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「文在寅政権は失敗しつつある」は本当か?(下)「政策手段の失敗、挽回は困難」専門家に聞く

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
11月5日、与野党の院内代表と会合を持った文在寅大統領(中央右)。青瓦台提供。

前回の記事では、文在寅大統領の国政支持率下落の直接の原因が経済政策への低評価にあるという点に触れた。だが、こうした現象を「起こるべくして起きた」とする視点も少なくない。文在寅政権が韓国政治のメカニズムの前に無力感を漂わせている。

「文在寅政権は失敗しつつある」は本当か?(上)経済問題で支持率40%台へ

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20181129-00105919/

筆者が今回、話を聞いたのは韓国・西江大学社会科学研究所の李官厚(イ・グァンフ)研究員。韓国政治のメカニズムに精通し、韓国の政治改革を陣営にとらわれない立場から主張する姿勢で知られる。インタビューは27日、ソウル市内のカフェで行われた。

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李官厚研究員

1976年10月生まれ。西江大学政治外交学部、同大学院修士課程卒業。英国University College Londonで政治学博士を取得。過去、2人の国会議員の下で合計6年間のあいだ補佐陣を務める。「良い代議民主主義はいかに可能か」が研究テーマ。研究の傍ら、西江大、慶煕大などで講義を行う。韓国紙にコラムの執筆も多い。

――文在寅大統領の支持率下降が続き、一部では「レームダック(政治的な影響力の喪失)」に陥っているとの指摘(※1)も出ている。この視点をどう見るか。

今をレームダックと見るのは難しい。そう主張する人たちは文大統領を揺さぶろうとしているだけだ。政治的な修辞に過ぎない。だが、レームダックが早まる可能性があるのは確かだ。そこには二つの要因がある。

まずは(5年)単任性の大統領であるということを人々が学習している点だ。政権が変わると政策の一貫性が無くなる事が多いので、例えば官僚が一生懸命仕事をしなくなったりする。任期の後半には支持率が下がる大統領が多いため、必然的にレームダックの時期は早まらざるを得ない。

また、選挙の時期とも関連がある。中盤に国会議員選挙がある場合、与党議員が(支持率の低い)青瓦台(大統領府)との距離を置こうとする傾向もある。こうなるとやはりレームダックは進む。

二つ目に、文在寅政権は(朴大統領の弾劾を経て)繰り上げ選挙で誕生した点を挙げたい。このため期待値が非常に高い中で発足した。今年上半期には「支持率が高すぎる」との懸念もあったほどだ。

こんな状態で少しでも支持率が下がると、否定的な世論が形成される。すると青瓦台(大統領府)では反転させようとするので、上下が激しくなる。この過程が繰り返されると安心感が損なわれていく。

(※1)野党の重鎮議員である、孫鶴圭(ソン・ハッキュ)正しい政党代表や朴智元(パク・チウォン)民主平和党議員、さらに朝鮮日報など一部保守メディアが主張している。

――支持率の低下を受け「大統領が全面に出てくるべき」と、リーダーシップを要求する声が出てきている。今、どうやれば文政権はこの状況を打破できるか。

今の文政権の危機は、支持率が低く、経済状況が困難といった現象的なものよりも、発足初期と比べて、政府が取れる政治的手段が大幅に減ってしまった点にある。これこそが危機だ。

私は政権発足当初から野党との「連立」を提案していたが、これは実現されなかった。この夏にもそうした動きがあったが(※1)、やはり実現しなかった。二度のチャンスを失ったと見る。今から提案するとしても、政府の危機感が透けてみえる状態では難しい。

連立をしなければならなかった理由は、国会で自由韓国党の同意を得なくては「何もできない」状態にあるからだ(※2)。この部分でもどかしさがある。

例えばチョ・グク民情主席秘書官の役割は、司法改革や高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設置であるはずなのに、昨年の就任後から一歩も前に進めていない。

経済政策も同様だ。政府で最低賃金だけ上げればよいのではなく、他に社会福祉制度や、別の経済政策(編注:財閥企業の規制強化など)と並行されてこそ、シナジー効果があるはずなのに、これができない。

