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乳児や胎児の食物アレルギー発症予防を目的とした「食物除去」の科学的根拠が崩れてきた。

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■妊婦の食事によって、子どもの食物アレルギーが増えるのか?

子供の食物アレルギーに悩むお母さんたちは(お父さんたちも)多い。

予防や治療が簡単ではなく、万が一のケースでは「大事に至る」こともあるだけに、深刻だ。

こういうケース(原因がわからず、結果が深刻)では、往々にしていわゆる「都市伝説」なるモノが横行しがちだ。

非科学的であるにもかかわらず、多くの人たちが信じ込んでしまう。

これは都市に限らず、地方でも同じだと思うのだが、人口が多い場所ほど影響される人も多い、ということで「都市伝説」といわれるのだろう。

根拠とされる事柄が科学的に明らかになるにつれて「伝説」は打ち消されることが多い(逆に、科学的に証明されて「定説」となることも、ときには、ある)。 

子供の食物アレルギーに関しては、次のような都市伝説が知られている。

1:妊娠中に母親が食物除去をすると、生まれてくる子供が食物アレルギーになりにくい。

2:授乳中の母親が食物除去をすると、乳児が食物アレルギーになりにくい。

3:離乳食で特定の食物を除去すると、子どもが食物アレルギーになりにくい。

若いお母さん(お父さん)、あるいはその予備群なら、一度は聞いたことのある「伝説」ではないだろうか。

この「1」を信じると→生まれてくる子どものために、妊娠中の母親は鶏卵や牛乳や小麦などを食べないようにする。

「2」を信じると→乳児のために、授乳中の母親は、やはり、鶏卵や牛乳や小麦などを食べないようにする。

「3」を信じると→子どもに鶏卵や牛乳や小麦を食べさせないようにする。

いずれも「アレルギーの原因となるかもしれない食材=アレルゲン物質を食べないようにする」という共通の行動がとられることになる。

■離乳食での「食物除去」は子どもの食物アレルギーに効果はなさそうだ。

以前(2007年頃まで)は正しいとされてきたことが、エビデンス(科学的証拠)が集積されるにつれて、2008年頃からは「必ずしも正しくはない」というように変わってきた。

その結果、現在では「1」「2」「3」について、それぞれ、次のような「異なる考え方」が提唱されている。

1:妊娠中に母親が食物除去をしても、子どもが食物アレルギーになりにくいとはいえない。

2:授乳中の母親が食物除去をしても、乳児が食物アレルギーになりにくいとはいえない。

3:離乳食で特定の食物を除去しても、子どもが食物アレルギーになりにくいとはいえない。

まるで反対のことが提唱されるようになり、素人は「どう判断すればいいのか」迷うところだ。

しかし、科学的証拠はほぼ揃っているので、これまでの「都市伝説」は崩れ去ったと判断し、新しいほうを信ずるべきだろう。

さらには「過去の説が逆だったのではないか」という大規模研究が、現在、進行中なのだという。

この結果しだいでは、「1」「2」「3」の「なりにくいとはいえない」は「食物除去をせず、食べたほうが食物アレルギーにはなりにくい」となる可能性がある。

それでも、万が一のことを心配するお母さんの中には、念のために(大規模研究の結果が出るまでは、今まで通り)除去しておくほうがいいのではないか、と考える人もいるかもしれない。

しかし、食物除去には大きなデメリットがあるのだ。

■子どもの幸せのためにも、母親は「除去食」を選択すべきではない。

鶏卵・牛乳・小麦は、日常食としてきわめて有用な食材だ。

この3つを除去するだけでも、毎日のメニューはかなり制限される。

そして、この「除去する」対応法はエスカレートする方向に働くことが多いので、やがては、「症状が重篤であり生命に関わるため特に留意が必要」とされる「特定原材料(卵・小麦・乳・えび・かに・そば・落花生の7品目)」も避けるようになる可能性が高い。

その結果、もし仮に胎児や乳児がアレルギーになるリスクが下がったとしても、一方で、母親の栄養状態が著しく低下することになる。

母親の栄養状態が低下すると、母親から栄養補給を受けている胎児や乳児の栄養状態は、当然にも、低下することになる。

ましてや、上に書いたように、近年では「母親が除去食を実践しても胎児や乳児が食物アレルギーになりにくくなるわけではない」ということであれば、母親の除去食はメリットよりもデメリットのほうがはるかに多くなる。

妊娠中や授乳中の女性は除去食を選択すべきではなかろう。

母親だけではなく、「3」を見れば、子どもの離乳食からも特定の原材料を除去しないほうがよさそうである。

新しい調査で、乳幼児の食物アレルギー発症率は約10%ほどだが、適切に対処すれば小学校に上がるまでには3%未満に減少することがわかってきた。

離乳食に除去食を取り入れたからといってこの率がさらに下がるわけではない。

逆に、食べられない食材が増えてしまうことによる、子どもの将来の栄養不良状態のほうが心配されている。

さらには、「食べられない食材が多いこと」は、その子から食の楽しみを奪うなど、生活の質を低下させることになる。

ただし、このこと(「食物除去をしないほうがいい」ということ)は、食物アレルギーがまだ出ていない子どもの場合に限られる。

離乳食をはじめて、すでにアレルギーが見られる場合には(同じ条件下で)その食材を与えてはいけない。

その場合は専門家(下記)と相談しながら、慎重に「ごくごく少量ずつ」を与えていくなどという対策を考えなければならない。

ここで述べているのは、まだアレルギー症状が出てないにもかかわらず、「先手をうつ形で食物除去をすること」はしないほうがいいだろうということである。

適切な対応をしさえすれば、多くの子どもは、安全でかつ楽しい食生活を全うすることになるだろう。

「近くの専門医=日本アレルギー学会の認定医」は下記のホームページで探すことができる。

http://www.jsaweb.jp/modules/ninteilist_general/

★この原稿は、神奈川県立こども医療センターアレルギー科医長・高増哲也氏への取材を元に執筆した。

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食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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