加工食品の「遺伝子組み換え表示」はそんなに厳密に必要なのか?
■表示対象品目は「現行のまま」で増えず
日本では、遺伝子組み換え作物を原料として生産した加工食品には、その旨を表示することが義務づけられている(遺伝子組み換え作物そのものはもちろん表示義務がある)。
遺伝子組み換え表示制度は2001年にスタートしたのだが、実態と制度がそぐわなくなっているではないかという指摘に応える形で、消費者庁は2017年4月から約1年間、ほぼ月に1度の割合で「遺伝子組み換え表示制度に関する検討会」を開催して再検討を始めた。
それが(一応)まとまり、2018年4月19日、東京都霞ヶ関でその「報告会」が行なわれた。
そのポイントを絞ってご報告する。
検討会の“目玉”は「表示義務対象品目を増やすこと」にあった(と筆者は思っている)のだが、それは現行のまま(8農産物・33食品群)になった。
たとえば、植物油やしょうゆのように、遺伝子組み換え作物を原料として用いてあっても、最終的にたんぱく質が分解されている食品については「遺伝子の影響がなくなるし、検出も難しい」という理由で表示義務がない。
消費者(の一部)から「それでは不充分なので、これらにも表示義務を課してほしい」という要望が出ていた。
しかし検討の結果、これは(主として)「現在の科学では正確に検出することが難しい」また「非遺伝子組み換え作物を原料として製造した植物油やしょうゆと品質上の差がない」という判断で、今回は(今回も?)見送りとなった。
■「遺伝子組み換えではない」表示が大きく変わった
2つめの“目玉”(と筆者が思うの)は「遺伝子組み換えではない」という表示の再検討だ。
遺伝子組み換え食品表示制度は(加工食品の場合)『遺伝子組み換え作物を原材料として使った場合は「遺伝子組み換え作物を使用」と表示しなさい』というのが原則。
たとえば大豆を例にとると(以下同様)原材料欄に「大豆(遺伝子組み換え)」などと表示しなくてはならない(表示する義務がある)。
この原則は、ウソ表示をしない限り「紛れ」がない。
しかし、現在この表示はほとんど見かけない。
現在の日本では(前項で書いた植物油としょうゆを除き)遺伝子組み換え作物をわざわざ選んで原材料として使ってある加工食品はほとんどないからだ。
原材料として遺伝子組み換え作物をわざわざ選ばなくとも、「どちらでもいい(つまりは「分別しない」)」という方針で生産してある場合には、原材料欄には「大豆(遺伝子組み換え不分別)」と表示しなくてはならない(義務表示)。
これは「遺伝子組み換え作物が混ざっているかもしれませんよ」という表示なのだが、これもあまり見かけない。
遺伝子組み換え食品表示の実際については「Q&A」に詳しい。
多くの加工食品では非遺伝子組み換え作物を原料としてあるからだ。
しかし、地球上で遺伝子組み換え作物の栽培は年々増えているので、畑はもちろん、貯蔵施設・船やトラックなどの流通過程・食品工場の生産ラインなどを、よほど厳密に「分別」しないと、遺伝子組み換え作物が混ざり込んでしまう。
「分別」をしてあるのに、意図せずに混ざり込んでしまう場合でも「不分別」と表示しなくてはならないというのは、あまりにも理不尽というのが、生産者側の主張。
その点を考慮して、これまでは、分別努力をしているのに混ざり込んでしまった場合“その量が少なければ”原材料欄に「大豆(遺伝子組み換えでない)」と表示してもいいこと(任意表示)になっていた。
今回の再検討で問題になったのは“その量”である。
これまでは「5%以下」となっていた。
これについては消費者サイドから異論が出されていた。
『5%も入っているのに「遺伝子組み換えでない」と表示していいのはおかしい』というわけだ。
■消費者には4つのタイプがあるのではないか
長い議論を得て(検討会の最後のほうはこの議論に多くの時間が費やされた)「遺伝子組み換えでない」と表示できるのは、遺伝子組み換え作物の混入が「不検出」の場合だけ、となりそうだ。