先日、退任したキム・ドンヨン副総理(兼企画財政部長官、日本の財務大臣に相当)が「政治が責任を回避している」と発言し、与党からは「すべての改革が国会の前で止まる」という発言もあった。

だが、私は「そんな事は政権発足当初から分かり切っていたことだ」と指摘したい。

(政府や与党は)「所得主導成長が成果を出せないのは、国会が関連する立法をしてくれない」という主張をしているが、これは余りにもナイーブなものだ。

どこの野党が、与党に成果になる法案を通してくれるというのか。青瓦台の成果になる司法改革の法案を、野党が通すはずがない。

※1:青瓦台は7月23日、「適切なポストに適切な人物ならば『協治(協力する政治)内閣』を構成する意志がある」とし、野党の入閣をにおわせた。だが一か月後、青瓦台は「各党の反応を見て困難になった」とこれを取り下げた。

※2:韓国国会の定数は300。法案通過のためには180席が必要だ。29日現在、与党・共に民主党は129議席、保守派の旧与党・自由韓国党は112議席、中道保守派の正しい政党が30議席、左派の民主平和党と正義党が14議席と5議席となっている。保守政党の協力なしには法案が通らない。現在の国会議員は文在寅政権発足(17年5月)前の16年4月に選出されていた。次回選挙は20年4月。

11月8日、慶尚北道の浦項(ポハン)市内にある市場を訪問した文大統領。市民とカメラに収まる。写真は青瓦台提供。
11月8日、慶尚北道の浦項(ポハン)市内にある市場を訪問した文大統領。市民とカメラに収まる。写真は青瓦台提供。

――確かに、政権発足時から少数与党と協治の問題はずっと指摘されていた。

政権発足直後、政府や与党内には「『ろうそくデモ』の勢いもあるから、自由韓国党も無理できないだろう」との見通しがあったようだ。

例えば、朴槿恵大統領弾劾の時に当時の与党が分裂した点などを根拠にしたものと考えられる。国民の世論に自由韓国党は抗えないという視点だ。しかしこれは、楽観的すぎる考えだった。

大統領選当時、文在寅候補の選対では自由韓国党との連立を議論する人たちもいた。だが結局、強硬派が青瓦台の政務ラインを掌握し、これが今まで続いている。結果として、この戦略が失敗した。

――経済政策自体に問題があったのか、政策の実現方法に問題があったのか。そもそも経済政策が短期間で成果となって現れるのは難しいとの指摘もある。また、現在の経済状況を不平等の問題と捉える人もいる反面、単純に稼ぎが減って不満を持つ人もいる。誰に聞いても「景気がいい」と返事する人はいない(笑)。

確かに、経済政策の問題で「満足する」と答える人はいない(笑)。

文政権の経済政策において世論が悪いのは「青瓦台のメッセージがまとまっていない」点も大きい。政府は「所得主導成長で国民の生活がよくなる」という言葉を簡単に発してはいけない。実現しない場合、国民は「騙された」と感じるからだ。

「この方向が正しい」といった、「価値」を中心に国民の同意を得る努力が必要だった。経済の成果を担保するには不確定要素が多すぎる。最低賃金だけが上昇する場合、副作用が多いのは火を見るより明らかだ。

立法手段を統制できない中で「賃金だけ上げれば大丈夫」というアプローチは安易にすぎた。「所得主導成長」と同時に、「革新的な成長」や「公正な成長」が実現し、これを支える福祉政策があってこそ効果があるのは常識だ。

だからこそ、問題は「政策手段の失敗」であるといえる。

経済政策は政府の選択であり、その成果をわずか1〜2年で即断することはできない。ただ、それを実現する手段を政府が十分に活用しているのか、正しいメッセージを政府が発しているのかという点では失敗している。

不動産対策にしても、政府は安易に「良くなる」という言葉を繰り返した。国民に同意を得て納得させる過程が必要だった。行政だけでは対応しきれず、結果的に国民は「裏切られた」と思うようになる。

