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朝鮮戦争「終戦宣言」の年内実現なるか…カギはやはり文在寅

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
韓国の文在寅大統領。今ふたたび「仲介者」となれるか。写真は青瓦台提供。

終戦宣言はどこから?

いくつか順を追ってまとめてみたい。

ずいぶん昔の出来事のように思えるが、米国のブッシュ大統領と韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は2006年11月にベトナム・ハノイで首脳会談を行った。

この席でブッシュ大統領は、2001年の就任後から一貫して嫌ってきた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キム・ジョンイル)政権を「認める」旨の発言をする一方で、「非核化を前提に朝鮮戦争の終戦を宣言できる」としたのだった。

かねてから朝鮮半島での冷戦終結を目指していた盧武鉉政権は、この発言を具体化させる。1953年の停戦協定を平和協定にする際の入り口として終戦宣言を位置づけたのだ。

そしてこれを、平壌に乗り込み金正日国防委員長との間で翌年10月に行った、史上2度目となる南北首脳会談の「10.4南北首脳宣言」に盛り込むことに成功する。

南と北は現在の停戦体制を終息させ、恒久的な平和体制を構築しなければならないという認識を共にし、直接関連する三者、もしくは四者の首脳が朝鮮半島地域で会い、終戦を宣言する問題を推進するために協力していくことにした。

出典:[全訳] 10.4南北首脳宣言(2007年10月4日)

なお、当時の首脳会談の議事録は流出しているため、オマケとして該当部分を引用してみる。

10.4南北首脳宣言に署名する韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(左)と、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(右)。盧武鉉財団HPより引用。
10.4南北首脳宣言に署名する韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(左)と、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(右)。盧武鉉財団HPより引用。

盧大統領:(朝鮮)戦争が終息しない状態で55年間続いている今の状況は清算されなければならず、こうした面から米朝関係が正常化されなければなりません。私は金(金正日)委員長が米朝関係改善のための門を開いておいてさえくれれば、米国にこれに相応する関係改善措置を早く執り行うよう催促します。(後略)

金委員長:しばらく前に、ブッシュ大統領が盧武鉉大統領に電話した際、終戦宣言の問題を言及したという話が出回っているが、それが事実ならとても意味があります。もちろん、終戦を宣言するだけでは問題が解決されませんが、それが一つの始まりになるとみる場合、悪くないというのが私の考えです。朝鮮戦争に関連する三者や四者たちが開城や金剛山のような軍事境界線に近い所に集まって、戦争が終わることを共同で宣布する場合、平和問題を議論する基礎になると考えます。

金正恩国務委員長の父、金正日氏も悪くない反応を見せているのが分かる。

なぜ三者?四者?

しかし、07年当時は「三者や四者」がどの国を指すのか明確にされておらず、議論となった。1953年の停戦協定に韓国は署名していない(韓国の李承晩大統領は北朝鮮に再攻勢をかけようと署名を拒否した)ことから、韓国は当事者ではないという話まで出る始末であった。

そもそも、終戦宣言とは何かという明確な合意が米韓の間に存在しなかった。米国は終戦宣言と平和協定を同一のものと考えていたという見方もある。さらに翌08年2月、韓国に保守派の李明博(イ・ミョンバク)大統領が就任するや「10.4南北首脳宣言」自体が「無かった話」になり、まったく新しい北朝鮮政策に取ってかわった。

これが今年4月27日に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長の間で行われた都合3度目、11年ぶりとなる南北首脳会談で「復活」したのだった。

この会談の目的は、北朝鮮の崩壊・吸収を見越した李明博・朴槿恵政権の過去9年にわたる北朝鮮政策から、北朝鮮との信頼関係を元に非核化と朝鮮戦争の終結(平和協定)を目指した金大中・盧武鉉政権時代(98年2月〜08年2月)の北朝鮮政策に立ち返ることだった。そこで合意された「板門店宣言」で、終戦宣言は以下のように明記された。

