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五里霧中の半島情勢…今後のカギとなる3つのポイントを読み解く

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
トーマス・バッハIOC委員長(左)と韓国の文在寅大統領(右)。写真は青瓦台提供。

平昌(ピョンチャン)五輪の開幕を明日に控え、朝鮮半島をめぐる外交戦は激しさを増している。各国の動向をどう読むか。韓国の専門家による解説を紹介する。

7日、ソウル市内で韓国のシンクタンク「世宗研究所」による記者向けの懇談会が開かれ、同研究所に所属する中国、米国、韓国・北朝鮮の専門家が、最新の研究成果を発表した。

発表ならびに質疑応答で行われた内容を以下のテーマで再構成してお伝えする。

1:北朝鮮からの高位級訪問団をどう見るか

2:攻撃か対話か?米朝関係

3:五輪後の二つのポイント

1:北朝鮮からの高位級訪問団をどう見るか

金正恩氏の「本気度」うかがえる顔ぶれ

9日から11日にかけて、北朝鮮訪問団が来韓する。主要メンバーは4人だ。団長は金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、そして、団員として、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委員会第一副部長、崔輝(チェ・フィ)党中央委員会副委員長と李善権(リ・ソングォン)祖国平和統一委員会委員長が含まれる。

中でも金与正氏の訪韓は衝撃だ。北朝鮮の最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の実の妹である事に加え、故金日成(キム・イルソン)首席から三代にわたる「金氏ファミリー」の中で初めての訪韓となる。

このような豪華な顔ぶれの代表団をどう見るか。

世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長は、北朝鮮からの代表団長を憲法上の国家首班である金永南氏が務めることについて「南北関係を改善するという金正恩氏の積極的な意志を反映するもの」と評価する。

韓国のシンクタンク「世宗研究所」の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長。北朝鮮政治に詳しい。写真は7日、筆者撮影。
韓国のシンクタンク「世宗研究所」の鄭成長(チョン・ソンジャン)統一戦略研究室長。北朝鮮政治に詳しい。写真は7日、筆者撮影。

また、妹の金与正氏が含まれることについては「金正恩氏が南北関係の改善について、真剣に取り組んでいるという点を内外に見せつけ、韓国の発展した姿をはじめ、韓国との協力可能性について、より正確に把握するためのもの」と判断した。

さらに、「実際に代表団の活動を左右するのは金与正氏ではないか」とした。

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は会見する意向を示している。だが、どんな名称で、どんな形の会談になるのかは現在も調整中だと青瓦台(韓国大統領府)は明かしている。

「文在寅大統領を平壌へと招待」か

肝心の南北トップ級会談の内容だが、鄭室長は「金永南委員長が文在寅大統領を平壌(ピョンヤン)へと招待する可能性が高い」と予想した。

その根拠として、2000年に韓国の金大中(キム・デジュン)大統領と北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が平壌で首脳会談を行った際に金委員長が「先に金永南を韓国に送る」と約束した点を挙げる。

当時発表された「6.15南北共同宣言」には「金大中大統領は金正日国防委員長がソウルを訪問するよう丁重に招請し、金正日国防委員長は今後、適切な時期にソウルを訪問することにした」と明記されている。

鄭室長はこれを踏まえた上で「3回目の南北首脳会談を本格的に進めるきっかけとして活用するべき」と強調した。

一方、韓国政府に対しては「北朝鮮代表団を李洛淵(イ・ナギョン)国務総理、鄭世均(チョン・セギュン)国会議長、趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官などの高官が会って、南北対話発展の雰囲気を作ることが大切」とした。接点をできるだけ広めよ、ということだ。

2:攻撃か対話か?米朝関係

「鼻血作戦」はあるか

最近になって、韓国を騒がせているのが「鼻血作戦(bloody nose strike)」だ。米国による北朝鮮への限定的な攻撃を指す。1月下旬に欧米のメディアで話題となり、一時は次期駐韓米国大使に内定したとされたビクター・チャ教授が、この作戦に反対したことで大使内定を取り消されたとして、にわかに脚光を浴びた。

やはり世宗研究所の朴智光(パク・チグァン)研究委員によると、「鼻血作戦」とは「朝鮮半島で全面戦を起こさせず、北朝鮮の主要地域、施設を制限的に軍事攻撃すること」だ。北朝鮮の核施設と大陸間弾道ミサイル施設を全てもしくは相当数破壊することを目標とする「サージカル・ストライク(外科手術的打撃)」とは異なるとする。

