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「文在寅に失望」「記者に警告」…二つのデモに見る韓国社会の一断面

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
27日、ソウル都心で行われた「ろうそくデモ2周年」大会。筆者撮影。

「二つのデモ」とは

韓国の市民社会にはここ2年ほど、「キャンドルデモ」と「太極旗デモ」という二つの大きな潮流がある。

参加者が手にろうそくを掲げる「ろうそくデモ」が脚光を浴びたのは、2008年5月のことだ。

当時の李明博(イ・ミョンバク)政権が、米国からずさんな基準で狂牛病の疑いがある牛肉を輸入しようとしている事に怒った市民が、路上に繰り出した。6月には50万人以上が集まったこのデモは、次第に李政権の退陣を求めるものへと発展していったが、政府の強い取締りもあり沈静化した。

そして最近では2016年10月、朴槿恵(パク・クネ)大統領が親友の崔順実(チェ・スンシル)氏と共に国政をろう断している証拠が明らかになる中、同大統領の退陣を求め、最大で230万人以上(主催者発表※)が参加するデモが起きた。

2016年11月26日、ソウルで行われたろうそくデモには主催者発表で150万人が参加した。写真は午後8時頃の光化門の様子。足の踏み場もない人出だった。筆者撮影。
2016年11月26日、ソウルで行われたろうそくデモには主催者発表で150万人が参加した。写真は午後8時頃の光化門の様子。足の踏み場もない人出だった。筆者撮影。

このデモが20週にあいだ続いた結果、同年12月に国会で朴大統領の弾劾が可決され、翌17年3月には憲法裁判所の弾劾認容判決により、朴大統領が罷免されたことは記憶に新しい。同年5月の繰り上げ選挙で現在の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が当選した。

一方の「太極旗デモ」は朴大統領の無罪と弾劾無効を主張するものだ。「ろうそくデモ」に対抗する形ではじまり、こちらも17年初頭には最大で250万人(主催者発表※)もの市民が参加するなど大きな勢力となった。

文大統領の就任後も毎週土曜日ごとにソウル駅や光化門広場に集まり、数千人規模のデモを続けている。

※当時、韓国の警察は数字をめぐるデモ側との葛藤を避けるため、参加者の人数を発表するのを止めていた。両デモの参加者はあくまで主催者によるが、当時欠かさず取材していた筆者の目には「ろうそくデモ」の参加者が遥かに多く写った。とはいえ、「太極旗デモ」の参加者も最盛期には軽く30万人を越えていた。

「ろうそく2周年」大会

27日午後5時半から、光化門広場で「ろうそく2周年大会」が行われた。これは前述したように2年前の10月26日に、朴大統領退陣を求めるデモが始まったことにちなんだものだ。

韓国進歩連帯など主催側の団体が事前の記者会見で明かしたところによると、この日のデモはろうそくデモの成果を祝うと共に、「ろうそくにより誕生したと自任する政府の下で、ろうそくの民意が貫徹されない現実を直視」するためのもの。

中でも「THAAD(高高度防衛ミサイル)配備の撤回」や「日韓慰安婦合意の破棄」が行われず、サムスンのイ・ジェヨン副会長が釈放されるなど「積弊(積み重なった社会の悪弊)が清算されていない」と「文在寅政権への失望」を明らかにするものだった。

27日の「ろうそくデモ2周年大会」の様子。午後5時半から7時まで行われた。筆者撮影。
27日の「ろうそくデモ2周年大会」の様子。午後5時半から7時まで行われた。筆者撮影。

だが、この日の参加者は、2〜300人ほど。主催者側は壇上で「セウォル号沈没事故の再調査」や「最低賃金法の改悪や一般企業と銀行業の分離規制の解除など改革が逆行している」と主張した。

新たな動きとして目立ったのは、metoo運動との関連付けだった。「Metoo運動と共にする市民運動」のチョン・ミレ代表は「社会にはびこる性差別の構造も積弊だ」とし、「過去に戻ることは望まない。性暴力を根絶しよう」と訴えた。

