝鮮の努光哲(ノ・グァンチョル)人民武力相により署名されたものだ。

南北首脳はこれを土台に同じ日に『平壌共同宣言』を発表し、その中で「南と北は非武装地帯をはじめとする対峙地域での軍事的な敵対関係終息を、朝鮮半島の全地域での実質的な戦争の危険の除去と根本的な敵対関係の解消につなげていくことにした」と高らかに宣言したのだった。

平壌南北首脳会談がもたらす「朝鮮半島新時代」

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180920-00097637/

青瓦台(韓国大統領府)は当時、一連の合意について「南北首脳が実質的な(朝鮮戦争)終戦を宣言したもの」と評価した。そしてこのような朝鮮半島での軍事的緊張の沈静化は、今日に至るまで文在寅政権最大の成果とされてきた。

それが今回の「発射」により覆される危険性が出てきたのだ。なお、弾道ミサイルの発射である場合、国連安保理の制裁決議案違反ともなる。

ミサイルではない可能性も、注目される青瓦台の反応

青瓦台は現在「安全保障室長、国防部長官、国家情報院長などが緊急会議を開いた上で、モニタリングを行っている」と短い立場を発表しただけだ。NSC(国家安全保障会議)を開くという報道もない。

だが、前述したような「ミサイル」から「発射体」への言い換えがどのような経緯により行われたのかは重要だ。これが青瓦台側の指示による可能性もある。

とはいえ、これを単純に「青瓦台の弱腰」と仮定、または断定するには早すぎる。本当にミサイルではない可能性もあるからだ。聯合ニュースは「ある軍関係者がミサイルではないと明かした」と報じている。

また、自身も海軍将校出身で、北朝鮮軍事に詳しい慶南大学・極東問題研究所の金東葉(キム・ドンヨプ)教授は自身のフェイスブックに「その発射数と飛行距離から、最大飛距離65キロの240mmと、同200キロの300mm新型多連装ロケット(放射砲)の訓練と見られる」と見解を明かした。詳細が明らかになるまで予断は禁物だろう。

昨年9月、『南北軍事合意書』にサインする韓国の宋永武国防部長官(左、当時)と北朝鮮の努光哲人民武力相。写真は合同取材団。
昨年9月、『南北軍事合意書』にサインする韓国の宋永武国防部長官(左、当時)と北朝鮮の努光哲人民武力相。写真は合同取材団。

『南北軍事合意書』には、「南と北は地上と海上、空中をはじめとする全ての空間で軍事的緊張と衝突の根源となる、相手方に対する一切の敵対行為を全面中止することにした」とある。

そして「南北軍事共同委員会を稼働させ協議する」としているが、現在までこれは実現していない。今回の発射は図らずも、「中抜き」になっている合意の実態を白日の下にさらした格好だ。どこまでが挑発で、どこまでが通常訓練と見なすのかが分からない。

いずれにせよ今後、こうした「南北軍事合意書」への理解も含め、韓国政府の対応が注目される。また、文在寅大統領の反応も待たれる。

これについて過去、史上初の南北首脳会談を行った金大中(キム・デジュン)大統領の最側近の一人で、北朝鮮との交渉を担当したこともある民主平和党の朴智元(パク・チウォン、76)議員は、自身のフェイスブックに「北朝鮮の自制を求める」とし、「過剰な反応よりも、対話を通じ会談につなげられるよう文在寅大統領の積極的な活動を求める」と明かした。

【以下追記】青瓦台「9.19軍事合意の趣旨と合わない」

【4日午後4:40分 追記】

青瓦台は4日午後3時過ぎ、書面で立場を発表した。注目の南北軍事合意書との兼ね合いについては、「趣旨に合わないもの」と評価した。「反する」という表現を避けた点に注目だ。北朝鮮への批判を最小限にとどめる配慮と見られる。

以下は全訳。

4日午前、北朝鮮の短距離発射体発射と関連し、国家安全保障室長、国防部長官、国家情報院長、国家安保室第一次長と関係官たちは、国家危機管理センターで状況を注視しながら、発射背景と意図を評価した。

現在、米韓の軍事当局は詳細な情報を共有しながら、発射体の細部諸元と種類などを精密に分析中だ。

政府は北朝鮮による今回の行為が、南北間の『9.19軍事合意(本記事にある南北軍事合意書のこと)』の趣旨と合わないものとして、とても憂慮しており、北朝鮮が朝鮮半島での軍事的緊張を高調させる行為を中断することを求めます。

今後、政府は米韓間の共調の下で、監視態勢を強化し、必要な場合には周辺国家と緊密に疎通していきます。

特に、非核化に関する対話が小康局面の状態で、このような行為を行ったことに注目しながら、北朝鮮が早期に対話再開の努力に臨むことを期待します。

2019年5月4日

青瓦台報道官 コ・ミンジョン

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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