世宗研究所の朴智光(パク・チグァン)研究委員。米国政治に詳しい。1月末に米国を訪問したばかりで、最新の情報を解説した。写真は7日、筆者撮影。
世宗研究所の朴智光(パク・チグァン)研究委員。米国政治に詳しい。1月末に米国を訪問したばかりで、最新の情報を解説した。写真は7日、筆者撮影。

1月末に米国を訪れ、ジョセフ・ユン国務省北朝鮮担当特別代表をはじめとする20人あまりの政府・議会関係者ならびに専門家と面談を行ったという朴研究委員は「会う人ごとに『鼻血作戦』に言及し、憂慮を表明していた」と事情を明かした。

朴研究委員によると鼻血作戦の目標は二つだ。まずは「米国による攻撃の可能性を一切信じていない北朝鮮の信念を突き崩すこと」だという。

朝鮮戦争(1950〜53年)以降、一度も北朝鮮に対し直接的に軍事力を行使したことがない米国が「いかに事態を深刻に考えているか」を知らしめ、二つ目の目標である「北朝鮮を交渉のテーブルに自発的につかせること」を目指す。

攻撃の目標は1968年に北朝鮮によって拿捕され、今も平壌市内に「展示」されている米艦船「プエブロ号」や、やはり同市内にある故金日成首席の巨大な銅像などが候補とされる。なお、朴研究委員は「『鼻血作戦』はトランプ大統領の独断で行える。韓国に対しては『15分後に攻撃する』といった通告で行うだけでよい」と、突然起こる可能性を指摘した。

作戦の前提は「北朝鮮が報復せず屈服すること」だ。米国の圧倒的な戦力を前に北朝鮮は沈黙するという「予想」だが、朴研究委員は疑問を呈する。

「『反米』を掲げ核武力の完成を宣言した北朝鮮当局が、鼻血作戦について、何ら反応しない場合、政権の弱さを住民に認めさせることになる。このため、北朝鮮が軍事報復をする可能性が高い。とりわけ韓国を対象に、サイバーテロや潜水艦での艦船攻撃など、隠密に攻撃を行うだろう」というのだ。このため、ワシントンでは「馬鹿げた作戦」と見られているとする。

また、軍事を専門とする李サンヒョン世宗研究所研究企画室長は「『鼻血作戦』は米国の公式な立場ではない。国務省は外交で解決と言っている。軍事行動の可能性は高くない」としながらも、「ワシントン全体で北朝鮮への圧迫というメッセージを送っている点を認識すべきだ」と分析した。

世宗研究所の李サンヒョン研究企画室長。軍事が専門だ。写真は7日、筆者が撮影。
世宗研究所の李サンヒョン研究企画室長。軍事が専門だ。写真は7日、筆者が撮影。

また、鄭研究室長も「制裁と圧迫だけでは、北朝鮮の核とミサイル能力の高度化を防ぐ限界がある」という見方を示しつつ、「北朝鮮に軍事オプションを実施する段階(タイミング)はもう過ぎた」と語った。

米朝対話は南北対話しだい

一方、米朝が対話に転じる可能性については「南北関係」との兼ね合いで論じられることが多かった。

1月に入ってから活発化している南北関係に対し「米国では北朝鮮に譲歩し、特に玄松月(ヒョン・ソンウォル)を団長とする事前訪問団(21〜22日)を過度に歓待した韓国政府の態度を理解できないという雰囲気がとても強かった」と朴研究委員は明かす。

また、「南北対話を通じ、北朝鮮の核危機が新たな局面を迎えると見ない向きが、共和・民主両党からうかがえた」とした。北朝鮮の狙いは「米韓の協調を崩す所にあると米国は見ている」という。このため、「米国は韓国の動きを注視している」と米国の動きを伝えた。

なお、訪韓する米国のペンス副大統領は「北朝鮮代表団と動線が交わらないように」と韓国側に要求した。さらに8日、北朝鮮外務省のチョ・ヨンサム局長は「訪韓する代表団が米側と接触する気は無い」と語ったと朝鮮中央通信が報じた。

トランプ米大統領は、年頭教書発表の場に脱北者を招待し、北朝鮮の人権問題を大きく取り上げた。ペンス副大統領はソウルで脱北者と面談を持つとしており、米国は北朝鮮の最大の弱点である人権問題をも、圧迫の手段とする構えだ。

鄭研究室長は「ペンス副大統領は北朝鮮代表団に会う場合『北朝鮮は核プログラムと弾道ミサイルへの野望を完全に放棄し、国際社会の一員にならなければならない』と強く出るだろう。米朝の間には『舌戦』しか残らない」と見通す。

とはいえ、トランプ政権はこれまで北朝鮮側との接触をしていない訳ではない。ただ「非核化」を掲げ米朝が正式にテーブルについたことはない。韓国側は現在、青瓦台を中心に、注意深く米朝接触を進めているとされる。やはり韓国がいかに米朝の間を取り持てるかがカギとなる。

3:「五輪後」の二つのポイント

米韓合同軍事訓練はどう影響?