この日の参加者が少なかった理由は、その「矛先」への疑問があった。

2年前、ろうそくデモに参加したとする市民がネット上で「積弊清算が進まないのは、国会で(旧与党の)自由韓国党などが改革法案に反対しているため」と指摘していたのだ。

「文在寅に対してではなく、国会前でデモをするべきだ」とデモに批判的な視線が多かった点にも触れておきたい。

「太極旗デモ」では記者へのテロ予告も

一方、わずか300メートル離れた同じ光化門で行われていた「太極旗デモ」は2〜3000人ほどの多くの参加者で賑わっていた。

デモでは過激な主張が続いた。特に、大韓韓国党の党員を名乗るチェ・ジミン氏の演説に筆者は驚きを隠せなかった。

チェ氏はまず「近くにいる、みじめなロウソクが今後どうなるか楽しみだ」と切り出した。

そしてKBS、MBC、SBSなど韓国マスコミの名を挙げながら、「ろうそくデモの取材に来た記者がどんな論調で、どんな内容の記事を書くのか、リストを作ってすべてチェックし、記者個々人に対し、それ相応の代価を払わせる」と強調した。

大韓愛国党党員のチェ・ジミン氏。太極旗デモを伝えるyoutube映像をキャプチャ。
大韓愛国党党員のチェ・ジミン氏。太極旗デモを伝えるyoutube映像をキャプチャ。

動画はこちらから。

さらに、「『ろうそくデモの傍ら、一部の保守団体が太極旗デモを行った』というくだらない記事を書く場合、KBSもテレビ朝鮮といった会社も、その記者個々人を保護することができないということを、記者たちは骨身に染みて理解することになるだろう」と続けた。

また、「記者は言論労組やデスクが身を守ってくれると思うな。大韓韓国党を侮辱した代価を、身を持って知ることになる」とし、「今日ここに来た記者の顔を撮影しておいた。記事を書く時に注意しろ」と警告した。

チェ氏はなおも「メディアのフェイクニュースにより朴槿恵大統領は弾劾された」とし、具体的な記者の名前を挙げてその記事内容を批判しながら、「来週の太極旗デモに姿を現さない場合には『卑怯者』とみなす」と脅迫した。

「太極旗デモ」で演説を行う大韓愛国党代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員。マイクを持った右から2番めの人物だ。27日、筆者撮影。
「太極旗デモ」で演説を行う大韓愛国党代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員。マイクを持った右から2番めの人物だ。27日、筆者撮影。

続いて壇上に立った大韓愛国党代表の趙源震(チョ・ウォンジン)議員は「大韓民国万歳、自由民主主義万歳、自由統一万歳」を叫び、「金正恩の主席代弁者と呼ばれる文在寅氏のせいで恥ずかしい」とし、「文在寅氏のせいで韓国がバカにされている。文在寅は辞めろ」と主張した。

次いで、「メディアのフェイクニュースにより朴槿恵大統領は追われた。しかし今、朴大統領は570日の間ひと言も話さず獄中で闘っている。これに震えている従北勢力やアカどもを許せない。左派独裁政権を追い出し自由民主主義を守ろう」と強調した。

どう見るか

文在寅政権が発足して1年半になる。ろうそくデモによる早期政権交代だったこともあり、李明博・朴槿恵政権下の厳しい環境の中でデモを行ってきた人々は積極的な改革を期待したが、物足りない思いを抱いているようだ。

一方で、2018年になって南北関係の改善が進む中、急激な変化を受け入れられない人々もいる。金正恩氏は核保有と赤化統一の野望を捨てていないと、譲歩する文大統領を非難する。

このように、本来ならば27日に行われた二つのデモは同列に並べることができる。韓国には言論の自由があるからだ。政権への批判は当然あるべきで、人権侵害を改めない金正恩氏への嫌悪感も理解できる。

だが、筆者にはこの日の「太極旗デモ」で言及された記者へのテロ予告とも取れる内容は完全に一線を越えたものに思えた。最前列で取材していたが、鳥肌が立つと共に思わず周囲を見回した点を記録しておきたい。

両デモを結ぶ動線には警察が簡易検問を設けていた。特に「太極旗デモ」参加者と思われる人物が「ろうそくデモ」側に行けないようにしていた。今年3月には暴力行為に発展したこともある。27日、筆者撮影。
両デモを結ぶ動線には警察が簡易検問を設けていた。特に「太極旗デモ」参加者と思われる人物が「ろうそくデモ」側に行けないようにしていた。今年3月には暴力行為に発展したこともある。27日、筆者撮影。
ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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