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文大統領の随行記者団に中国側警備員が集団暴行…韓国内に波紋

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
暴行を受ける韓国紙の写真記者(右から3人目)。写真は韓国記者協会から引用。

13日から中国を国賓訪問中の文在寅(ムン・ジェイン)大統領。北京滞在2日目の朝、随行している韓国記者団のうち2人が中国側警備員に集団で暴行される事件が起き、韓国内で大きな騒ぎとなっている。

写真記者2人が相次いで被害に

暴行されたのは、日刊紙「韓国日報」の写真記者K氏と、同「毎日経済」の写真記者L氏。韓国紙の報道を総合すると、まず被害にあったのはK氏だ。

午前10時50分ころ、中韓経済貿易パートナーシップ開幕式場で演説を終えた文大統領が向かいにある次の会場に移動する際、付いていこうとした韓国記者団を中国側の警備団が突如制止した。

これにK氏が抗議したところ、一人の警備員がK氏の襟をつかみ後ろに引きずり倒したのだった。その様子を撮影しようとした別の写真記者もカメラを取られ、投げ捨てられそうになったという。

騒ぎはいったん収まったが、文大統領が移動したホールへと動く記者団を、再び中国側の警備団が塞いだ。記者団は取材許可証を見せて中に入ることを要求したものの、警備側は拒否。これに抗議したL氏を廊下へと引っ張り出し、15人以上の警備員が殴りつけた。

その場に居合わせた青瓦台の職員や別の記者たちが抗議するも、多勢に無勢でL氏はやられるままだった。中国側の警備員たちは、挙句の果てには倒れ込むL氏の顔を蹴りつけたという。目撃した記者によると「L氏は目の周囲がひどく腫れて、両鼻から鼻血を流していた」とのことだ。

事件を大きく伝える韓国記者協会のホームページ。同会は抗議声明を発表した。
事件を大きく伝える韓国記者協会のホームページ。同会は抗議声明を発表した。

青瓦台の職員は韓国側の警備団を大声で数度呼んだが、来なかったという。先の目撃者によると殴られていたのは「3分ほど」。騒ぎを聞きつけたのか、文大統領も当初の予定を超えてホール内に滞在していたとされる。

被害を受けた両氏に対し、青瓦台の幹部は大統領に随行してきた医療団による治療を指示、釣魚台に移動して診察を受けたところ「L氏は大きな病院に行く必要がある」とし、現在は北京市内の病院で治療中だ。眼窩骨折の重傷とのことだ。

韓国内の反応は強烈「テロ行為」との声も

事件が知られるや、韓国内では一気に反発が起きた。特に保守派の野党はナショナリスティックな反応を見せた。

韓国紙・ニューデイリーによると、第一野党・自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表は訪問先の日本で「どれだけ我々を舐めていれば、ああいった事ができるのか」と語り「あんな対応を受けるために中国に行ったのか」と返す刀で韓国政府を非難した。

また、 同党は張濟元(チャン・ジェウォン)首席スポークスマン名義の論評で「起きてはならないことが起きた」とし「韓国に対するテロであり、黙って見過ごすことはできない」と糾弾した上で「文大統領は訪中日程を即刻中止、中国から撤収することを強く求める」と主張した。

また「大統領が空港に到着する瞬間から、次官補が出迎え、(李克強)総理との午餐会は中止にされたばかりか、随行記者団が暴行されるという屈辱は、年内に急いで中国との首脳会談を推し進めた結果で、外交的惨事であり、屈辱外交の極致だ」とこき下ろした。

実は韓国では、今回の訪中前から不穏な世論があった。訪中を控えた11日に公開された中国のCCTV(中国中央電視台)によるインタビューの際、インタビュアーがまるで文大統領に対し「THAAD(高高度防衛ミサイル)配備で失った両国の信頼をどう回復するのか」という質問を浴びせるなど、まるで文大統領を「テスト」するかのような質問に終始した。

中国国営テレビCCTVのインタビューに応じる文在寅大統領(右)。写真は青瓦台提供。
中国国営テレビCCTVのインタビューに応じる文在寅大統領(右)。写真は青瓦台提供。

実際には多様な対話が行なわれたのだが、CCTVは「THAAD」を中心に編集し、公開したことで、結果として文大統領が守勢に立たされる姿が目立った。これに対し「CCTVの記者は習近平国家主席に対し同じ態度でインタビューができるのか。韓国は完全に舐められている」「傲慢だ」という声が保守層を中心に広まっていた。

なお、韓国の与党・共に民主党はやはり論評で「遺憾の意」を示しはしたものの、政府を批判することはせず、被害を受けた記者に慰労の言葉をかけると共に、中国側に対しては「真相究明と応分の措置」を求めるにとどまった。

両国の対応は?責任は?