南と北は停戦協定締結から65年になる今年に、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制の構築のための南北米三者、南北米中四者会談の開催を積極的に推進していくことにした。

出典:[全訳] 「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」【2018南北首脳会談】

ご覧の通り、この中では「三者、四者」がどこを指すのかが明確にされている。

4月27日、南北首脳会談で「板門店宣言」に署名後、共同会見を行った南北両首脳。板門店合同取材団。
4月27日、南北首脳会談で「板門店宣言」に署名後、共同会見を行った南北両首脳。板門店合同取材団。

ただ、以前Yahooでの記事にも書いたことがあるが、この部分は文章構成が複雑で解釈が分かれるものとなっている。当時は「終戦宣言は南北米三者」で、「平和協定は南北米中の四者」でという解釈が優勢だった。韓国政府もそう捉えていた。

朝鮮戦争はいつ終結するのか?「板門店宣言」にある「今年終戦」の謎を解く

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180430-00084644/

終戦宣言の三者に中国が含まれない点について、朴槿恵政権時代の13年5月から昨年7月まで外交官育成施設兼シンクタンクの国立外交院院長を務めた尹徳敏(ユン・ドクミン)韓国外語大教授は8月、筆者とのインタビューの中で「北朝鮮が中国を排除してきたが、中国の強い反発にあった」と事情を明かした。

一方、金大中・盧武鉉政権下で北朝鮮政策に大きな影響力を及ぼした丁世鉉(チョン・セヒョン)元統一部長官は著書(『大胆な旅程』)の中で「中国を排除したのは米国の駆け引きによるもの」としている。あえて排除することで「中国との通商問題におけるカードとして使おうとした」というものだ。

中国専門家でもある丁元長官は「終戦宣言に中国の参加は必須である」と、4.27南北首脳会談以降、メディアを通じて繰り返し主張している。

いずれにせよ現在では、「終戦宣言も南北米中四者で」というのが韓国政府を含め、関係諸国のコンセンサスとなっている。トランプ大統領が最近のツイートで米朝交渉と絡めて中国に言及することが増えていることからもよく分かる。

「終戦宣言」とは何で、どんな役割を果たすのか

終戦宣言が何を指すのか、様々な意見があるのが現状だ。

前出の尹元院長は「平和協定において最も大切なもの」と断言する。「終戦宣言は『戦争は終結した』と正式に宣言する文書で、平和協定の序文にあたるものだ。これだけを取り出し、宣言しようとするものが今言われているものだ」との説明だ。

また、在韓米軍司令官(米韓連合司令部・国連軍司令官兼任)のブルックス大将は22日、ソウル市内で行った会見で「終戦宣言に関連する当事者である米国、韓国、北朝鮮が集まり十分に討議し、同宣言の持つ意味を明確に理解する必要がある」と「外交的な努力の必要性」を強調した。

さらに、文在寅大統領の外交安保特別補佐官を務める文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学特任教授は7月末、筆者とのインタビューの中で、その機能について「終戦宣言が実現する場合、米国と北朝鮮の敵対関係がかなり緩和されるため、南北関係改善に拍車がかかるなど好循環をもたらす」と、終戦宣言が平和体制への移行への「核心」であるという点を明確にした。

一方、韓国政府系シンクタンク・統一研究院の金錬鉄(キム・ヨンチョル)院長は著書(『70年の対話』)の中で「終戦宣言は戦争が終わったと宣言すればよい単純なもの」としながらも、「宣言後には休戦体制を管理する国連軍司令部の役割が変わり、在日米軍の中の国連軍所属部隊の駐屯と作戦に関し日米間で協議が必要となる」とし「相当な現状変化を伴う」としている。

こうした意見を集めると、未だ「終戦宣言」は抽象的なものに見え、その実現可能性は低く思える。

「終戦しましょう宣言」に

そんな中、一歩下がったところから実現可能性を提示しているのが、金大中大統領時代(98年〜03年)に同大統領の最側近として「太陽政策(包容政策)」を立案・実行した林東源(イム・ドンウォン)元統一部長官だ。

