Yahoo!ニュース

教員の残業時間に意味のある上限規制は付くか?

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

■自治体の規則では、極めて限定されたシーンでの残業しか規制されない?

 学校の先生たちがとても忙しいのはよく知られるようになった。各地でも、働き方改革や業務改善の動きはあるが、果たして効果は出ているだろうか。先日Twitterで、学校の時間外勤務(残業)について、教育委員会はほんの一部しか管理しない姿勢なのか、という内容のつぶやきを見かけた。

にっぱち先生のTwitterよりhttps://twitter.com/280yensama/status/1167358774635458560
にっぱち先生のTwitterよりhttps://twitter.com/280yensama/status/1167358774635458560

 公立学校の教員は、民間や普通の行政職と比べると、特殊な制度となっていて、この文書にあるように、修学旅行や職員会議、災害時など超勤4項目と呼ばれる項目に該当し、かつ臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときしか、超過勤務命令(残業せよという校長からの命令)は出せないことになっている。給特法という法律と関連する制度でそうなっている。たとえば、こうした残業が発生するケースもあるけれど(たとえば、豪雨のために、学校が避難所になるので、その準備運営のために残業する場合など)、修学旅行と災害時を除くと、おそらくゼロ時間に近いほど少ない。

 上記の文書を出したA市では、こうして極めて限られたシーンでの残業しか、時間外勤務の上限規制の枠には入れません、ということのようだ。

 同様の話は別の自治体でもある。あるB市でも同じ内容になっている。

画像

 さまざまな調査を見ても、あるいは現場にヒアリングしても明らかだが、過労死ラインを超えるほどの教員が多いのは、上記の超勤4項目(かつ臨時・緊急時)に該当しない残業が膨大なためだ。典型例としては、部活動指導やテストの作問、採点で残業しても、超勤4項目には該当しない。

 こうした実態を踏まえると、だれが見ても分かるように、上記のような極めて限定された残業にだけ上限をはめこんでも、ほとんどの学校では何も意味をなさない

■なぜ、こんな意味のない規制が出てきたのか → 国家公務員の動きと連動

 どうしてこんなことになっているのか。これは働き方改革関連法が成立して、民間企業には時間外の上限規制が付くことになったことを受け、公務員の世界にも上限を設けるという流れが出てきたことに関係している。

 国家公務員については、次の資料のとおり、この4月から、いちおう、上限規制ができている。先日、厚労省の若手官僚が過酷な労働状況をレポートしているとおり、この規制の実効性も今後問われることになる、と思うが。

画像

出所)仕事と生活の調和連携推進・評価部会(第46回) 仕事と生活の調和関係省庁連携推進会議合同会議、平成31年2月18日配布資料

 

 実は、地方公務員については、上記の国の人事院規則を踏まえて、各地方公共団体において、超過勤務命令の上限時間を条例や規則等で定めることになっている。公立学校の教員も地方公務員なので、この条例や規則の対象になる。だが、給特法があるので、超勤4項目(かつ臨時・緊急時)に該当しない業務については、この規制の対象とはならない、というのが国の解釈のようだ(※)。

(※)文部科学省「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドラインの運用に係るQ&A(平成31年3月29日) 」の問1への回答を参照。

 つまり、A市やB市の規則とは、こういう流れでできた規制である。

★追記 上記の経緯であり、A市、B市の規則に問題があると言いたいのではなく、教員についてこの規制だけにとどめて本当にいいのだろうか、ということが妹尾の意見です。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 なお、「そもそも給特法の仕組み(あるいは解釈)がオカシイじゃないか」という意見、考えはあろうが、問題と利点の両面がある。大問題のひとつは、部活動やテストの作問、採点等が規制の枠から除かれてしまっていること。利点としては、校長が残業命令を出せるのを極めて限定的なシーンに限っていることだ。たとえば、部活動指導は通常は時間外におよぶことがほとんどだが、「職務命令でやれ」とはできない制度となっている。これは本来なら、教員を守るほうにも働く制度なのだが・・・。