平昌五輪後について、ターニングポイントとなるのは4月1日に再開される「米韓合同軍事訓練」だ。韓国は昨年12月、五輪期間中に重なる本来の日程を延期する旨を米国に申し入れ、承諾を得ており、現在は「延期」の状態だ。

韓国を視察に訪れた玄松月(ヒョン・ソンウォル)を三池淵管弦楽団団長。8日、11日に公演が行われる。写真は1月22日、筆者撮影。
韓国を視察に訪れた玄松月(ヒョン・ソンウォル)を三池淵管弦楽団団長。8日、11日に公演が行われる。写真は1月22日、筆者撮影。

今後、南北対話の中で、北朝鮮側がさらなる譲歩を韓国側に要求してくる可能性がある。だが朴研究委員は「これ以上の延期や、訓練の中止を申し入れる場合には、米韓の信頼に大きな打撃となる」と警告する。

朴研究委員はさらに「米国は、一連の南北対話において、韓国が北朝鮮に提示している『対価』が何であるかに非常に高い関心を持っている」と続ける。さらに「裏で南北間の『隠れた合意』などがあってはならない」と強調した。

訓練再開後の見通しには悲観的な声が多かった。李室長は「米韓合同訓練が再開される場合、北朝鮮の対応は荒っぽいものになり、『平和』を主張しながら米韓同盟を揺さぶる試みを繰り返すだろう」とし、「五輪期間中の平和を真の平和だと勘違いしてはいけない」と語った。

一方、韓国側がさらなる一手を用意しているのではとの声もあった。朴研究委員は「沖縄で行われる予定の海兵隊上陸作戦訓練を縮小しようという動きがあり、米側も関心を持っていた」と伝えた。

南北高位級対話の定例化、韓国は現実的に

朝鮮半島問題の当事者である南北の対話について、鄭成長研究室長は「五輪後には北朝鮮に韓国高位級代表団を派遣し、南北高位級の交流を定例化しなければならない」と主張する。

さらに「北朝鮮に答礼として訪問する代表団に青瓦台の高官である、鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長や徐薫(ソ・フン)国家情報院長などを含むべき」と説いた。

その上で「9月9日の北朝鮮の政権樹立70周年以前の8月15日の光復節と前後し、3度目となる南北首脳会談を行うことが望ましい」とした。

これまで文在寅大統領は金正恩氏との首脳会談について「会談のための会談は行わない」と明言してきた。つまり、何かしらの結果を得られる条件が整った場合にのみ会う、ということだ。

だが、鄭研究室長は「『合意する会談』ではなく『説得する会談』が必要だ」と、文大統領の認識の転換を求めた。

続いて「米国のレッドライン(我慢の限界)は『今は未完のICBMの完成』で、それを許す場合、米国は軍事オプションを実行する可能性が高まり、朝鮮半島は非常に危機的な状況になる。首脳会談のチャンスも無くなる」と見立てた。

これを踏まえ、「文大統領は(開発凍結ではなく)、核実験、ICBM、SLBM発射実験の試験発射中断だけでも先に導き出すべきだ」とし、現実的な対応を求めた。

7日開かれた記者懇談会には20人近い記者が詰めかけた。写真は筆者撮影。
7日開かれた記者懇談会には20人近い記者が詰めかけた。写真は筆者撮影。

漂う緊張感

韓国政府が現在、何をどう北側と対話しているのかは、完全にブラックボックスとなっており、外部にほぼ漏れ出て来ない。

例えば、金与正の訪韓は韓国社会にとってはサプライズだったが、8日の中央日報によると政府関係者は「金与正が来る場合、金正恩のメッセージを持ってくることが予想されるので、韓国政府は金与正の訪韓を推進してきた」と明かしている。万事がこんな調子だ。

それだからこそ、米側も日本側も危機感を募らせることになる。さらには、南北間で決定的な亀裂が走る場合に、取り返しのつかない事態に陥る可能性もある。「多国間協議が必要」との声が高まる理由だ。

毎日、情勢が急激に変わる中、朝鮮半島はどこに転がるか分からないピンポン玉のような状況となっており、「かりそめの平和」の中、緊張が高まっている。4月ばかりか、3月に何が起こるか分からない状況の中、平昌五輪は明日、開幕する。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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