この「遺伝子組み換えでない」という表示は任意表示(表示してもしなくてもいい)なので、もしこう表示したにもかかわらず、検査をしたら「検出されてしまった」ということになると、違反表示となるため、この「遺伝子組み換えではない」という表示は店頭から消えるのではないかと推察される。
さてここで、この「遺伝子組み換え表示」の意味を考えてみよう。
主催が消費者庁であることからもわかるとおり、この検討会は遺伝子組み換え食品の「安全性」を検討する場ではない。
安全性を検討するのは食品安全委員会であり、日本では、そこで「安全である」と答申された物だけが流通している。
よく勘違いされるのだが、「食品として安全ではないので表示義務がある」という話ではない。
あくまでも「消費者の選択に資する」ためだ。
消費者といってもいろいろある。
この問題に関して、筆者は消費者には4つのタイプがあるように思える(もちろん私見)。
1:(何らかの理由があって)遺伝子組み換え食品を食べたい人
2:(安全でさえあれば)遺伝子組み換え食品であっても・なくても気にしない人
3:自分の食べる物が遺伝子組み換え食品であるか・ないかを(単に)知りたい人
4:(何らかの理由があって)遺伝子組み換え食品を口にしたくない人
どんな制度でもそうだが「すべての人が満足ゆく」制度など存在しない。
とすると、「消費者の選択に資する」とはいっても、「1」「2」「3」「4」のどれを対象として設定すべきであろうか(多いほうがいいに決まっているが)。
■「店頭で必要な情報」は何か?
「1」の消費者はそれほど多くはないと推察できるので、対象から外してもそれほど大きな問題にはならないだろう。
「2」の消費者は人数的にはかなり多いと思うのだが、そもそも、表示があっても・なくても、大きな問題はない。
「4」の消費者の心情は理解できるが、これが「安全性の問題ではない」ことを考慮すると、この人たちを「主たる対象」にすべきではないと考える。
「4」の消費者が満足のいくような表示をしようとすると、大きなコストが必要となる。
そのコストは、もちろん商品の価格に反映されるので、「4」の人たちだけにではなくすべての消費者の負担となる。
もちろん「4」の消費者にも「知る権利」はあるが、それに応えるためには、食品表示ではなく、より低コストでかつより丁寧な情報提供ができるホームページなどで対応が可能なのではないか。
「どうしても知りたい人」はそちらを見ればよい。
筆者は、この表示制度の主たる対象者は「3」ではないかと考える。
「3」の消費者が対象であれば、それほど厳密な食品表示は必要がなくなる。
店頭では、原料として遺伝子組み換え作物が「たくさん入っている」か「それほどたくさんは入っていない」かくらいがわかればいいのではないか。
それであれば、大きなコストはかからないし、消費者のニーズにも応えられる。
どのくらい入っているかをより厳密に知りたくなったり、食品表示を通じてその会社の姿勢を問いたくなったりしたら、ホームページを訪れればいい。
消費者が知りたい情報は山ほどあるが、小さなスペースの中に、かつ低コストに提供する情報は限られる。
筆者は、商品に表示するのは「店頭で必要な最低限の情報」にすべきだと考える。
いま、店頭で必要な情報で最優先すべきは「アレルギー表示」ではなかろうか。
それを子どもにもわかりやすくかつ紛れのないように表示すべきである。
安全でおいしい食べ物がより安く、できるだけ多くの人の口に入るようにすることは大切なことだ。
「消費者の選択に資する」ということの中には、このことも入ると確信する。
ただし、筆者のこの「確信」は「流通する遺伝子組み換え食品は安全である」ということが大前提になる。
そのためには、食品安全委員会における「慎重で丁寧で科学的な検証」が絶え間なく行なわれることが不可欠である。