■4項目に該当するか否かを問わず、時間外を把握していくべきというのが文科省の方針

 では、どうしていくべきだろうか。文科省は、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」というのをこの1月に作っている。A市やB市の教育委員会もよく知っているはずだ。

 このガイドラインを要約する。

1.趣旨、背景

〇教師の長時間勤務の看過できない実態が明らかになっている。

〇いわゆる「超勤4項目」以外の業務への対応も視野に入れ、公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドラインを制定する。

2.勤務時間の上限の目安時間

<対象とする勤務時間>

〇教師等が校内に在校している在校時間を対象とすることを基本とするが、休憩時間と自己研鑽の時間その他業務外の時間については除く。

〇校外での勤務についても、職務として行う研修への参加や児童生徒等の引率等の職務に従事している時間、各地方公共団体で定める方法によるテレワーク等によるものも合算する。

〇土日、休日の部活動指導等による勤務時間も含む。

<目安>

〇時間外勤務時間は、1か月45時間、年間360時間を超えないようにすること。

※児童生徒等に係る臨時的な特別の事情により勤務せざるを得ない場合については例外とするが、年間の時間外が720時間を超えないようにするなど、一定の制約を課す。

3.留意事項

〇本ガイドラインは、上限の目安時間まで教師等が在校等したうえで勤務することを推奨する趣旨ではない。

〇上限の目安時間の遵守を形式的に行うことが目的化し、真に必要な教育活動をおろそかにしたり,実際より短い虚偽の時間を記録に残す,又は残させたりすることがあってはならない。

 つまり、超勤4項目に入らないものであっても、勤務時間(在校等時間)として把握・モニタリングし、かつ、月45時間、年360時間という、現状の実態から言えばかなり思い切った枠をはめていこう、というもの。これは過労死防止をはじめとして、教員の健康管理を考えると、当たり前と言えば、当たり前に重要な話だ。

★追記:なお、本来は残業なしで運営できるのが一番だろうし、上記のガイドラインも、月45時間までは残業してください、という内容では決してない。

 もう少し整理すると、公立学校の教員の時間は次の4種類におおむね分類できる(文科省の見解ではなく、妹尾の整理)。

1)勤務時間中に行った仕事(校務、もちろん授業や授業準備を含む。)

2)勤務時間外に行った仕事で、校長の超過勤務命令があったもの

  ⇒ 修学旅行や災害時の対応などを除き、ほとんどなし。

3)勤務時間外に行った仕事で、校長の超過勤務命令がないもの

  ⇒ 部活動指導、テストの作成、宿題等の採点・添削、行事の準備、事務作業など。

4)勤務時間内外かを問わず、仕事ではないもの

  ⇒ 教材準備ではなく情報収集や自己研鑽として、新聞やネット記事を読む、英会話の練習をするなど。

    教員の仕事の性格上、3)か4)の分類は曖昧な部分もあるが。

 前述のとおり、A市やB市の規則では2)しか規制されない。文科省のガイドラインは、これらとは別のもので、2)と3)も対象にしていこうとしている。

 ただし、文科省のは「ガイドライン」に過ぎず、法的な拘束力はない。教員の給与を負担している都道府県・政令市の教育委員会(※※)において、文科省のガイドラインを踏まえて、規則なり、なんらかの仕組みができるといいのだが、それは各教委の考え方と動き次第となっているのが現状だ。

(※※)いわゆる県費教職員の勤務条件(勤務時間を含む)については、給与負担者である都道府県・政令市の条例等で定めている。

 残業時間を減らすことだけに注目が集まってもいけないが、意味のない規制だけがあっても書類仕事が増えるだけだ。ぜひ教育委員会には何が本当に必要なのか、改めて考えてほしい。

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

妹尾昌俊の最近の記事