11月10日、「公正経済戦略会議」に参加した文大統領(中央)。文大統領は最近になって「包容経済」をとみに主張している。写真は青瓦台提供。
11月10日、「公正経済戦略会議」に参加した文大統領(中央)。文大統領は最近になって「包容経済」をとみに主張している。写真は青瓦台提供。

――状況は悪いように思える。今後、政府や与党はどうすればよいのか。

「プランA」がダメなら別の「プランB」が無ければならない。

話を少し戻すと、例えば政権初期に連立を試した上で、「自由韓国党があまりに強硬で改革が進まない」と国民に説明し、世論の力を借りて押すというのは可能だったはずだ。これならば(改革を求める)国民を説得することができる。

だが今になって、(政府や与党から)手を差し出しても、その手を野党が握るはずがない。つまり、プランBが無い状況になってしまった。

最初から青瓦台の選択が間違っていた。政権序盤に連立を提案しておくべきだった。今夏の連立の提案も盛り上がらなかったのは、支持率が低下していたからだ。そんな話に乗る野党はいない。

――重要な機会を逃してしまったということか。

今後、青瓦台が進めようとする改革は、ほとんどが実現不可能になったと見る他にない。

――それでも青瓦台にできることは?

今の韓国の政治制度をひと言で表現すると、「大統領が国会ときちんと話をしなければならない」というものだ。それが不可能な場合、できることは何もない。

「帝王的大統領」というのは、与党が多数の時に可能なことだ。今の状況は大統領や与党の独走を阻む、理想的な政治状況と表現することもできる。

与えられたシステムの中で最善を尽くす必要がある。国会との協力無しには、何も実現しないシステムになっている。それをしたくなければ(法案通過に必要な)180議席を単独で取るしかない。

――自由韓国党には「非協力的」や、朴槿恵政権時代を総括できていないイメージがある。このため、20年4月の総選挙で、与党が180席を確保できるとの見方もあるが。

その可能性は低い。総選挙はまだ遠い。さらに、「このまま行く場合、来年19年第3四半期の経済統計が非常に悪くなる」と多くの専門家が予測している。この数値を見て有権者は投票先を決めるだろう。簡単ではない。

11月23日、青瓦台で大統領秘書室と国家安全保障室の秘書官全員が参加するワークショップが行われた。「国政の成果」を有権者に見せることができるか。写真は青瓦台提供。
11月23日、青瓦台で大統領秘書室と国家安全保障室の秘書官全員が参加するワークショップが行われた。「国政の成果」を有権者に見せることができるか。写真は青瓦台提供。

――それでも文在寅大統領はまだ、過去の大統領と比べると最も高い人気がある。最後に、それでも今後、文政権が挽回するためにできることは。

韓国の政治レベルはとても高まっている。過去のように、社会問題において、大統領個人や青瓦台など少数がそれを解決する時代や次元ではもはやない。

その上で考えると、今後、就任する新しい経済副総理(兼企画財政部長官)が、国民に対し経済ビジョンを明確かつ具体的に提示することが大切になる。

政府がこれまで主張してきた、「所得主導成長」と「革新成長」、「包容成長」が具体的にどう作動するのか、金利上昇や雇用、成長率などの数値も絡めて未来像を説得しなければならない。

そしてこの案を持って、野党と交渉し、関連法案を年内もしくは来年初頭に通過させる必要がある。だが、いずれも簡単に実現するとは思えない。

▲文政権の正念場

見てきたように、文政権の置かれている状況は一般に認識されているものよりも、遥かに厳しいものと言える。

青瓦台の報道官は今も支持率に対しては「一喜一憂しない」との姿勢を崩さない。これは正しくない態度だと筆者は見る。社会改革を成し遂げるためには、もっと泥臭く政治を行う必要があるのではないか。

2018年になり、南北関係は大きく改善された。さらに、来年初頭には米朝間に大きな変化が訪れる可能性もある。だが、それもこれも国内政治の安定があってこそ不可逆的なものになる。

支持率9割で発足した文政権は、わずか1年半で正念場を迎えることとなった。挽回はあるか。(了)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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