林元長官は8月、筆者とのインタビューの中で「終戦宣言は戦争が終わったという宣言ではなく、終わらせようという宣言であると解釈するのが正しい」と持論を展開した。

「戦争が終わったと宣言したからと平和が来る訳ではない。ただ、政治的な約束として戦争が今後起きる可能性が無いという信頼を(北朝鮮に)持たせるのが次のステップに進むのに役立つ」というのだ。

一貫して北朝鮮との「信頼」を追い求めてきた林元長官ならではの指摘だ。そしてこの「信頼」は6月12日にシンガポールで行われた米朝首脳会談のキーワードでもある。この会談でトランプ大統領と金委員長は「両国の新たな関係」を表明しつつ「相互間の信頼構築が朝鮮半島の非核化を増進する」と明記した。

林東源氏。外交官生活の後、南北高官級会議の代表として91年の「南北基本合意書」署名に貢献。その後金大中政権の下で統一部長官、国家情報院長などを歴任。「太陽政策(包容政策)」を実行してきた。筆者撮影。
林東源氏。外交官生活の後、南北高官級会議の代表として91年の「南北基本合意書」署名に貢献。その後金大中政権の下で統一部長官、国家情報院長などを歴任。「太陽政策(包容政策)」を実行してきた。筆者撮影。

林元長官はさらに、終戦宣言を実効化するための「法的な効力をもつ『終戦協約』」を提案する。

これは「分断状況の中で、平和を実現するために、やるべき内容を込めた協約」であり、「南北、米朝の関係正常化措置、核兵器や大量破壊兵器の廃棄、軍事的な信頼構築措置、在韓米軍の役割変更、東北アジアの安保協力の増進策など」が含まれるとする。いわば平和体制への移行期としての位置づけだ。

なお、林元長官は「朝鮮半島の非核化と平和協定は同時ゴール」と力説する。どちらかが先ではない、という立場だ。この見方は文在寅政権にも共有されている。

現状は「期待値」の相違か

だが、現在は米朝間で「足踏み」ととれる状況が続いている。その象徴的な出来事が今月24日に予定されていた米国のポンペオ国務長官の訪朝延期だ。

これについて28日、国会の情報委員会に参加した韓国の情報機関・国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長は「非核化リスト提出と終戦宣言の間で、米朝の差が埋まらないのが原因」とした。具体的には「北朝鮮は先に終戦宣言の採択を要求している一方、米国は先に非核化を宣言せよと衝突している」という判断だ。

また、非核化リストについては「核弾頭が100あるとしたら60を廃棄するというものだ」と具体的な数値を示した。なお、これは実際に100あるという話ではなくあくまで例えだ。

ここで出てくるのが「終戦宣言」の持つ意味だ。順番が重要なのではなく、核弾頭の6割を申告(当然、次は廃棄となる)した上で得られる北朝鮮の期待値と、米国が提示する終戦宣言の内容が噛み合っていないと筆者は見る。

朴槿恵政権発足後、統一部長官を務めた柳吉在(リュ・ギルチェ)北韓大学院教授は8月に行った筆者とのインタビューで「終戦宣言が『終戦にむけた宣言』という理屈は分かるが、当事者、特に米側の期待値と北朝鮮側の期待値が合わない場合、問題になる」と懸念を表明したが、その通りのようだ。

今年6月12日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行った金正恩国務委員長とトランプ大統領。写真は合同取材団提供。
今年6月12日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行った金正恩国務委員長とトランプ大統領。写真は合同取材団提供。