韓国外交部は14日午後の定例記者会見の場で、「事件の発生を受け、中国政府に対し遺憾の意を表明すると共に、徹底した調査と必要な対応措置を取ることを強く要求した」と明かした。

一方、中国外交部はやはり14日の記者会見で「誰かが怪我をしたのが確実ならば、われわれは今回の事件を注視するだろう」(聯合ニュース)と述べた。

さらに「事件が起きた時に開かれていた行事は、韓国側が主催していたものと把握している」としながら「いずれにせよ中国で起きた事件であるため、強い関心を持っており、韓国側を通じ具体的な状況を把握している」とした。

実際、一部では暴行を加えたのは韓国側が現地で雇用した警備員という情報がある。この場合、話は「中国政府の警備員が暴行を加えた」ことにはならないため、事態は少し違ってくるだろう。

韓国の記者たちは強く反発

同日午後からの首脳会談を控え発生した重大事件に、現地の記者たちは強く反発した。青瓦台に対しては「なぜ自国の記者も保護できないのか」と不満を表し、中国側に対しては「真相究明」を要求している状態だという。

これに対し、現地で中韓首脳会談を取材する日本メディアのある記者は「現場を目撃した記者は多くない。現地では断続的にブリーフィングがある状態」と筆者に説明する一方、「(韓国記者団は)怒ってはいるが、頭を冷やして対応しなければならないという反応もある」と語った。

また、被害者の一人K氏が所属する「韓国日報」のある記者は、匿名を条件に筆者にこう明かした。

「社内では強く憤る雰囲気が濃厚だ。他でもない記者の暴行であるから、いくら大統領の医師団に治療を受けたといっても、暴行の正確な背景が分かるまでは追及を緩めない構えだ」

一方、より激しい被害を受けたL氏が所属する「毎日経済」も「惨憺たる事態が起きた。黙って見過ごすことはできない」と強い怒りを表している。

「毎日経済」傘下のテレビニュースでは、動画付きで報じた。左側が暴行を受けたL記者だ。同紙ホームページをキャプチャ。
「毎日経済」傘下のテレビニュースでは、動画付きで報じた。左側が暴行を受けたL記者だ。同紙ホームページをキャプチャ。

韓国記者協会も反応した。暴行事件を受けて発表した声明の中で「韓国記者協会は中国政府に公式に抗議する。国賓として中国を訪問した大統領を同行取材した記者を暴行したことは容認できない行為だ」とする一方、「言論の自由を弾圧したことはもちろんのこと、記者である以前に、人間を侮辱した行為だ」と断じた。

このように、韓国国内の世論は興奮気味だ。そうした中、青瓦台(韓国大統領府)は同日、中国政府に厳重に抗議し中国側に捜査を正式に依頼したとされる。

今回の文在寅大統領の訪中は、先の朴槿恵政権が残した「THAAD配備」に端に発した中韓間の軋轢を完全に払拭し、10月31日に両国が合意した「中韓正常化」を軌道に乗せるための重大なイベントとして位置づけられていた。わずか2か月後には平昌オリンピックもあり、中国との葛藤は望ましくない。

とはいえ、大統領に随行する記者団が一方的に相手国の警護のプロに暴行を受けるという前代未聞の大事件が、簡単に収まるとは思えない。両国民の世論への影響も少なくないだろう。真相究明は難しくないと見られ、中韓関係への影響は限定的だろうが、両国は思わぬ感情のしこりを抱え込むこととなった。

さらに、文政権にとって問題になるのが、自由韓国党をはじめとする保守派が今回の事件を政権批判のために最大限活用してくるものと見られる点だ。訪中の「成果」を持って、いかにこうした批判を押さえ込めるのかにも注目したい。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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