大統領に「ブレーン」が明かす終戦宣言

再び重要になってくるのが、韓国の役割だ。前出の徐国家情報院長は、9月に予定されている南北首脳会談の役割として「非核化を促すこと」と明言した。

9月を目前にした現段階で、「今年中に終戦宣言を行う」という板門店宣言の内容を履行するために、さらに膠着した米朝非核化交渉を進める役割を韓国が果たすということだ。

29日、米紙「アトランティック」に文正仁(ムン・ジョンイン)大統領外交安保特別顧問へのインタビュー記事が掲載された。詳細を伝えた韓国紙「ハンギョレ」によると、文氏は「9月末に開かれる国連総会で、南北米中4か国の首脳が参加する、朝鮮戦争終戦宣言を行うことを目標にしている」と明かした。

さらに、文在寅政府が構想する終戦宣言の4つの要素として以下を挙げた。

(1)1953年の停戦協定以降、60年以上にわたり維持されている休戦状態を象徴的な次元で終息させるもの。

(2)南北と米朝の間での敵対関係の清算を宣言するもの。

(3)法的効力のある平和協定を締結する前までは軍事境界線と国連軍司令部を維持する。

(4)平和条約の完成と当事国間の外交関係の正常化を進める。

出典:文在寅、9月国連総会で終戦宣言が目標(韓国語)

これは前述した、林元長官の言う「平和協定への移行期に入る終戦宣言」という位置づけを、よりシンプルにしたものだ。あくまで「前進」との位置づけだが、実効性のある措置は非核化や国交正常化の進展とともに進めていくというものだ。

文在寅大統領の外交安保特別補佐官を務める文正仁教授。7月末、筆者撮影。
文在寅大統領の外交安保特別補佐官を務める文正仁教授。7月末、筆者撮影。

17年5月の文在寅政権発足以降、ブレーンの一人である文正仁大統領特別補佐の発言には賛否があるが、その方向性において大筋で外れたことは無い。もちろん国連総会という時期的については「観測気球」の要素も多分に含むが、終戦宣言の内容としてはここが「落としどころ」であることは、これまで見てきた内容からも妥当だ。

なお、文氏はこのインタビューの中で「終戦宣言を採択する過程で、北朝鮮が在韓米軍の撤収を要求する可能性があるが、米韓いずれもこれを受け入れない」とクギを刺している。6月12日の米朝首脳会談でも在韓米軍の撤収は触れられていない。

高まる韓国の役割

冒頭で説明したように、終戦宣言は韓国の「持ちネタ」である点は見逃せない。韓国は現在、米朝双方に新たな落としどころを説得する作業を行っているものと見られる。

南北首脳会談は、北朝鮮の建国記念日である9月9日以降、国連総会が開幕する9月18日までの間に行われるとする見方が強い。また、国連総会18日に開会し、10月1日に閉幕する。

米政府系のRFA(自由アジア放送)は8月1日の記事で「9月29日の国連総会の一般討議で、北朝鮮の長官級人士が4人目の基調演説を行う日程がある」と報じている。場合によっては、ここに金正恩委員長が登場する可能性もある。なお、韓国の文在寅大統領の国連総会参加は31日の時点で明らかにされていない。

だが、日程は余りにもタイトである。従って、10月にずれこむ可能性は十分にある。大事なのは、終戦宣言が行われることであるからだ。これにより「平和協定締結=朝鮮戦争終結」と「非核化」が同時に一歩前に進むことになる。韓国の説得に米朝がどこまで互いに譲歩できるかだろう。一方的な形になると進まない。明らかになっていない中韓間での動きも気になるところだ。

筆者の知る限り、韓国政府としては何がなんでも終戦宣言を実現させ、朝鮮半島の冷戦終結を前に進めたい想いを持っている。朝鮮半島は平和への実質的な第一歩を踏み出せるのか。今年上半期に見せた頑張りが、韓国には今一度求められている。

今年5月26日、突然の米朝首脳会談中止を受け南北首脳は急遽南北首脳会談を板門店北側施設「統一閣」で行った。写真は青瓦台提供。
今年5月26日、突然の米朝首脳会談中止を受け南北首脳は急遽南北首脳会談を板門店北側施設「統一閣」で行った。写真は青瓦台提供。
ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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